第六話 秋の終わりを、一膳に
秋もすっかり深まり、冷たい風が頬を撫でた。
俺は、いつもとは違う通りを歩いていた。
街から少し離れた場所にある田園地帯。
見渡す限りの田んぼと、その間を走る一本の線路。
昔ながらの日本を感じることができる場所だ。
『昔は、よく見ていたものじゃ』
先週聞いた神様の言葉に感化され、なんとなく俺も懐かしさを感じたくなり、ここまで歩いてきた次第だ。
遠くの山を見ると、紅葉も盛りを過ぎ、冬が近づいてきているのをひしひしと感じた。
夕暮れ時ということもあり、残った紅葉が燃えるように赤く照らされていた。
びゅう、と風が吹く。
肌寒い。地面の枯れ葉が舞い踊っていた。
「もう、冬が来るのか」
神様と初めて会ってから約一か月。時間が経つのはあっという間だ。
神様に食べさせたものを頭に思い浮かべる。
秋刀魚、栗、柿、団子……。
「……なんか、違うな」
秋の美味しいものを食べさせているつもりだったが、どこか偏っている感じがした。
ここ最近は甘いものばかりだし、何より、まともな食事らしい食事を作っていない。
もっと、こう、他にあるはず……。
ふと、田んぼを見た。
二か月前には、黄金色の稲穂が風に揺れていたはずだ。
今はその姿もなく、刈り取られた短い株だけが残っている。
「……そうだ」
あの神様は、豊作の神様だ。
それなら、一番ぴったりな食べ物があるじゃないか。
ポケットからスマホを取り出し、時間を確認した。
まだ商店街の店はやっている。
「……よし!」
スマホをしまい、走り出した。
北風に負けないように。
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「……きゅ、きゅうせん?」
何度見ても、値札には九千八百円と書かれている。
「さ、三本で……?」
明らかに高そうな木箱にシダの葉が敷き詰められ、その上に土のついた松茸が三本入っている。
今年は松茸が豊作で、値段が下がっているらしい。
下がって、これ?!
すでにカートには新米二キロと秋ナスを入れた。大体二千円ちょい。
松茸が高級食材なのは知っていたが、せいぜい五千円くらいだと思っていた。
……甘かった。
横には海外産の松茸が置いてある。お値段もお手頃だ。
どうする。
……いや、でも。
せっかくなら、神様には美味いもんを食わせてやりたい。
「……ええい! 奮発してやる!」
勢いよく木箱を持ち上げ、慎重にカートへ入れた。
幸い、施設からの報酬金もそれなりに貯まっている。
……いや、生活費で結構使っちゃったんだっけ。
まあ、どうにかなるだろ!
その後、必要な食材や、小ぶりの土瓶を二つ買い足した。
全部合わせると、二万円近くになった。
「明日からは、サバ缶かな……」
俺は財布の中身を確認し、とぼとぼと帰路についた。
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翌日。
「……で、また火が使いたいと」
いつもの古本屋。
いつも通り、水田さんが待っていた。
「お願いします……」
「……分かったわ。まったく」
水田さんが頭を掻きながら答える。
「排気設備は動かしておくから、勝手に火をつけないでよ。今後も料理する場合は、ちゃんと申告してね」
「はい! ありがとうございます!」
「まあ、神様もできたてが食べたいでしょうしね」
そう言って、水田さんは小さく笑った。
「ほら、行くわよ。今日も神様、静かに待ってるわよ」
いつも通りエレベーターに乗り込み、地下へ向かった。
