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臨機応変の俺と猪突猛進の親友、医食同源の少女と世界を旅する ~四字熟語を背負う者たちの腹ぺこ放浪記~  作者: 凡夫 成


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15話 山に城が生えた

【前書き】


四字熟語が真名になる世界。


臨機応変、猪突猛進、医食同源の三人が、今日も腹を空かせて旅をします。


バトルあり、料理あり、ちょっとした言葉の物語あり。


よろしくお願いします。


 花道宿の朝は、芝居小屋の片付けの音から始まった。


 昨夜の舞台で使われた提灯が外され、花道にはまだ足跡が残っている。


 壊されかけた橋の大道具は、舞台裏で職人たちに囲まれていた。


「あの補強、思ったより持ったな」


「次の興行でも使えるか?」


「いや、ちゃんと直せ。旅人の兄ちゃんの応急処置を本番仕様にするな」


 そんな声が飛び交っている。


 リンは、芝居小屋の裏庭で荷物をまとめていた。


 百花繚乱の町でもらった地図。


 花道宿の町人から受け取った干し餅。


 イオが作った薬草袋。


 シンが勝手に増やした肉包み。


「それ、いつ買ったんだ」


 リンが聞く。


 シンは荷物を背負いながら答えた。


「昨日」


「昨日のいつ」


「飯の後」


「飯の後に飯を買ったのか」


「今日の飯だ」


「理屈は分かるけど、量がおかしい」


 シンの荷物の一部から、明らかに肉包みの匂いがしている。


 イオが眉をひそめた。


「それ、昼までに食べたら夕飯は野菜だけね」


「何で分かる」


「食べる気だった顔をしてた」


「顔に出るのか?」


「全身に出てる」


 シンは少し真剣に自分の顔を触った。


「隠せねえのか」


「隠す努力より、食べない努力をして」


「難しいな」


 裏庭の入口では、天下無双のムソウが大きな声で一座の者たちに指示を出していた。


「荷車は西へ向けよ!」


「衣装箱は濡らすな!」


「太鼓は一番奥だ! 転がすでない!」


「ミツ、走るな! 舞台以外で転ぶなど野暮だぞ!」


 ミツは小さく舌を出して、イオの後ろに隠れた。


「ムソウさん、朝から声が大きい」


「天下無双だからな!」


「理由になってません」


 イオは苦笑した。


 花道宿での一件の後、ムソウは一座と共に西へ向かうことになった。


 正確には、もともと一座は西の宿場を巡る予定だったらしい。


 そこへリンたちも同じ方向へ進むため、しばらく同行することになったのだ。


 ただし、ムソウはそれを大げさに言った。


「旅は花道! 道行きは芝居! ならば共に歩くも一興!」


 つまり、同行である。


 シンは単純に喜んだ。


「また手合わせできるな!」


「よかろう!」


「怪我したら治療しないからね」


 イオが即座に釘を刺す。


「では怪我せぬ手合わせをしよう!」


「それ、できるんですか?」


 リンが聞く。


「やってみねば分からぬ!」


「一番不安な答えですね」


 一座は思ったより大所帯だった。


 役者。


 楽師。


 裏方。


 衣装係。


 荷運び。


 そして子役のミツ。


 荷車は三台。


 芝居道具や衣装、食材も積んでいる。


 旅の速度は、三人だけの時より遅くなる。


 だが、その分、道はにぎやかだった。


 笛の練習をする者。


 台詞を読む者。


 衣装のほつれを直す者。


 歩きながら団子を食べるシン。


「シン」


 リンが言う。


「何だ」


「もう食べてるな」


「一つだけだ」


「さっき二つあった気がする」


「一つは消えた」


「お前の口にだろ」


 イオが無言で見ている。


 シンは目をそらした。


「昼は少なめでいい」


「本当に?」


「普通でいい」


「でしょうね」


 そんなやり取りをしながら、花道宿の門を出る。


 町人たちが見送りに来ていた。


「また来いよ!」


「次も芝居を見せてくれ!」


「医食同源の姉ちゃん、薬草茶ありがとう!」


