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臨機応変の俺と猪突猛進の親友、医食同源の少女と世界を旅する ~四字熟語を背負う者たちの腹ぺこ放浪記~  作者: 凡夫 成


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22話 一騎足りぬ一騎当千

【前書き】


四字熟語が真名になる世界。


臨機応変、猪突猛進、医食同源の三人が、今日も腹を空かせて旅をします。


バトルあり、料理あり、ちょっとした言葉の物語あり。


よろしくお願いします。


 南へ向かう街道は、石門町までの道とは空気が違っていた。


 白首山から離れるにつれ、山の冷たさは薄れていく。


 代わりに、乾いた熱が少しずつ混ざり始めていた。


 風は温かい。


 草は短く、ところどころ赤茶けている。


 遠くの空には、薄い赤い雲が流れていた。


 シンは空を見上げる。


「暑くねえか」


「まだ朝だよ」


 リンが答える。


「朝から暑いなら、昼はどうなる」


「暑くなる」


「嫌だな」


「珍しく正しい予想だ」


 イオは水筒を確認しながら言った。


「水はこまめに飲んでね。特にシン」


「何で俺だけ」


「汗をかく量と、動く量と、無駄に突っ込む量が多いから」


「無駄じゃねえ」


「昨日も瓦礫を運ぶ時、三回多く往復したでしょ」


「鍛錬だ」


「水を飲んで」


「分かった」


 シンは水筒を開け、一気に飲もうとする。


 イオがすぐに止めた。


「一気に飲まない」


「水も駄目なのか」


「駄目じゃなくて、飲み方の問題」


「難しいな」


 少し後ろで、カズキが歩いていた。


 長い槍を手にしている。


 背筋は伸びているが、足取りはまだ重い。


 弱肉強食の城で真名を食われかけた疲労は抜けきっていない。


 イオからは、しばらく激しい運動禁止と言われている。


 もちろん、本人は守る気が薄い。


 リンは歩きながら振り返った。


「カズキ、大丈夫?」


「ああ」


「顔色があまりよくない」


「問題ない」


 イオが即座に言う。


「問題あります」


「ない」


「あります」


「俺は一騎当千だ」


「今は病み上がりの一騎当千です」


 カズキは言葉に詰まった。


 シンが感心したように言う。


「イオ、強えな」


「あなたにも言ってるからね」


「俺は元気だ」


「怪我人」


「元気な怪我人だ」


「一番面倒」


 どんちゃんは列の最後をのんびり歩いていた。


 暑そうでもなく、寒そうでもなく、いつも通り眠そうな顔をしている。


 シンが振り返る。


「どんちゃん、暑くねえのか」


「暑いねえ」


「そう見えねえ」


「昼行灯だからねえ」


「便利だな、それ」


「シンも猪突猛進だからねえ」


「それは便利じゃねえぞ」


「そうかなあ」


 カズキはどんちゃんを横目で見た。


 まだ警戒している。


 どんちゃんはそれに気づいているのかいないのか、あくびをした。


「カズキ」


 リンが声をかける。


「何だ」


「ハヤテは南へ連れて行かれた可能性が高い。でも、まだ確定じゃない」


「分かっている」


「見つけても、すぐ飛び出さないで」


「……分かっている」


「今の間が不安だな」


 シンが言う。


「俺より突っ込みそうだ」


「お前に言われたくない」


 カズキが返す。


「でも俺は止まれるようになった」


「本当か?」


「昨日より分かってる」


「その言葉は何なんだ」


「便利な言葉だ」


「使わない」


 リンは少し笑った。


 カズキは真面目だ。


 口数は少ない。


 ただ、馬のことになると急に言葉が増える。


 それは朝の野営を片付ける時にも分かった。


 街道脇に馬の足跡が残っていた。


 ただの荷馬の足跡だとリンは思った。


 だが、カズキはそれを見ただけで、しばらく動かなかった。


「これは荷馬じゃない」


 カズキはしゃがみ込み、土を指でなぞる。


「軍馬だ。蹄が深い。荷ではなく、鎧か武具を積んでいた。歩幅が揃いすぎている。命令で並ばされている」


 リンは感心した。


「分かるのか」


「分かる」


「ハヤテ?」


「違う」


 カズキは即答した。


「ハヤテはもっと外側を踏む。右後ろ足に少し癖がある。速く走る時には消えるが、歩く時は分かる」


 シンが眉を寄せた。


「お前、馬の足跡だけでそこまで分かるのか」


「分かる」


「すげえな」


 カズキは少しだけ誇らしげだった。


「ハヤテは特に分かる」


「ハヤテ好きすぎだろ」


「相棒だからな」


「俺の鉄棒みたいなもんか」


 カズキはシンの鉄棒を見た。


「違う」


「早いな」


「馬と棒は違う」


「棒も相棒だぞ」


「馬に謝れ」


 イオが小さく笑った。


 そんなやり取りをしながら、一行は南へ進んだ。


 昼前。


 街道沿いに、小さな宿場跡が見えてきた。


 かつては旅人が休む場所だったらしい。


 だが、今は半分ほど使われなくなっている。


 屋根の一部は落ち、看板は傾き、井戸の周りには赤い布切れが巻かれていた。


 リンはその布を見て眉をひそめる。


「赤い羽根の印……ではないか」


 赤い布はただの目印のようだった。


 しかし、嫌な予感がする。


 イオも周囲を見回した。


「人の気配はあるね」


「隠れてるな」


 カズキが低く言う。


「分かるのか」


 シンが聞く。


「馬がいればもっと分かる」


「そればっかりだな」


「事実だ」


 リンは宿場跡の入口で声を上げた。


「旅の者です。水を少し分けてもらえませんか」


 返事はない。


 だが、壊れた戸の陰で何かが動いた。


 子どもの目が見える。


 すぐに引っ込んだ。


 イオが前へ出る。


「怖がらなくて大丈夫。怪我人はいませんか?」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、奥の小屋から老人が出てきた。


