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35話【珪石】

時は現在、私の部屋にはサンプルとして回収したシリコンの元、珪石が置いてある。

半透明の白い鉱物。珪石(けいせき)

嗚呼、懐かしいな。昔自分で『おもちゃ』を作りたくて必死に調べたんだっけ? 結局専門的な技術がなかったから断念せざるを得なかったけど。電気炉とか一般家庭にあるわけないもの。ちなみになんの『おもちゃ』かはまだ秘密である♡

けどここはフィクションが現実化した魔法の世界であり、私は権力を持った公爵令嬢。

つまり可能なのである。珪石を元としたシリコンの作成が。


「あのアルミラ様……結局シリコン?とはなんなのですか」

私が部屋で珪石を眺めていると、お茶を入れてくれていたリーシャが尋ねる。

「うぅ~ん説明するのはちょっと難しいね。まあ実物ができたら見せてあげるわ」

ゴムベラの素材とか、蓋とかに使うパッキンとか、そう言ってもわからないよね。この世界の人には。

それも正確にはシリコンの有機化合物のシリコーンが素材であるのだけど、化学のほとんどが発展していないこの世界ではそんなこと誰も知るまい。

だってこの世界には、化学で証明できないもっと便利な魔法があるのだから。


魔法は全員が使える代物ではなく、限られた才能ある人物だけが使える物である。割合は確か、100人に1人だったかしら。

その魔法を行使できる人たちを魔法使いと呼び、彼らは計り知れない需要を持つ人達だ。

そんな彼らがいても、魔法を行使する手段がある。

それは――魔法具である。

武器から日用品まで数多くの種類を取り揃えた魔法具。振るうだけで火が出る剣とか、自動で光を灯してくれるランタンとか、武力の強化や人々の生活を潤すことを用途に作られている。

魔法使いのほとんどがその魔法具を作る魔法技師に就職して、彼らは商人から依頼された道具を作る第二次産業従事者となる。

彼らは国から給料を支払われる公務員の安定した固定給を貰った上で、商人からの依頼料も貰える歩合制の給料も得られる高給取り。要はウハウハなのである。

一流の魔法技師はそこら辺の貴族よりもお金を持っているらしい。すごいわね。


そこで私は現在、珪石をシリコンに変えられる文字通り魔法のようなアイテムを作れる魔法技師が欲しい。

だが、優秀な魔法技師一人いてもそれだけではダメ。

私はこのシリコンというまだ存在していない人工素材を開発および販売したい。そしてついでに私的利用したい。

つまり探すべきは魔法技師ではなく、――魔法技師を雇うことができる商人である。

自分で商会を開く方法も考えたんだけど、流石にそれは無理ね。ノウハウがないもの。

とどのつまり、手っ取り早く優秀な商人にアイディアと生産元の鉱山を売って、販売も製作も全部丸投げして、私はおこぼれの甘い蜜を啜る。


だけどそれには、目下の問題となることが一つ。

「ねぇリーシャ。この石が実は人々の生活にすごく役立つ原石だと言われたら、信じる?」

「え……いや、それは……、……」

リーシャは苦虫を噛み潰したような顔をした。

いいえと断言するのは申し訳ないが、明らかなお世辞を言うのもどうかと思っているのだろう。

うん、そうよね。信じられないわよね。


商人に売るにしても、これがシリコンの素材であると信じさせることなどできない。

よくて頭のおかしいやつだと思われる、悪くて詐欺師として衛兵に連れていかれる。と言ったところね。

結局は、魔法技師が一人必要ね。とりあえず商人に見せるサンプルが作れればいいのだが……。


「あーあ、どっかに未知の鉱物を加工製造出来る天才魔法技師とか居ないかなぁー」

言霊ということもあるし、とりあえず言葉に出して言ってみる。

もしかしたら空から降ってくるかもしれないし。


「……あの、一人心当たりがありますよ」


「えっ!?」

思わず座っていた椅子から立ち上がる。

本当に言霊が叶った。

リーシャは私のボヤきに思い当たる節があったのだ。

「アルミラ様もご存知の方です」

「え!? 本当に!?」

なんというご都合主義だろうか。まさか身近にそんな人物がいたなんて。

「それでそれで! 天才魔法技師で私も知っている最高に素敵なお方って誰なの!?」

期待に目を輝かせながら、リーシャに尋ねる。


「公爵夫人、ラズリア・ランドリス様です」


最高に素敵なお方などいなかった。

よりによって、あの嫌味大好きお母様だったなんて。この世にご都合なんてないわ。

「公爵夫人様はかつては有名な魔法技師として活躍されており、実家の準男爵家を男爵家に引き上げたお方です」

それは凄いわね。けど凄くてもどうしようもないわ。だってあのお母様なのだもの。

「あの人がお願を聞いてくれるわけないじゃんぅ……――ん?」

いいや待って。

今ならイケるかもしれない。

何もお願いではなくてもいい。

労働には、正当な代価を支払えば良いのだ。



「おかぁ~さま♡」

「っ!?」

ヒョコっと廊下を歩くラズリアの目の前に、曲がり角から突如姿を現す私。

突然の登場に彼女は一瞬目をむく。


「な、なんですか急に……?」

満面の笑みで近づいてきた私に、彼女は少し警戒気味だった。

「そう警戒なさらないでください。実はお母様にお願いがあるのです?」

「アルミラさんが? 私に? はっ! 正気ですか?」

随分な言われようである。

相変わらずの不遜な表情ね。まぁなんでもいい。この際造り手の人間性は考慮しない。選り好みできる状況でもないし、シリコンのサンプルを作ってくれるのなら誰だっていい。


「聞き届けてはくださいませんか? 可愛い娘の頼みですよ?」

「冗談も大概にしてくださいますか? 可愛い娘? 随分と不愉快なことをおっしゃいますね。私は貴女のことを娘だなんて一度も――!」

小姑の決めゼリフを言い切らせる前に、私はラズリアに耳打ちをした。


「私が当主の跡継ぎをチャールに譲るとしても?」


「ッ!?」

「最近お母様、焦っていますよね? 私がお父様のお仕事をお手伝いして、後継として着々と成長していて……そうでしょう?」

「……!? そ、それは……」

「ですが、私は跡継ぎの権利を譲ってもいいと考えているのですよ? 貴女の大事な大事な息子のチャールに」

「ほ、本当ですの……?」

「ええ、勿論です♡」

まるで白雪姫に毒林檎を勧める魔女のように、私は魅惑的な提案でラズリアを翻弄する。


「ねぇお母様? 私のお願い、聞いてくださいますよね♡」


「ッ……! っ……、……え、えぇ」


――そうして三日三晩、私はシリコンのサンプル作成に取り掛かった。

愛しのお母様を馬車馬のように働かせ、そのサンプルは完成したのだった。


その3日間は、ラズリアにとって悪夢の3日間となった。


正式名称はシリコーンなのですが、シリコンの方が語感がいいので本作品ではシリコンで統一します。

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