「猪突猛進の兄ちゃん、今度は客席で怖い顔するなよ!」


 シンが首を傾げる。


「笑ってたんだが」


「だから怖かったんだろ」


 リンが言う。


 ムソウは門の前で大きく扇を広げた。


「花道宿よ! また咲く日まで、しばしの別れ!」


 町人たちから歓声が上がる。


 ミツも手を振った。


 イオはその隣で、少し安心した顔をしている。


 ミツの手首の傷は、まだ完全には消えていない。


 けれど、彼女は歩いている。


 舞台にも立った。


 それは、イオにとって何より大事なことだった。


 リンはふと、周囲を見回した。


 どんちゃんの姿はない。


 昨夜、裏庭にふらりと現れ、弱肉強食らしき黒い獣を見たと言った。


 そして食事を少しだけ食べた後、いつの間にか消えていた。


 朝になっても戻らない。


 飯の匂いにも釣られてこない。


 シンも気づいたように言う。


「そういや、どんちゃんは?」


「いないな」


「また散歩か?」


「たぶん」


 イオは少し心配そうだった。


「でも、何も言わずに消えるの多いよね」


「どんちゃんだからな」


 シンが答える。


「その言い方、便利すぎる」


 リンは西へ続く道を見た。


 あの昼行灯が何者なのか、まだ分からない。


 でも、今は追うこともできない。


 道は西へ伸びている。


 弱肉強食の影も、同じ方角にある気がした。


 花道宿を出て半日。


 一行はゆっくり街道を進んだ。


 一座がいる旅は、三人だけの旅とはまるで違う。


 まず、休憩が多い。


 荷車の車輪を確認する。


 子どもを休ませる。


 衣装箱がずれていないか見る。


 楽器を乾かす。


 シンは最初こそ文句を言っていた。


「遅い」


「一座だからな」


 リンが答える。


「走れば早い」


「荷車が壊れる」


「俺が担ぐ」


「三台あるぞ」


「三往復する」


「余計に遅い」


 ムソウは大笑いした。


「猪突猛進よ、旅は速さだけではない!」


「そうか?」


「道中も芝居よ!」


「つまり?」


「にぎやかならよい!」


「なるほど」


「納得するのか」


 リンはため息をついた。


 けれど、一座と歩く道は悪くなかった。


 楽師が笛を吹くと、ミツがそれに合わせて小さく踊る。


 裏方たちが古い芝居の話をする。


 イオは一座の料理係と食材の話で盛り上がっている。


「干し野菜を戻す時に、薬草を少し入れるんですか?」


「そう。疲れてる時は、ただの水より体が楽になるから」


「へえ、今度やってみよう」


「辛くしすぎると子どもが食べられないから、香辛料は最後に分けた方がいいです」


「助かるわ」


 シンはその会話を聞きながら、期待した目で言う。


「今日の夕飯、増えるか?」


「手伝えば増えるかもね」


 イオが言う。


「何をすればいい」


「水汲み」


「水か」


「あと薪拾い」


「薪か」


「肉狩りは禁止」


「何でだ」


「一座がいるから。勝手に森へ入って迷ったら困る」


「迷わねえ」


「獲物を追って遠くへ行くでしょ」


「行く」


「だから禁止」


 シンは少し不満そうだったが、水桶を担いだ。


 ムソウがその横に並ぶ。


「わしも手伝おう!」


「ムソウさんも?」


 イオが驚く。


「一座と共に歩くなら、水も共に運ぶ!」


「昨日からちょっと変わりましたね」


「そうか?」


「前なら、天下無双は水を運ばぬ! とか言いそう」


 ムソウは一瞬考え、豪快に笑った。


「言いそうだな!」


「自覚あるんですね」


「だが、花道を歩くにも喉は潤さねばならぬ!」


 そう言って、ムソウは水桶を二つ担いだ。


 シンも負けじと四つ担ぐ。


「俺の方が多い」


「張り合わなくていい」


 リンが言う。


「勝った」


「水汲みに勝敗を持ち込むな」


 夕方、一行は街道脇の広い野営地に着いた。


 旅人がよく使う場所らしく、古い石のかまどがいくつか残っている。


 近くには小川もあり、荷車を止めるにはちょうどよかった。


 一座は慣れた動きで野営の準備を始める。


