23話
「ギャーギャー騒ぐなや――」
複数のゾンビが部屋の中央に集まってくる。
取り囲まれているのは黒縁眼鏡をかけた陰気そうな男だ。
男はなす術なく蹲って「ひぃ!」と悲鳴を上げるが、次の瞬間、複数の銃声音と共にゾンビが地面に転がり落ちた。
「いやー、あはは……。す、すごいっすねー、マックラさん」
振り返った先にいたのは、特別枠の参加者――マックラ。
右手に持つジェクターからもわかる通りゾンビを沈めたのは彼だが、それは別に人助けをしようと思って撃ったわけではなく、作戦だからだ。
一人がゾンビのいるところに自ら突入してゾンビを引きつけて、もう一人が餌に夢中になっているゾンビを安全圏から倒すという、要は囮作戦だ。
「ビビりすぎやねん。大丈夫やって言ったやろ」
「でももしものことがあったら……」
「あ、なんやねん。俺の命令に背くんか?」
その言葉に囮の男は押し黙る。
当然、囮なんて役割を望んで引き受けるの人間などいないので、脅して言うことを聞かせている。
やり方はピッキーの存在をちらつかせるだけで、悪い噂の絶えない彼の名前を出せば大抵の参加者は言うことに従う。
ついでに手間のかかるアイテム回収なども任せることによって、当人は高みの見物というわけだ。
「ほら、この部屋のゾンビはあらかた片付いたからさっさとアイテムの回収せえや」
マックラの催促に男は「うへへ、すいませーん」と一応、謝る態度を見せる。
「……ほんまキモオタやな。お前ら、オタクって言葉が世間に定着してきたからって人権得たとか勘違いすんなよ。オタクとキモオタは別モンや」
「俺はキモオタでもないしオタクでもないっすよー。まあ3次元の女には興味ないっすけど。だって全員……」
「ああ、もうええ。お前のことは微塵も興味ないから。それよりなんかあったらちゃんと報告せえよ。隠したらただじゃおかんからな」
部屋を漁る男を注意深く見守るマックラ。
当然、本人も監視されていることには気づいているが、幾度ものこき使われた経験から、マックラが気を抜くタイミングがあることを掴んでいた。
漁り始めてから一分、会話も止まって場が静まり返る時間に男はあるアイテムをそっと懐にしまった。
「おい」
直後、マックラが冷たい声を上げる。
「今、何した」
男は高鳴る心臓の音を抑えつつ、例のアイテムを手に取る。
「何かの紙を見つけたんですけど、アイテムかどうかわからなくて」
「見せろ」
マックラがいる場所まで歩いて届ける。
それは男の言った通り本当に一枚の紙だった。
○とある信徒の日誌
8月18日 降臨祭 1日目 その②
思えば、司教様が連れてきた謎の学者が関わるようになってからだ。この宗教がおかしくなったのは。なぜ司教様はあのような者の出入りを許可したのか。もし犯人がいるのだとしたら私はその学者が怪しいと思う。そういえばこの儀式にも参加していると言っていた。ますます怪しい。出来れば確かめたいが、その術は今のところない。今は逃げるので精一杯だ。他の信徒たちは今どうしているのだろうか。聞こえてくるのは悲鳴ばかりだ。やはり誰かがこの状況を正さなければならないのだろうか。しかしそれをしたら私は禁忌を犯すことになる。これまで捧げてきた全てを棒に振ることになる。どうすればいいのか。何が正しいのか。考えている間にも人の声は少なくなっていく。
それを読んでマックラは目を細める。
「……移動すんで」
「え、もうっすか」
「ぼちぼち合流しようと思て。ピッキーさんか、他のオカモトカンパニーの連中か。あいつら今頃混乱しとるんやろな。生きとるかな」
「ピッキーさんはわかりますけど、他にもいたんですね」
「午前の部には四人や。俺とピッキーさん、んでショルダーパンチ日住ってやつと後はハルっていう生意気な女や」
女という言葉に「かわいいっすか?」とすぐに反応する。
「顔はな。でも性格は最悪や。気になるならピッキーさんに聞け。気に入られれば紹介してもらえるかもな」
「なぜそこでピッキーさん?」
「あいつはピッキーさんに逆らわれへんねん。だからピッキーさんを介せばいけるかもって話。ってかそんなことより……」