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「今日はいつにも増して荷物が多いな」
神様は俺の抱える荷物を見て、呆れたように言った。
「はい。秋も終わりが近いので、集大成って感じです」
「戯言を。それで、今日は何を持ってきたのじゃ」
「これです!」
俺は立派な木箱を取り出した。
「……なんじゃそれは。茸か?」
「超高級食材、松茸です」
木箱を開け、中身を見せた。
「茸に、貴賤があるのか?」
「これ、三本で一万円くらいしました」
「……いちまん?」
「めっちゃ高かったってことです。俺の一週間の食費くらい」
「……なんと」
神様が松茸をまじまじと見つめる。
「たかが茸に、それほどの銭を?」
「いや、そうなんですけど! せっかく神様に食べてもらうなら、美味しいものがいいなって」
「…………」
神様は何も言わず、松茸に目を落とした。
「……ふん。物好きな奴じゃ」
「じゃ、作り始めますね。少し待っててください」
大きな荷物の中から炊飯器を取り出す。
まずは新米を二合。
施設からもらった水で丁寧に研ぎ、しばらく吸水させてから炊飯器にセットした。
「……ずいぶんと手慣れておるな、貴様」
神様が横から見ていた。
最初の頃は遠くから見ているか、たまに寄ってくるだけだったのに。
今では、こうして当たり前のように隣にいる。
「まあ、何度も米を研いでますからね」
そう言いながら、まな板と包丁、そして秋ナスを取り出す。
「……それは?」
「ナスです。秋のナスはめっちゃ美味いんですよ」
「……ずいぶん毒々しい色じゃな。食えるのか?」
「まあまあ、見ていてください」
ナスを縦半分に切り、皮に細かく切り込みを入れる。
「……うむ」
包丁で切り込みを入れる様子を、神様はまじまじと見つめていた。
そのままコンロとフライパンを取り出し、多めの油を入れて熱する。
そこにナスを入れた。
じゅうっ、と小気味よい音が響く。
ナスの表面に油がまとわりつき、次第に柔らかくなっていく。
時折ひっくり返しながら、両面をじっくりと揚げ焼きにした。
「……よし、こんなもんかな」
焼き上がったナスを、あらかじめ作っておいたつゆに浸す。
昆布だし、醤油、みりんをいい塩梅に合わせた自家製のつゆだ。
「このまま、少し置きます」
「せっかく焼いたのに、浸すのか」
神様が少し困惑していた。
「これがいいんです。ナスは」
「……ふむ」
納得したのかしていないのか、神様は首をかしげていた。
そして、いよいよ。
木箱から松茸を取り出した。
「よし……」
気が引き締まる。
俺の手には今、一万円近くもした高級食材が握られている。
失敗は許されない。
石づきの硬い部分を薄く削ぎ落とし、固く絞ったふきんで表面の土を優しく拭き取る。
そして、縦に薄く切っていった。
「……ほう。いい香りじゃ」
神様が鼻を近づけ、くんくんと嗅いでいた。
「焼かずにこの匂い……」
さすが九千八百円。
一度松茸を皿に移し、用意しておいた真鯛の切り身と海老を取り出す。
真鯛は骨を取り除いて一口大に切り、海老は殻と背わたを取り除く。
次に、ナスを焼くのに使ったコンロへ小鍋を置き、施設からもらった水を注いで火にかけた。
沸騰したところで海老を入れ、さっと下茹でする。
海老の色が変わったところで引き上げ、水気を切っておいた。
最後に水煮の銀杏を取り出し、こちらも軽く水気を切る。
「……見事じゃな」
神様が何か言った気がした。
……今、褒められた?
