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24話



 クローゼットから飛び出したカイトと藤方――直後に騎士のゾンビが左手に持つゾンビの頭をハンマーのようにスイングする。

 お得意の投擲攻撃だ。

 だが、その攻撃が向けられたのは逃げるカイトたちではなく、後ろにいた太まゆ男だった。


「おいおいお前たち流石に遊びすぎダ。ゲームとはいえ賞金がかかっているんだゾ」


 太まゆ男は余裕で躱す。物理的な意味でも精神的な意味でも。

 彼の口元にははっきりと笑みが浮かんでいた。

 それは追い詰められて笑うしかないというよりも、このギリギリの状況に対してワクワクを感じているようだった。

 太まゆ男ももちろんバトルロワイヤルの渦中にいる一人。

 なのに彼の姿はまるで自分の世界を生きている人間のそれだ。


「「……クゥ……ウゥ……」」


 理解が追いつかないでいると、先に騎士のゾンビが動き出す。

 今度は投擲ではなく、ぶん回しだ。

 クローゼットに突き刺さった剣での攻撃を諦めて首での攻撃にシフトしたのだ。


 無差別攻撃はカイトの背中を掠めながら、さらに真横にいた太まゆ男を捉える。

 今の攻撃では少なくともカイトは無傷だったが、そこで頬に僅かに冷や汗が垂れる。

 鉤爪のゾンビとはまた違う圧倒的な迫力が生み出す死の香り――いつあのゾンビがターゲットを変えてコチラに襲いかかってきてもおかしくないという恐怖からだ。


 騎士のゾンビは容赦なく即席の武器を振り回す。

 その時、取手として機能していた髪の毛が耐えきれずに頭皮ごと千切れ、騎士のゾンビの手を離れた。

 不運に選ばれたのは――藤方だった。


「ここを抜ければ……!」


 他の二人が足止めを食らう中で、一人開口部へと向かっている最中だった。

 すっぽ抜けた頭はそのまま飛んでいき、脱出しようとしていた藤方の足に直撃する。

 訳もわからず衝撃に膝をつく藤方。

 彼はそこからすぐに動けなかったが、想定外の攻撃に迂闊な行動を取らない方がいいと判断したからなのだろう。

 当然、カイトがその隙を逃すはずがない。


「……奴にはもう首のストックはない。今がチャンスだ……!」


 一目散に走り出し、すぐに藤方を追い抜かすことに成功する。

 思いもよらぬところで起こった形勢逆転――。


「なっ……」


 が、通り過ぎようとしたところで不意に足元がよろめく。

 慌てて下に目をやると、膝までずり落ちたズボンと、「やってくれたな」とズボンに手をかける藤方の姿があった。


「何やってんだお前!」


 カイトは怒りで裏拳を決めに行こうとするが、その前に体制を立て直せず転ぶ。


「汚い手を使いやがって……」


「それはこっちのセリフだ。妨害なんて汚い手を使いやがって。囮になるのはお前だ」


「あれは俺が投げたんじゃねぇよ。なに勘違いしてんだ」


「嘘つけ。こんなやり方、お前ぐらいしかしないだろ」


 仮に逆の立場ったとしたら、確かにカイトも何が何でも妨害していた。


「ちょっとそれは否定できないけどなァ……」


 カイトは足元に転がっていた首を拾い上げる。


「じゃあもういっぺんくらっとけや……! これで俺がやったことにして論争は終わりにしといてやるよ……!」


「それじゃあ新たな問題が生まれるだろ!」


「うるせぇ!」


 首を藤方に投げつける。

 だが流石に予想していたのか振り向きざまに正面でキャッチし、さらにキャッチした首を今度はカイトに向かって投げつける。

 自分の蒔いた種だが、なんとも醜い光景だ。

 自分が死ぬくらいなら他の誰かに死んでもらう。自分だけが死ぬならいっそ相手も道連れにする。

 この場を支配しているのはそんな卑しい気持ちだけだ。

 手を取り合うなんて生やさしい言葉は一切介入できない。

 少なくともこれはゾンビサバイバルで見られる最底辺のやり取りだ。


「ドッチボールしたいならいくらでも……」