 布を張り、火を起こし、荷を並べる。


 リンたちも手伝った。


 イオは料理係たちと一緒に大鍋を準備する。


 豆、干し野菜、干し魚、少しの肉。


 花道宿でもらった餅も入れる。


 湯気が立つと、シンが吸い寄せられた。


「まだ?」


「まだ」


「匂いはしてる」


「匂いがしてからが長いの」


「なぜだ」


「火を通すから」


「強火にすれば早い」


「焦げる」


「難しいな」


 ミツが笑った。


「シンさん、いつもご飯のことばっかり」


「大事だぞ」


「うん。大事」


 ミツは少し真面目な顔で頷いた。


「舞台の前も、ご飯食べないと声出ないから」


「分かってるじゃねえか」


「シンと同じ方向で分かってるのは少し不安だけどね」


 イオが言った。


 野営の食事は、思った以上ににぎやかだった。


 一座の者たちは食べながら芝居の話をする。


 ムソウは大きな器で汁を飲み、シンと肉の数を競っている。


 リンは食べながら、旅の地図を広げた。


 次の町は、地図によれば山裾の交易町。


 名前は、石門町。


 山道へ入る前の補給地として栄えているらしい。


「明日の昼過ぎには着くはずだ」


 リンが言う。


「そこにも芝居小屋はあるのか?」


 ムソウが聞く。


「小さい舞台はあるみたいですね」


「よし、咲かせるか!」


「まず様子を見てからにしてください」


 その時、隣で食事をしていた旅商人が、ぽつりと言った。


「石門町へ行くのかい」


 リンは顔を上げる。


「そのつもりです」


「やめた方がいい」


 周囲の空気が少し変わった。


 シンが器を持ったまま聞く。


「何でだ」


 旅商人は、声を潜めた。


「あのあたりは、おかしくなってる」


「おかしい?」


「山に、城ができた」


 リンは眉をひそめた。


「城?」


「ああ」


 商人は震える手で汁を飲んだ。


「石門町の北に、白首山って山がある。岩肌が白くて、遠くからでも目立つ山だ。そこに、突然城ができた」


「突然?」


 イオが聞き返す。


「昨日まではなかった、という話だ」


 野営地にいた一座の者たちも、話を聞き始めた。


 ムソウは茶碗を置いた。


「山に城が生えるとは、なかなか派手な話だ」


「笑い事じゃない」


 商人は首を振る。


「城が見え始めてから、道が荒れた。荷が襲われる。町へ入る食料が奪われる。強い真名を持つ者が消える」


 リンの胸がざわついた。


 百花繚乱の町。


 花道宿。


 そこで起きたことと似ている。


「城主は?」


 リンが尋ねる。


 商人は答える前に、周囲を見回した。


 まるで、その名を口にするのを恐れているようだった。


「白い虎だと聞いた」


 シンの目が光る。


「虎?」


「山ほど大きい白い虎。人の言葉を話し、腹に食った真名を浮かべる化け物」


 イオが息を呑む。


 ムソウの目が鋭くなる。


 商人はさらに声を低くした。


「その虎は、自分をこう名乗るらしい」


 野営地の火が、ぱちりと鳴った。


「弱肉強食」


 誰もすぐには喋らなかった。


 その四文字は、すでにリンたちにとってただの言葉ではなかった。


 優勝劣敗の背後にいた理。


 花道宿の舞台を壊そうとした影。


 どんちゃんが見たという黒い獣。


 それが、今度は城を持ったという。


 シンが鉄棒へ手を伸ばす。


「そいつが四天王か」


「たぶん」


 リンは静かに答えた。


 ムソウは立ち上がる。


「弱きものを食らう虎か」


 その声には、昨夜までの芝居がかった響きとは違う怒りが混ざっていた。


「野暮の極みだな」


 イオは商人に尋ねる。


「石門町の人たちは?」


「分からない。俺は町に入る前に逃げてきた。だが、町から来た旅人は、食料庫が空になったと言っていた。怪我人も多いらしい」


「怪我人……」


 イオの顔つきが変わる。


 リンはすぐに気づいた。


 イオは行くだろう。


 戦うためではなく、助けるために。


「一座はどうする?」


 リンはムソウを見る。


 ムソウは一座の者たちへ視線を向けた。