そう言いながら、ジェクターを男の眉間に当てる。
「次、隠そうとしたらまじで殺るから覚悟しとけよ」
「は、はい……」
◇――――◇――――◇――――◇――――◇
ハント・ザ・デッド、開始から30分。
この時間は参加者がデスゲームに慣れるのに最も適した時間であり、生きるか死ぬかの最初の篩でもある。
つまり一般枠を除いてここまで脱落せずに生き残っている参加者は、本物のゾンビと戦わされるという本来ならあり得ない状況を受け入れ突破した幸運な参加者たち。
そんな彼らが次に考えるのは、ここからどのようにしてこのゲームをクリアするかということだ。
「勘弁してくれよ……」
そう悪態をつくのは特別枠の参加者、波多部。
彼も最初の篩を突破した参加者の一人だが、その顔には困惑と拒絶の色が浮かんでいた。
ジェクターを構えながらゆっくりと進む波多部の近くで何かが通り過ぎる音がする。
「またゾンビか……?」
警戒心を一気に引き上げる波多部。
些細な変化にも敏感に反応する――これもここに来るまでで身につけた生きる術だ。
だが、今回ばかりは杞憂に終わる。
「――待て、ゾンビじゃない。俺だ」
そう言いながら現れたのは、波多部にとって見覚えのある顔だった。
名前は千神。
楽屋で少し話をしたことのある参加者だ。
「あんたは……千神さん、か。無事だったのか」
「千神でいい。俺も波多部と呼ばせてもらう。それより、お前も流石にもう知ってるよな。このライブがただのライブじゃないって」
張り詰めた表情を浮かべる千神。
波多部だけではない――千神も含めてここにいる参加者は全員がそのことを理解している。
「ああ、ゾンビのことだろ。俺ももうすでに2回襲われたよ。思い出しただけでも鳥肌が立ってきやがる」
「俺もだ。実はさっきからもうずっと頭がおかしくなりそうだったんだ」
「あんたもか。そんなにメンタルが弱そうには見えないが……まさか他の参加者が襲われてるとこでも見ちまったか?」
「いや違う。ゾンビもそうなんだが、ゾンビだけじゃない。後ろ……」
「後ろ?」
言われた通り、千神の背後を覗く。
そこで波多部は思わず二度見する。
「テンくん、好き」
「こらこら、他の人も見てるのに……でも、僕も好きだよ。他の人には内緒だからね?」
「きゃっ、嬉しっ」
そこにいたのは二人の男女だ。
ただの男女ではない。
見せつけるように惚気る二人の男女だ。
リナ、そしてテン。
二人は楽屋でもいちゃついていたカップルだ。
もちろんこれくらいならまだギリギリ街中でも見かけるレベルだが、状況が状況。
波多部は呆れて声も出なくなる。
今の二人は地獄でタップダンスする間抜けな二人組みたいなものだ。
それほど彼らは状況を理解しきれていない。
同時に波多部は千神の言いたかったことを理解する。
確かにこれと一緒にいたら頭もおかしくなるというものだ。
「あー、なんていうかその……お気の毒に」
「まともな奴に会えて本当に良かった。もう少しで自分がまともじゃなくなるところだった」
「俺がまとも、か……。まあ、あいつらと比べたら確かにまともではあるけど……会話は試みてみたのか」
「そりゃあ一度はな。でも……」
「でも?」
その言葉に、顎をしゃくって「自分で確かめてみな」と合図する千神。
「なあ、そこのお二人さん、ちょっといいか」
躊躇わず話しかけにいく。
千神と違って波多部はまだ二人と直接、話したことはない。
だからもしかしたら話せば普通かもしれないという淡い期待がどこかにあったのだ。
「なっちゃん、どうやら彼、僕たちに話しかけてるみたいだよ」
「もうサイアク。せっかくいい雰囲気だったのに」
「無視するのも忍びないし、僕が対応するよ。なっちゃんはここで僕のことを想いながら待ってて」
仕方なくという態度で、しかもそれを悪びれることなく周りに聞こえるくらいの声で話す。
まるで迷惑客を相手にするのような反応だ。
千神は「ほらな」と言わんばかりに肩をすくめる。
「僕たちに何か用かい」