 背中は曲がり、杖をついている。


 だが、その目は警戒していた。


「南へ行くのか」


 老人が尋ねる。


 リンは頷いた。


「そのつもりです」


「行かん方がいい」


「赤い羽根の軍ですか」


 老人の顔が強張る。


「知っておるのか」


「少しだけ」


 老人は周囲を確認し、小声で言った。


「ここから南は、朱雀女王の領だ」


 カズキの槍を握る手が強くなる。


「軍馬を見たか」


「見た」


 老人は頷いた。


「赤い羽根の印を焼かれた馬たちが通った。人も馬も、同じように歩いていた」


「黒馬は」


 カズキが一歩出る。


「額に白い星のある黒馬を見なかったか」


 老人は彼を見る。


 そして、少し考えた。


「見たかもしれん」


 カズキの表情が変わる。


「どこへ」


「南へ。朱雀の塔の方へ連れて行かれた」


「朱雀の塔?」


 リンが聞く。


「女王の命令が届く塔だ。あそこから赤い羽根の兵が来る」


 イオが眉をひそめる。


「命令が届く?」


「塔の鐘が鳴ると、印を焼かれた者は従わねばならん。逆らえば背中が焼ける」


 老人は自分の背を押さえた。


「わしらは印を押されていない。押す価値もないと言われた」


 その言葉に、弱肉強食とは違う冷たさがあった。


 食う価値がない。


 従わせる価値がない。


 どちらも、人を人として見ていない。


 シンが低く言う。


「ムカつくな」


「同感だ」


 リンは頷いた。


 その時、宿場跡の奥から悲鳴が上がった。


 子どもの声。


 イオが走る。


「何!?」


 リンたちも続いた。


 宿場跡の裏手。


 古い倉庫の前で、数人の男たちが子どもたちを囲んでいた。


 男たちの背中には、赤い羽根の印がある。


 焼き印のように皮膚へ刻まれ、淡く光っている。


 朱雀軍の斥候。


 その一人が、子どもから小さな袋を奪っていた。


「これだけか」


「返して!」


「黙れ。朱雀女王への供出だ」


 子どもが泣きながら手を伸ばす。


「お母さんの薬なのに!」


 イオの顔が変わった。


「返しなさい」


 静かな声だった。


 だが、怒っている。


 斥候たちが振り向く。


「何だ、旅人か」


「その薬は必要なものです」


「必要かどうかは女王が決める」


 男の背中の赤い羽根が光った。


「すべては命令に従う。命令に従えば、誰も迷わずに済む」


 リンの胸が少しざわついた。


 その言葉。


 命令に従えば迷わない。


 それは、確かに少しだけ甘く響いた。


 自分で決めなくていい。


 間違えなくていい。


 誰かの命令通りに動けば、責任を負わなくて済む。


「リン?」


 イオの声で、リンは我に返った。


「大丈夫」


 リンは一歩前へ出る。


「その袋を返してください」


 斥候が笑う。


「拒否する」


 シンが鉄棒を担ぎ直した。


「じゃあ力ずくだな」


「待て、シン」


「何でだ」


「相手の印を見る。命令で動かされている可能性がある」


 斥候の一人が嗤った。


「動かされている? 違うな。我らは選ばれたのだ」


「選ばれた?」


「命令を受ける価値ある者として」


 赤い羽根が強く光る。


 男たちの目が虚ろになった。


 同時に、全員が同じ角度で武器を構える。


 短槍。


 盾。


 弓。


 動きが揃いすぎている。


「来る!」


 リンが叫ぶ。


 斥候たちが一斉に踏み込んだ。


 シンが前へ出る。


 鉄棒で短槍を弾く。


「軽い!」


「でも数がいる!」


 リンは子どもたちを下がらせる。


「イオ、後ろ!」


「分かってる!」


 イオは子どもたちを倉庫の陰へ誘導する。


 どんちゃんは、いつの間にか井戸の横に座っていた。


「どんちゃん、そこ危ない!」


「こっちはたぶん来ないよ」


「何で分かる!」


「何となく」


 実際、斥候はどんちゃんの方へは向かわなかった。


 リンは一瞬だけ気になったが、今は考えている余裕がない。


