拡散希望
――最初はただの悪戯かと思ったんだ。
「あ? なんだこれ? 今どきチェーンメール? 馬鹿じゃないの? いつの時代だよ」
そう言って学生服を着た男の子が椅子の背もたれに、深く背中を預けてスマホを見ていた。
その画面には
『件名:拡散希望』
本文:あなたの死因――落下死。
順番待ち:8人
これを10人に送らないと
あなたに凄惨な死が訪れるでしょう』
「おっ、慎也。そんなにスマホ顔見してどうしたんだ?」
「智紀か……いや、これ見てみろよ」
「どれどれ? なんだこれ、悪戯?」
「わかんねーけど、今時こんなことする奴いるんだな。見ろよ"アドレスなんてめちゃくちゃ"だぜ」
慎也がすっとスマホの電源を切ってポケットに乱暴にしまう。
「アホくさ」
「ひひっ、ちげーねぇ。やべ! チャイム鳴ったわ。席に戻んねーと。じゃあな」
――――
「あー、授業つまんねー。ふぁ〜……んっ? なんだ?」
ポケットの中が振動すると、見つからないようにスマホを取り出した。
教科書で隠しながら、スマホの横のボタンを押すと智紀からのメッセージが届いていた。
『俺にも来たんだけどwww』
送られてきた文字の後に、スクショで撮った画像が貼られている。
それをタップして画像を拡大すると、慎也に届いたような文章が書いてあった。
『件名:拡散希望』
本文:あなたの死因――圧死。
順番待ち:9人
これを10人に送らないと
あなたに凄惨な死が訪れるでしょう』
それを見て智紀へ視線を向けると、こっちをちらりと見て片目を閉じてなにやら合図をしてきた。
慎也が智紀にメッセージを送信すると、すぐに返ってくる。
「潰されちゃうよ〜www」
それはあのメールに書いてあった"圧死"に対する当てつけのつもりだったのだろう。
慎也は指を滑らせて「死ね」とだけ返すと、スマホをポケットにしまう。
智紀をみれば机に顔を突っ伏して、カタカタと肩を揺らしていた。
てか、タイミングよすぎね? しかも、順番待ちが9人って……。たまたまか?
慎也が頭の中で考えるが、分かるはずもなくただ時間だけが過ぎていった。
――――
「あの〜」
放課後になって荷物をまとめていると、おかっぱ頭の男子が声をかけてきた。
「ん? なに? えーっと……」
同じクラスなのは覚えていたが、名前が出てこないようで言葉が詰まる。
「あ、金子です」
「ああ……金子ね。そう金子」
「いいんです……僕、存在感ないんで……って、そんなことよりも、さっき話してたことが聞こえてきて。僕にも届いたんだすよ」
金子がスマホを差し出してきた。
慎也がそれに視線を落とす。
「あ〜、なんだ……死因は水死で、順番待ちが3人。って、もうすぐじゃん! はははっ」
慎也が腹を抱えて笑うと、智紀が近寄ってきた。
「おっ、どうしどうし?」
「智紀、これ見てくれよ」
金子からスマホを奪うように取り上げると、智紀に見せた。
「ひひひっ! これやばいんじゃない? もうすぐ死んじゃうじゃん!」
智紀が引き笑いして、金子にスマホを返した。
「そんなに笑わないでください……」
金子がしょんぼりと顔を伏せてしまう。
「ああ、そのわりぃ。って、お前信じてるの? こんなの悪戯に決まってるだろ」
慎也の言葉に、金子が顔を上げたが少しだけ青ざめて表情がこわばっていた。
下唇を強く噛み、それがほどけるとまくしたてるように話し始める。
「そ、そうですよね! 悪戯ですよね! あはははっ! ありがとうございますっ!」
金子はそう言い残して走り去って行く。
「なんだったんだ……?」
「さあね。そんなことより、慎也遊びに行こうぜ」
走り去って行った方を二人はじっと見つめ、言葉を漏らす。
この歳になってあんなの信じてる奴いるんだな。
そう思いながら、鞄を持つと智紀と一緒に学校を後にする。
――――
――ジリリリッ!