 役者たちは不安そうにしている。


 ミツはイオの隣に座り、器を握っていた。


 芝居小屋での一件の直後だ。


 無理に危険へ連れて行くべきではない。


 だが、道は同じ方向へ伸びている。


 ムソウはしばらく黙った後、言った。


「石門町へ向かう」


「ムソウさん」


「ただし、戦のためだけではない」


 彼は一座を見る。


「怪我人がいるなら、手が要る。炊き出しにも、瓦礫運びにも、人を励ますにもな」


 イオが少し驚いた顔をした。


「一座で?」


「芝居は人を立たせるものだ」


 ムソウは胸を張る。


「ならば、倒れた町を前にして逃げるは、花道に背を向けるも同じ」


 シンが笑う。


「いいじゃねえか」


 リンも頷いた。


「ただ、慎重に行きましょう。弱肉強食がいるなら、正面から全員で近づくのは危ない」


「リン」


 シンが言う。


「どうした」


「城に乗り込むなら、俺も行く」


「まだ城へ行くとは決めてない」


「決めるだろ」


「状況を見てからだ」


「でも行くだろ」


 リンは答えなかった。


 たぶん、行くことになる。


 そんな気がしていた。


 その夜。


 野営地の空気は重かった。


 一座の者たちは声を潜めて話し、ミツは早めに眠った。


 イオは薬草袋の中身を確認している。


 包帯。


 止血用の布。


 体を温める草。


 疲労回復の茶葉。


 消毒に使う酒。


 それらを一つずつ確かめる手つきに迷いはなかった。


「イオ」


 リンが声をかける。


「何?」


「明日、町が本当に壊れていたら」


「私は残る」


 イオは即答した。


「まだ何も言ってない」


「分かるよ」


 彼女は薬草袋を閉じた。


「怪我人がいたら、私はそこに残る。食べられない人がいたら、食べさせる」


「城へは?」


「行かない」


 その言葉も、はっきりしていた。


「私は、戦うために旅してるんじゃない」


「分かってる」


「でも、弱肉強食とは戦うよ」


 イオは火の向こうを見た。


「城じゃなくて、町で」


 リンは頷いた。


「うん」


「食われるだけだって言われた人たちを、立たせる」


 その言葉は静かだった。


 けれど、強かった。


 医食同源。


 食べることと生きることをつなぐ真名。


 弱き者を食う理に対して、イオは弱き者を食べさせる。


 それは、立派な戦いだった。


 少し離れた場所では、シンとムソウが焚き火を挟んで座っていた。


 シンは鉄棒を磨いている。


 ムソウは大太刀を鞘ごと膝に置いていた。


「白い虎か」


 シンが言う。


「でかいらしいな」


「燃えるか?」


 ムソウが聞く。


「燃える」


「そうか」


「ムソウは?」


「燃える」


「だよな」


 二人は少し黙った。


 やがてシンが言った。


「でも、イオは町に残る」


「ああ」


「怪我できねえな」


「回復役がいないからか?」


「それもある」


 シンは鉄棒を握る。


「でも、イオが町で踏ん張るなら、俺らも城で踏ん張らねえとな」


 ムソウはシンを見た。


「猪突猛進が、なかなか良いことを言う」


「最近分かってきたからな」


「水路か?」


「水路だ」


「やはり分からぬが、良い水路だったのだな」


「良い水路だった」


 ムソウは笑った。


 だが、その笑いの奥には緊張があった。


 弱肉強食。


 四天王。


 その名は、天下無双の血も騒がせているようだった。


 リンは焚き火の火を見つめた。


 どんちゃんは、やはりいない。


 どこかで寝ているのか。


 また何かを見に行っているのか。


 それとも。


 考えかけて、リンは首を振った。


 今は、明日のことを考えるべきだ。


 夜が更ける。


 林の奥で獣が鳴いた。


 遠くの山の方から、低い風の音が聞こえた気がした。


 翌朝。


 一行は石門町へ向けて出発した。


 空は薄く曇っている。


 道を進むにつれ、旅人の数は減っていった。


 代わりに、壊れた荷車や、捨てられた荷物が目につくようになる。