 カズキが槍を構えた。


 背中の一騎当千が薄く光る。


 だが、足元が少し揺れる。


 体がまだ戻っていない。


 そして何より、馬がいない。


「下がって」


 リンが言う。


「戦える」


「本調子じゃない」


「戦える」


 カズキは踏み込んだ。


 槍が走る。


 速い。


 正確。


 斥候の盾の隙間を突き、武器を弾く。


 だが、次の動きが続かない。


 本来なら馬の加速で抜ける場面で、足が止まる。


 そこへ別の斥候が回り込む。


「カズキ!」


 シンが割り込んだ。


 鉄棒で盾ごと弾き飛ばす。


「無茶すんなって言われただろ!」


「お前に言われたくない!」


「俺は昨日より分かってる!」


「それは何なんだ!」


 斥候はさらに増えた。


 宿場跡の外から、赤い羽根の印を背負った兵が五人、十人と現れる。


 おそらく、近くに潜んでいたのだ。


 数が多い。


 しかも全員が同じ命令で動いている。


 個性は薄いが、乱れがない。


 リンは周囲を見た。


 子どもたちは下がった。


 イオは薬の袋を取り返すために動けない。


 シンは正面で止めている。


 カズキは強いが、足が足りない。


 馬がいない。


「くそっ」


 カズキが槍を構え直す。


 息が上がっている。


「ハヤテがいれば」


 その言葉を、シンが聞いた。


「馬がいればいいのか」


「そうだ」


「じゃあ俺が馬になる」


 その場の空気が一瞬止まった。


 リンが振り返る。


「違う」


 イオも倉庫の陰から言う。


「違う」


 カズキは眉をひそめた。


「何を言っている」


 シンは真剣だった。


「俺が馬になる」


「やめろ」


「お前、馬に乗れば強いんだろ」


「俺は馬に乗るのであって、人の肩に乗る趣味はない」


「肩に乗れ」


「断る」


「一騎当千だろ」


「これは一騎ではない」


「一人が一人を乗せる。だいたい一騎だ」


 リンが頭を抱えた。


「だいたいで真名を発動させようとするな」


 イオが言う。


「馬に謝って」


 シンは聞いていない。


「カズキ、乗れ!」


「断る!」


「敵が来てるぞ!」


「だから普通に戦う!」


 その瞬間、斥候の一人がカズキの背後へ回った。


 赤い羽根が光る。


 命令に従った、無駄のない一突き。


 カズキは反応するが、足が遅い。


 シンが低く沈み込む。


「乗れ!」


 肩を差し出す。


 カズキは一瞬だけ迷った。


 そして、舌打ちした。


「今回だけだ!」


 カズキがシンの肩に飛び乗った。


 長身の男が、さらに大きい男の肩に乗る。


 かなり絵面がおかしい。


 リンは思わず言った。


「本当にやるのか」


 イオも目を丸くする。


「危なくない?」


 どんちゃんがのんびり言う。


「面白いねえ」


 シンが笑った。


「行くぞ!」


「待て、姿勢が悪い!」


 カズキが叫ぶ。


「馬みたいに走れ!」


「馬じゃねえ!」


「お前が言い出したんだろ!」


「文句言うな!」


 シンが走り出した。


 速い。


 だが、馬ではない。


 揺れる。


 荒い。


 止まらない。


 カズキは肩の上で必死にバランスを取る。


「揺れすぎだ!」


「馬より強いだろ!」


「馬の方が賢い!」


「またそれか!」


 斥候たちが一斉に槍を構える。


 シンは真正面から突っ込む。


 カズキが上から槍を振るった。


 高い位置からの一撃。


 相手の盾を越え、武器だけを弾く。


 シンが下から体当たりで押し崩す。


 一人。


 二人。


 三人。


 斥候たちが次々と倒れる。


 リンは目を見開いた。


「少し光ってる……」


 カズキの背中の一騎当千が、薄く、しかし確かに光っていた。


 完全な光ではない。


 ハヤテと共に駆ける時の本当の一騎ではない。


 それでも、今だけは形になっている。