「いや、用ってほどでもないんだが……そうだな。二人はこのイベントがただのイベントじゃないってことはもうわかってるんだよな」
「それは本物のゾンビが出てくるってことが言いたいんだよね。もちろんわかってるよ」
そこで後ろから「そんなことわかってるに決まってるでしょ。そんなくだらない質問でテンくんを煩わせんなよ」とついでに怒りの声も飛んでくる。
「じ、じゃあこれからどうする気だ」
「どうするも何も、その時一番安全だと思う行動をするだけだよ。何せ僕の側には大事な大事なお姫様がいるからね。例えば今ならそこの……千神って人について行くことだね」
テンは波多部の横に立っていた千神を指差す。
一方、指を差された千神は迷惑そうに目を背ける。
三人で行動していることを千神が断り切れなかったからなのだと勝手に判断していた波多部だが、そこでようやく真実を知る。
「なるほどな。勝手について行ってると。まあ判断としては間違ってない。能力のありそうなやつについていくのが生存率を上げる最も簡単な方法だ。でもそれならお前ら二人は協力する気があるってことでいいんだよな?」
「……いや、ないよ」
「ないって……は?」
「さっき言ったでしょ。ついていくだけだって。一緒に戦った方が安全だと思えば一緒に戦うし、そうでないなら二人で逃げるだけさ。まあ、それなりに自衛手段が整うまでは上手く利用させてもらうよ」
「それは……地図か」
テンが話の途中で取り出したのは端末だ。
そこには建物の構造らしき絵が表示されている。
名称『ワールドマップ』
等級:レア
備考:一度行った場所をマッピングし、いつでも見られる状態にする。端末で読み込めば、端末からも見られる。読み込み人数制限は4人。
波多部は思わず声を上げる。
テンが見せてそれは地図だった。
そう一言で言えばそれほど凄そうには見えないが、こういう脱出系のゲームで館内の情報を知られるアイテムというのは最も重要になってくる。
つまりバカにできないアイテムだ。
しかもテンはその価値を自分でも理解しているように振る舞っている。
「もともとの地図もあるけど、やっぱり端末に読み込んだ方の地図の方が見やすいね」
「めちゃくちゃ当たりアイテムだな……。しかも読み込める数はちょうど4人」
「ふふっ、顔色が変わったね。君の考えてることはわかるよ。読み込ませてほしいんでしょ」
「いいのか……って当然そう簡単にはいかないんだろ」
「もちろん。見返りを貰えるなら、ね」
笑みを浮かべるテン。
その童顔には見合わず、どこまでもしたたかな男だ。
一方では、強く出られない性格の千神の後ろを勝手についていくことで、序盤の安全と安定を確保し、一方では、見つけた有能なアイテムを他人に提供することなく、交渉材料として使う。
逆に巻き込まれた人間はたまったものではない。
他人のイチャイチャを見せつけられた挙句、最後は利用されて終わる。
人が人なら事故が起こってもおかしくない。
「それなりに釣り合いがとれて且つ手放してもいいアイテムは……今のところないな」
「それは残念。僕も普段なら施してあげていたんだけど、今回は守らないといけない人がいるからね。妥協はできないんだ」
「テンくん……」
そこで我慢できなくなったリナが飛び出してきてテンに抱きつく。
それは二人の時間の始まりの合図だ。
テンがリナの抱擁に応えて抱きしめ返し、そしてそのまま流れるように唇を合わせた。
波多部はその時はまだ呆れた視線を向けていたが、二人の口付けが卑猥な音を立て始めてからは我慢の限界を迎えた。
背を向けると、同じような顔をした千神と目があった。
「……その、悪かった」
「だから言ったろ」
「ああ。ちょうど俺も頭が痛くなってきたところだ」
カップルのこと、そして何よりこれからのこと。
頭を煩わせる話題は無数にある。
「それにしても、まさか本当にあいつの言う通りだとはな」
波多部が思わず吐露した言葉に、千神はすぐに反応する。
「……それは吉木のことだよな。信じるって言ってなかったか」
「千神と同じ半信半疑だよ。いや、違うな。正確には1割信9割疑ぐらいだった」