 カイトの声が途切れる。

 数回続いたラリーだったが、藤方が投げたボールがすっぽ抜けたことによって突然終わりを迎える。

 ボールが向かった先はカイトの背後――。


「「……クゥ……フゥ……」」


 騎士のゾンビの顔面へと吸い込まれていった。

 勢いはなかったのでダメージはほぼゼロだが、虚無を映した瞳がこちらをギロリと睨む。

 いつのまにか剣は手元に戻っており、いつでも斬りかかれる状況だ。

 カイトは諍いを無理やり終わらせてすぐに逃走を図るが、その足は半端で止まる。

 騎士のゾンビが持っていた剣を空に向かって薙いだ。

 ただそれだけ。

 それだけのことがカイト、そして藤方を一転、慎重にさせた。

 ここで背を向けたら斬りかかられるかもしれない。

 そう思えば思うほどに、目の前の化け物から目を離すことができなくなった。


「絶体絶命のピンチ、というやつだナ。はっはっは――」


 こんな時でもいつもの調子で話すのは太まゆ男だ。


「お前、まだ生きてたのか」


「ふふっ、俺サマを誰だとおもっている……」


「ナルシス……」


「最強で最高の男……と思っているかもしれないが、正直このままではジリ貧というやつダ。そこで提案なんだが……」


 ぐるっと二人を見回す。


「この三人で協力してあいつを倒さないか」


 改まって何を言うのかと思えば、ただの出来もしない妄言だった。


「それが出来ないからお前は苦労してたんだろ。人数が増えても武器がない以上どうにもならない。つまり不可能だ」


「完全に倒すことなナ。だが一時的に無力化することは可能だ。ヤツが俺を最初に狙ったところを覚えているだロ。あれは恐らくこの金ピカ装備を持っているからだ。これを上手く使えば犠牲を出さずに切り抜けられる」


「面白い妄想だな。やりたいなら勝手に一人でやってろよ」


 言っていることは確かに辻褄は合っている。

 だがろくな武器も持たずにやり合うのは自殺行為だ。

 もちろん付き合うつもりはない――。

 

「いや、俺はいいぜ」


 藤方が突然そう告げる。

 カイトは当然のように口を挟む。


「は、お前さっき俺の提案を拒否したよな? あれは幻聴だったのか?」


「別に生贄を拒否しただけで、協力を拒否したわけじゃねぇよ。俺も全員助かる道があるなら、そうするべきだと思う」


 その言葉に提案者である太まゆ男はニヤッとする。

 賛成意見が出たぞ、とでも思っているのだろう。

 だが、ここでその言葉を馬鹿正直に受け取るのは愚か者のすることだ。

 藤方だけではない、参加者全てが心の中では密かに陰謀を企てている。

 利用、裏切り。

 上手くいっていればただ乗りし、ピンチの場面が来たら迷わず自分だけが助かろうとする。

 今までは散々ゲームではないと言い続けていたが、これに関してはゲームと同じだ。

 ゲームのクリア、あるいはスコアを上げるためなら参加者は何でもできる。

 ハント・ザ・デッドでは自らの命。

 それを無事に引っ提げたままゴールに辿り着くために裏切りを含めたあらゆる知略を巡らせることが、最も賢いやり方なのだ。

 

 そもそも藤方が信用できる人間ではないことは楽屋での振る舞いを見たらわかるはずだ。

 実際にカイトはその時に巻き込まれそうになった張本人で、さきほども彼が連れてきた騎士のゾンビに殺されかけた。

 だからカイトの答えは拒否。

 そして忘れてはならないのは太まゆ男も参加者の一人だということだ。

 裏表のなさそうな性格だが、もしかしたら彼にも企みがあるかもしれない。


「そう言ってるが、お前はどうする」


 再びの問いかけに、表情を変えずに口を開ける。


「俺の考えは変わらねぇよ。そいつは信用できない。だから協力もしない。協力したいならお前らだけで勝手にしろ」


 そう言いながらカイトは開口部へと走り出す。

 少しずつではあるが後退りして追いかけられても問題なく逃げられる距離を取っていた。

 これで背後を気にしなくてすむ。

 

