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22話



 ゾンビが黄金の剣を横に薙ぐ。


 頭を下げたことで間一髪で躱わされるが、空を切った剣はそのまま勢いを殺さずに近くにあった振り子時計へとめり込む。

 使い込んだものだったのか、或いは長い間使われていなかったものだったのか、切れ味はそれほどない。

 だが叩き潰れされた時計の残骸から、威力は余裕で人体を破壊できるぐらいだとわかる。

 それを見てカイトは思わず身震いする。


「いきなり特殊個体かよ」


 思い出すのはテストプレイで戦った鉤爪のゾンビの存在だ。

 目を覆う包帯、長い髪、そして左腕に備わった鋭利な5本の鉤爪。

 そんな明らかに通常のゾンビにはない特徴を持った奴は、廃病院でボスとして登場して何度もカイトに苦渋を舐めさせた。

 奴の手によって殺された参加者は数知れず

、偶然にも見てしまったあの言葉では言い表せない姿は今でも鮮明に思い出せる。

 仮にあの騎士風のゾンビ――騎士のゾンビが特殊個体なら、鉤爪のゾンビと戦った時のように苦戦することは間違いないだろう。

 しかも今のカイトはメイン武器であるジェクターを持っていない。

 状況はあの時よりも最悪だ。


「あ、お前は……」


 向こうもカイトの存在に気づく。

 よく見ると、どこから拾ってきたのかわからない謎の鉄パイプを両手に引っ提げつつも、肝心のジェクターらしき武器を持っていない。

 これは憶測だが、彼も大外れのルートに選ばれた参加者の一人で、カイトと同じように碌な武器を支給されずにここまで来たのだろう。


「だ、だずけてくれぇ! 俺だ! 楽屋で一緒だった藤方(ふじかた)だ!」


 それが男の第一声だった。

 正直、最初はもっと啀み合う感じになると思っていた。

 だが流石にこの状況では持ち前のプライドも意味をなさなかったようだ。


 カイトは無言を貫きつつ、静かに中指を立てて、それを藤方と自ら名乗った男に見せつけた。


 この状況で一つ幸いだったのは、カイトの他に既に藤方というターゲットがいたことだ。

 もしカイト一人だけなら問答無用でカイトにヘイトが向けられていたが、こうして遠くからじっと眺めていれば狙われる心配はない。

 何なら楽屋での一件のことを考えたら、彼が騎士のゾンビの餌になってくれた方がカイトにとってはありがたいことだ。


「……は?」


 思考よりも先に声が出た。

 カイトの視線の先にいるのは騎士のゾンビ――大層な黄金の鎧と黄金の剣に対して頭と足は何も装備してないという、改めて見たら歪な格好だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「な、何をする気だ……」

 