 シンの突進力。


 カズキの槍。


 荒すぎる足と、正確な突き。


 ちぐはぐなのに、妙に噛み合っていた。


「右だ!」


 カズキが叫ぶ。


「俺から見てか!」


 シンが叫び返す。


「お前から見てだ!」


「どっちだ!」


「だから右だ!」


「俺の右か!」


「お前の右だ!」


「最初からそう言え!」


 シンが右へ曲がる。


 曲がりすぎる。


 カズキが体を傾けて補正する。


「曲がりすぎだ!」


「馬は文句言わねえぞ!」


「馬はもっと上手く曲がる!」


 リンが叫ぶ。


「二人とも、言い合いながら意外と避けてる!」


「意外とは何だ!」


 シンとカズキが同時に返した。


 斥候の一人が弓を構える。


 赤い羽根が強く光る。


 狙いはイオの方。


「イオ!」


 リンが走る。


 だが、間に合わない。


「シン、正面!」


 カズキが叫ぶ。


「了解!」


「いや、斜め前!」


「どっちだ!」


「俺が狙う!」


 カズキの槍が伸びた。


 シンの肩の上から、長い槍が弓を弾き飛ばす。


 同時にシンが弓兵へ体当たりした。


 弓兵は盾ごと転がる。


 イオは子どもを抱えたまま、ぽかんとしていた。


「助かったけど……」


 リンが続ける。


「絵面がすごい」


 どんちゃんが頷く。


「後で芝居にできそうだねえ」


「絶対やめてくれ」


 カズキが即答した。


 だが、斥候たちはまだ残っている。


 赤い羽根の印が一斉に光った。


 どこか遠くで、鐘のような音が鳴る。


 ごん。


 低く、重い音。


 朱雀の塔からだろうか。


 斥候たちの目がさらに虚ろになった。


「命令」


 一人が呟く。


「捕縛」


 別の一人が続ける。


「抵抗者を、朱雀女王へ」


 リンの背筋が冷える。


 命令が更新された。


 彼らは自分で判断していない。


 塔の鐘の命令で、動きが変わった。


「全員、動きが変わる!」


 リンが叫ぶ。


 斥候たちは一斉に陣形を組んだ。


 先ほどまでの小競り合いではない。


 網を広げるように、リンたちを囲む。


 中央へ追い込み、捕らえる動き。


 シンとカズキの疑似一騎も、さすがに動きが鈍る。


「囲まれた!」


 シンが言う。


「見れば分かる!」


 カズキが返す。


「どうする!」


「馬なら抜ける!」


「俺は馬じゃねえ!」


「知っている!」


 カズキの声が、少し変わった。


 怒鳴りながらも、どこか集中している。


 シンの走りは馬とは違う。


 荒い。


 揺れる。


 止まらない。


 だが、前へ進む力だけは異常に強い。


 ハヤテとは違う。


 ハヤテのように美しくない。


 賢くもない。


 足運びも雑。


 それでも。


 前へ出る。


 恐れずに出る。


 道がなければ、体で開ける。


 カズキは槍を握り直した。


「シン」


「何だ」


「三歩で中央を抜ける」


「三歩?」


「一歩目で盾を割る。二歩目で槍を払う。三歩目で俺が上を通す」


「分からねえ!」


「とにかく前だ!」


「それなら分かる!」


 リンが思わず言った。


「雑なのに通じた!」


 イオが呟く。


「相性いいのか悪いのか分からない」


 シンが腰を落とす。


 カズキが肩の上で体勢を整える。


 一騎当千の四文字が、先ほどより強く光った。


 完全ではない。


 足りない。


 ハヤテではない。


 でも。


 今だけは、千に届かせる。


「一騎には足りない」


 カズキが低く言った。


「だが、今だけは千に届く!」


「おう!」


 シンが吠えた。


「行くぞ、肩上武者!」


「その呼び方をやめろ!」


 二人が突っ込んだ。


 一歩目。


 シンの鉄棒が盾を割る。


 二歩目。


 カズキの槍が左右の短槍を払い落とす。


 三歩目。


 シンが全力で踏み込み、カズキが肩の上から大きく槍を振るう。


 斥候の陣形が、真ん中から裂けた。


