【Lv.1の童貞探偵】異世界で俺の性魔術解析が世界の穢れの記録を暴くが、魔王に童貞を独占予約されました 第二十ニ章 前編
第二十二章:奈落の謁見 前編
〜蜘蛛の糸と、炎の取引〜
地底の最深部「奈落の顎」。そこは、空気そのものが燃焼し、肺を焼くような熱気に満ちた、現世の理が通用しない断絶された空間だった。
岩壁を縫うように流れるマグマの川は、鼓動するかのように脈打ち、赤黒い光を天井の鍾乳石に反射させている。その中心、巨大な火口を見下ろす断崖の上に、魔王四天王の最後の一人・カンパクは立っていた。
背中からは、節くれだった八本の巨大な脚が、まるで意志を持つ槍のように蠢いている。皮膚は硬質な外骨格に覆われ、複眼となった瞳が怪しく蠢いていた。
「……あ、あ……あ……」
その足元では、王女イシュタルが力なく伏している。彼女の白い肌には、半透明の紫色の糸が幾重にも食い込み、血管を浮き上がらせるように脈打っていた。
「ククク……無駄ですよ、イシュタル様。その糸はあなたの神経に直接繋がっている。抗えば抗うほど、あなたの意識は削られ、純粋な『魔力の器』へと近づいていく……」
カンパクが細長い指を操ると、糸がピンと張り、イシュタルが人形のように無理やり上体を起こされた。絶望に染まった彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「泣きなさい。その絶望こそが、魂を熟成させる最高のスパイスだ。あのお方に捧げるには、これ以上ない極上の捧げ物となる……」
カンパクは、背後に横たわる「太古火炎竜ヴォルガ」を仰ぎ見た。その巨躯は岩山と見紛うほどであり、鱗の一枚一枚が鍛造された鋼のように硬く、放熱している。
「……矮小なる者よ。我が眠りを妨げた対価は、その小娘一人で足りるとでも思うか?」
ヴォルガが重い瞼を開く。金色の瞳がマグマのように揺らぎ、空間の温度がさらに数百度跳ね上がった。
「足りるはずもございません。ですが、この娘の血に流れるは、古の神々の末裔の証。これを喰らえば、貴公の炎は魔王ルクセリアの闇すら焼き尽くす真理へと昇華しましょう」
カンパクは慇懃無礼に頭を下げ、その醜悪な蜘蛛の脚をわななかせた。
「私はただ、契約を望む。貴公の『絶対的な破壊の力』を私に貸し与えてほしい。そうすれば、私は魔王を玉座から引きずり下ろし、この世界を新たな蜘蛛の巣で支配してみせましょう」
「フン……主のルクセリアを裏切るか。人の業とは、死してもなお尽きぬものよな」
ヴォルガが鼻から火の粉を吹き散らし、大きな顎を開こうとした、その時だった。
乱入:レベル9999の覇気
ドゴォォォォォォォンッ!!