「これで俺は……」


「……グゥ……グォ……」


 出口まであと一歩。

 そんな時に聞こえてきたのはもはや馴染みとなった声だった。


「なっ」


 通常のゾンビ。

 通常とは言っても特殊個体と比べてよく見かける見た目というだけで、負けず劣らず恐怖を煽る見た目をしている化け物。

 それが4体――カイトが潜り抜けようとした開口部へと雪崩れ込んできた。


「同じ場所に長く止まっていたら雑魚ゾンビどもも嗅ぎつけてくるよナ」


 確かに徘徊しているゾンビが人間の痕跡を辿ってこの部屋にたどり着くのは確定事項。

 とは言え、もう少し早くここから離れることが出来ていれば逃走に成功していたことを考えたら不運なタイミングだ。

 カイトは慌てて部屋の中央へと戻る。

 あんな啖呵を切った後だ。

 カイトを中心に気まずい空気が流れる。


「……協力する。いや、させてくれ」


「おウ、さっきと言ってることがちがうナ。そんなやつと協力できるとでモ……?」


「くっ……」


「遊んでる場合か! 奴が動き出したぞ!」


 この状況を待っていたかのように、騎士のゾンビが剣を振るい出す。

 絶望の色を一層濃くする死の舞いだ。

 間一髪のところで太まゆ男が鉄パイプで受け止めるが、この状況が絶体絶命であることに変わりはない。


「どうするんだ。協力するっつったってそもそも倒せるのか。もう後ろからもゾンビどもが迫って来るぞ」


「奴が持っている剣を奪い、俺サマが奴を叩き斬るというのが理想だが、実際には難しいだろうナ。だから奴が動き出す時間を遅らせる」


「時間を?」


 違う角度からの攻撃を鉄パイプで器用にいなしながらも、話を進める。


「そのためにキーになるのはヤツの金ピカの装備だ。ヤツはこれに執着を持っている。俺サマのこの金ピカの靴とあともう一つヤツから金ピカの装備を引き剥がしてこの部屋にばら撒く。そうすれば確実に逃げる時間を稼げル」


 騎士のゾンビが最初に狙ったのは太まゆ男だった。

 その後、藤方が投げたゾンビの首が当たった時があったが、その時もターゲットは太まゆ男のままだった。

 だから彼の言っていることは恐らく正しい。


 藤方から先ほどまでの焦りが僅かながら消える。

 彼もその話に納得する部分があることに気づいているのだろう。


「もう時間がない。8番はもしものために回収しておいたクローゼットの扉部分を持って後ろのゾンビを牽制しておけ」


「そんなことでいいのか? わかった」


「それから28番、オレとオマエの役割はヤツから金ピカ装備を剥ぎ取ることダ」


 カイトは不満をこぼしそうになって、すぐに口をギュッと閉める。


「殴っても蹴っても掴みかかっても何をしてもいい。俺サマがヘイトを買っている間に何としてでも奪え。理想は剣だが、最悪兜でもイイ」


「……わかった」


「じゃあさっさと動け、バカヤロウども。もう後戻りはできないからナ!」


 藤方は大破したクローゼットの扉部分を持ち通常のゾンビが押し寄せる後方へ、カイトは騎士のゾンビに僅かに距離を詰めていつでも介入できる状態へ、それぞれが自分の持ち場につく。

