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臨機応変の俺と猪突猛進の親友、医食同源の少女と世界を旅する ~四字熟語を背負う者たちの腹ぺこ放浪記~  作者: 凡夫 成


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16話 食われた町

【前書き】


四字熟語が真名になる世界。


臨機応変、猪突猛進、医食同源の三人が、今日も腹を空かせて旅をします。


バトルあり、料理あり、ちょっとした言葉の物語あり。


よろしくお願いします。


 石門町は、静かすぎた。


 丘の上から見えた煙は、町へ近づくほどに濃くなる。


 燃え盛っているわけではない。


 すでに大きな火は消えていた。


 だが、崩れた家の柱や、焼け残った荷車の下から、まだ細い煙が上がっている。


 焦げた木の匂い。


 こぼれた穀物の匂い。


 血の匂い。


 そして、空腹の匂い。


 イオは町の門の前で足を止めた。


 門は片側が外れ、地面に倒れている。


 その上には、巨大な爪痕のような傷が残っていた。


「虎……なのかな」


 イオが呟く。


「獣にしては、傷が大きすぎる」


 リンは倒れた門を調べた。


 爪で裂かれたように見える。


 だが、ただ壊しただけではない。


 門に刻まれていた町の名が、削り取られていた。


 石門町。


 その四文字のうち、石と町が半分砕けている。


 シンは鉄棒を握りしめた。


「壊しただけじゃねえな」


「ああ」


 リンは頷いた。


「町の名を食おうとしたみたいだ」


 一座の者たちが息を呑む。


 ムソウは無言で扇を閉じた。


 いつもの派手な口上はない。


 白首山の城から吹き下ろす風が、町の通りを抜けていく。


 その風は冷たかった。


 門を越えた瞬間、ミツが小さく声を上げた。


「人がいる!」


 崩れた屋台の陰に、老人が倒れていた。


 イオがすぐに駆け寄る。


「生きてる!」


 老人は乾いた唇を震わせていた。


 イオは水筒を開け、少しずつ水を含ませる。


「一気に飲まないで。少しずつ」


「みず……」


「大丈夫。ゆっくり」


 イオは老人の脈を取り、顔色を見る。


 怪我はあるが、致命傷ではない。


 問題は脱水と空腹だ。


「リン、ここで止まって!」


 イオの声が飛ぶ。


 リンは頷き、一座へ振り返った。


「怪我人を探します。声を出しながら、二人一組で動いてください。崩れた家には勝手に入らない。危ないと思ったら僕かシンを呼んで」


 ムソウがすぐに続ける。


「一座の者ども、聞いたな!」


「はい!」


「楽師は水を運べ! 裏方は担架を作れ! 役者は声が通る、助けを呼ぶ者がいないか探せ!」


「はい!」


 ムソウの声が町に響く。


 いつもの大げささとは違う。


 人を動かすための声だった。


 シンは鉄棒を地面に突き立てた。


「俺は瓦礫をどかす」


「待て」


 リンが止める。


「力任せにどかすと、下にいる人を潰す」


「じゃあどうする」


「声を聞いてから。あと、支えになってる柱は抜くな」


「支え?」


「今にも崩れそうな家は、一本抜いたら全部落ちる」


 シンは瓦礫を見た。


 珍しく、すぐには動かなかった。


「分かった」


「本当に?」


「水路で分かった」


「なら頼む」


「おう」


 シンは膝をつき、瓦礫の下へ声をかけた。


「誰かいるか!」


 返事はない。


 少し場所を変える。


「いたら声出せ!」


 小さな声が返った。


「……ここ」


 シンの顔が変わる。


「リン!」


「場所は?」


「この下だ!」


 リンが駆け寄り、木材の重なりを見る。


 柱を一本ずつ確認する。


「この板から。ゆっくり」


「ゆっくりだな」


「ゆっくり」


 シンは鉄棒を使わず、両手で板を持ち上げた。


 力は強い。


 だが、動きは慎重だった。


 板の下から、小さな男の子が見えた。


 足が挟まっている。


 イオが老人を一座の者へ任せ、すぐに駆けつける。


「もう少しだけ我慢して」


 男の子は泣いていた。


「お母さんが……」


「まずあなたを出すね」


 シンが顔を歪める。


「リン、足元の梁」


「分かってる。こっちを上げて、こっちを支える」


「俺が持つ」


「持ったら離すなよ」


「離さねえ」


 シンは梁を持ち上げた。


 リンが男の子の足を抜き、イオがすぐに傷を見た。


「骨は折れてない。でも腫れてる。冷やしたい」


「水持ってきます!」


 ミツが走ろうとする。