空間を仕切っていたはずの古代魔法の障壁が、紙細工のように粉砕された。凄まじい衝撃波と共に、熱気を切り裂くような冷徹な波動が、奈落の底まで一直線に突き抜ける。
「……随分と湿気た密談だな。猿芝居を見せられる方の身にもなってほしいものだ」
埃と煙の中から、悠然と歩み出る影。
レベル9999・転生者レイジ。
その背後には、抜き身の刀を構えた奏太、毒を纏った双剣を握るヤマト、そして、言葉を失うほどの殺気を放つユリアが控えていた。
「レイジ! イシュタル様が……!」
奏太が叫ぶが、レイジは片手を挙げてそれを制した。その視線は、ただ一点――醜悪な異形へと成り果てたカンパクのみを射抜いている。
「レイジ……様、ですか。いいえ、この魂の輝き、この傲慢なまでの威圧感。……お久しゅうございますな。織田信長様」
カンパクの複眼が、歓喜と憎悪で細められた。かつては「サル」と呼ばれ、一国の覇権を握った男の面影は、そこには微塵もなかった。
「……久しぶりだな、サル。相変わらず、主人の居ぬ間に巣を張るのが得意なようだ」
レイジの声は、どこまでも平坦で冷たい。
「だが、見た目は随分と様変わりしたな。かつての陽気な姿はどこへやら。今やただの『蜘蛛サル』か。お前の執念が、その醜い足を増やしたのか?」
「ク、クク……ハハハハッ! おっしゃってくださいますな! 貴方様に捨て駒として扱われ、泥をすすって生きてきた私の執念が、この姿を呼び寄せたのです!」
カンパクが狂ったように笑い、蜘蛛の脚を地面に叩きつけた。地響きが轟く。
「本能寺で果てたはずの貴方が、なぜこの異世界にいるのか。……だが、好都合だ! 私は明智の手を借りて貴方を葬った。そして今、再びこの手で貴方を終わらせる。それこそが、私の天下統一の完成だ!」
「明智、か……。あやつの名を、貴様が語るな」
レイジの視線が、わずかに鋭くなる。
「あやつは、貴様に“使われただけ”だ。己の正義に殉じたつもりで、貴様の掌で踊らされていた……哀れな話だ」
一瞬の沈黙。
「……だが、それでも俺は、あやつを好いていた」
レイジが、腰の古剣をゆっくりと引き抜く。抜刀の音一つで、周囲のマグマの泡立ちがピタリと止まった。
「貴様の糸は、確かに巧妙だ。明智すら絡め取ったその執念は、見事と言っていい」
「だがな、サル――」
レイジの一歩が、空間を歪ませる。
「天下を統べるのは、そんな陰湿な策ではない。……圧倒的な『個』の意志だ」
取引の決裂と開戦
「ヴォルガよ! 契約の先払いです! この者たちの魂も貴公に捧げよう!」
カンパクが叫び、無数の闇の糸をレイジたちに向けて放つ。それは目視不可能な速度で、精神を汚染する呪いと共に迫る。
「させない……っ! 『疾風乱舞』!」
奏太が風の刃を振るい、迫り来る糸を切り払う。しかし、切っても切っても、糸は増殖し、空間を埋め尽くしていく。
「ヒヒッ、無駄だよ。この糸は『概念』だ。物理的な刃でいくら切ろうと、私の支配からは逃げられない」
「なら、毒で腐らせるまでだ……!」
ヤマトが跳躍し、カンパクの頭上から毒液を纏った一撃を繰り出す。だが、カンパクの蜘蛛の脚がそれを軽々と弾き飛ばした。
「ヤマト、下がりなさい。その男、あなたの毒よりも深い毒(執念)に染まっているわ」
ユリアが影から這い出し、漆黒の魔力を指先に集める。その時、沈黙を守っていた火炎竜ヴォルガが、地を揺るがす咆哮を上げた。
「グオォォォォォォォォォッ!!」
その咆哮だけで、奏太たちは吹き飛ばされそうになる。
「面白い……。レベル9999……。神の領域に足を踏み入れた人間がいるとは。カンパクよ、取引の内容を変更しよう。その男の首を獲れ。さすれば、我が全霊の炎を貴様に預けよう」
「承知……ッ!!」
カンパクの全身から、ドロドロとした闇の魔力が溢れ出す。八本の蜘蛛の脚が、それぞれ鎌のような形状に変化し、レイジを取り囲む。
「信長様……いえ、レイジ。貴方の天下は、この奈落の底で、私の糸に絡め取られて終わるのです!」
レイジは、古剣を正眼に構えたまま、微動だにしない。
「サル、やってみろ。……その汚い足、一本残らず叩き折ってやる」
灼熱の地底、火炎竜の冷笑。因縁渦巻く主従の再会は、今、最凶の殺し合いへと変貌した。