 カイトの役割は騎士のゾンビから装備を奪うこと――額面通り受け取るならそう単純な話になってくるが、死が付きまとうこのデスゲームでは当然そうはいかない。

 後方へ一人向かったということは、一人逃げ出すのに絶好の機会が訪れたということだ――。


「うおお! よくわかんねぇけど、やるしかねえ!」


 藤方の掛け声に、カイトは生唾を飲み込む。

 もしそうなったら藤方は十中八九この部屋から逃亡を図る。

 つまり今のは演技で、心の中ではいつ裏切るか虎視眈々と狙っている状態なのだ。

 その場合、作戦は破綻するので、速攻で騎士のゾンビと対峙するのをやめ、カイト自身も逃げる準備をしなくてはならない。

 それができなければ生贄になるのはカイト、もしくは太まゆ男。

 いや、さっきの考え方でいくなら太まゆ男でさえも信用できる人物ではない。

 何ならカイトがこの部屋に来る前に2人が結託していて、カイトの知らない何かが既に裏で動いているかもしれない。

 そういう意味ではもはや作戦と呼ぶのも烏滸がましい。

 蹴落としあった末に生き残るのは一人、多くても二人だけ。

 これは誰が死に、誰が生き残るかを賭けた参加者同士でのバトルロワイヤル。

 武器がないという極限の状況下では参加者は味方ではなく敵だ。


「おいおい、震えてるぞ。怖いなら役割を代わってやろうか」


 後ろからは藤方が余裕そうに話しかけてくる。

 もちろん煽るのが目的で、交代する気などさらさらないだろう。

 カイトは一瞥すらせずに、目の前の脅威に一層集中する。


「「……グゥ……フゥ……」」


 見上げる程の身丈。それを覆う重厚な黄金の装備。

 対峙して改めて敵の大きさを思い知る。

 本当は怖い。でも、やるしかない。

 心の中に生まれた小さな葛藤が無意識のうちにカイトの心音を上げた。

 ともかく何をおいても周りを注視して作戦を進めなければならない。

 カイトが立っているのは常に断崖絶壁の一番奥。

 その時が来るまでは手の内もなるべく隠しておく。


「行くぜ……」


 覚悟を決める。


「……正念場ってやつだ!」


 騎士のゾンビとの第二回戦が始まる。


 まず狙うのは言われた通り、兜が覆う頭だ。

 兜は他の装備と違って剥がしやすいという明確な弱点がある。

 戦況をよく見て、チャンスを伺う。


「まだ……」


 騎士のゾンビはカイトの存在を無視して太まゆ男と向かい合っている。

 一見チャンスに思えるが、位置の関係上、今背後に回り込んだらカイトが最も開口部から遠い位置に来てしまう。

 そうなると太まゆ男に裏切る気があった時にカイトの逃げ場がなくなるので、タイミングとしては向こうがこちらに背を向けた時だ。


「……今」


 騎士のゾンビが背を見せた。

 カイトが動き出したのもそれとほぼ同時だ。


 ゆったりとした動きで近づき、タイミングを

見計らう。

 その間の他の参加者たちの様子は、太まゆ男はまさに今騎士のゾンビと対峙していて、藤方は四体のゾンビの押さえ込みに苦戦している。

 まだ大丈夫――ということはこちらも作戦に集中するだけだ。


 騎士のゾンビへと手を伸ばす。

 脳内シミレーションでは、兜の剥ぎ取りに成功した後はすぐにそれを部屋の奥へと放り投げて自分にヘイトが向かないようにする、ということになっている。

 一見、壮大な作戦見えるかもしれないが、実際は殆どが単純な作業だ。

 もちろん剥ぎ取る際にゾンビ特有の咬撃には注意が必要だが、それ以外はクリアできているはず。

 あとは全てが終わった後に安全を確保するために距離を取ることを忘れないだけだ。


 カイトは成功を確信する――。


「待て!」


 そう叫んだのは太まゆ男。


「「……スゥ……フゥ……」」


 何が何だかわからなかったが、その声が聞こえてきた直後に、騎士のゾンビは周囲一帯を切り裂くように剣を振るった。

 剣の攻撃自体、初見ではないが、カイトたちを驚かせたのはそれが今までにない攻撃パターンだったからだ。

 剣は太まゆ男を巻き込みながら、カイトの喉元を掠めるにまで至るが、攻撃ターンはまだ終わらない。


「くっ……」


 続け様にカイトに向かって剣を振り下ろす。

 一度目はまだしも、二度目の攻撃は明らかにカイトを狙った攻撃。

 太まゆ男が何か行動を変えたわけではない。

 明らかにカイトに反応して動き方を変えてきた。

 カイトはそれを咄嗟の判断で体を右に寄せることでギリギリ回避したが、その瞬間、脳内シミュレーションは完全に無意味なものとなった。


