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37話【セレスティーヌという商人】

「これは大変失礼しました。人がいるとは思わず、ついはしたない事を」

咄嗟に作り笑顔を貼り付け、丁寧に謝罪する。

人はいないと思っていた。タヌキ以外はね。


「扉を破壊して入室とはねぇ。最近の令嬢ではこんなノックが流行っているのかしらぁ~?」

語尾が伸びる独特な喋り方。なんともキャラが濃い方ね。

「お嬢様見てはいけません! 変態です!」

「誰が変態よぉ!? 失礼しちゃうわねぇ! アタシは善良な一般市民よぉ!」

咄嗟に私の目を覆ったリーシャに対し、彼は怒ったように反論する。

女性的な喋り方に、女性でもなかなかしないような厚化粧をする男性。

確かにこの世界では、見られない人間ね。

所謂オカマ。言い方は色々あるけど、女性的な格好をする男性のこと。

この世界に来て初めてみるトランスジェンダーだわ。


「落ち着いてリーシャ、彼女は変態じゃないわ」

「っ……」

「で、ですがお嬢様……」

初めて見るモノを恐れるのは人間の性とも言える。

だが、あんまりそう言う決めつけは好きじゃない。それは彼女の一個性であり、異物に枠組みするものではない。

リーシャの手を退かし、彼女に向き直る。


「大変失礼いたしました。私はランドリス家が長女、アルミラ・ランドリスと申します。どうぞお見知り置きを」

スカートの裾を掴み、丁寧な挨拶をする。

「アルミラ・ランドリスぅ? まさかあのランドリス家の悪魔かしらぁ~? ……それにしては天使のように可愛い子ねぇ♪」

「お褒めに預かり光栄です。失礼ではなければ、アナタ様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「えぇ、モチロンよぉ♪」

彼女はズボンではあるがスカートの裾を摘む動作をして挨拶を返す。


「初めましてぇ~ランドリス家の天使さん♪ アタシはセレスティーヌ・マルシアよぉ。しがない子爵家の人間だから気軽にセレスって呼んでね♡」

高価なアクセサリーを身につけていることから予想はしていたけど、やっぱり貴族だったのね。

「ところでセレス様、一つお伺いしたいのですが?」

「何かしらぁ? 天使ちゃん♪」

「ここへは一体、どのようなご用件で?」

ピシャリと声のトーンを下げて、質問をする。

彼女が一体なんの用でここへ来たのかは知らないが、もしこの店の閉店に関わっているなら私もそれ相応の態度と対応をしなきゃいけないわ。


「あらあらぁ随分とお怒りのご様子ねぇ~」

「ええ、私もここまで激情に流されることは珍しいのですけどね」

がらんどうの奴隷商店を見て、更に青筋を浮かべる。

「ねぇ……タヌキさん? 説明してくれるよね?」

「ひぃいいッ!?」

ギロリと腰を抜かしてガタガタ震えていたタヌキに目をやる。

「なんで奴隷の方々が一人もいないのかしら? おかしいわね。たった一ヶ月で全員売れるわけないわよね? じゃあアナタが何かしたのよねぇタヌキさん? ねぇ? アナタ、私との約束を違えたのかしら? ねぇ? ねぇ?」

「お、お助け下さい!! わ、私は決して公女殿下との約束を違えるようなことは――」

「じゃあなんでいないのかしら? 私の愛すべき方たちは――」


「ここにいた奴隷なら、アタシが全部逃がしてあげたわよぉ~」

口を挟んだのは、セレスさんであった。

「逃がした?」

「ええ、逃がしちゃったわぁ、一人残らず♡ この店のお金を全部あげちゃってねぇ♪」

「……何故そのようなことを?」

「うぅ~ん、仕事半分腹いせが半分ってとこかしらぁ? この店、結構悪どい事してたのよぉ~。奴隷の生活水準が国の規定に見合っていなかったのよねぇ」

「ほぉ? 生活水準がですかァ?」

殺意の籠った眼光で睨みつけると、タヌキは再び悲鳴をあげ、尻もちを着いたまま後退る。今夜のタヌキ鍋に変更はなさそうね。

「腹いせっていうのは、予約していた奴隷を勝手に売られたからねぇ~。まぁ? それがなくてもこの店は潰してたけどねぇ~♪」

「何故潰すのですか?」

彼女は腹いせがなくてもこの店を潰すと言った。仕事だとは言うが、悪徳商店を摘発に来た衛兵には見えない。

如何なる理由で潰したのか。そこには一体、どれほどの理由があるのかしら? 返答次第では私の態度も変わる。


「ねぇ、天使ちゃん。奴隷売買においての生活水準違反がどれほどの罰則を受けるかはご存知ぃ?」

「いえ、存じ上げません」


「――特にないのよ。そんなモノは」


セレスさんはドスの効いた声で言う。

「……」

「罰則はナシ。厳重注意のみ。あってないような罰則よねぇ?」

「ええ、そうですね」

「アタシは別に正義の使者じゃないわぁ~。アタシだって気に入った奴隷が居れば買う。だって商売ってそういうものでしょう?」

彼女は淡々と自身の意見を述べる。

「けどね、アタシってば見過ごせないのよねぇ。商品を大切にできない馬鹿も、人の命を無下にするような屑も。だからアタシは仕事の一環としてこういう店を潰して回ってるのぉ。――『商人』として♡」

商人。

彼女は今、確かにそう言った。


「商売仇も減る、不快なゴミ共も消える。一挙両得だとは思わなぁい? 天使ちゃん♪」

「なるほど、理由は理解しました」

「アナタの欲しい奴隷ちゃんを逃がしちゃったのはアタシよぉ~。怒っちゃったかしらぁ♪」

「……怒れませんよ。そんな善行をされては」

ふふっと表情が緩み、苛立っていた感情がスゥーっと引いていく。

確かに愛すべき方たちは何処かへ去ってしまった。もう二度と会えないかもしれない。

けど、彼らはきっとここにいるより幸せに暮らせるだろうという確信がある。私の環境改善の約束が反故にされた時点でそれは決定していた。

……彼女は、奴隷達にお金を配ったという。奪い去ることもできた店のお金を、彼らに配った。

いい人ね。流石に責められないわ。責めたら私が酷い人になってしまう。


「……セレスさんは素敵な方ですね。人徳を重んじる父に似ています。――同じ貴族として、アナタの行動に敬意を評しますわ」

深々と頭を下げる。人として正しいことをした彼女には、人として感謝しなくてはいけないものね。

「っ! ……アハっ♪ ホント噂なんて当てにならないわねぇ~♪」

人への誠意も商品への誠意も欠かさない。個人商店程度なら容易に潰して回れる手腕に、何より彼女の人間性が素敵だった。

商売は商売、だが人としての道は外さない。線引きがしっかりされている。彼女のできた人間性。


嗚呼、とっても素敵♡

商人としても、一人の人間としても欲しくなっちゃう♡


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