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テレビ

 ――テレビのノイズを見つめるな。

 子供のころ親父に言われたのを思い出したのが、つい最近。

 葬儀に顔を出して、真っ白くなったしわくちゃな顔と対面した時に、ふと脳裏に蘇ったのだ。


 「お兄ちゃん……パパ、死んじゃった」

 年の離れた妹にそう言われたが、親父に言われたことが頭から離れなれず、横から聞こえた声は素通りしてしまう。

 親父が納められた棺を取り囲むように、黒い服に身を包んだ親族が立っている。

 小石を擦るような声に、鼻をすする音。

 どんよりと曇ったような雰囲気に、部屋中が包まれていた。


 「パパ……」

 「夏樹……なにか声をかけてあげなよ」

 そう声をかけると、妹が俺の手を引いて父親の顔の方へと連れてかれた。

 厳格だった父親はまるで眠っているように静か。

 耳や鼻から少しだけ見える詰め物がなければ、寝てると言われても分からないくらいだ。

 

 「パパー! やだよ〜! 起きてよ〜!」

 妹の夏樹が親父の顔を見たとたん、涙が決壊した。

 泣き叫ぶ妹を俺が抱き締めてあやすが、腕の中でずっと肩をしゃくり上げている。

 部屋の中に充満した悲しい空気がいっそう重くなると、俺も少しだけ目尻に熱を感じる。


 「あ……あの人も来てたんだ」

 突然夏樹が泣き止んで焼けた声で耳元で囁くように呟いた。

 俺は思わず夏樹に「どうしたの?」と言葉をかけたが、なにも答えず一点を見つめていた。

 それが気になって振り返る。


 「誰も……いない」

 夏樹の視線の先には、葬儀場の入口しか見えなかった。

 そこには誰もおらず両開きの扉が、ポツリとあるだけ。

 妹は瞬きもせず、じっと見つめてるだけだった。


 ――――

  

