38話【恋のライバル?】
セレスさん。彼女がいいわ。
彼女ならきっと私の提案するシリコンにも興味を示してくれるはず。商人としての腕も嗅覚も一流の雰囲気がする。
是非とも事業パートナーに選びたい。もう彼女以外考えられないほど。
「セレス様は、商人でありますよね」
「ええ、そうよん♡ マルシア商会会長、セレスティーヌ・マルシアよぉ♪」
「マルシア商会!? 苗字を聞いた時からそうかとは思っていましたが、まさか本当にあの……」
驚きの声を上げたのはリーシャであった。
「あらぁ♪ 貴女もしかしてうちの店のお得意さん?」
「リーシャ、そうだったの?」
「私というよりお嬢様の方が利用されているかと。公爵家にある茶葉や化粧品、入浴剤等はほとんどマルシア商会から卸しているものです」
公爵家が使うような商品まで販売しているとは、一流商人どころか超一流。超大手の社長さんだったとは。またこれは、スゴイ人物に巡り会っちゃったわね。
「それでぇ、ランドリス家の天使ちゃん。アタシになにかお話でもぉ?」
「ええ、少しビジネスの話を。お売りしたいアイデアがございますの」
「あは♪ 商人としての人生はそれなりに長いけど、こんなお嬢ちゃんにビジネスの話を持ちかけられたのは初めてねぇ~♪ いいわよん♡ 天使ちゃんのこと気に入ったから、話くらいなら――」
そうして、ビジネスの話が始まろうとした、その時だった。
「お嬢、そろそろ見張りはいいか?」
店の前で見張りをしていたガウルが、店の中へと姿を現した。
あっごめんなさい。色々ありすぎてガウルのこと忘れてた。
「ッ……!? えっ、ウソぉ……!」
ガウルが姿を現すと同時だった。
セレスさんはガウルを見て、まるで昔好きだった同級生と運命的な再会をした乙女のようなリアクションをする。
そして、ドラマチックなBGMと共にガウルの元へと走り出した。
「会いたかったわぁ~~~♡♡ マイダ~リン~~~♡♡♡」
ガウルの胸へと飛び込もうとする。
「ッ……、……ふん」
しかしすんでのところで、ガウルはセレスさんの顔にアイアンクローを決める。
というかダーリンって何? 聞き捨てならない。ガウルは私のダーリンなんですけど?
「んぅ~~♡♡ 会いたかったわぁガウルたぁん♡♡ んっまっ♡ んぅっま♡♡」
アイアンクローをされても尚、セレスさんはガウルへの接近をやめない。
「お前……あの時の変態か」
「ガウルお知り合い?」
「知り合いと言うほどではない。お嬢に買われる前、俺を予約していた男だ。その時も奇天烈な格好をしていた。やはり変態だったか」
ガウルって予約済みだったのね。ガウルを買うと決めた時あのタヌキの言動が何か変だとは思ったけど、そういうことだったのか。
まぁ奪ってしまったようになったのは申し訳ないけど、後悔はないわ。そうしてないとガウルと愛し合えなかったもの。
「変態なんて失礼しちゃうわぁ~、アタシはただダーリンを――ハァッ!? お嬢ちゃんに買われたァですってェ!?」
アイアンクローを振り解き、セレスさんは作った声ではない明らかな男声で驚愕する。
「ちょっと天使ちゃん!? これはどういうことかしらァ!?」
「そのままの意味です。改めまして自己紹介しましょうか? ガウルのハニーのアルミラです♡ 私のダーリンから離れてくださいますか? セレス様」
「カッチーンッ! アタシから男を奪っといて挑発なんていい度胸じゃないッ! やっぱあんた天使なんかじゃないわぁ!!」
天使だと自己紹介した覚えはないのだけど。
「お嬢、コイツは敵か。始末していいか」
「落ち着いてガウル、敵ではないわ」
大剣に手をかけるガウルを制止する。敵ではないから。恋敵ではあるかもだけど。