 イオが呼び止める。


「走らない。転ぶ」


「はい!」


 ミツは早歩きで水を取りに行った。


 町の中では、少しずつ生き残った人々が見つかっていった。


 店の奥に隠れていた母子。


 井戸のそばで倒れていた若者。


 空の食料庫で震えていた老人。


 怪我をした犬を抱いて動けなくなっていた少女。


 イオと一座は、広場に救護場所を作った。


 壊れた屋台の布を使って日除けを作る。


 荷車を横に並べ、怪我人を寝かせる。


 水を運ぶ。


 傷を洗う。


 布を裂いて包帯にする。


 イオは休まず動いた。


「水は全員に少しずつ。意識がない人には無理に飲ませないで」


「はい!」


「怪我の深い人はこっちへ。寒がってる人には布を」


「薬草茶、できます!」


「ありがとう。薄めにして」


 町の人々は、最初は声を出す力もなかった。


 だが、水を飲み、温かい布をかけられ、誰かに名前を呼ばれると、少しずつ目に色が戻っていく。


 医食同源。


 イオの背中に、橙色の四文字が淡く浮かぶ。


 それは戦場で敵を倒す光ではない。


 命をこちら側へ引き戻す光だった。


 リンは広場の周囲を見て回った。


 壊された食料庫。


 空になった水瓶。


 畑の踏み荒らされた跡。


 町人の話を聞くほど、状況が見えてきた。


 強い者から連れて行かれた。


 若い者。


 腕に覚えのある者。


 戦える真名を持つ者。


 逆に残されたのは、子ども、老人、怪我人、病人。


 食べ物は奪われた。


 水場は壊されかけた。


 逃げる力も、追う力も奪われた。


 リンは拳を握った。


「食ったんじゃない」


 近くにいたムソウが言う。


「何?」


「弱肉強食は、この町を食ったのではない」


 ムソウは町を見回す。


「噛みちぎって、うまいところだけ持っていった」


 その声には、静かな怒りがあった。


「残った者を、死ぬに任せた」


「一番悪い」


 リンは呟いた。


「全部壊すより悪い」


「ああ」


 ムソウの背中の天下無双が、白く揺れている。


 守るべきものが多すぎる。


 目の前には、倒れた町。


 山には、弱肉強食の城。


 一人で全部を守ろうとすれば、ムソウの真名はまた揺らぐ。


 リンはそれを感じた。


「ムソウさん」


「何だ」


「今は、全部背負わないでください」


 ムソウはリンを見た。


「分かっておる」


「本当に?」


「……分かろうとしておる」


 ムソウは小さく笑った。


「まだ難しい」


「それでいいです」


 その時、広場の奥から泣き声が聞こえた。


 イオが駆け寄る。


 若い母親が、赤ん坊を抱えていた。


「ミルクが出ないんです……昨日から何も食べてなくて……」


 イオはすぐに膝をつく。


「赤ちゃんを見せて」


 赤ん坊は弱々しく泣いていた。


 母親も衰弱している。


 イオは一瞬だけ目を閉じ、それから声を張った。


「お粥を作ります!」


 一座の料理係が反応する。


「でも、米がほとんどありません!」


「少しでいい。水を多めに。干し餅を砕いて入れる。豆も潰して。塩をほんの少し」


「分かった!」


「食べられる人から食べさせるんじゃなくて、食べないと倒れる人から。子ども、母親、老人、怪我人の順に」


 シンが荷物から肉包みを取り出した。


「これ使え」


 リンが驚く。


「シン」


「何だよ」


「食べないのか」


「今食ったら、たぶんイオに怒られる」


「そこか」


 シンは少し照れたように目をそらした。


「あと、子どもが食った方がいいだろ」


 イオは肉包みを受け取った。


「ありがとう」


「おう」


「細かく刻んでお粥に入れるね」


「そのまま食った方がうまいぞ」


「弱ってる人には重い」


「そうか」


 シンは少しだけ残念そうにしたが、それ以上は何も言わなかった。


 大鍋が広場に置かれた。


 一座の者たちが火を起こす。


 イオが米と干し餅、豆、刻んだ肉包みを入れて煮込む。


 薬草をほんの少し加える。


 湯気が立つ。


 町に、久しぶりに食べ物の匂いが広がった。


 それだけで、何人かの町人が顔を上げた。


「食べ物……」


「温かい……」


 イオは器によそい、一人ずつ配った。


「ゆっくり。噛めなくても飲めるから」


 母親が粥を口にする。


 涙がこぼれた。


「温かい……」


 イオは小さく頷く。


「まず、お母さんが食べて。あなたが倒れたら、赤ちゃんも困る」


 その言葉に、百花繚乱の町で大人たちへ言った時と同じ響きがあった。


 大人も食べて。


 あなたたちが倒れたら、守れない。