 騎士のゾンビは動かしていた足を止め、地面のゾンビへと視線を落とした。

 これはカイトが先ほど戦っていたゾンビの残骸で、幾度もの殴打により原型をとどめておらず、ゾンビよりもさらに醜い状態になっている。

 もし奴らに仲間意識のようなものが存在するならこれだけで激怒案件――。


 だが、奴は仲間の姿を一通り眺めると、徐に髪を掴んで持ち上げ、その首に剣を差し込んだ。

 ただでさえボロボロだったゾンビはまるで抵抗を見せず、容易く引き裂かれる。


 藤方を追い詰めようとした直後の意味不明な行動に呆然とする中、騎士のゾンビは首だけになった通常個体のゾンビを腕ごと振りかぶった。

 まるで少し大きめのボールを扱うかのような姿勢。

 こうなったら次起こることはバカでもわかる。

 手を離れた首は頭皮の捲り上がる音と共に真っ直ぐ進んでいき、カイトのすぐ横を通り抜ける。


 一瞬の出来事だ。


 すぐに後ろのガラスケースに直撃し、衝撃で割れたガラスの音が耳をつんざいた。


「待て待て待て……」


 投げようとしていることは動作から何となくわかっていた。

 これでも一応、特殊個体のゾンビと戦ったことのある経験者。

 だがそのターゲットまではわかっていなかった。


「何で俺だよ……!?」


 そう、カイトだ。

 ゾンビの近くで忙しなく体を動かしていた藤方ではない。

 騎士のゾンビが行った投擲は、その藤方をわざわざ避けて遠くでじっとしていた自分自身に向けて行われた攻撃だった。

 思わず悪態をつくカイト。

 どう考えても理不尽な状況だ。

 そして理不尽はその一つだけにとどまらない。


「あいつは……って、いない……?」


 さっきまでそこにいた藤方が見当たらない。

 びびって這いつくばっているのかと思い、地面を見渡してもどこにもいない。

 そこでカイトは思わず舌打ちする。


「やりやがったな……」


 なすりつけられた――そのことに気づくまでにそう時間はかからなかった。

 藤方は今のどさくさに紛れて一人逃げていたのだ。

 そしてそれは同時にピンチを意味している。

 今、この部屋にいるのは騎士のゾンビとカイトのみ。

 さっきまでと違い、目に見える範囲のターゲットはカイトしかないない。


 カイトは藤方に対する殺意を抑えつつ、先ほど飛んできたゾンビの首を拾う。

 とにかく考えている暇はない。

 この間にも投擲用の武器を補充するように、転がっているゾンビの首を切り取っていく。

 恐らくまたあの投擲攻撃をするつもりなのだろうが、今度は痛いだけでは済まされないかもしれない。

 死人の、しかも腐敗が進んだ状態の感触に内心、不快感を抱えつつも、振りかぶり、そして思い切り投げつけた。

 目には目を、歯には歯を、というやつだ。


「……いいぜ、来いよ。覚醒イベントってやつを……」


 言葉を飲み込む。

 騎士のゾンビへと飛んでいった首は確かに標的を真っ直ぐ捉えたが、当たる直前でなんと真っ二つにされてしまった。

 右手に携えられた黄金の剣――それが思わず感嘆の声を上げてしまうほど見事に空中で切り落としたのだ。


「……よし」


 目をぱちくりさせるカイト。

 そこからの行動は早かった。


「逃げよう」


 身を翻して距離を取る。

 幸いまだ剣の間合いからは遠いが、安心はできない。

 もたもたしていたらすぐに追いつかれる距離だ。

 そこで騎士のゾンビもゆっくりと動き出す。

 鉤爪のゾンビほどの速さではないにしても、鎧を纏っているのは思えない俊敏な動き。


「鉤爪のゾンビほどではないにしてもすばしっこい。それにゾンビの脅威度は何も足の速さだけで決まるわけじゃない」


 例えば間合い。

 攻撃の射程が長いというのはそれだけで死のリスクが上がる。

 それは何もメートルの話というわけではなく、ミリ単位で影響を及ぼしてくる問題だ。

 あと少し距離があれば生きていた、なんて言い訳はここでは通用しない。

 わかりやすく言うなら、鉤爪のゾンビではあと一歩で届かないという攻撃が、騎士のゾンビでは届いてしまう可能性があるのだ。


 そして引き出しの多さ。

 これは言わずもがな、首による投擲攻撃だ。