いや、気のせいだろう。
準備は整った。
荷物から二つの土瓶を取り出し、それぞれに真鯛と銀杏を入れていく。
「ずいぶんと立派な容器じゃな」
「そりゃ、松茸ですから」
昆布と鰹節で取っただしを注ぎ、用意した二台のコンロにそれぞれかける。
ひと煮立ちしたところで火を弱め、そのままじっくりと煮ていった。
五分ほど経った頃。
「……いい匂いじゃ」
「まだまだ。これからですよ」
真鯛に十分火が通ったのを確認し、下茹でしておいた海老と、薄く切った松茸を土瓶に加える。
そして、蓋をした。
「なんじゃ、閉じてしまうのか? せっかくの匂いが……」
「もう少し待ってください」
神様がむっとした。
……そんなに睨まなくても。
弱火のまま、さらに三分。
そろそろだな。
「……よし」
火を止め、蓋を開けた。
「……っ!」
ふわり。
白い湯気とともに、芳醇な香りが広がった。
松茸特有の、どこか森を思わせる香り。
そこに魚介の旨みを含んだだしの匂いが重なり、思わず腹が鳴りそうになる。
「や、やばいなこれ……」
いかん、よだれが出そうになる。
ふと、神様を見る。
「…………」
先ほどまで騒がしかった神様が、静かになっていた。
金色の瞳を細め、漂う湯気をじっと見つめている。
「……神様?」
「……この香り」
ぽつりと呟いた。
「……妙に、懐かしいのう」
「昔、食べたことがあるんですか?」
「……さあな」
神様が首をかしげる。
「覚えがあるような、ないような……」
「……?」
「……ふん。なんでもない。早く食わせろ」
「あ、はい!」
……なんだったんだろう。
最後に三つ葉を添え、再び土瓶の蓋を閉じる。
仕上げのすだちも用意した。
ちょうどその頃、炊飯器から炊き上がりを知らせる音が鳴った。
「お、いいタイミング」
蓋を開けると、真っ白な湯気が立ち上る。
一粒一粒がふっくらと立ち、艶やかに輝いていた。
「……いいねぇ」
しゃもじで優しくほぐし、茶碗によそっていく。
そして、二つの膳を用意した。
秋ナスの揚げびたし。
松茸の土瓶蒸し。
そして、炊きたての新米。
「お待たせしました。秋の一膳です!」
神様の前に膳を置く。
「……ほう」
神様は目を輝かせながら、並べられた料理を眺めている。
「……あ」
はっとして、口元をぬぐった。
……え、よだれ垂らしてた?
「う、うむ。いただこう」
神様が箸を握る。
俺も、もう一つの膳を手に取った。
「……貴様も食うのか?」
「はい。せっかくですし、今日は一緒に食べようかなって」
「…………」
神様はこちらをじっと見つめた。
「……勝手にせい」
そう言って、また料理に目を戻した。
……怒られなくてよかった。
俺は神様の少し離れた場所に腰を下ろし、箸を取った。
「じゃあ、いただきます」
「……うむ」
まずは、炊きたての白米から。
神様が箸で少量の米をつまみ、口へ運んだ。
「……ん」
小さな口が、ゆっくりと動く。
「…………」
しばらく咀嚼した後、神様がぽつりと呟いた。
「……甘いのう」
「でしょ?」
俺も一口食べる。
「……うん、美味い」
炊きたての新米は、ふっくらとしていながら、粒の一つ一つに程よい弾力がある。
噛むほどに、米本来の優しい甘みがじんわりと広がっていく。
余計な味付けは何もない。
それなのに、もう一口、もう一口と箸が進んでしまう。
「この前の栗ご飯とは、また違うでしょう?」
「……うむ。米だけでも、これほど美味いものなのじゃな」
神様が、もう一口食べた。
今度は何も言わず、ゆっくりと噛みしめている。
……なんだか嬉しいな。
次に、秋ナスの揚げびたしを勧めてみる。
「こっちも食べてみてください」
「……その毒々しいものか」
「だから、食べられますって!」
神様は少し警戒しながら、ナスを箸で持ち上げた。
つゆをたっぷり吸ったナスは、箸で持つだけで崩れそうなほど柔らかくなっている。
「……んむ」
ぱくり。
「…………」
神様が、不思議そうに口を動かしている。
「……なんじゃ、これは」
「美味いでしょ?」
「……柔らかい」
神様はナスの断面をじっと見つめた。
「……あれほど油で焼いたのに、こんなにも柔らかくなるのか」
「そうなんです。焼いてからつゆに浸すと、味も染み込むんですよ」
俺もナスを口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、じゅわっと染み込んでいたつゆが溢れ出す。
ナス特有のとろけるような食感に、油のコクとだしの旨み。
ほんのりとした甘みも感じられる。
「……うっま」
思わず声が漏れた。
神様はというと、もう二口目に手を伸ばしていた。
「……毒々しい色のくせに」
「まだ言いますか、それ」
「……美味いものは美味いのじゃ」
……素直なんだか、素直じゃないんだか。
そして、いよいよ最後の一品。
松茸の土瓶蒸しだ。