 その後、滞りなく葬儀は終わり俺は残りの休暇を実家で過ごしている。


 「お兄ちゃん、これ見てー」

 葬儀が終わった直後は落ち込んでいたが、少しだけ落ち着いたらしく、絵を描いて遊んでいた。

 まだ、少しだけ悲しさの余韻が残っているが、妹が嬉しそうに見せてきた絵を俺を受け取ると、視線を落とす。

 そこには父親と母親、俺と妹が笑顔でテーブルを囲むように座っていた。


 「上手だね。ん? この人は?」

 俺が指をさした先、父親の後に髪の長い女が描かれていた。

 子供の雑な絵だったが、体を赤く塗りつぶされて父親を後から見ているようだった。


 「あ、これね〜。たまにパパの後にいるんだ〜」

 にこにこと屈託のない笑顔だったが、その言葉に葬儀の時に放った言葉が鮮明に思い出され、肩がぶるっと震えた。

 可愛らしい妹の微笑みに陰がさす。

 そこからなんて言葉をかけていいか分からず、俺の口が固く閉ざしてしまう。


 「一樹(かずき)ー! ちょっと手伝って!」

 すると二階から母親が俺を呼んだ。

 その聞き慣れた落ち着いた高い声に、肺に詰まった空気が自然と漏れて、妹に「お母さんのところに行ってくる」と伝えて頭を人撫でして立ち上がる。


 「ちょっと、片付け手伝って」

 母親が父親の部屋でダンボールに遺品を詰めていた。

 「はいよ。母さんは少し休んでなよ」

 「大丈夫よ……お父さんの最後なんだから、しっかり見送ってあげないと」

 気の強い母。

 厳格な父親ですら母の尻に敷かれてたな。

 だけど、それがお互いにとってちょうどいい距離感だったんだなと今になってみれば思う。


 「分かったよ。まぁ、無理な時は俺がやるからさ。そん時は遠慮なく言って」

 少しだけ赤らんだ目をした母親だったが、俺の前では腕捲くりをして気丈に振る舞っている。

 そんな母に無理をさせたくなく諭すように言ったが、「ありがと」と言って片付けを再開する。

 俺もそれを見て、部屋に散らばった父の遺品を拾って箱に詰め出した。


 ――――


 「だいぶ片付いたわね。一樹、ありがとう」

 「どういたしまして。って、親父の荷物多すぎない?」

 「そうね……お父さん、集めるの好きだったからね」

 部屋の隅に積まれた箱へと目をやると、小さい山ができている。

 「後は……このテレビだけね」

 そう言って母が顔を向けた先には、古ぼけた分厚い機械が置かれていた。

 今となっては番組を映すことがなくなった、ブラウン管テレビのコンセントは外されて、ただのオブジェクトと化している。


 「懐かしいわよね……」

 子供の頃は当たり前だったが、今となっては持っている人はほとんどいないように思う。

 番組の録画も新聞に書いてあるコードを打ち込み、ビデオに録画して、何回も見たビデオは画質も荒く、画面のそこかしこに邪魔をする筋がはいる。

 それをイライラしながら見ていた記憶を思い返して懐かしんでいた。


 「ほんと、今は便利になったわね」

 母も昔を懐かしんでいるようである。

 テレビをつければ当たり前のように番組が映るが、一昔はアンテナを調整しなければ、"ノイズ"のせいでまともに見ることすらできない。

 思い返せばノイズを見るなと話をされたのは、この部屋だったな。


 当時の自分がテレビにばっかり夢中で、それを辞めさせようとして話したことだと思うが、大人になった今でも当時の怯えた自分の気持ちが湧き上がる。


 「さ、そろそろ下に行こう」

 母がそう言って部屋を出た。

 俺も出ようとした時、葬儀の時に思い出したことがふと頭によぎる。

 ずっと見てたらどうなるんだろう。

 肩越しに窓から差し込む光に照らされた、テレビに目を向けてそんなことを思った。


 「ま、親父がふざけて言ったことだろ」

 少しだけ気になったが、扉を閉めて、自分の好奇心と合わせて蓋をすることにした。


 ――――


 「ふぁ〜……眠い。って、もうこんな時間か」

 部屋の中でスマホでなんとなく動画を見ていたら、気づいたら夜中の1時と画面の隅に表示されていた。

 スマホをそっと閉じて布団から起き上がると、節々から軽快な音がした。


 「トイレ行って寝よ」

 廊下に出ると真っ暗で静まりかえっている。

 端の方も見えない闇。

 子供のころは怖くてトイレに行くのも大冒険だった。


 スマホの明かりを頼りに一階にあるトイレに向かおうとすると、閉じられた父の部屋の前で足が止まった。


 「親父……本当にいなくなっちゃたのか」

 今になって不意に父親が死んだことが、現実となって押し寄せてきて胸が苦しくなった。

 ぴったりと閉じられた扉を見つめて思い出に浸る。


 「育ててくれてありがとな」

 そう口にして、ようやく足を動かした。


 ――――


 「ふぅ」

 用を足し二階に戻ろうとして、階段に足をかける。


 ――キーン


 「うわっ。耳が……なに、これ」

 突然両方の耳を襲った耳鳴りに顔がこわばる。

 「つぅ……」

 頭に直接響くような音に頭がぴしりと痛んだ。

 同じ体勢でずっといたせいで、筋が固まってしまったのだろうか。

 階段の手すりに手を伸ばし、ふらつく体を支えて音が引くのを待つことにした。


 ――ザッ……ザザザッ……


 すると二階からなにか音が聞こえる。

 下に向けていた顔を上げると、途切れ途切れだった音が次第に大きくなっていく。

 昔よく聞いていた懐かしくて不気味な音。


 それを確かめるために痛みを堪えて、一歩ずつ階段を登る。


 「扉……開いてる……誰が……」

 二階にたどり着いた時、廊下を覗けば父親の部屋の扉が少しだけ開いて、灰色の光が漏れ出ていた。

 俺は吸い込まれるように部屋の前で立っている。


 「部屋中から……」

 音がする。

 一階で聞こえた音は間違いなく、この中から聞こえていた。

 手を伸ばしてドアの縁に指をかける。

 それをゆっくり引いて中を覗き込むと、部屋中にテレビから発せられた音がこだましていた。

 青と灰色が合わさった色が俺の瞳の奥に届くと、無意識に足が一歩前に出る。

 

 「……なんでだ? と、とにかく消さないと」 

 部屋の中に入った瞬間、テレビから発せられたような静電気に自分の産毛が引っ張られる感覚がする。

 急いで、テレビの横に置いてあったリモコンを手に取って、電源ボタンを押したが


 「――あれ……なん……で、消えない」

 