 手数の多さはそれだけで何をしてくるかわからないという疑心暗鬼を生み、ストレスを与えてくる。

 また、メインの攻撃手段と組み合わせることで相乗効果が生まれることもあり、厄介さで言えば一番だ。

 カイト自身、ジェクターを失ったことで、逆の意味でそれを身に沁みて実感している。


 最後は単純なパワー。

 これに関してはもはや説明不要だ。

 あらゆる小細工を打っても、圧倒的な力で捩じ伏せられては意味がない。

 圧倒的な物量で押されればなす術はないし、圧倒的な破壊力で襲われたらひとたまりもない。

 それがこの世の理。


 パッと思い浮かぶものだけでもこんなにある。

 もちろんだからと言って目の前の脅威を大袈裟に受け止めるつもりないが、要するにどんな相手でも警戒は怠らない方がいいということだ。


「……まあ、あいつぐらい速いやつだったら即ゲームオーバーだったんだけどな」


 そんな最終的な評価を下しつつ、アンティークテーブルの後ろに回り込む。

 このまますぐに扉の方に向かっても、察知して追いつかれるか、また投擲をされるかの二択。

 だからまずはオブジェクトを使って相手を翻弄しつつ、隙を窺う作戦だ。

 右から回り込んで来るなら左へ、左から回り込んでくるなら右へと繰り返し、騎士のゾンビと扉の間にカイトが来たら、距離をとりながら最短距離で扉へと向かえる。

 これなら仮にテーブル越しに攻撃が行われたとしても、しゃがめば大抵はテーブルが防壁になってくれるし、最悪の場合でも釘バットがあれば何とかなるはずだ――。


「なっ……」


 カイトは思わず声を溢す。

 騎士のゾンビが取った行動はカイトが頭に浮かべたそのどれとも違った。

 脚を上げ、そのまま重いテーブルを蹴り上げる。

 慌てて交代するが、すぐ後ろは壁。

 テーブルと壁に挟まれて身動きが取れない状態になる。

 これでは回り込むことができない。

 そしてそれ以上に厄介なのが、自らとテーブルの距離がゼロになったことで騎士のゾンビの剣の間合に入ってしまったことだ。


 剣を構える。

 それを見て咄嗟にテーブルの下に潜り込むが、予感してたように近くにあった椅子を持ち上げカイトがいるテーブル下へと投げ込んだ。


「なるほどな。プレイヤーと同じだ。フィールドアイテム全てが武器になるんだ」


 それが騎士のゾンビの特性。

 通常のゾンビの首を刈り取って武器にしたのもその一端だろう。


 このままじゃジリ貧だと理解したカイトは、机の下を這いずって抜け出る。

 運良く扉に近い場所に出られたが、当然やつが見逃すはずもなく二つ持っていた首の内の一つを投げつけて来る。

 真っ直ぐ飛んだ首はテーブルを超え、カイトの釘バットに直撃する。

 間一髪のところで盾として使ったのだ。

 釘バットは衝撃でひび割れ、そのまま崩れ落ちる。

 唯一の武器が壊れた。


「……だが」


 怯むことなくそのまま足を動かすと、ようやく扉を潜って別の部屋へとやってくる。

 前にいた部屋は壁を挟んでいるので、投擲攻撃は飛んでこない。

 カイトの中にわずかな希望が芽生える。

 新しくやってきた部屋は前の部屋とそれほど変わりはなかった。

 洋風の家具が並んでいる。

 一つ違うのは、部屋間を繋ぐ扉が来た時に使った扉一つしかないことだ。

 つまり行き止まりだったのだ。

 人によってはここでフリーズする場面だが、カイトは落ち着いて周りを見渡す。


「一か八か……」


 カイトが目をつけたのは奥にあるクローゼットだ。

 二つあって、それぞれ人が二人入れる程度の大きさがある。

 ここに入ってやり過ごせば、まだ助かるかもしれない。

 音を立てないように素早くクローゼットの扉を開け、中に侵入する。

 中身がたくさんで入るのに苦労するかもと思ったが、普通に空っぽだったので、恐らく運営も想定していた使い方なのだろう。

 カイトは息を潜める。


「これで……」


「――わあ!」


「は!?」


 その声に思わず飛び引く。


「誰だ!?」


 右を向くと、そこにいたのは自分と同じぐらいの年齢の男だった。

 天然パーマに、驚きで吊り上がった太い眉毛。

 そんな一度見れば忘れないであろう特徴的な男のことをカイトは知っている。

 