「ハァ……まぁお嬢ちゃんが悪いわけではないわよねぇ。悪いのは予約した商品を勝手に売っちゃう悪い商人だものぉ~?」
セレスさんの怒りの矛先がタヌキに向く。私だって約束の件をまだ許したわけではない。
タヌキは敵しかいない現状に失神寸前である。
「あっ! そうだわぁ!」
ふと何かを閃いたように、セレスさんは声高々に言う。
「ねぇ天使ちゃん、条件によってはアナタが持ちかけるアイデア無条件で買ってあげるわよん♡」
「……本当ですか?」
うますぎる話。そういうのは大体無理難題を吹っかけられがちである。
「えぇ♡ 淑女に二言はないわぁ♪」
「では、お尋ねしましょう。その条件を」
ニヤリとセレスさんは悪どい笑みを浮かべ、そして――。
「ガウルたんを頂戴♡ そしたらどんな物も買ってあげるわぁ♡」
「……」
それは……悩ましいわね。
「はぁ……」
小さく嘆息を吐く。
そして――。
「……仕方ないですね」
「ッ……」
「あらぁ♪ やっぱり受けてくれるの――」
「ならセレス様を諦める他ありませんね」
やっぱり無理難題を押し付けられたわね。まだ世界の半分が欲しいと言われた方が交渉の余地はあったわ。
しかし悩んだわ。――セレスさんの顔を引っぱたくかどうか。
「ッ!? ……、へぇ、断るのねぇ~……」
「NOしかない選択肢は提案と言わないのですよ? 私がアナタの綺麗な顔に手をあげなかったことを感謝して欲しいくらいです」
愛し合っている人たちを商売の交渉で引き裂こうとするなんて、流石の私もちょっとムカついた。
「ふぅ~ん……変なお嬢ちゃんねぇ。奴隷一人でアタシと契約が結べるのよん? 安い買い物じゃなくってぇ?」
「安い? 商人でありながら価値の計算もできないのですか?」
「……! 言うわねぇ、アナタ」
私の嫌いなことをするからよ。
愛を軽んじること。一番嫌いなことだわ。
逆鱗に触れられつい喧嘩腰になってしまう。
「なら何ならガウルたんをお嬢ちゃんから買えるかしらぁ? いくらぉ? それともお金以外ぃ?」
「愛を買えるモノなんてありませんよ。そんなことも知らないのですか? お嬢ちゃん?」
棘のある言葉チクチクと刺す。
「人の持つ愛は非売品なんですよ。巨万の富を差し出そうと、世界の全てを差し出そうと、――私からガウルを買えるだなんて思わないでください」
「へぇ、どうしてかしらぁ?」
そんな当たり前のことを聞くなんて、本当にこのお嬢ちゃんは何も知らないのね。
「――愛は何よりも尊いからです。お金も商売も、全て愛を潤す為にあります。愛がなくては何も成せないではないですか」
「っ……! ……ふぅん、なるほどねぇ」
パンッ!と彼女は一本締めのように手を叩いた。
そして――。
「その答え、気に入ったわぁ♡ アナタの売るアイデアとやら、見てあげるわ♪」
拍子抜けするような明るい声。
さっきの喧嘩寸前なやり取りが嘘だったかのように、彼女はニコヤカに微笑む。
もしかしてこれは……試されていたのかしら。
例えそうだとしても愛を侮辱するのは不快だった。けど、許してあげよう。私は寛大な対応で接する。
「じゃあまた1週間後に会いましょ♡ ここに一人で来て頂戴ねぇ♪」
一枚の紙を私に手渡して、セレスさんはタヌキを片手で引き摺る。
「また会いましょう、天使ちゃん♡ んっちゅ♡」
素敵な投げキッスを置き土産に、彼女はそのまま去っていく。
「あ、嵐のようなお方でしたね……」
「ええ、素敵な人だったわ」
リーシャの言葉に私も同意する。リーシャは食い違っているように首を傾げたけど。
ともあれ、よい商人と出逢えた。棚から牡丹餅である。




