第4−4話
僕は街へ逃げ戻ると、しばらく立ち尽くしていた。憲兵に殴られた事もショックであったが、それ以上に旅の手段を失ってしまった事、そしてその事によって先程までの夢うつつだった状態から現実へと戻ったので虚無感が襲ってくる。
やる事なす事が全て裏目に出る。行動が無意味に終わるならまだ良い、徒労に終わるがまた頑張ればいいだけだから。だが実際は、ここまで親に育ててもらっときながら、親が死んだ途端、大した理由も無く自殺をする。願いを叶えるという思念体の言葉につられ異世界へ来たらこのような辛い思いをする。こちらの世界で関わった人達へは世話になるだけなっときながら、恩知らずに逃げ回っている。そして今回も旅に出ようとすれば検問所で殴られしまう。
僕は何の為に生まれたんだろう、他人に迷惑を掛ける為だけに生まれたのか? そんな疑問も湧いてくる。まあ、どうせ考えたところで何の意味も無いんだよな。
とにかく、日も暮れてきたので寝床を探そう。ファルザ家に泊まる事はもう出来ないので、宿屋にでも行くか。以前、ファルザさんに教えてもらった宿屋しか知らないので、そちらに行ってみるか。
ああ、嫌だ。生きてるのが苦しい、何も考えたくない、元の世界に帰りたい、楽な方へ楽な方へと選んだせいなのか、でも皆だってそうだろ!? 僕だけじゃないはずだ! なのに何で僕ばっかりがこんな目に合うんだ。
あれから少し歩くと、宿屋にたどり着くことが出来た。以前、宿屋の前でファルザさんとドータちゃんがケンカしたのを思い出すと憂鬱な気持ちになる。(…思い出したくなかったな。)そんな事を考えながら建物内に入ると、薄暗く少しジメッとした印象の造りだ。若干カビと埃の臭いがする。日当たりがあまり良くない位置にあるせいと窓が少ないからだろうな。人の気配が無かったので周囲を見渡してみると、今しがた入ってきた入口のすぐ横に椅子が置いてあり、その椅子の上に小さい鐘があった。
これを鳴らせという意味なのかな?
僕は鐘を手に持ち数回、チリンチリンと鳴らすと奥から少し野太い声で「あ〜い。」と聞こえてきた。しばらくその場で待っていると、やや腰が曲がったお婆さんが現れた。タイミングでも悪かったのか? お婆さんは不機嫌そうな仏頂面で応対してくれた。
お婆さん「一泊でセミ銀貨三枚、二食付きならセミ銀貨をもう一枚だよ。」
アキラ「とりあえず七日間程、食事付きで泊まらせてください。」
僕はそう言ってお金を支払う。七日と決めたのは特に理由は無いが予定も無いのでしばらく世話になろう、と考えただけだ。
お婆さんは僕からお金を受け取ると、部屋まで案内してくれた。
案内された部屋は4畳程のワンルームで部屋の半分はベッドに占領されているので、実質自由に使えるスペースは2畳分だけだ。設備は窓が一つ、ベッドが一つだけとなっており、扉に鍵は無く、戸締まりは内側から閂で閉めるタイプなので出掛ける際は貴重品を持ち歩くスタイルになる。まあ、貴重品といっても財布ぐらいしか無いんだが。
食事は出来上がったら持って来てもらえるとの事なので、部屋で待つ事になった。
やる事が無いのでベッドに横たわっていると、嫌でも考え込んでしまう。今までの事、これからの事。
ファルザさん達のお墓は何処かにあるのかな? サイさんに尋ねれば教えてくれるだろうが、やはり僕なんかが参ったりしたら迷惑かな? 親族と鉢合わせしたりするかもな。 にしても、思念体との勝負はどうしようか? 誰か代わりにやってくれないかな? 勝てそうな感じがしないし。 仮に勝った所で願い事って気分じゃないんだよ。何を願えばいいんだ? ファルザさん達を生き返らせればいいのか? だが、そんな事をしてファルザさん達は喜んでくれるのか? 恐らく賊に襲われた際、拷問を受けたのだろうがその記憶が消える訳では無い。現場の凄惨さが語っているが生きるのが辛くなるものかもしれない。逆に生き返らせた事を恨まれるかもな。記憶も都合のいい様に改竄出来たらいいんだが…。いっそ僕の記憶を改竄してもらうか! そうすればこの苦しみから解放されるな。それに死者を生き返らせるなんて、命を弄ぶ行為だよな。命を軽々しく考えるとか、これじゃあ、思念体と同じ発想だ。 どちらにせよ、今後はどうするか? 検問所の通行を禁止されたからな、中央山脈を通り他領へ行ってみるか? いや、案内や地図が無いなか行っても遭難するだけだな。活動拠点に関しても考えないと今は宿屋に留まっているが、このままでは資金が一年も保たずに尽いてしまう。また何処かで働き口を探さないと。雇ってくれるとこなんかあるのか?
コンコンッ。
ふと、扉からノックする音が聞こえた。食事の時間かな? 僕はベッドから起き上がり扉を開けると、床にはトレーに載せられた食事が置いてあった。そのトレーを持ち、また部屋に戻るとベッドの上に置いて食べ始めた。献立は野菜スープとパン、そしてコップに水が入ってるだけであった。パンは乾いていて固くボソボソとして口の水分を奪い、野菜スープも具となる野菜が小さく、クズみたいな大きさの野菜が数個入ってるだけで、味付けは薄く、スープの温度も暖かいというより、ぬるい。常温に近いものだった。コップの水も細かいゴミが浮いており、あまり食が進む内容では無かった。食べ終わりトレーを部屋の外に置くと、またベッドに横たわった。
(もう寝よう…。)そう思い、瞼を閉じたが寝付けない。先の事への不安かストレスか、それとも後悔か。心臓の鼓動が早く、落ち着かない。毛布を頭に被り、意味もなく周囲を見渡す。狭く暗い部屋だ。何も無い。…何も無いはずなのだが怖い。カーテンの無い窓は夜の闇が入り込み心細くなり、閂しかない扉は頼りなく見え、賊が蹴破り侵入してくるのではないか? そんな妄想が駆け巡る。事件などそう何度も起きるものではない、頭では分かっているが恐怖心が収まらない。
どうしたんだ、僕は? ……そうか、怖いんだ!
憲兵所では容疑者扱いとはいえ、僕の事を知ってくれていた。まだ、この世界との繋がりが実感出来たんだ。だけど今は僕の事を知ってる人が周りに誰もいない。孤独なんだ。
ファルザさん達と会うまでは一人暮らしをしても特に何も感じなかったんだが、失ってから初めて大きさに気付くんだな。
自嘲気味な笑いが込み上げる。
そうだよな、もう僕は一人なんだ。
寂しいよ。