「いや、めちゃくちゃ疑ってるじゃねぇか」
一旦頭の中を整理して、一番最後に積み上がるのは、楽屋でクセのある参加者のなかでも一際目立っていた男の存在だ。
「なあ、何であいつはこのことを知ってたんだ」
それは決して好奇心から言っているわけではない。
楽屋で初めて会った時の「面白い妄言を吐き散らかす奇妙な少年」というユウトに対する見方。
それは本物のゾンビの出現で変わることはなく、むしろ「まだ始まってすらいない中でこの現状を最初から知っていたかのような態度で言い当てた謎の少年」という一層濃いものとなってた。
波多部のように疑念の目を向けること自体、自然な流れだった。
同じように思っている他の参加者も実は少なくない。
「さあな。でも、そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいことはないだろ。謎が解けてまた謎が生まれた気分だ。それに、もしかしたらあいつがここの運営と繋がってて……」
「少なくとも俺たちはあいつに助けられた」
一瞬、言葉に詰まる。
「そうだろ?」
ユウトのあの言葉がなければ、平和ボケしたまま死んでいった参加者は波多部を含め何人もいた。
千神の言うように、それもまた事実なのだ。
「それは否定しない。正直、あいつの言葉が頭の片隅にあったから最初のゾンビとの遭遇を難なく乗り越えられた。だが……」
「俺もだ。いや、俺たちだけじゃない。あの楽屋にいた連中は殆どがそうだろうな。確かにきな臭いとは俺も思う。だが疑問があるなら会った時に聞けばいい」
「それは……」
千神の言う通りだ。
ここでいくら考えても疑念は広がるだけ。
今、大事なのは疑念を募らせることではなく、何としてでも生き残って真相を確かめることだ。
「悪い、冷静じゃなかった……」
「仕方ない。こんな状況だ。それに俺も贔屓目がないわけじゃない」
「まあ、えらく肩入れするなとは思ってたけど」
「息子に似てるんだよ」
「……あー、なるほど。それは納得の理由だ」
ユウトに接する時に見せるあの暖かさはそういうことだったのかと納得する波多部。
同時に自分のこれからの動きを何となく定める。
千神でも、カップルでも、ユウトでもない、自分だけの行動だ。
「一応、聞いとくけど俺は息子に似て……」
「るわけないだろ」
「だよな。確認だ」
この状況には似つかわしくない冗談、だが久しぶりに見た他人の笑顔。
千神は呆れつつも、同じように笑って受け流す。
その瞳の奥に狡猾な光が宿っていることにも気付かずに――。
「波多部、俺たちはもちろん協力するだろ」
「……ああ、そうだな」
「よし、じゃあ無事にここを出るぞ」
その時、近くで風を切ったような音が鳴った。
「何だ。今、音がしなかったか?」
「音? いや、聞こえなかったぞ」
「た、確かに聞こえた」
慌てる千神。
波多部はそれをなんとか宥める。
「とりあえず落ち着こう。それより千神、一旦お互いのアイテムを教え合わないか」
「今か……?」
「今だからこそだ。お互いのことを知っておくのは大事だろ」
「そんなに期待されても困るぞ。ジェクターとその弾、あとおそらく全員に支給されている端末と、めぼしいもので言えばこれだな」
「へぇ……」
千神がカバンから取り出したアイテムを見て、思わず感嘆の声を上げる。
名称『スタングレネード』
等級:レア
備考:炸裂すれば強い光を放って相手の動きを鈍らせる。レバーを押した状態で安全ピンを抜くと、レバーから手を離した約2秒後に炸裂する。
「俺もだいたい同じだ。だから……」
「当然、もしもの時はこれを使って逃げる」
「まじで助かるぜ」
ゾンビの対抗手段がすでにあるのは心強い。
投げたら逃げるという合図でもあるのもわかりやすくていい。
そうやって協力の第一歩を進む中、その会話を戯言のように聞き流すのは背後の二人――。
「おい、どこに行く気だ」
「じっとしてたら体が硬くなってきてね。見回りがてら散歩しようと思って」
「わかってるのか。近くにゾンビがいるかもしれないんだぞ」