「お前は確か同じ楽屋にいた……」


「――おい、静かにしろ」


「あ……?」


 聞こえてきた第3の声にカイトは思わず聞き返し、それから拳をギュッと握る。

 扉の方を正面に右側にふと眉がいるとしたら、その新しい声はさらにその右側。

 もう一つのクローゼットだ。


「まさかこんなところで会えるとは……」


 右のそのまた右隣の声はさっきゾンビをなすりつけてきた藤方のものだった。




◇――――◇――――◇――――◇――――◇




 本来は人が入るところではない狭く薄暗いクローゼットの中に男が三人――。


「あの時はよくもやってくれたな」


 カイトの視線が向かったのは真ん中の太まゆ男を超えた先の藤方だ。

 彼が引き連れてきた騎士のゾンビがカイトを襲い、本人は助けることもせず隙を見て逃げ出した。

 全てついさっき起こったことだ。

 あからさまななすりつけ行為。

 もちろんこれはゲームではないので、申し訳ないでは済まされない。

 因縁の相手が現れたことによって、忘れかけていた怒りが再燃する。


「……生きてやがったか」


「ああ、この通りな。でも気のせいか。まるで死んで欲しかったような言い草だな」


「よくわかったな。その通りだ」


 睨み合う。

 お前のせいで相方が死んだ、だから報いを受けるのは当然だ――とでも思っているのだろう。

 だが生憎、あれはカイトのせいではなく、空気を読まずにくっちゃべっていた藤方自身のせいだ。

 彼が注意された時に潔く身を引いていれば、少なくとも相方がゾンビ以外に殺されることはなかった。

 そして藤方はそのことをよく理解している。

 恨むべきはカイトはなく自分、あるいは運営側の人間。

 これは憶測ではなく、単なる事実だ。

 取り繕ってはいるが、楽屋の時のような覇気は感じられない。

 僅かに残ったプライドから何とか言い返している状態だ。


 カイトは内心ほくそ笑む。

 こういう心が乱れた人間はそう長く生きられない。

 だが当然そんなことで矛を収めるつもりはない。

 徹底的に追い詰める。

 どこまでも追い詰めて泣いて後悔させる。


「どうした、二人とも。俺サマのことをさっきから熱い眼差しで見つめているガ」


 その時、真ん中の太まゆが会話に割り込んでくる。


「はァ……わかったぞ、そういうことか。全く、ふゥ……俺サマも罪な男だナ。でもよくわかるぞ、その気持ち。何せ俺サマはイケメンすぎるからナ。だが……」


 カタコトの言葉で、まるで自分が王様だとでも思っているかのように尊大に喋る。

 この時の感情をカイトはよく知っていた。

 道元と初めて会った時と同じだ。


「悪いが、そっちの趣味はないんダ。諦めてくれ」


 何を勘違いしたのか、隠すように自らを体を抱きしめる。

 その時、愛しむような表情をしていたのは多分、気のせいではないだろう。


 込み上がる不快感を抑えながら、再び藤方に視線を合わせる。

 こういう人間には無視が一番だ。

 むしろ突っかかる方が体力を使う。


「こいつはさっきから何を言ってるんだ」


「それは俺が一番知りてぇよ」


「今のは独り言だ。お前に同意を求めたわけじゃない。勘違いするな」


 藤方は挑発されたことで、わずかに表情を歪ませる。

 が、藤方はそこでもやはり楽屋の時のような威勢を見せない。

 予想よりも疲弊しているようだ。


「……俺のも独り言だよ。勘違いすんな」


「嘘つけ。効いてんのバレバレだから」


「お前たち本当に仲悪いナ。楽屋でのあれは演技じゃなかったんだナ……いや、まさかここもライブに映っているから今のも演技……すまない、どうやらプロ意識に欠けていたようダ」