 赤い羽根の兵たちが左右に崩れる。


 リンはすぐに動いた。


「今、抜ける!」


 イオが子どもたちを誘導する。


 老人たちも倉庫の中へ下がる。


 どんちゃんはなぜか、倒れた斥候の武器を足で軽く端へ寄せていた。


「どんちゃん?」


「危ないからねえ」


「それは働いた判定でいいのか?」


「少しね」


 リンは残った斥候の背中の印を見た。


 赤い羽根はまだ光っている。


 倒れても、彼らは立ち上がろうとしていた。


 命令に従って。


 自分の体の痛みも無視して。


「これ以上戦うと、相手が壊れる」


 リンが言う。


「殺さず止める!」


「難しい注文だな!」


 シンが叫ぶ。


「でもやる!」


 カズキが槍を逆手に持ち替えた。


「関節を狙う。武器を落とす。背中の印には触れるな」


「何でだ」


「分からん。だが危険だ」


「分かった!」


 肩車のまま、二人は残った斥候たちへ向かった。


 シンが体当たりで盾をずらす。


 カズキが槍の柄で手首を打つ。


 武器が落ちる。


 シンが膝裏を払う。


 カズキが肩を押さえる。


 赤い羽根の兵たちは倒れるが、命までは奪わない。


 リンも加わり、倒れた兵の武器を遠ざける。


 イオが子どもたちを安全な場所へ移した後、斥候の様子を見た。


「無理やり動かされてる。体が熱い」


「印のせいか」


「たぶん」


 赤い羽根の印は、命令に従わせるたびに熱を持っているようだった。


 従えば従うほど、体が焼かれる。


 従わなければ、もっと焼かれる。


 ひどい仕組みだ。


 リンは拳を握った。


 弱肉強食とは違う。


 これは、命令の形をした暴力だ。


 最後の斥候が立ち上がる。


 背中の赤い羽根が燃えるように光っている。


 口から血が垂れているのに、まだ武器を拾おうとする。


 イオが叫んだ。


「もう動いちゃ駄目!」


 斥候は答えない。


「命令……捕縛……」


 シンが走ろうとする。


 だが、肩の上のカズキが先に動いた。


「止まれ」


 低い声。


 カズキの槍の柄が、斥候の武器を弾いた。


 同時に、シンが体を低くして斥候の足元へ入る。


 カズキは肩から飛び降り、男の腕を取り、地面へ押さえた。


 シンも横から押さえる。


 イオが駆け寄り、薬草布を噛ませる。


「歯を食いしばって。少し熱を抜く」


 イオは赤い印に直接触れず、その周りへ冷却用の薬草布を当てた。


 斥候の体が震える。


 やがて、赤い羽根の光が少しだけ弱まった。


「……俺は」


 男の目に、わずかに意識が戻る。


「何を……」


 リンは膝をついた。


「覚えていますか」


「鐘が……鳴って……命令が……」


 男は震えた。


「逆らえない……逆らえば、焼ける……」


 イオは顔を歪めた。


「ひどい」


 カズキは男の背中の印を見つめていた。


「馬にも、これを?」


 男は苦しそうに頷いた。


「軍馬にも……赤い羽根を……」


 カズキの顔が強張る。


「黒馬は」


「黒い……速い馬なら……」


 男は息を切らしながら言った。


「朱雀の塔へ……女王が……気に入ったと……」


 カズキの手が震えた。


「ハヤテ……」


 シンが彼の肩を叩いた。


「生きてる」


「ああ」


「なら探す」


「ああ」


 イオは斥候たちの手当てを始めた。


 完全に救えるわけではない。


 赤い羽根の印を消す方法もまだ分からない。


 それでも、今できることはある。


 熱を冷ます。


 水を飲ませる。


 無理に動かないように縛る。


 命令で動かされないよう、武器を遠ざける。


「ここに長くはいられない」


 リンが言う。


「また鐘が鳴れば、彼らは動かされる」


「置いていくのか」


 シンが聞く。


「宿場の人たちに頼むしかない。僕たちは塔へ向かう」


 老人が頷いた。


「わしらが見ておく。印を持つ者は怖いが……この者たちも被害者なのだろう」