「な、何で俺にヘイトが向いた」


「ナルホド、金ピカ装備を盗もうとしたことで、優先順位が俺サマから28番に変わったのカ」


 考えてみたら簡単な話だ。

 黄金の装備の執着によって奪うための行動をするなら、当然自分の身につけている黄金の装備が奪われそうになったらそれを守るための行動をする。

 太まゆ男の声に一瞬体が怯まなければ、今頃カイトは間抜けな簒奪者としてあの剣の攻撃で致命傷を追わされていただろう。

 ここにきて早くも予定外の展開。

 一から体勢を整えたいところだが、そこで騎士のゾンビが再び剣を振るう。


「ナニっ」


 騎士のゾンビの動きを察知して、すかさずヘイトを集めに来た太まゆ男。

 その思惑は成功し、また一対一の状況を作り出すことが出来たが、先に折れたのは参加者の心ではなく太まゆ男の持つ武器だった。

 剣の衝撃に耐え切れず、根本からばっさりと折れる。


「…………」


 ポトンと落ちた静寂。

 その中でも変わらず騎士のゾンビは動き出し、武器を失った太まゆ男に容赦なく剣を振るう。

 太まゆ男は上手く間合いの外を維持することで避けていたが、それもただの悪あがき。

 やがて壁際に追い詰められて逃げ場をなくす。

 この時、誰もが終わったと思っただろう。

 確かに守るための武器さえ無くなった太まゆ男の末路は想像しなくてもわかる。

 切り裂かれ、血と内臓をまろび出し、その後はカイトか藤方のどちらかが同じような末路を辿る。

 流石の太まゆ男も現状を理解してあのおかしなキャラが今は影を潜めている。

 それほど絶望の状況。

 だがこの中で少なくとも1人――カイトだけは違った。


「そのまま引きつけとけ!」


 満を辞して飛び出す。

 その途中で用意したのは転がっていたゾンビの首と、そしてもう一つ、スターターアイテムの一つで「ゾンビカラー」だ。

 ここに来るまでずっとこれの利用方法を考えていた。

 どう見てもガラクタ品でも、流石に何か意図があってアイテムボックスに入ってるに違いない、と。

 それがさっきの騎士のゾンビとの攻防でようやくわかった。

 使うのはこの首輪の方ではなくリード、つまり鎖の方。

 この鎖を使って即席のフレイルを作る。


 もちろん作ろうと思って簡単に作れるものではない。

 完成させるためにはちょうどいい物体が必要。

 そこで活躍してくれるのがもう一つのアイテム――ゾンビの首だ。


 この部屋を含めて今まで通った場所は豊富にオブジェクトがあったが、鎖を取り付けて振り回せるようなちょうどいい物体がなかった。

 対してゾンビの首は鎖を取り付けられて、且つ程よい大きさで、しかも硬さと重さ両方ある。

 取り付ける物体にこの上なくピッタリだ。

 これを遠心力を利用して騎士のゾンビにぶつけることができれば確実に大きなダメージになる。

 何なら運が良ければ頭の兜を引き離せるかもしれない。


 この着想を得たのは他でもない、敵である騎士のゾンビからだ。

 椅子や本棚などよくあるオブジェクトだけではなく、動かなくなったゾンビの首を武器の一つとして使う姿を見てピンと来た。

 工夫次第ではジェクターがなくとも十分にゾンビを抑え込むことができるのだ。

 カイトはゾンビの口に鎖の先を放り込み、首の断面から引っ張り出す。

 見た目も匂いも感触も全てがグロテスクだが、今はそんなことは気にしない。

 鎖の両端を合わせて持って、ピンと張ってから振り回す。


「名付けて……即席インスタントハンマーだ」


「……オマエ、設定とはいえ一応それは元人間なんだゾ」


「うるせぇ……。こいつは俺を襲ったゾンビの一体だ。他人の人権を侵害した奴が自分の人権を守ってもらえるなんてそんな甘いこと……」


 二度死んだ挙句、武器にされた可哀想なゾンビを鋭い眼光で睨みつける。


「思ってるわけねぇよなァ……!」


 慣性のままに弧を描いた首は、そのまま騎士のゾンビの顔面へと吸い込まれていった。

 肉がひしゃげる音と共に騎士のゾンビが膝をつく。

 カイトたちはそれを息を呑んで見守る。


「「……クゥ……カァ……」」


 か細い呻き声を出す騎士のゾンビ。

 それは大きなダメージが入って戦慄いているようにも見える。

 だが、肝心の黄金の兜も黄金の剣も衝撃で離れることはなく、今も身につけたままだ。


「くそッ」


 なけなしの力を振り絞ってもう一度フレイルを叩きつけるが、今度は正面でガードされ、さらにそこで生じて攻撃後の隙を利用されて逆に武器を奪われてしまう。