「神様、これはまず、だしから飲んでみてください」
「……だし?」
「はい。そっちの小さな器に注いでください」
神様は不思議そうに土瓶を持ち上げ、小さな器にだしを注いだ。
透き通った黄金色の液体。
そこから、ふわりと松茸の香りが立ち上る。
「……ほう」
神様が器に口をつけた。
こくり。
「…………!」
その目が、大きく見開かれた。
神様は器を口元から離すと、しばらく中身を見つめていた。
「……どうです?」
「…………」
返事はない。
代わりに、もう一口。
今度はゆっくりと、確かめるように飲んでいる。
……どうやら、気に入ったらしい。
俺も、だしを口へ運ぶ。
「……ああ、これはすごい」
最初に感じるのは、鼻へ抜ける松茸の豊かな香り。
その後を追うように、真鯛と海老の優しい旨みが広がっていく。
塩気は控えめ。
それなのに、物足りなさはまったくない。
口の中に、秋の山と海が一緒に広がったようだった。
「……なんじゃ、この汁は」
「松茸の土瓶蒸しです。いいでしょう?」
「……うむ」
神様は小さく頷いた。
そして、また一口。
先ほどから、やけに静かだ。
いつもなら「まあまあじゃな」とか、何かしら文句をつけてくるのに。
……そんなに美味しかったのかな。
「こっちのすだちを少し絞っても、美味しいですよ」
「……これか?」
神様がすだちを手に取る。
俺がやって見せると、神様も真似をして、だしに数滴絞った。
そして、一口。
「…………」
神様はしばらく口を閉ざしていた。
それから、もう一口。
「……すごいのう」
ぽつりと呟いた。
俺もすだちを絞ってみる。
松茸の香りに、すだちの爽やかな酸味が加わった。
だしの旨みを引き立てながら、後味をすっきりとさせてくれる。
……なるほど。
これは、確かにすごい。
神様は今度は土瓶の蓋を開け、松茸そのものを箸でつまんだ。
「……これが、あの茸か」
「はい。真鯛と海老も入ってますよ」
神様は松茸を一口。
ゆっくりと噛みしめる。
「……ほう」
俺も松茸を食べてみた。
ほどよい弾力があり、噛むたびに独特の香りが広がる。
柔らかいのに、しっかりとした歯応え。
なるほど、これは確かに高級食材だ。
続けて真鯛を食べる。
ふっくらとした白身には、だしの味が染み込んでいた。
海老はぷりっとしていて、噛むとほのかな甘みが広がる。
銀杏には独特のもちっとした食感と、ほんのりとした苦みがあった。
どれも違った味わいなのに、不思議と喧嘩をしていない。
……いや、本当に美味いな。
神様を見ると、松茸を箸で持ち上げ、じっと眺めていた。
「……どうしました?」
「……いや」
神様は少し考えるように間を置いた。
「……やはり、どこかで……」
「……?」
「…………」
しかし、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、残った松茸を口へ運ぶ。
「……なるほど。これが、高級な茸というものか」
「満足してもらえました?」
「……まあ、悪くはない」
……悪くない、ね。
その割には、さっきから箸が止まってないけど。
俺は思わず笑ってしまった。
「……なんじゃ」
「いえ、なんでもないです」
「……ふん」
神様は少し頬を膨らませ、また料理を食べ始めた。
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しばらく食べ進めた頃、神様が箸を止めた。
「……そういえば、秋が終わると言っていたな」
「あ、はい。もうずいぶんと寒くなって、紅葉も終わり始めましたからね」
「……もう、秋の美味いものは食えぬのか?」
「そうですね。季節が変わると、旬の食べ物も変わりますから」
「……そうか」
神様が少し俯く。
「……季節が変わるというのは、少し寂しいものだな」
「……そうですね」
俺は窓のない神社を見渡した。
ここからでは、外の景色を眺めることもできない。
昔は、この場所からも四季を感じることができたのだろうか。
……八百年。
その長い年月を、ずっとここで。
「でも、だからこそ四季は美しいんだと思います」
「……美しい?」
「はい。秋が終われば冬が来ます。冬が終われば春が来て、また夏が来る」
「…………」
「それに、冬にも美味しいものがたくさんありますから」
「……そうか」
神様が小さく頷いた。
「……季節が変わるのも、悪いことばかりではないのじゃな」
「……そうですね」
神様は何も言わず、残りの料理を食べ進めた。
けれど、その口元は、ほんの少しだけ緩んでいるように見えた。
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食事を終え、いつも通り片づけを始めていた。
「おい、ノボルよ」
「……は、はい?」
思わず手を止めた。
……今、名前で呼んだ?