 イオは頭を下げた。


「お願いします。水を少しずつ。熱が上がったら、この布を変えてください」


「分かった」


 子どもが、奪われかけた薬袋を抱いてイオへ頭を下げた。


「ありがとう」


「お母さんに早く届けて」


「うん」


 戦いが終わると、シンはその場に座り込んだ。


「疲れた」


「あなた、怪我人なのに走りすぎ」


 イオが睨む。


「馬になったからな」


「馬じゃない」


 カズキが即座に言う。


「だが、助かった」


 その言葉に、シンは少し驚いた。


「おう」


「お前の走りは荒い」


「褒めてねえな」


「揺れるし、曲がりすぎるし、止まらない」


「やっぱり褒めてねえ」


「だが」


 カズキは少しだけ目を伏せた。


「前に出る力だけは、悪くなかった」


 シンはにやりと笑った。


「つまり馬より強いか」


「馬の方が賢い」


「またそれか!」


 リンは笑いながら言った。


「でも、少し発動してたよ。一騎当千」


 カズキは自分の背中を見るように肩を動かした。


「……分かった」


「何が?」


「俺はまだ、一騎ではない」


 カズキは静かに言った。


「だが、ハヤテがいないから何もできないわけでもない」


 シンが頷く。


「歩けるからな」


「走らされたがな」


「乗っただろ」


「今回だけだ」


「またやるか?」


「やらない」


 即答だった。


 どんちゃんが横から言う。


「次はもっと上手くなりそうだけどねえ」


「やらない」


 カズキは強く言った。


 リンは南の空を見る。


 赤い雲が濃くなっていた。


 朱雀の塔。


 赤い羽根の印。


 命令に逆らえない兵。


 そして、女王に気に入られた黒馬。


 次の目的地は、はっきりした。


 朱雀の塔へ向かう。


 ハヤテを探す。


 絶対服従の支配を知る。


 そして、赤い羽根の命令を止める。


 夕方。


 宿場跡で少し休ませてもらい、一行は再び南へ出発した。


 斥候たちは縛られ、熱を冷ます薬草布を当てられている。


 老人たちが見守ってくれることになった。


 道の先には、赤く染まった空が広がっている。


 カズキは黙って歩いていた。


 だが、足取りは朝より少しだけしっかりしていた。


 馬を失った男。


 一騎が足りない一騎当千。


 それでも、歩いている。


 歩いて探す。


 見つけたら、また駆けるために。


 シンが隣を歩きながら言った。


「なあ、カズキ」


「何だ」


「次は肩車じゃなくて、背中に乗るか?」


「乗らない」


「馬っぽいぞ」


「乗らない」


「じゃあ俺が四つん這いで――」


「絶対にやめろ」


 リンとイオが同時に言った。


 どんちゃんは眠そうに笑った。


「旅はにぎやかだねえ」


 リンはため息をつきながらも、少しだけ笑った。


 南の空で、遠く鐘の音が鳴った気がした。


 ごん。


 赤い羽根の命令が、どこかで誰かを縛っている。


 その音に、リンの胸がざわつく。


 命令に従えば、迷わない。


 選ばずに済む。


 楽になる。


 その甘い罠が、もう道の先で待っている。


 リンは拳を握った。


 ムソウの言葉を思い出す。


 命令されるな。


 選べ。


 南の道は、赤く染まっている。


 その向こうで、朱雀女王が待っている。


 そしてきっと、ハヤテも。


 カズキは槍を握り直し、低く呟いた。


「待っていろ」


 誰に向けた言葉かは、聞くまでもなかった。


 リンたちは、赤い空の下を進んだ。

【後書き】


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


リンは考え、シンは突っ込み、イオは鍋を握る。


そんな三人の旅を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。


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