 思わず悪態をつくカイト。


「……失敗だ」


 元々の目的は黄金の装備を引き剥がすことで、フレイルの戦法は近づけないとわかったことから生み出されたもの。

 多少のダメージを与えたところで意味はない。

 理解した瞬間、一気に恐怖が押し寄せてくる。

 騎士のゾンビという化け物に対してもそうだが、もう一つ、もしどうしようもなくなった時に誰が囮になるかという問題。

 場合によっては参加者同士のバトルロワイヤルが再開される。


「一か八か履いてる靴を部屋の奥に投げろ。少しは逃げる時間を稼げるかもしれない」


「そうしたいのはやまやまなんだがナ……実はさっきから靴がすっぽり入りすぎて上手く抜けないんダ」


「…………」


 カイトは少し考え込んだ後、視線を真っ直ぐ太まゆ男に向ける。


「悪いな。俺はここまでだ」


 そう言うとカイトは視線を切る。

 太まゆ男を囮に自分だけでも生き残るためだ。

 誰かを犠牲にしなければ自分が死ぬという極限の状況下では、人は誰だって悪魔になれる。


 藤方がそうであったように。


 悪いのは自分ではなく、こんな地獄を用意したハント・ザ・デッドとその運営側。

 だからこそカイトはここにいたもう一人の参加者、藤方を肯定する。

 彼は恐らくすでにカイトたちを裏切ってこの部屋から脱出している頃だろう。

 そのことを想像したら無性に腹が立ってくるが、それもまた人間だ。

 誰だって自分の命が惜しい。

 たとえ他を蹴落としてでも助かりたい。

 それほど人間という生き物は醜い。


「……だってそれが人だろ」


 名残惜しむ素振りを一切見せることなく視線を切った。


「――うぉぉぉぉ!」


 その声が聞こえてきたのは、カイトが開口部へ向かおうとしたちょうどその時だった。

 振り返って驚愕する。

 そこにはここにいるはずのない男――藤方の姿があった。


「何で……」


「俺は最低な人間だって自覚はあるけどな……超えちゃならねぇ一線は弁えてるつもりなんだわ!」


 クローゼットの木片を構えた藤方が走り出し、勢いそのままに騎士のゾンビにぶつかる。

 騎士のゾンビは強い衝撃に僅かに体勢を崩しつつも、すぐに反撃に出る。

 見栄もへったくれもない無差別攻撃だ。

 最初の餌食となったのは参加者たちではなく、藤方が押さえるよう命じられていたゾンビ群。

 自由になったことで、戦闘の渦中へと脳死で乱入してきたのだ。

 ゾンビはそのまま黄金の剣に刻まれ崩れ落ち、同時に出口へのの扉が開ける。


「俺と坂井で時間を稼ぐ。その間にお前は靴を脱いで……」


 太まゆ男の前をかばうように陣取った藤方は、すぐに次の攻撃に備える。

 違和感に気づいたのはその時だ。

 直後に藤方が「あっ」と口ずさんで振り返るが、もう遅い。


「やりやがったな、あいつ!!」


 そこには解放された開口部へと走り出すカイトの姿があった。




◇――――◇――――◇――――◇――――◇




 心臓の音が鳴り止まない。

 あの絶望の状況からようやく脱出できたことへの高揚感――だけならどれほど良かったか。

 思い出すのは部屋から脱出する直前の光景。


「……バカだろあいつ」


 裏切ってすでに部屋から脱出したものだと思っていた藤方が、無謀にも騎士のゾンビの前に立ちはだかった。

 しかも持っているのはクローゼットの木片という名前すらない武器だけだ。

 あの武器でどうにかできるほど騎士のゾンビが甘くないことはバカでもわかる。

 さっさと逃げていれば命を拾えたものを。

 藤方は放棄して前に出た。

 何のために――それはもちろんピンチになった太まゆ男を助けるためだ。


 正直、カイトは少し前までは藤方をどこか自分と同じ人種だと思っていた。

 藤方を見てイラついてくるのも同族嫌悪というやつなのだろうと思っていた。

 だが実際は違った。

 参加者の一人が殺されるという場面で、カイトは逃げ出し、藤方は逃げなかった。

 死の瀬戸際で自分を偽る人間などいない。

 だからあれが彼の本当の姿。

 カイトがこの世で最も理解できない人種だ。


「何の正義感だよ」


 藤方のように普段はだらしない奴が、家族や友人や仲間、自分に近い人間に対してだけはいいところを見せようと奮闘する薄っぺらい正義感、吉木ユウトのように真面目な奴があらゆる人間の不幸に敏感に反応して同情しようとする騒々しい正義感。