 リンはそれを聞き、弱肉強食の城を見上げた。


 白い城は、山の中腹で静かに口を開けている。


 まるで、まだ足りないと言っているようだった。


 昼過ぎ。


 町の状況は少し落ち着いた。


 生き残った者たちが広場に集まり、イオの粥を食べている。


 一座の者たちは、水を運び、瓦礫をどけ、壊れた布で簡易の寝床を作っていた。


 ムソウは町人から話を聞いていた。


 連れ去られた者の中に、強い真名を持つ者が多いことが分かった。


 一騎当千。


 勇猛果敢。


 堅忍不抜。


 力自慢の若者や、町を守る者たち。


 彼らは白い城へ連れて行かれた。


「食うためか」


 シンが低く言った。


「たぶん」


 リンは町人から聞いた話を整理する。


「弱肉強食は、強い真名を食って自分の力にする。弱い者は食べる価値がないから残す」


「ふざけてる」


 シンの拳が震える。


「弱いから残す? 残された方は死ぬだけじゃねえか」


「それが狙いかもしれない」


 リンは言った。


「弱い者は勝手に死ぬ。強い者は食われる。残るのは弱肉強食だけ」


 ムソウが扇を強く握った。


「野暮などという言葉では足りぬな」


 イオが近づいてきた。


 額には汗が滲んでいる。


 それでも目ははっきりしていた。


「城へ行くんだよね」


 リンは頷いた。


「行く」


「私はここに残る」


「分かってる」


 シンはイオを見る。


「来ねえのか」


「行かない」


 イオははっきり答えた。


「ここで食べさせなきゃ、今日死ぬ人がいる」


 シンは何も言えなくなった。


 イオは続ける。


「弱肉強食は、弱い人を食べる価値もないって捨てた。でも、その人たちはまだ生きてる」


 彼女の背中に医食同源が浮かぶ。


「私は、その人たちを立たせる」


 ムソウが深く頷いた。


「立派な戦だ」


「戦?」


「そうだ」


 ムソウは珍しく静かに言った。


「我らは城で虎を討つ。イオは町で、食われるはずだった命を立たせる。どちらも弱肉強食への反逆よ」


 イオは少しだけ笑った。


「じゃあ、私はこっちで戦う」


「任せてよいか」


 ムソウが一座の者たちを見る。


 役者たち、裏方、楽師、料理係。


 彼らも頷いた。


「俺たちは町に残ります」


「炊き出しなら手伝える」


「子どもたちを見ます」


「瓦礫も運びます」


 ミツも前へ出た。


「私も手伝う」


 イオがしゃがむ。


「無理しない範囲でね」


「うん。子どもたちにお粥を配る」


「お願い」


 ムソウは一座を見渡した。


 彼の真名が、少し揺れた。


 守りたいものを置いていく。


 それは、ムソウにとって簡単なことではない。


 しかし、彼は一度目を閉じた。


 そして開く。


「一座の者ども」


 声が響く。


「この町を頼む」


 役者たちが姿勢を正す。


「はい!」


「これは花道ではない。だが、舞台裏もまた芝居を支える場所よ」


 ムソウは扇を広げた。


「倒れた者を起こせ。泣く子に飯を配れ。震える者に声をかけろ。今、この町を咲かせるのはお前たちだ!」


 一座の者たちの目に火が入った。


「はい!」


 リンは、ムソウが変わったことを改めて感じた。


 一人で全部を背負うのではない。


 任せる。


 信じる。


 それが少しずつできるようになっている。


 シンが鉄棒を担ぐ。


「行くぞ」


「待て」


 リンが言う。


「またか」


「準備だ。イオが来ない以上、回復役はいない。無茶はできない」


「でも行くんだろ」


「行く」


「なら早く」


「焦るな」


「難しいな」


 イオが三人の前に薬草袋を置いた。


「これを持っていって」


 リンが受け取る。


「いいのか? こっちで使うだろ」


「必要な分は残してある。そっちは止血用と痛み止め。あと、疲労回復の茶葉」


 シンが中を覗く。


「肉は?」


「ない」


「薬草袋に肉は入れない」


「入れたら元気出るぞ」


「腐る」


「そうか」


 イオはシンを見上げる。


「本当に、無茶しないで」


「分かってる」


「本当に?」


「昨日より分かってる」


「最近そればっかり」


「便利だからな」


 イオは少し笑った。


 そしてリンを見る。


「リン、二人を止めてね」


「努力する」


「努力じゃなくて、止めて」


「……止める」


 最後に、ムソウへ視線を向ける。


「ムソウさんも」


「わしか」


「守るものがあるからって、一人で全部背負わないでください」


 ムソウは少し驚いた後、笑った。