「おい、ナルシスト」


「ナルシスト……?」


「お前も気をつけろよ。こいつは自分が生き残るために他人にゾンビを押し付けてきやがる。一緒にいたらお前もやられるぞ」


「ナルシスト……?」


 藤方を横目に話を進める。

 たとえ余計な情報を流されたと憤慨したとしても、だからなんだと開き直ってもそんなことはどらでもいい。

 重要なのは周りがどう受け止めるかだ。

 裏切ったことがあるという事実は、それだけで信用を難しくし距離を取られる。

 このデスゲームでそれは死刑宣告と同義だ。

 人対ゾンビの構図が崩れて人対人が生まれる。

 頼れるはずの参加者が今度は敵に回るのだ。


 もちろん小さな溝で終わらせるつもりはない。

 一人でも多く悪い噂を広げて、最終的には孤立させる。

 それがあの時、騎士のゾンビをなすりつけた藤方への復讐。


「おい、ちょっと待て。俺はなすりつけてなんかないぞ」


「しらばっくれるなよ。あの金ピカの鎧を纏ったゾンビを連れてきて俺にヘイトが向くようにしかけただろ」


「あれはたまたまだ。俺が誘導したわけじゃない。お前もあの攻撃が予測できなかっただろ?」


 この気に及んでまだ言い訳しようとする。

 それならそれでも構わない。

 あらかじめ用意していた藤方を追い詰めるあの事実を突きつけるだけだ。


「でも置き去りにしたのは事実だろ。得意だもんな、誰かを犠牲にして生き残るのは」


 そこでようやく藤方が言葉を詰まらせる。


「俺は心が折れてすぐに死ぬと思ってたんだ。だってお前の相方は誰かさんのせいで死んじまったんだからなァ……」


「…………」


「それがどうだ。あんなことがあった割にはよくゲームを楽しんでるみたいじゃねェか」


 煽るように言った。

 だが、これは紛れもない本心だ。

 相方が死んだのを見た時、カイトは藤方がもう立ち直れないだろうと思っていた。

 それは身内の死という意味だけではなく、その後のデスゲームを鑑みてのことだ。

 あの精神状態でゾンビと戦うことになれば当然、パフォーマンスは低下するし、場合によっては戦うことすらできず自ら死を選ぶ可能性だってある。

 この「ハント・ザ・デッド」というデスゲームはそれほどに過酷なもの。


 それがどうだ。

 藤方は立ち直るどころか、他人を踏み台にしてがめつく生き残ろうとした。

 まるでこのゲームを本気でクリアしようとしているように。

 虫唾が走った。

 相方は死なせておいて自分だけは生き残ろうとしている。

 厚かましいにも程がある。

 驚き、抗い、助けを求める――藤方はそんな人並みの反応をしていい人間ではないというのがカイトの気持ち。

 だからこそ全てが真逆の藤方には怒りどころか、憎しみさえ湧き上がってきた。


「むしろ何でお前はここにいる? 自分の愚かさのせいで身内が死んだのに。よくもまあのうのうと生き恥を晒せるな」


 眉間に皺を寄せ、それから流れるようにお互いが襟元を掴んだ。

 向こうもは俄然やる気だ。

 ならこちらも同じく暴力で応えるのみ。

 危険な行動だが、どうせここにいる三人全員が生還できることはない。

 まずは藤方を徹底的に痛めつけて動けなくした上でゾンビの餌にする。


「――クソッ!!」


 起こるべくして起こった取っ組み合い――だが、それは真ん中の人物によって中途半端なところで止まる。


「なんてことダっ……!」


 そう声を荒らげたのは真ん中にいた太まゆ男だ。

 位置の関係上、彼を挟まなければ取っ組みあいが出来ない。


「まさか俺サマを巡って争いが起きていたなんてッ……!」


 悔しそうに頭を抱える。


「どうして俺さまは一人しかいないんだッ……!」


「お前は勘違いしてる」


「わかっている。わかっているゾ」


「待て。その俺だけは理解しているみたいな表情をやめろ。今すぐ」


「俺サマが100人いたら、世界はもっと平和だっただろう。お前もそう思わないか」


「いや全く思わない。ナルシストが100人増えるだけだ」


 やはりろくなことを考えていなかった。

 カイトは一度深く息を吐く。

 話の通じない人間と会話するのはこれが初めてというわけではないが、そろそろ面倒になって来る。


「――はっはっは!」


 どうするべきか悩んでいた時、不意に太まゆ男が笑い出す。

 さっきのような空気を読まない感じではない。

 この状況を心の底から嘲笑うようなそんな笑い方だ。


「……何がおかしい」


「おかしい、おかしいサ。まるで自分が俺サマに選んでもらえると思っているその態度……。はっきり言うが、俺サマは28番の味方ではなく8番の味方だ」


「は?」


 カイトの目が鋭くなる。

 藤方は悪ではなく、本当の悪はカイト。

 彼はそう言ったのだ。


「やっぱりお前は話を聞いていないな。さっきそいつにゾンビをなすりつけられた。そして死にかけた。いいか、これは態度以前の問題なんだよ」


「俺サマはお前らが何があったのかをこの目で見ていないからナ。目の前で起こったことしか知らない。そしてそれだけなら明らかに挑発的だったのは……」


 そう言いながら指先を藤方に向けると見せかけてカイトの方に持ってくる。


「お前の方だ。それになすりつけられたお前がここに来たということは俺の立場からしたらなすりつけたも同然。さあ、これで二体一ダ。どうする」