 見れば見るほどに虫唾が走る。

 人は醜い。

 家族や友人に関わらず、人は利用し合いながら生きている。

 そこには信頼などと言った甘い言葉は一切ない。

 不幸になりたくない人間と不幸になりたくない人間がいるだけ。

 歴史的にも物事を動かしてきたのは利害関係やパワー関係だ。

 正義感など自己満足でしかない。

 実際、あの場で動いて藤方が手に入れたものは名声と感謝だけだ。


 なのにあいつらを見ていると、まるでそれが否定されているような気分になる。

 お前は間違っていると、人は醜くなんかないと。

 まるで自分が悪者になったかのような気分になる。

 全員が助かるための作戦で、最低限の努力はした。

 カイトが周りを出し抜いたのは、その作戦が不発に終わった後だ。

 あのままカイトが残っても結局、誰かは死に誰かが生きる道筋は変わらないし、下手したら全滅だってありえた。

 あそこは逃げても仕方のない場面だった。

 当然、藤方が飛び出してくるなんて思いもしなかった。

 だから自分は間違っていないはずだ。

 おかしいのはカイトではなく、周りの人間だ。

 このデスゲームだ、この社会だ、この世界だ。


 自分は何も悪くない。


「くそッ」


 悪態をつく。

 言い聞かせているはずなのに、どうしても胸のつっかえが取れなかったのだ。


「何でこんなどうでもいいことで悩んでんだよ、俺は」


 もしあそこで藤方を信じてカイトも残っていれば、全員が助かる道があったのかもしれない。

 最初に藤方が騎士のゾンビを引き連れてきた時だって、本当はがむしゃらに逃げた結果でなすりつける意図はなかったんじゃないか。


 そんな可能性が頭をよぎる。


 藤方は同じだと思っていた。

 いや、違う。

 同じだと思いたかった。

 彼が救いようのないクズなら、カイト自身も心置きなくクズになれるから。

 だからクズでないとカイトが困るのだ。


「そもそも太眉とお前は何の関係もないだろ」


 複雑だった感情はやがて怒りの色を濃くする。

 責任転嫁することで、心のざわめきが僅かに和らぐ。


「これは……」


 暫く走っていると、明らかに今までの部屋とは違う、薄暗い部屋へと続く扉を見つける。

 恐る恐る覗いてみると、そこには長い廊下と、その片隅にポツンと置かれてある箱のようなオブジェクトが四つあった。


「おっ」


 それをみて声が弾む。

 箱のようなオブジェクトには中央の目立つ場所に鍵穴が備えてあった。

 カイトはポケットの中に入れてあった鍵を取り出して嵌めてみる。



 名称『潜入取材記録・××教団の降臨祭』

 等級:――

 備考:とある取材班が書いた実際の取材記録。


 名称『ジェクター』

 等級:ノーマル

 備考:銃型の武器。通常弾を装填して使う。


 当たりだ。

 最初のアイテムの使い道はよくわからないが、それがどうでもよくなるほどのアイテムがもう一つ入ってあった。


「複数あるってことはこのルートに送られた参加者それぞれの特典みたいなもんか」


 他の参加者は最初に貰えるものだが、それでもありがたい。

 丸腰でゾンビと戦わされた経験をまだカイトにとっては本当に特典のようなものだ。

 そこでふと気づく。

 鞄から僅かに光が飛び出している。

 見ると、その正体はカイトの端末だった。


「そういえば黄金の装備を鑑定した時に付けっぱなしにしたままだったな」


 画面には「読み取り」「ライブ」「ランキング」「共有」の欄がある。

 鑑定は何度も使ったことがあるが、それ以外はまだ使ったことがない。

 ちょうど今はゾンビの気配がないので、カイトは軽い気持ちで確認してみることにした。


「……俺?」


 起動したのは「ライブ」。

 その名の通り実際に視聴者がみているこのライブ配信の映像だ。

 そして今まさにカイトの姿がそこに映し出されているが、カイトが驚いたのはそこではなく映像の下に置かれた視聴者のリアルタイムコメント。


〈さっさと退場しろや〉

〈ゴミ〉

〈マジで最低だな〉


 カイトは目をぱちくりさせる。


「は?」

 