その言葉にも何ら関心を示さないカップルは、「ご忠告どうも」と余裕の態度を崩さず、ついに波多部たちの元を去ってしまった。
「ほんと勝手だなー、あいつら」
「まあ、向こうから離れてくれるなら好都合だ」
「それもそうか。じゃあとりあえず俺たちはこの場所を早く……」
波多部の言葉が途切れる。
「う、後ろだ!」
その声で慌てて振り返る千神。
だがそこには何もいない。見慣れたの洋館が広がっているだけだ。
ホッとしていると、再び波多部が声を張り上げる。
「ばか! 上だよ!」
今度はジェスチャーも交えて伝える波多部。
すぐに視線を上に向けようとする千神だったが、その瞬間、彼の体が何かの力によって上に引き寄せられた。
千神は咄嗟に机の足を掴んで抵抗するが、直後に焼けるような痛みに襲われる。
ゾンビだ――。
この混乱に乗じて別の部屋から移動してきた通常のゾンビが、身動きの取れない千神の足に噛みついた。
「ぐあああああ!!」
足を振り払って何とか引き剥がそうとするが、その度にゾンビは這い上がってきて足元に群がる。
痛みに震える千神。
どうしようもなくなって彼が最後に視線を向けたのはもちろん協力者である波多部だ。
「た、助けてくれ……。俺のバックに閃光弾がある。それを……」
言い切る前に駆け寄ってきていた波多部が、千神のバックの中から閃光弾を取り出す。
この状況を打破するのに最適なアイテム。
だが波多部はアイテムを持ったまま、どういうわけか使う気配を見せない。
「何をしてるんだ。は、はやく……!」
催促された波多部が見ていたのは、千神ではなく天井だ。
「「……ゲェ……ギゥ……」」
それは一言で言えばクリーチャーだ。
蠍のような外骨格に覆われた下半身、そしてそこから生えているのは縫い繋げられたとしか思えないトカゲのように野生的な上半身。
その時点でもはや既存の生物の枠をはみ出しているが、頭部に関してはもはや生物ですらない。
体をそのまま引き伸ばしたかのように大きくて長い、まるで人間の顔が溶けて体とくっついたような異形の顔面。
口は大きく裂けて開いていて、そこから生える舌が触手がわからない謎の器官が、3メートル先にいる千神に巻きついている。
千神を引っ張ろうとしている正体はこれだ。
本人は満身創痍で気づいていないが、波多部ははっきりと見ていた。
その異常なまでの存在感を。
「悪いな、千神。もうお前は助からねぇ」
冷静に状況を分析する。
「な、何を言って……」
「あばよ」
「おい、お前どこに……」
波多部そのまま反対方向に走り出した。
最初から協力する気はあっても、一蓮托生になる気はなかった。
いつでも自分だけは助かるように上手く立ち回り、危なくなったらすぐに裏切る。
それが波多部という男のやり方だった。
波多部は走っていって、ある場所で止まる。
目の前には先ほどのカップルだ。
困惑する二人を尻目に、ここに来た目的を果たす。
「おい、お前ら、対価があればいいんだよな。これでどうだ」
そこで取り出したのは、先ほど千神のバックから頂いた閃光弾だ。
「いいよ。じゃあどうぞ」
「へへ。助かるよ」
「なぜ君がこれを持っているのかは聞かないでおくよ」
閃光弾との交換で得たのはダウンロード版のワールドマップ。
読み取りが完了すると今度はカップルを通り越してさらに走り出す。
仮にあの化け物が追ってきていた時に、カップルを囮にできるからだ。
「よし」
千神を置き去りにし、カップルさえも置き去りにした波多部が考えているのはこれからの立ち回りだ。
楽屋ではとりあえず力のありそうな参加者に声をかけたが、どれも不発に終わった。
「俺が次取るべき行動は吉木か、あるいは……」
自ら首を振り、そして下卑た笑みを浮かべる。
「“ハイエンドマッド”のメンバーに寄生することだ」
◇――――◇――――◇――――◇――――◇
戦闘が終わり、その場に倒れ込む。
「やっと終わった……」
基本的にライブ配信は戦闘を行っている参加者を優先的に撮る。
そしてその戦闘が終わればまた別の戦場を映すわけだが、そこで元々映し出していた参加者の撮影が止まるわけではなく、参加者の動向は常にカメラによって見張られている。