「ちっ……」


 不快だ。しかも道元とはまた違った不快さ。

 まるでこの状況を歓迎しているかのような歪さ。そこから生まれてくる漠然とした忌避感。

 実はカイトの中で太まゆ男は要注意人物だった。

 楽屋で見せた何か知っていそうな呟き、そしてテストプレイを経験していない特別枠の人間にも関わらず落ち着いた態度は明らかに他の参加者とは違った。

 だがその評価は改めなければならないかもしれない。


「なあ、お前の口からも言ってやって……」


 話題を移そうと藤方に視線を向けた時、カイトは言葉を詰まらせる。


「――お前の言う通りだな」


 覇気のない声でそう呟いたのは藤方だ。


「あいつは俺のせいで死んだ。俺がバカだったから……」


「あ?」


「そんな俺がいくら逃げ惑ったところで生き恥を晒すだけだ。情けねぇよな、ほんと」


 文句の一つでも言ってやろうと思っていた。

 だがカイトがそのまま黙って耳を傾けたのは、まさか反省するとは思ってもみなかったからだ。


「あいつとは小学生時代からの付き合いなんだよ。要領悪いやつでさ。テスト前になったらちゃんと勉強するくせに点数は俺より低いし、部活で一緒にサッカーやってた時も、サボらないのにいつまで経ってもうまくならねぇ。大事な話もすぐ忘れるし、待ち合わせしても時間通りに来れたことも一度もねぇ……」


 藤方は懐かしむように遠いところを見た後、ぎゅっと拳を握る。


「でもいいやつだったんだよ。不器用なりに努力してた。頑張ってこの世界を生きようとしてた」


 どんな心境の変化があったのかは知らないが、さっきとはまるで別人だ。


「そいつを俺は……俺はとんでもないやらかしをしちまった」


「……そう思うなら、さっさと向こうにいるゾンビを倒しにいってほしいもんだ」


「お前ら、感動の場面に水を差すようで悪いが、少し静かにしロ――」


 さっきまでうるさかった太まゆ男が急に落ち着き払った態度を見せる。


「「……フゥ……ハァ……」」


 声だ。人間の声ではない、ゾンビの声。

 木目の隙間から覗くと、そこには騎士のゾンビが立っていた。


「来たか……」


「すごく上手くできているナ。ロボットとは思えないゼ。さあ、俺の作戦はうまく行くか……見ものだナ」


 相変わらず何を言っているのか意味不明だが、一つ気になるものを発見する。

 部屋の中央に置かれた使い古された場違いな靴だ。


「靴? これもオブジェクトなのか?」


 洋館には似つかわしくないシューズ。

 何より置いている場所がよくわからない。

 だがその疑問はすぐに解決する。

 太まゆ男の足元――そこには騎士が履くような金の靴が身につけられていた。


「お前、何だよその足の。何履いてんだ。変な格好しやがって」


「お前ほどじゃないけどナ」


「それは確かに……って、そうじゃない。その靴ってまさか……」


「これは途中で拾ったんだ。フィールドアイテムだ。アイテム名は『黄金の騎士の靴』。もうわかるだロ?」


「奴の装備品……」


 カイトは慌てて端末を取り出し、カメラ機能をオンにする。



 名称『黄金の騎士の靴』

 等級:――

 備考:選ばれた一人の騎士が身につけることができる黄金の装備。見た目よりも非常に重たい。



 やはりだ。

 アイテムとして反応した。

 恐らくこれは騎士のゾンビが本来身につけているはずの防具の一つであり、同時にフィールドアイテムの一つでもある。

 最初から装備していないのは時間経過で強くなっていく系のギミックだからだ。

 足や頭などなぜか丸裸だったことにも説明がつく。

 鎧や剣もここで見つけたのだろう。


「そういえばあの兜も前見た時はなかった。途中で拾ったのか」


 確か、兜もカイトが見た時には装備していなかった。

 隙間から端末をかざすと、騎士のゾンビから「黄金の騎士の鎧」、「黄金の騎士の兜」と情

報が読み取れる。

 この端末はただ単にアイテムボックスの中身を鑑定するものではない、思わぬ収穫だ。

 だが今重要なのはそこではない。

 もう一つの靴の方だ。


「そこで作戦ダ。仮にヤツが見つけた装備品を身につけようとする習性があるなら、あの靴だって履こうとするはずダ」


 カイトは僅かに視線を下に向ける。

 あり得ない話ではない。

 特殊個体のゾンビは通常ゾンビよりも知性はあるが、それはあくまでも通常ゾンビと比べたらの話だ。

 靴を見分けられるほどの思考ができるとは考えにくい。

 そして重要なのはそれをすることによってどのようなメリットがあるのかだ。

 そこまで聞けばもう太まゆ男が何を言いたいのかはわかった。


「本来、装備しなければならないものより劣悪なものを身につけたら……」


「弱体化する……」


 本来身につけなければならなかった靴ではないただの素朴な靴を履くことになった騎士のゾンビは、半端な状態になる。

 それだけでも価値はあるが、剣を奪えばどうなるのかなど、さらにそこから広げて考察もできる。

 そう考えたら確かに太まゆ男のやろうとしていることは期待できそうに感じる。


「さあ、履けヨ」


 騎士のゾンビが靴の前で止まる。

 じっくりと観察し、考え込んだ後、さらに一歩踏み出した。


「あ」


 一瞬の静寂。

 少し経って、騎士のゾンビが置いてあった靴を横に蹴り飛ばす。

 

