親友のたかしくんへ
たかしくんへ
今日、ぼくはお手紙を書くことにしました。
もう、たかしくんのせいで一人でお風呂に入れなくなっちゃったよ。プンプン
そうだんするんじゃなかった。
今でもたかしくんに言われた、後じゃなくて前にいるって言葉がわすれられません。
だから、次に会ったら脇こちょこちょするからね。
お風呂のおばけはあれから見てないけど、目を閉じたらすぐ近くにいるみたいで怖いです。
だから、今度そうだんさせてね
勇気より
――――
「よし! 完成! 明日学校で渡せたらいいな!」
たかしくんの手紙は……ここにしまっとこう。
明日ちゃんと渡さないと。
「おやすみなさい」
布団を肩まで持ち上げて、目を閉じればすぐに夢の中に連れて行かれた。
――――
「勇気くん、おはよ〜」
「あ、おはよ〜。今日も由美ちゃんは元気だね」
学校へと歩いて向かっていると、由美ちゃんに声をかけられた。
「うん! だって、学校楽しいんだもん! 勇気くんは元気?」
「もちろんだよ。元気もりもりだね」
由美ちゃんは幼馴染で一つ年上のお姉さんだ。
今年で卒業しちゃうと考えると寂しいけど、こうやって朝、一緒におしゃべりするのは楽しいな。
会話は途切れることなく続き、気づいたら学校に到着してしまう。
もっとお話ししたいよ。
そう思ったが、学校が始まっちゃうからと我慢して、昇降口の中に入る。
何個も並んだ上履き入れに別れるように向かって、靴を履き替える。
僕が履き替えるのを待っていてくれたのか、由美ちゃんが壁に背中を向けて立っていた。
目が合うと僕の傍に駆け寄ってきて、白い歯が見えるくらいの飛び切りの笑顔を見せる。
「勇気くん、遅いよ〜」
「あ、ごめんね。由美ちゃんはなにしても早いね」
「別に私は普通だよ。勇気くんがのんびり屋さんなの〜」
お腹を抱えて鈴のように笑うと、二つに縛った髪がリズムよく揺れる。
そんな彼女に僕は吸い寄せられるように見惚れてしまう。
そうして少しお話しをしていると、あっと言う間に予鈴がなってしまった。
はっとしたように口元を手で隠し、由美ちゃんの目が大きくなる。
「もうこんな時間!? じゃぁ、私も自分のクラスに行くね〜。勇気くんも早く行きなよっ」
「うん! またね〜」
由美ちゃんは元気よく走って自分のクラスに向かって行く。
僕はそれを見届けてから、階段を登り自分の教室へと向かうことにした。
「おっ、勇気じゃん。おは」
教室に入るなり、健二くんが挨拶してきた。
正直言うと僕は健二くんが苦手。
いつも意地悪ばっかりしてくるんだもん……。
「あ、お、おはよう」
不意に声をかけられて、どもり気味に挨拶するとそれが気に食わなかったのか、椅子代わりにしていた机から降りて道を塞いできた。
「健二くん? 通れないから……その、どいてくれないかな」
顔色を確認するように健二くんを見上げるように見ると、両腕を組み胸を突き出すようにして僕を見下ろしてた。
「あっ? 俺はただここに立ってるだけだぞ? 通りたかったら違うとこから行けばいいだろ」
もう……いつも意地悪で嫌だな。
「おい。勇気、今日の放課後みんなで肝試しやるからお前も来るよな」
「え、それはちょっと……」
「――あぁ?」
「……行くよ」
僕の意気地なし……。
今日一日、学校が憂鬱になる。
あー、由美ちゃんと話してた時に戻りたいな。
「ほら、みんな席について」
ガラガラと音がすると、先生が入ってくる。
手をパンパンと叩き、立っている生徒に座るように促すと、僕は慌ててランドセルの中身を机にしまった。
「たかしくん……今日もいない」
教室の中をぐるっと見回すが、彼の姿はなかった。
そう言えば、たかしくんの席ってどこだったっけ?