どれくらい進んだか、どれくらいゾンビを倒したのか。
その情報はAIによって処理され、リアルタイムで変動する「ランキング」機能に反映される。
1位 フルマックス! 進行度24% 討伐数28体
2位 吉木ユウト 進行度10% 討伐数31体
3位 レオナルド 進行度18% 討伐数19体
4位 芦屋 進行度12% 討伐数16体
5位 ハットモン 進行度11% 討伐数13体
…
ランキングの算出方法は総合力だ。
討伐数はそのままゾンビを何体倒したか、そして進行度はどれぐらいステージを先に進めたかを表している。
ランキングは基本的に視聴者のために用意されたものだが、参加者にも自分の進行度を見せることで、道に迷うことを防止するという意図もあるわけだ。
「あんた3位のやつでしょ。ちょっとくらい手を貸してくれてもいいんじゃないの。私を誰だと思ってるの、レディよ。レディ。わかる?」
息を切らしながら、ハルはそう訴える。
視線の先にいるのはアイテムボックス漁りに勤しむ男――レオナルドだ。
カイトやハルと同じ楽屋にいた参加者で、深く被ったフードの隙間からまるでライオンのたてがみのような開いた髪と、口元を覆う黒いマスクが特徴だ。
「すぐ他人に頼るなよなー。それぐらい自分で何とかしろ、このノロマ」
幼さを僅かに残した声から繰り出されたのは、好戦的な言葉。
仰々しい見た目に反して軽妙な男だ。
身振り手振りを使って喋るその姿も、リズムに乗って喋っているように見える。
「すぐ他人に頼る奴は大抵、実家暮らしなんだよなー。そしてそういう奴は当たり前に食事が出て、当たり前に部屋が掃除されて、当たり前に綺麗な服が出てくると思っていやがる。いいか、ノロマ。お前が何を言おうと構わないが、俺の邪魔だけはするんじゃないぞ。それが鈍臭いお前にできる唯一の社会貢献ならぬ俺貢献だ」
【No.2 登録参加者名〈レオナルド〉】
「じゃあ私が貢献してるんだから、あんたも私に貢献しなさいよ。ここで恩をうっといたら後で返してもらえるかもしれないでしょ」
「恩を売る? そんなものは俺には必要ないね。なぜなら俺は強いからだ。その辺の雑魚オスどもと一緒にするなよな」
「……ねぇ、『ハイエンドマッド』ってこういうのの集まりなわけ?」
ハルは眉間に皺を寄せるが、レオナルドはそんなことはお構いなしにとアイテム漁りを続ける。
ハルが口にした“ハイエンドマッド”。
これはハント・ザ・デッドに参加しているプロのサバゲーチームの名前だ。
「それにしても……」
レオナルドが口ずさむ。
すでにハルのことは眼中にない。
それよりも今、頭の中にあるのは先ほど見たランキングのことだ。
「1位はわかるとしても2位が特別枠ですらない馬の骨とはな。しかも進捗は5位よりも低いくせにゾンビを倒した数は1位より多いという……名前は吉木ユウトか。とんだバトルジャンキーがいたもんだな」
ランキングを見る前までは自分が1位か2位だろうと思っていた。
だが蓋を開けてみたら、レオナルドは3位でしかも2位は名前も知らない一般枠の参加者だ。
進行度は5位より下で、討伐数は1位より上。
レオナルドはこの歪な成績を戦闘が大好きな変態だという風に判断した。
「まあ俺も似たようなもんだけどな……。だがそれとこれとは別だ。ハイエンドマッドとしてたとえ命がかかっていても一般人に負けることがあっちゃならねぇ」
アイテム収集を終え、視線だけをハルの方に向ける。
「じゃあなノロマ」
「さっさと行きなさいよ、クソフラワー」
「フラワー……」
その言葉に気にする素振りを見せたレオナルドだったが、最後は会話をすることに対する面倒が勝ち、その場を後にした。
「あー、やだやだ。最近の男っていうのは中身を磨こうとしないくせに、プライドだけは肥大化していって……」
戦闘で疲れた体を何とか立ち上がらせる。
「ミヨ、ついでにセトラッシュとカイト……あんたたち無事なんでしょうね」
【No.25 登録参加者名〈ハル〉】