「……え、ナニコレ」


 目の前の光景が受け止め切れない太まゆ男。

 だが現実は変わらない。

 カイトもそこでようやく思っていたことを口に出す。


「当たり前だろ。ヤドカリじゃねぇんだぞ」


 目の前の現実は太まゆ男の言っていたこととは別の光景を映し出している。

 正直、バカだと思っていた。

 道元のように狂人の類なのだろうと。

 だがその評価は改めなければならないようだ。

 道元とは別の方向で狂った大バカ野郎。

 それが太まゆ男の正しい評価だ。


 騎士のゾンビは靴を履かずにそのまま素足で、真っ直ぐ進む。

 行き先はカイトたちのいるクローゼットの中だ。

 藤方は「やっぱりな」という顔を浮かべ、太まゆは驚愕で口をあんぐりと開けている。

 二人ともカイトとは別の反応を見せているが、共通しいるのはがっかりしているということだ。

 太まゆが発案した作戦は不発に終わり、さらにピンチが訪れている。

 出たら騎士のゾンビと対面。

 出なければ密室で何もできずに死。

 最悪の二択だ。


「「……フゥ……ハァ……」」


 クローゼットの前に来た騎士のゾンビは、躊躇うことなく剣を構え、そして振り下ろした。

 直前に端に寄っていたことで直撃は避けられたが、衝撃でクローゼットは大破し、三人の姿が騎士のゾンビの前に晒される。

 幸いだったのは剣がクローゼットを超えて壁裏にまで突き刺さっていたことで、すぐに追撃が来なかったことだが、抜けるのは時間の問題。

 カイトは恐る恐る藤方の方に目を向ける。


「……おい、出番だぞ。さっさと突撃して囮になれ。俺たちはその隙に脱出する」


 もうこの作戦しかない。

 もちろんそんな損な役割を率先して引き受ける物好きはいないが、今回は別。

 あの時の話が本当ならここで囮になって死んでも問題ないはずだ。


 藤方はカイトの声に一瞬体をビクッとさせた後、顔を縦に振る。

 関係が浅いので本当に理解できたのかはわからないが、その時の表情が反省している時に見せたものと同じであることはわかった。

 いや、そう信じるしかなかった。


「……ああ、任せろ」


 一歩踏み出す。

 だが、さらにもう一歩というところで足を止める。


「どうした」


「……やっぱりさ」


「あ、聞こえねぇよ。もっとはっきり喋れ」

 

 迷いはさっき自ら断ち切ったはずだ。

 今更何を足踏みする必要があるのか。

 そんな疑問を他所に、藤方は一度息を吸い、それから口を大きく開けた。


「やっぱり、無理! なんか色々言ったけど、自分の命は惜しいわ!」


 そう言いながら唯一の扉に向かって走り出す藤方。

 カイトは目を細めながら内心頷く。

 あの時、漠然と感じた違和感の正体はこれだった。

 確かに藤方は相方が死んで悲しかったと思うし、あの時の態度を後悔しているのも本当だと思う。

 なぜなら相方の話をしている時の彼が演技だとはとても思えないから。

 だがそれで道連れのように自分の命を捧げるかどうかは別。

 生き残れる可能性があるなら生き残りたい。

 そのがめつい考え方が藤方の本心。


 正直、困惑しているし、怒りも当然のようにある。

 だが、それと同時に興奮もしていた。

 藤方という男は本当に救いようのない人物で、もはやわかりあうことは不可能。

 それが知れた。

 つまりこれで心置きなく足を引っ張り合えるのだ。


「だと思ってたよ。あーあ、楽しくなってきやがった」


 誰が死に、誰が生き残るかをかけた参加者同士でのバトルロワイヤルが始まる。



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