「んあっ……もう……朝かよ。学校だりいな。ふぁ〜」
けたたましく鳴り響く時計に目を向けると、6時30分をちょうど指している。
目覚ましを止めてあくびを一つすると、スマホに手を伸ばしなんとなく画面を見ると通知が2件来ていた。
『件名:先日の死亡者数
本文:死亡者3人
死因:窒息死、挟圧死、水死』
「な、なんだよ……悪戯……こりすぎだろ」
勝手に口が動いて言葉が漏れる。
震える指先を押さえるようにして、次のメールの中身を開いた。
『件名:あなたの死亡順番待
本文:残り5人
拡散数:1人 残拡散数:9人
――もう少しだね』
血の気が引いて、呼吸が細くなると焦点がぼやけた。
気を紛らわせようと、スマホを持った反対の親指の爪を何度も噛むと一部が剥がれて口の中に入る。
それを吐き出そうともせず、力のかぎり咀嚼して原形がなくなると飲み込んでしまう。
智紀に……連絡しないと。
急いでアプリを開いて智紀の名前を探し出して、連絡をしようとすると
「智紀……」
向こうから連絡がくる。
「慎也……お前にもメール来てたか?」
単なる悪戯かと思っていたことが、彼からのメッセージで完全に覆った気がした。
「来てた。お前もか……」
慎也が智紀に連絡すると、すぐに既読の文字が浮かび上がった。
その二文字から視線が外せない。
心臓が強く脈打って、肺を圧迫しているようで息を吸っても苦しく、口呼吸になる。
口内に唾液が溢れるように集まって、それが口先から落ちようとするのを飲み込んだ時、智紀から連絡が返ってくる。
「ああ。来てたわ」
思わず画面を伏せる。
勢いよく立ち上がると、制服に腕を通した。
急いで家を出ると母親に呼び止められたが、それに反応する余裕はなかった。
今すぐにでも学校に行って確かめないと。
あのメールが悪戯だったら……金子は生きているはず。
がむしゃらに走って学校に到達する頃には、シャツの中は汗で濡れて肌にまとわりつく。
濡れた服から急速に体温を奪われてぞくりとしたが、その不快感を取り払う時間すらもったいなく、自分の教室へと駆け込んだ。
「――金子っ!」
ガラっとした音の後に、強くぶつかる衝撃音が廊下に響く。
「いない……」
いや、学校に来るのが早すぎた……のか。
壁に掛けられた時計を見ると、ようやく7時になったばかりで、1時間以上余裕があった。
「くそっ!」
行き場のない感情が言葉になって吐き出したが、ちっとも解消されない。
窓際の自分の席に乱暴な足取りで向うと、力のかぎり椅子を引いた。
ドカリと腰を降ろし気を紛らわせるのに指先で机を何度も叩く。
「――おう……もう来てたのか……連絡返ってこないからまさかな……って思ったわ」
教室に入ってきた智紀に声をかけられた。
窓に向いていた顔を向けると、少しだけやつれた顔をしていた。
いつもの適当な雰囲気はなく、言葉一つ一つが重たい。
「ああ……智紀も来るの……早いな」
「まあな。ちょっとさ……なんとなく、落ち着かないわ。慎也も……だろ?」
そこからなんとなく会話が続かない。
二人の口が閉じられて、ただ時間だけが流れて行くとぽつらぽつらと他の同級生達が入ってくる。
入口に影が見えるたびに脈が跳ねるが、その姿がはっきりと見えると、肩が落ちる。
「金子……まだかよ。くそっ」
悪態を吐くと智紀がこっちに振り返った。
「だ、大丈夫だろ? 後20分はある……」
そう言った智紀だったが、言葉尻は震えていた。
慎也がおもむろにスマホを取り出して、画面を操作する。
「なに……してるんだ?」
智紀が顔を覗かせるように画面を見た。
「いや、もう一度メールを確認しようと思ってよ……って、拡散数1人って……俺、誰にも送ってないけど……」
このメールが届いた時のことを思い出す。
なにか心当たりあれば……あ……。
「智紀……すまん……もしかしたら、お前を巻き込んだかも」
「どう言うことだ?」
智紀の声は唸るように低い。
鋭く目を細めて真っ直ぐ慎也を見つめる。
慎也の瞳が泳いで、智紀を直視できない。
「いや……それは、このメールを見せたから……かも。その直後に智紀にもメール来てたし」
「あぁっ! つまりてめーのせいで俺はこんな目にあってんのかっ!」
智紀が慎也の胸ぐらを掴み持ち上げると、教室中の視線がこっちを向いた。
「お前だって、最初は悪戯だって馬鹿にしたじゃねーか! ふざけんな――」
「――お前らなにしてるんだ? 全員席についてくれ……大事な話しがある」
担任が教室に入ってきた。
智紀が手を離し立ち去っていく。
去り際に「ぜってぇ、許さねぇ」と、一言捨て去り自分の席に戻った。
てか、先生来るの早くないか……?