 血の気が引いていくのがわかった。

 言いたい放題の罵詈雑言。

 一つや二つなら野次とも捉えられたが、殆どが攻撃的なコメントで埋め尽くされている。


〈このクズを絶対にミヨちゃんに近づけるなよ〉

〈最悪、放送事故になるぞ〉

〈終わったら警察が準備してるよ、お疲れさん〉

〈名前と学校を特定しました。野川高校2年坂井カイト〉

〈ハピーちゃんにも近づくなよ、男は全員だ〉


「な、何だよこれ、何が起こってるんだよ」


 自分の知らないところでこんなことになっているなんて思いもするはずがない。

 とりあえずまずは原因の究明だ。

 ミヨという子が関係していること以外、何もわかっていない。


〈セトラッシュのSNSに上がってたぞ、お前が楽屋でしつこくミヨちゃんに迫ってたって〉

〈注意したら逆ギレしたらしいじゃん〉

〈怖、なにそれ〉

〈顔写真付きで拡散されてるぞ〉

〈さっきの裏切ったところもライブで流れてたし終わりだね、君〉


「嘘……だろ。な、何でそんなこと……」


 カイトは息を飲む。


「セトラッシュ?」


〈セトラッシュのポストめちゃくちゃバズってる〉

〈運営が現状維持の方針だから、何かあったら俺が守るって。かっこよすぎだろ、セトラッシュ〉

〈他の参加者(プレイヤー)にも知れ渡ってるといいな〉




◇――――◇――――◇――――◇――――◇




 取り残された藤方と太まゆ男は決断を迫られていた。


「あいつ遂にやりやがったぞ。どうするんだよ、これから」


 藤方は味方サイドが一人減ったことによる精神的なダメージ。

 太まゆ男はそろそろ足が痒くなってきたし早くこの金ピカの靴を脱ぎたいという焦り。

 とてもここから戦って勝利するビジョンは見えない。


「……作戦は、正直なイ」


 太まゆ男の言葉に納得と失望の混じった表情を浮かべる藤方。

 だが藤方が次の言葉を放とうとした時に、先に太まゆ男が「だが……」と続ける。


「どちらも生き残る方法は、ナ。どちらかが死を前提で囮になり、片方の逃げる時間を稼ぐ。もう俺サマの言いたいことはわかるよナ?」


 藤方はゆっくりと頷く。


「ここは公正にジャンケンといかないカ?」


 自分の最後を決めるのが運勝負というのはなんとも滑稽な話だ。

 だが、この状況ではむしろそちらの方が受け入れやすいかもしれない。

 話し合いでは絶対に解決しないし、時間もない。

 ならもういっそのこと神に選んでもらったほうがお互い文句も出ないはずだ。

 二人がこの絶体絶命の中で、向かい合って拳を構える。


「最初はグー」

「サイショはグー」


 包まれる静寂。


「「ジャンケン……」」


 声を揃え、そして運命の瞬間――。


「チー!」

「パー!」


 藤方がチョキで、太まゆ男がパー。


 結果は藤方の負け。


 つまり囮は藤方が務めることになる。


「最後に名前を聞いても?」


「……藤方だ」


「フジカタ。お前のことは覚えておク」


 そう言った直後、太まゆ男は開口部の方へ飛び出した。

 振り返らなかったのは、藤方の覚悟に泥を塗らないためだ。

 一方で藤方は太まゆ男が思っているようなものではない全く別のことを考えていた。

 視線の先、そこにいるのは騎士のゾンビではなく走る太まゆ男。

 黄金の足をうまく操れずにもがく姿はまるで亀のようだった。


「あ」


 黄金の靴の重さでゆっくりしか動けないのだとそこで理解する。

 太まゆ男の表情も僅かに険しさが増した。

 この男も自分がハンディキャップを背負っていることを今まで自覚していなかったのだ。

 藤方はジャンケンに負けた時、本気でこの命を諦めるつもりだった。

 自分はここまでなのだと言い聞かせて、生物なら誰しもが持つ生への執着も捨てた。

 だが今は違う。

 本当にこの男は自分が囮になった後にちゃんと生きてここを脱出できるのか。

 そんな疑念が藤方の脳内を巡り、そして背中を容易く押した。


「オイ、約束が違うゾ!」


 もはや歩いているのと変わらない速度で走る太まゆ男を、走って追い抜く。


「悪い、俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ。仇を取るって誓ったんだよ……あ、一応最後に名前を聞いとこうか」


「ファッキュー!」


「ファッキューか。覚えておくよ」


 当然の如く不満を露わにする太まゆ男だったが、足の速さで圧倒的に負けていたらなす術もない。

 すぐに藤方は部屋から脱出し、一人取り残される。

 背後にはもちろん騎士のゾンビだ。


「おいおい」


 現実を直視し、やるせない気持ちがどっと押し寄せてくる。


「まさか俺サマがこんな序盤で退場するとは」


 序盤も序盤。

 他の参加者次第では一番最初脱落者になってもおかしくない速さ。

 あくまでその不満からくるやるせなさ。

 

「もう少し俺サマのファンに勇士を見せるつもりだったのに」


 どう考えてもおかしい。

 確かに序盤でやられるのは男としてのプライドが悪い意味で刺激される。

 だがそれは死を目前に控えた人間の反応として明らかに不適格だ。


「あ」


 騎士のゾンビが剣を振るう。

 最後の抵抗として躱すも、肩付近に僅かに裂傷を負う。

 傷口は浅いが、刻まれた服から赤い液体が染み渡る。


「血?」


 太まゆ男は目をぱちくりさせる。


「これ、ゲームじゃないの?」


 それは太まゆ男がここに来てからずっと冷静を保っていられた理由。

 その頼みの綱が千切れたら当然、太まゆ男は今までにないほどの驚いた反応を見せる。

 今まで戦っていたゾンビは全て本物。

 そしてここでいうゲームオーバーはリタイアではなく、本当の死。

 気づいた瞬間、全身に鳥肌がたった。


「きゃぁぁぉあ!!」


 女々しい悲鳴。

 こぼれ落ちる鮮血。

 剣を振りかぶる騎士のゾンビ。


「殺されるぅぅぅう!」


 他には誰もいない。

 狙われるのは己だけ。

 全てを悟ったその時。


 ジェクター特有の銃声が鳴り響いた。


「――間に合った、かな〜」


 立っていたそれは人のフォルムではなかった。

 見た目はまるまると太った鳥。

 それが二足歩行でしかも黒いハットをかぶっている。


「ば……」


「うん?」


「バケモンだああああ……!」


「はっ、と気づけばあなたの側に……。ハットがチャームポイントのご当地マスコットゆるキャラ――その名もハットモンだよ〜」


「ハットモンだああああ……!」


【No.22 登録参加者名〈ハットモン〉】


【No.26 登録参加者名〈スラッシュ〉】




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