 何回も力強く押すが、砂嵐は消えることはない。

 「こっちは……」

 テレビについた電源のボタンを押しても反応がなかった。

 それならばと、コンセントに手を伸ばしたが……


 「繋がって……ない」

 ならどうやって……なんで……。

 意味……わかんない。

 親父か? 最後に俺を脅かそうとして、化けて出やがったな。


 ははは……そうはいかないからよ。

 消えないなら部屋に戻れば。


 いつの間にか閉まっていた扉に手をかける。

 ドアノブを回して扉を押す。


 「開かない……マジ……どうなってるんだ」

 力のかぎり押してもびくともしない。


 ――ゴトッ


 不意に背後で重いものが落ちるような音がした。

 

 「――へっ?」

 口から間の抜けた声が漏れる。


 「おい! なんなんだよマジで! 早く出せよっ!」

 突然、自分のすぐ傍に現れたブラウン管テレビに怒鳴りつけたが、反応することはなかった。

 思わず押し黙るように口を閉ざし、画面の向こうの砂嵐をじっと見つめてしまう。


 「――あれ? いつの間に?」


 気づけば俺はテレビの前で正座している。

 さっきまで扉の前で……あれ?

 

 『テレビのノイズを見つめるな』

 葬儀の後から何回も思い出されるその言葉に、俺は顔を背けようとするが、凍ってしまったかのように動かない。

 目を閉じようとしても瞼が貼り付けにされたかのように、眼球を剥き出しにする。


 助けを求めたくても口から出るのは、酷く焼けた空気だけ。

 鼻水と涙が顔を濡らす。


 「だ……誰が……たずげ……」

 ようやく出せた言葉は酷くしゃがれていた。


 すると、ノイズの音が突然大きくなり、鼓膜が激しく振動する。

 そして、それが不意に消えたときに、ようやく体が自由になった。


 「な……んだよ。これ……」

 腕で鼻水と涙を拭い急いで立ち上がろうと後を向いて、足に力を込める。


 「うわっ!」

 なにかに足を掴まれた。


 「――ひっ! 離せ!」

 画面から飛び出た白くて長い一本の手。

 それが俺の足首をガッシリと掴んでいる。

 振りほどくように足をバタつかせるが、離れない。


 その手の掴む力が強くなる。


 「……やめろっ! いやだ……頼むから離してくれ」

 画面に向かってゆっくりと手が引かれ、引きずられるように引き寄せられる。


 床に手を当て抵抗するが、それもむなしく足首が飲み込まれる。

 

 俺……やだ……死にたくない……。

 親父……助け……て。


 意識が少しずつ消えそうになった瞬間。


 「あ……お前は……」

 その瞬間、意識が暗転する。

 

 最後に覚えているのは、赤いワンピースを着た女の姿だった。

 赤色が俺の瞳を覆い尽くすと、痺れるような足首の感触が消えて体がほんのり暖かくなるのを感じる。

 なにかに包まれてる懐かしさに包まれて、瞼がふと閉じた。


 ――――


 「あれ? 一樹、なんでこんなところで寝てるの?」

 次に目を開けた時に見えたのは、母親の顔だった。

 怪訝そうに俺の体表をみて顔が斜めに傾き、床の一点に視線が止まる。

 しゃがんだ母が俺の横に手を伸ばした。 


 「あら! お父さんの子供のころの写真。懐かしいわね。おばあちゃんも一緒に写ってるわ。一樹も見てよ」


 上体を起こして、母親に見せられた写真を受取ると、一人の女性と手を繋いでる子供が写っていた。


 「あ……この人」

 笑顔を向ける女性の服は赤いワンピースだった。


 「ふふふっ。おばあちゃん、派手よね」

 懐かしむように母親が微笑む。

 「お父さんが子供のころ、べったりだったみたいよ。小さい頃に亡くなったから覚えてないかもだけど、一樹が産まれて孫ができたってすごい喜んでたわ」

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― 新着の感想 ―
Xから来ました。 作品の書き方が上手で、読んでいて情景が浮かぶような描き方が素晴らしいなと思いました。私には真似できないので色々と勉強させて頂きます。 また他の作品も覗かせて頂きます。ありがとうござい…
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