「その……なんだ……みんなに残念なお知らせがある」
神妙な面持ちでそう語ると、教室が一気に静まり返るが、慎也の心臓だけは音を大きく鳴らしていた。
耳の奥を揺らされて、三半規管が正常を保てず教壇に立っている担任の姿が捻れて見える。
「金子君が……昨夜――」
それ以上の言葉を聞きたくない。
額から脂汗が噴き出して、胃が裏返りそうになった。
「――亡くなりました」
――――
金子が死んだ。
俺はあれからどう学校で過ごしたか、覚えていない。
しいて言えば、智紀とはあれから一言も話してないのだが、そんなことよりも悪夢が現実になって喧嘩したことなんてどうでも良かった。
「どうしたらいいんだよ……」
残り5人。
それが俺の寿命。
しかも、落下死だろ? それなら高いところに行かなければいいのか?
助かる手段を考えてみたが……明確な確証はない。
アドレスもぐちゃぐちゃだし、ネットで見てもなにも情報はない。
ベッドに寝転がって腕を額に乗せる。
瞼の裏が闇に包まれると、余計に思い出されて居心地が悪い。
だからもう一度、スマホを開いて届いたメールを見た。
――拡散希望……
「後、9人に送れば助かるのか? でも、他の人を巻き込んでいいのか……」
自問自答するが、結局は答えがでない。
知り合いは論外……それなら、知らない人なら。
そう考えたが、自分のせいで他の人が不幸になるのは耐えれない。
「SNSにでも上げれば一発なんだろうけど……」
でも、そうしたらどれくらいの人を巻き込むのか。
考えただけでも、吐き気がする。
って、もう0時か。
画面の端に表示されている時刻が0:00分に切替わった瞬間、スマホに通知がポップアップされた。
それを見た瞬間、肺の空気が押し出され喉が鳴る。
「嘘だろ……後……2人。また、3人死んだのかよ……」
嘘だ……。
なんで……俺なんも……してないじゃん。
どうしてこんな目に……。
すると、再びスマホの画面に通知が表示された。
「……智紀。あいつ」
その内容に目を通すと、慎也の眉間にシワが寄る。
「ははっ! やったぞ! やってやったんだ! 俺は助かったぜ」
その文字と一緒に送られてきた写真。
『件名:拡散数達成のご報告
本文:10人に拡散が完了いたしました。
ご協力ありがとうございます』
メールの内容がスクショして送られてきた。
「あの野郎……なにしてんだ」
巻き込んだ俺が言うのもおかしいかもしれないが、他人を巻き込むんじゃねーよ。
スマホを持った手の力が強くなると、ぴしりとプラスチックのカバーから音がする。
かと言って、このままじゃ自分が死ぬ。
どうしたらいいんだ……。
――ヴーッ、ヴーッ
突然電話がかかってくる。
詐欺の電話かと思って無視したが、何度もかかってきて思わず出てしまった。
「あ……もしもし」
「――いやー。やっと出てくれましたよ! こちら"なんでも屋『とこよー』"です。なにかお困りごとはありませんか――」
――これが初めてそいつとの会話だった。




