【Lv.1の童貞探偵】異世界で俺の性魔術解析が世界の穢れの記録を暴くが、魔王に童貞を独占予約されました 第二十ニ章 後編
第二十一章 後編:地底の毒炎
〜覇王の残滓と、猛毒の系譜〜
地下迷宮最深部――そこは【奈落の顎】。
現世の物理法則すら焼き尽くす灼熱の断絶空間。天井という概念はなく、赤黒い岩盤の裂け目からは、まるで世界の血液が逆流するようにマグマが噴き出している。皮膚を刺す硫黄の臭いと、肺胞を直接焼く熱気。ただ立っているだけで命を削られるその地獄の中心で、魔王軍四天王最後の一人、カンパクは狂おしく嗤っていた。
「さあ……死に場所を選ばせてやりましょう。織田信長……いえ、今はレイジでしたか。貴方の覇道の終着点は、この煮えたぎる火口の中です」
八本の蜘蛛脚が石床を不気味に叩き、カンパクの細長い指先がタクトを振るように跳ねる。その動きに呼応し、意識を闇の糸で縛られたレイジが、一歩、また一歩とマグマの縁へ追い詰められていく。眼鏡の奥の瞳に光はなく、そこにあるのは完全なる「操り人形」としての空虚のみ。
絶望が支配するその空間を、地を這うような重厚な声が切り裂いた。
「……相変わらず、反吐が出るほど趣味の悪い指遊びだな。カンパク」
「――!? その声は……!」
空間が歪み、漆黒の瘴気と共に現れたのは、ボロボロの外套を纏う大男。【腐肉の王・ベルフェゴール】 。かつてヤマトに毒の真髄を授け、軍内に潜む“裏切り者”を追い続けていた、魔王軍最凶の毒使いがそこにいた。
「ベルフェゴール……! 貴様、なぜここに!おお! そうか、貴様もこのネズミどもの始末に協力しに来たのか?」
「フン……何戯言をほざいているのだ。ネズミの始末なら、今まさに目の前で行うところだ。魔王ルクセリア様を裏切り、その野心のままに王女を独占しようとする不届き者……関白。貴様の首を撥ねに来た。地底の果てで、その汚れた糸ごと腐らせてやろう」
カンパクは一瞬の沈黙の後、肩を震わせて笑い出した。
「ハハハハハ!! ほざけ、汚らしい毒使いが! 踊れ、レイジ!! あいつを、その手で八つ裂きにしろ!!」
傀儡の覇王 vs 猛毒の守護者
次の瞬間、レイジが音を置き去りにして地を蹴った。
「――ッ!」
古剣から放たれるのは、レベル9999の覇道。それはもはや物理的な斬撃ではなく、因果そのものを断ち切る“王”の一閃。ベルフェゴールの漆黒の外套が、一瞬で紙切れのように裂け飛ぶ。
「くっ……!」
後方へ飛び退くベルフェゴールの巨躯から鮮血が舞う。しかし、苦悶の表情とは裏腹に、その声音には確かな、そして深い敬意が宿っていた。
「流石は……私の“主”……たとえ心を奪われ、傀儡と成り果てようとも、その剣の冴えは一分も衰えぬか」
(……主?)
レイジの意識の底、闇に塗りつぶされた記憶の海で、微かな違和感が揺れる。
(私は……やはりこいつを知っている。この背中を、この声を……)
記憶の奥底に沈んでいた「本能寺」の熱気が、迷宮の炎に煽られて呼び覚まされようとしていた。
「ベルフェゴール!」
カンパクが嘲笑する。
「四天王ともあろう者が、格下の人間を主と呼ぶか! 貴様も焼きが回ったな、この落ちこぼれが!」
ベルフェゴールは、カンパクに視線すら向けずに吐き捨てた。
「黙れ、サル公。貴様に理解できる領域ではない。貴様のような小物が触れて良い御方ではないのだ」
「貴様ァ!!」
激昂したカンパクの蜘蛛脚が地を砕き、無数の闇の糸が網状に広がり、全方位からベルフェゴールへ襲いかかる。同時に、レイジの神速の剣閃が喉元に迫る。
前方からは覇王、後方からは蜘蛛。完全なる死の檻が、毒使いを包囲した。
死闘の果て:猛毒の抱擁
「これで終わりだ!! 仲良く二人で、火炎竜の餌食になれ!!」
レイジの古剣に、最大出力の覇気が収束していく。空間が軋み、次元が歪むほどの絶対的破壊エネルギー。それが放たれようとした瞬間、ベルフェゴールはあえて自ら、その必殺の間合いへと飛び込んだ。
ドシュッ。
鈍い、嫌な音が響いた。レイジの拳が、そして覇気を纏った古剣が、ベルフェゴールの腹部を深々と貫いた。
「……カハッ……!」
鮮血を噴き出しながらも、ベルフェゴールは笑った。執念、あるいは狂気にも似た忠誠心でレイジの腕を掴み、決して離さない。