 街道脇には、踏み荒らされた草。


 割れた木箱。


 食料袋の破れた跡。


 イオがその一つを拾い上げる。


「穀物袋」


「中身だけ抜かれてるな」


 リンが言う。


 シンは周囲を睨む。


「襲われたのか」


「たぶん」


 少し進むと、倒れた旅人を見つけた。


 一座がざわめく。


 イオがすぐに駆け寄る。


「生きてる!」


 男は意識が朦朧としていた。


 腕に深い傷。


 腹は空になっているらしく、力が入っていない。


 イオは水を飲ませ、薬草布で傷を押さえた。


「ゆっくり息して。大丈夫」


 男は掠れた声で呟いた。


「町へ……行くな……」


「石門町?」


 リンが聞く。


 男は震えながら頷く。


「虎が……城が……山から……」


「城は本当にあるのか」


 ムソウが低く問う。


 男は泣きそうな顔で言った。


「昨日、なかった……朝になったら……山に、白い城が……」


 リンたちは顔を見合わせた。


 噂ではない。


 本当に、突然現れたのだ。


 イオは男を一座の荷車へ乗せた。


「この人も連れていく。町に着いたら手当てできる場所を探す」


「分かった」


 ムソウは一座の者たちへ指示を出す。


「荷車を一台空けろ! 怪我人用にする!」


「はい!」


「水を節約しすぎるな! 今は飲ませる方が先だ!」


「分かりました!」


 リンはその姿を見た。


 ムソウは変わった。


 花道に立つだけの男ではない。


 周囲に役割を渡すことを覚え始めている。


 だが、これから相手にするのは弱肉強食。


 守るべきものを狙う敵。


 ムソウにとっても、厳しい相手になるだろう。


 昼過ぎ。


 一行は丘の上に出た。


 そこから先に、石門町が見えるはずだった。


 だが、誰も言葉を発しなかった。


 町は見えた。


 ただし、煙を上げていた。


 家々の一部は壊れ、門は傾いている。


 町を囲む柵は破られ、畑は踏み荒らされていた。


 そして、そのさらに奥。


 白首山。


 白い岩肌を持つ山の中腹に、城があった。


 本当に、城があった。


 昨日までなかったとは思えないほど巨大な城。


 白い石でできたような壁。


 牙のように尖った塔。


 城門は、獣の口のように開いている。


 遠くからでも、その姿は異様だった。


 山に城が建っているのではない。


 山そのものが、獣の城へ変わったように見えた。


 ミツが小さく呟く。


「白い……」


 シンは鉄棒を握った。


「いるな」


 ムソウは扇を閉じる。


「あれが、弱肉強食の城か」


 リンは城を見つめた。


 胸の奥に、冷たいものが落ちる。


 あそこにいる。


 優勝劣敗を食ったもの。


 花道宿に影を伸ばしたもの。


 弱き者を食う理そのもの。


 イオは町を見ていた。


 煙を上げる石門町。


 倒れている人がいるかもしれない。


 飢えている子どもがいるかもしれない。


 彼女の行く場所は、もう決まっていた。


「私は町へ行く」


 イオが言った。


「分かってる」


 リンは頷く。


 シンが城を睨む。


「俺は城だ」


 ムソウも続ける。


「わしもだ」


 リンは二人を見た。


「まず町の状況を確認する。城へ向かうのはその後だ」


「でも行くんだろ」


 シンが言う。


 リンは、白い城を見上げた。


「行く」


 風が吹いた。


 山の城から、低い唸り声のような音が聞こえた気がした。


 その音に混じって、どこか遠くで獣が笑ったようにも聞こえた。


 弱肉強食の城。


 その白い牙のような門が、彼らを待っていた。

【後書き】


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


リンは考え、シンは突っ込み、イオは鍋を握る。


そんな三人の旅を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。


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