神様が俺の名前を尋ねてきたことはあったけど、こうして呼ばれたのは初めてだ。
「……また、飯を食わせろ」
ぼそりと呟いた。
「…………」
……なんだ。
そんなことか。
自然と口角が上がった。
「はい。任せてください」
「……ふん」
神様はそっぽを向いた。
けれど、もう以前のような恐ろしさは感じなかった。
やがて、面会終了のブザーが鳴った。
「じゃあ、また来週」
「……うむ」
そう答える神様の声は、どこか穏やかだった。
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エレベーターの前には、水田さんがいた。
「今日はいつにも増して美味そうなもの作ってたじゃない」
「いやー、奮発しちゃいました」
「松茸なんて、あたしもしばらく食べてないわよ」
そのとき。
ぐうっ、と小さな音が響いた。
「…………」
水田さんが、ぴたりと固まった。
……あ。
どうやら、彼女も匂いにやられたらしい。
「……お腹、空きました?」
「……うるさいわね」
「ははっ。実は、こんなこともあろうかと」
「……え、これって」
俺は荷物から小さなタッパーを取り出した。
中には、少しだけ取り分けておいた土瓶蒸しが入っている。
「たまには水田さんも食べてください。おすそ分けです」
「……いいの?!」
「はい。ちょっとだけですけど」
「やった!」
声を上げて喜んでいた。
……この人、こんな反応もするんだ。
水田さんは嬉しそうに容器を受け取った。
「ありがとう、昇クン。今夜の楽しみにするわ」
「いえいえ」
「……それにしても」
水田さんが、ふと真面目な顔になった。
「今日も神様、ずいぶん楽しそうだったわね」
「そうですかね?」
「ええ。最初の頃なんて、まともに会話することすら難しかったのに」
「……確かに」
最初は本当に殺されると思ったからな。
「……ただ、少し気になることがあるのよね」
「……なんですか?」
「以前、神様の周囲で観測している異常反応が、食事の後に少し弱まったことがあったの」
「……異常反応?」
「ええ。でも今日は、ほとんど変化がなかったのよね」
水田さんが、何かを考えるように腕を組んだ。
「……それって、いいことなんですか?」
「…………」
水田さんは一瞬、答えに迷ったようだった。
「……さあ、どうかしらね」
「……?」
「ま、こっちの研究の話よ。あんたは気にしなくていいわ」
そう言って、いつもの笑顔に戻った。
「それより、これ! 本当にありがとうね!」
水田さんは、土瓶蒸しの入った容器を大事そうに抱えた。
「また来週もよろしくね! 昇クン!」
「は、はい」
……なんだったんだろう。
少し気になったが、俺はエレベーターに乗り込んだ。
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古本屋の外に出ると、すでに辺りは暗くなっていた。
日が沈むのも早くなり、いよいよ冬が近づいてきたことを実感する。
「……次は、冬のものを作ろう」
さて、何がいいだろうか。
温かいものがいいかな。
……そうだな。
おでんなんて、どうだろう。
きっと、あの神様も喜んでくれる。
びゅう、と北風が吹き抜ける。
「……さむっ!」
思わず身震いした。
俺は上着の襟を立て、足早に家路についた。