「……捕まえたぞ、カンパク。私の毒は……風に乗って届くだけではない。私の“血”そのものが、最強の媒介となるのだ」
傷口から溢れ出した漆黒の毒血が、レイジを縛っていた闇の糸へと染み込み、導火線を走る火のように、毛細血管を逆流して操り手へと駆け上がっていく。
「おのれぇぇ!! 離せ、離せぇ!!」
カンパクの蜘蛛脚が、抵抗としてベルフェゴールの胸をさらに深く、何度も貫く。骨が砕ける音が響くが、その瞬間、レイジを縛っていた魔力の糸が音を立てて腐り落ちた。
「ハァ……ハァ……馬鹿な男だ……心中するつもりか! 貴様だけが死に、私は――ぐ……!? あ……ああああああああッ!!」
勝ち誇ろうとしたカンパクの肉体が、内側から腐り始めた。闇属性の魔力すら、中和されることなく溶けていく。
「な、何だ……!? 私の闇が、なぜ溶ける……!!」
「……言ったはずだ。私の毒は、“遅効性”だと。ようやく芯まで届いたようだな」
ベルフェゴールが口元の血を拭い、誇らしく笑う。
「貴様が、レイジ様を操ることに悦に入っている間……その魔力回路は、とっくに私の毒に蝕まれていた。そして関白、貴様が最も恐れていた猛毒――【明智の毒】だ」
「なっ……明智……だと……!? 貴様、ベルフェゴール、まさか……!」
カンパクの複眼に、初めて真の絶望が走る。視界が霞む彼の背後に重なったのは、かつて戦国を揺るがした一人の武将の幻影。
「あ、明智十兵衛……光秀だと……!? 貴様、あの時死んだはずでは!!」
「地獄の底で、永遠に数え続けるがいい。貴様が裏切り続けた、主君の数をな」
その言葉を最後に、カンパクの肉体はドロドロの腐液となって崩れ落ち、奈落の底へ消えていった。蜘蛛の異形も数百年の野心も、すべては猛毒の中で塵へと還った。
裏切りの真相:是非もなし
支配から解放されたレイジは、膝をつくベルフェゴールの前に歩み寄った。眼鏡の奥の瞳が、血を流し、光を失いかけている男を真っ直ぐに見つめる。
「……ベルフェゴール。いや、お前……十兵衛なのか」
ベルフェゴールの巨躯がわずかに震えた。
「先ほどの戦い……お前が本気なら、私を倒すことなど容易かったはずだ。レベル9999の私であっても、あれほど隙だらけの傀儡状態ならな。……お前、最初から本気で私と戦っていなかったな」
ベルフェゴールは醜悪な魔族の顔に、どこか懐かしい、そして穏やかな微笑みを浮かべた。
「……クフフ……バレて……しまいましたか……信長様……貴方に刃を向けるなど……たとえ演技でも……身が斬られる思いでした……」
その声音は、もう恐ろしい魔族のものではなかった。かつて、誰よりも近くで主君を支えていた男の声だった。
「……あの日、本能寺で私は……貴方をサルの毒牙から逃がすために、逆臣の汚名を着る道を選んだ。……貴方の魂を、この異世界へ逃がすための儀式……その生贄が必要だったのです」
炎上する本能寺。悲痛な表情で太刀を振るう十兵衛。あの裏切りは、歴史上最大級の、そして最も孤独な「忠義」だった。
「……そうか。お前はまた、私を逃がすために……」
「サルに……天下を渡すわけには……いかなかった……。貴方こそが、私の……唯一の……」
ベルフェゴールの呼吸が浅くなり、その巨躯が光の粒子となって剥がれ始める。
「わかっている。もう、喋るな」
レイジがその血に濡れた手を握り、十兵衛は満足げに、そして安らかに微笑んだ。
「……是非……も……なし……」
その言葉を最後に、最凶の毒使いは光の粒子となって魂を還した。
レイジは立ち上がり、去りゆく忠臣へ最後の敬意を払い、静かに刀を収めた。
「……レイジ、大丈夫か」
「あぁ……なんとか。ヤマト殿、奴の遺した毒……あなたが引き継ぐのです。あなたの妹ガランも、魔族に堕とし操っていたのはあのサル、カンパクだった…..仇は討ったのですよ……」
奏太、ヤマト、ユリア。全員が、犠牲の上に勝ち取った静寂の中で前を向く。
四天王は全滅した。だが――。
地鳴りと共に、主を失い契約を反故にされた伝説の火炎竜ヴォルガが、マグマの中から巨大な顎を開き、吼えた。
「……小賢しい人間どもよ。我を待たせた罪――その身に刻んでくれるわ」
奈落の支配者、その咆哮が世界を揺らした。
十兵衛が繋いだこの命を懸けて、真の決戦が今、幕を開ける。