「医食同源にも言われてしまったか」


「言います」


「ならば守ろう」


「自分も守ってください」


 ムソウは扇を閉じた。


「心得た」


 町の広場から、白首山へ続く道が見える。


 山道は細く、途中から森へ入っていく。


 その上に、白い城がある。


 牙のような塔。


 獣の口のような門。


 城そのものが、彼らを見下ろしているようだった。


 リン、シン、ムソウの三人は、町を出る準備を整えた。


 イオは広場に残る。


 一座も残る。


 背後では、粥の鍋が湯気を上げている。


 その匂いを吸って、町人たちが少しずつ顔を上げていた。


「リン」


 イオが呼んだ。


 リンが振り返る。


「何?」


「帰ってきたら、ちゃんと食べて」


 リンは少し笑った。


「うん」


 シンが横から言う。


「肉あるか?」


「帰ってきたら考える」


「絶対帰る」


「そこは頼もしい」


 ムソウが大きく笑う。


「では、帰って飯としよう!」


「声大きい」


 イオが言う。


「町に聞かせておる!」


 ムソウは町人たちへ向き直った。


「我らは城へ行く!」


 広場が静まる。


「だが、町を置いていくのではない! ここには医食同源がいる! 一座がいる! お前たちは、まだ食べ、まだ立てる!」


 町人たちの目が、少しだけ変わる。


 老人が粥の器を握る。


 母親が赤ん坊を抱き直す。


 子どもが涙を拭く。


 イオは鍋の前に立っていた。


 小さな体で、町の命を支えている。


 リンはその光景を胸に刻んだ。


「行こう」


「ああ」


 シンが答える。


「うむ」


 ムソウが続く。


 三人は石門町を出た。


 背後では、イオの声が響く。


「次のお粥、できます!」


 一座の者たちが動く。


 水を運ぶ者。


 器を配る者。


 怪我人を支える者。


 子どもを笑わせようと、即興の芝居を始める役者。


 弱肉強食に食われるはずだった町は、まだ死んでいなかった。


 山道へ入ると、空気が変わった。


 木々が不自然に静かだった。


 鳥の声がしない。


 獣の気配も薄い。


 ただ、上から何かに見られているような感覚がある。


 シンは鉄棒を肩に担いだ。


「嫌な山だな」


「お前でも分かるか」


 リンが言う。


「腹が減らねえ」


「それはかなり異常だな」


 ムソウも扇を握る。


「弱肉強食の領域に入ったか」


「たぶん」


 リンは足元を見る。


 山道の土には、爪痕のような溝がいくつも走っていた。


 その隙間に、砕けた木札が落ちている。


 拾い上げると、そこには四文字の一部が刻まれていた。


 勇猛――。


 残りは砕けて読めない。


「食われた真名か」


 ムソウが低く言う。


 リンは木札を握る。


「城の中に、連れて行かれた人たちがいるかもしれない」


「助ける」


 シンが即答する。


「可能ならな」


「可能にする」


 リンはシンを見る。


 猪突猛進。


 こういう時、その真っ直ぐさは救いにもなる。


 山道を進むにつれ、白い城は大きくなっていった。


 城壁は石ではなく、骨のようにも見える。


 塔は牙のように曲がり、窓は獣の目のように暗い。


 門の前には、誰もいない。


 ただ、巨大な口のような門が開いていた。


 まるで、入ってこいと言っている。


 シンが笑った。


「待ってるらしいな」


「罠だろうな」


 リンが言う。


「だろうな」


「それでも行くのか」


「行く」


 ムソウが一歩前へ出る。


「弱き者を食らい、強き者をも餌とする虎よ」


 彼の背中に天下無双の四文字が浮かぶ。


「天下無双が、その野暮を正しに来た」


 シンの背中にも、猪突猛進が燃える。


「腹の中、吐かせてやる」


 リンの背中に、臨機応変が淡く光る。


「中へ入る。二人とも、勝手に突っ込みすぎるな」


「分かってる」


「努力しよう」


「ムソウさんまで不安な答えをしないでください」


 白い城の門が、低く軋んだ。


 風が吹く。


 その奥から、獣の笑い声のような音が響いた。


 三人は、弱肉強食の城へ足を踏み入れた。

【後書き】


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


リンは考え、シンは突っ込み、イオは鍋を握る。


そんな三人の旅を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。


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