そう思ってキョロキョロとしていると、先生に声をかけられる。
「勇気くん。どうしたの?」
教壇から僕を真っ直ぐに見つめる先生に、思わず跳ねる。
「あの……いえ。たかしくん……今日も休みかなって思って」
「たかしくん? それは勇気くんのお友達?」
僕がそう言うと、先生は首を傾げて聞き返してきた。
「せんせー、こいつ頭おかしいから気にしないでくださーい」
「こら! 健二くん、人に向かって頭おかしいなんて言っちゃだめよ」
また……健二くん。
頭おかしいって酷いよ。
少し前までたかしくんと楽しそうに話してたのに。
と言うか先生までどうしちゃったんだろ……。
クラス中の視線が僕に集まって、みんな笑ってる。
「はいはい! みんな静かにね」
僕は顔を下に向けたまま前を向くことができなかった。
――――
「よし! みんな肝試しをやるぞ!」
健二くんが取り巻きに向かって声高らかに叫んでいた。
それに反応するように「おーっ!」と、みんな声を上げる。
僕は控え目に返事をして、早くこの時間が過ぎないかと願うばかり。
夕陽をぼんやりと眺めながら、そんなことを思っていたが、やっぱり帰りたいと思って健二くんに声をかけることにした。
「あの……健二くん。やっぱり辞めない?」
恐る恐る手を上げて、健二くんにそう言うとこっちに向かってずかずかと向かってきた。
「あぁ!? お前なにシラケること言ってんの」
そう凄まれると体がビクリとして、硬直する。
睨みつけるように健二くんが僕を見て、それに耐えることができずに顔を背けてしまう。
「お前は罰として、一人で一周な」
健二くんが意地悪にそう言うと、取り巻き連中は笑っていた。
「俺達は先に行くからよ。お前は後でついてこいよ。分かったか? あぁ!」
僕は黙って頷くと、それが気に食わなかったのか舌打ちをして踵を返すように去っていく。
いちいち顔色を伺いながら一緒にいるなら、一人でいいやと思って、立ち去っていく健二くん達を見送ることにした。
しばらくして、取り囲むように立っている石をなんとなく見ながら歩く。
「もう……こんなの何が楽しいのかな?」
お墓の中の間を文句をいいながら、前に進む。
あ、おじいちゃんのお墓みっけ。
お盆の時に家族でお墓参りに来た痕跡が残っている。
線香完全に燃え尽きて灰がわずかに残っているだけ。
お供えした花は茶色く、その頭を下に向けていた。
「本当にみんな罰当たりだな」
軽くおじいちゃんのお墓に手を合わせると、また歩き出そうと体を前に向ける。
――カツン
「ん? 石?」
その音に後へ振り返ったが、あるのは墓石ばかりで人の気配すらない。
「……気のせいかな?」
そう呟くと
――コロコロ……カツン
爪先に石が転がってきた。
その石に視線を向けようとすると、墓石の間から誰かが覗いているような気配がする。
下を向いたまま体を動かせない。
まだ、明るいが少しずつ夜が姿を現し始め、墓石から伸びた影が濃くなっている。
だから、今……横から覗いてる"女"の人は気のせいだよ。
そう言い聞かせるようにすると、恐怖を振り払うように強引に前に進む。
――カツン、カツン
背後から石が墓にぶつかる音が何度もしていた。
振り返ることなく早足で前に進むと、そいつも合わせるように動きが早くなるのを感じる。
「はぁはぁ……まだ、ついてくる」
いつの間にか僕は走っていた。
それでも後ろから感じる気配は消えるどころか、近づいてるような気がした。
「もう、怖いのやだよ……たかしくん」
声がどうしても震えてしまう。
返事が返ってくるわけじゃないのに、彼の名前が出てしまった。
「――なに?」
……え?
思わず足が止まり後を振り向いてしまった。
そこに立っていたのは、ずっと探していたたかしくんが僕を真っ直ぐに見つめていた。
「勇気くん……久しぶり。元気だった?」
小学生の癖に大人ぶった彼の落ち着いた話し方に、思わず目尻が熱くなる。
「元気だったじゃないよ! もう! 今までどこに言ってたの? てか、僕あの話しされてから大変だったんだよ!」
まくしたてるようにそう言うと、たかしくんは白い歯を見せて笑う。
"黒く塗りつぶされた肌"のせいでそれが余計に目立つが、懐かしくて安心できた。
「あははっ! ごめんね! 勇気くん怖がりだからついね。シャワーの話だっけ? なにか出た?」
「出たよ! 女の人の顔が! 怖くて一人で入れなくなったんだからね!」
そう言うと、たかしくんは腹を抱えていっそう高く笑いだした。
「今だってさ……後から……あれ? たかしくん、誰か僕を追いかけてなかった?」
「あーあれね――食べたよ」
「へ? 食べた?」
……どう言うこと?
えっと、つまり……あれかな? 守ってくれたってこと?
「うん。ちゃんと食べたから安心してね」
「え? あ、うん? ありがとう?」
確かに今は怖くないけど、たかしくんって物知りなだけじゃなくて、お化けもやっつけられるんだ。
凄いなー。
「勇気くん、そんなに見つめられたら恥ずかしいよ」
真っ黒な肌からぎょろりと剥き出しになった目が、恥ずかしさから逃げるように閉じられると、全てが黒く塗りつぶされる。
それを見て、よく二人で話したことを思い出して胸が少しだけ温かくなった。
「あれ? たかしくんの後に傘落ちてるよ? 落としちゃった? "赤い傘"なんて珍しいの使ってるんだね」
たかしくんの肩越しに覗こうとすると、両手を広げて僕の前に立ち塞がった。
「勇気くん! これは見ちゃだめ!」
たかしくんの言ってる意味が理解できなかったが、彼は物知りなんだから素直に従うことにする。
「あ……うん。分かったよ」
咄嗟に目を閉じて、顔を急いで横に向ける。
「本当に君は……勇気くん」
たかしくんはなにかを言いかけたが、それを言い終える前に僕の名前を呼ぶ。
「僕の話をちゃんと聞いてね」
「うん……」
「今年はね……"隙間"が現れたんだ。だから、君みたいに"怪異"を呼び寄せやすい人は狙われやすい」
たかしくんの話に耳を傾ける。
隙間って……なんだろ? あの隙間?
「だから、もし見えても絶対に目を合わせても、怖がってもだめだよ。分かった?」
「うん。分かった……本当にたかしくんは物知り」
「へへへっ! 僕は勇気くんの親友だからね。あ、そろそろ行かないと。じゃぁ、僕はこの"傘"持ってくね」
「え? どこに行く……あれ? たかしくん?」
たかしくんの言葉に思わず目を開けて、振り向いたら彼の姿は消えていた。
「手紙、渡しそびれちゃった……」
僕の声は、静かに佇む墓石に吸い込まれるように消えてしまう。
遠くを見つめると、自然と口が動いた。
「また――会えるよね?」




