↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/8

第五話 見る月、食べる月

 夜。


 俺は、なんだか家に帰る気分にもなれず、公園のベンチに座っていた。


「……」


『あの神様は、ずっとあの場所にいるの』


『……ずっと、見ていただけじゃったからのう』


 水田さんの言葉と、神様がぼやいていた言葉が、頭の中で何度も反響する。


 たしかに、神様が八百年も生きていることは、最初に聞いていた。

 しかし、その長い年月、社の外に出ることすらできなかったなんて。


 きっと寂しかったんだろうな。孤独だったんだろうな。

 そんなことばかり、勝手に考え込んでしまう。


「……何勝手に想像してんだ、俺」


 頭を掻き、考えを振り払う。

 何であんな傲慢な神様のことばかり考えてしまうのか。

 自分でも、よくわからなかった。


 なんとなく、空を見上げる。

 十月下旬の夜空は、ひどく澄んでいた。


 そこには、大きな丸い月が浮かんでいた。


 満月だ。


 十五夜の時期はとうに過ぎてしまったが、秋の夜空に浮かぶ月は、なお美しく見える。

 月明かりが、公園を淡く照らしていた。


「……そうだ」


 俺はとっさにスマホを取り出し、月の写真を撮った。


「お月様といえば、あれだよな」


 そう呟くと、自然と足取りが軽くなった。


 次に持っていくものは、決まった。

 ----------------------------------------------


 一週間後。


 俺は、少しばかり荷物を抱え、またあの古本屋へと向かった。


「あら、昇くん。今日は何か持ってきたみたいね」


 水田さんが、俺の荷物を見ながら話しかけてきた。


「えぇ。でも今日は料理するわけじゃないんです。飾り付けっていうか……」


「飾り付け?」


「はい。そこで、水田さんにちょっと相談があって……」


 俺は水田さんに近づき、小声で計画を伝えた。


 水田さんは驚いたような顔をしていたが、やがて「わかったわ」と頷き、俺をエレベーターへと促した。

 ----------------------------------------------


 背後で扉が閉まる。


 今日も、神様はそこにいた。


「来たか」


「どうも」


 最初の頃とは打って変わって、神様の雰囲気も少し和らいでいた。


「今日は何を食わせてくれるのじゃ?」


「今日は、月を持ってきました」


 神様がぽかんとする。


「……気でも触れたか?」


「正気です」


「……」


 神様はしばらく俺を見つめていた。


「貴様、ついに頭までおかしくなったか」


「だから正気ですって」


「月を持ってきたなどと、世迷言を抜かす者が正気なわけなかろう」


「まぁまぁ。とりあえず、これを見てください」


 俺は持ってきた荷物をほどいた。


 中から取り出したのは、実家から持ってきた三方と、白く丸い団子。

 それを一つずつ、三方の上に積み重ねていく。


「……団子ではないか」


「はい。月見団子です」


 昨日の夜、せっせと作った団子だった。


「月はどこへ行った?」


「これからです」


 続けて、荷物の中から三つのタッパーを取り出した。

 中身は、あんこ、みたらし、きなこ。


「今日は、なんちゃってお月見バイキングです」


「……ばい、きんぐ……?」


「好きなものを、自分で取って食べるってことです。ほら、どうぞ」


 俺は団子を神様の前に差し出した。


「……」


 神様は怪訝な表情を浮かべたまま、白い団子を一つつまんだ。

 そのまま口に放り込む。


「……まぁ、美味いな。もちもちしておる」


「そのまま食べるのもいいですけど、ほら。これを付けてみてください」


 俺はあんこの入ったタッパーを差し出した。


「……なんだか、奇妙な物体よの」


「これが美味いんですよ。団子に付けて食べてみてください」


「……本当かの?」


 疑い深い神様は、恐る恐る団子にあんこを付け、口に運んだ。


 途端に、その目が見開かれた。


「あ、甘……!」


 このあんこも、昨日作ったものだ。

 小豆をじっくり煮て、砂糖をこれでもかと加えた。

 我ながら、殺人的な甘さだと思う。


「ふふ。次はこれを試してみてください」


 今度は、みたらしを差し出した。


「……見るからに甘そうじゃな。もう甘いのはいっぱいなんじゃが」


「そう言わずに」


 神様は渋々団子をつまむと、みたらしのタレにくぐらせ、口へ運んだ。


「……これは!」


 神様が目を丸くする。


「甘いが、しょっぱい……!」


 醤油、砂糖、みりん、水、片栗粉を混ぜ、煮詰めて作ったみたらしのタレ。

 甘さの中に醤油のしょっぱさが混じり、あんこよりも食べやすいはずだ。


 満足そうな表情を浮かべる神様を横目に、最後のタッパーを差し出す。


「……なんじゃこれは。砂か?」


「きなこです。たくさん付けるとむせちゃうので、ほどほどに」


「……うむ」


 神様は団子にきなこをまぶし、口に運んだ。


 すると、またしても目を見開いた。


「う、美味い……!」


 炒った大豆をミキサーで細かく砕き、砂糖を混ぜた簡易的なものだったが、その香ばしさと優しい甘さが、神様の口には合ったらしい。


 その後も神様は、代わる代わる味を変えながら、団子を食べ進めていった。


「……そろそろかな」


 団子が残り少なくなった頃合いを見て、俺はスマホから水田さんに合図を送った。


 しばらくして、ふっ、と照明が落とされた。

 辺りが暗闇に包まれる。


 神様の頭上に浮かぶ光輪が、淡い光を放っていた。

 普段は照明に紛れていたその光が、今は神様の姿をほのかに照らしている。


 暗闇に浮かぶその姿は、どこか幻想的だった。


「……何事じゃ?」


「大丈夫です。水田さんにちょっとお願いしていたんです」


 俺は先日撮った写真を開いた。

 暗闇の中、小さな画面がぼんやりと光る。


「お月見なんですから、月がないとね。……まぁ、少し小さいですけど」


 照れ笑いしながら、スマホを神様に見せた。


 神様は何も言わなかった。

 ただ、画面に映る満月をじっと見つめていた。


「……月、か」


 しばらくして、小さな声が聞こえた。


「昔は、よく見ていたものじゃ」


「月を、ですか?」


「ああ。社の隙間からな。暑さが和らぎ始めると、空が澄んで……それは美しく見えたものじゃ」


「そうだったんですね」


「……あの頃は、何もかもが違っておった」


 神様はそう呟くと、ふっと目を細めた。


「今となっては……」


 そこまで言って、神様は口を閉じた。


「……神様?」


「何でもない。独り言じゃ」


 俺もそれ以上は尋ねず、静かにその様子を眺めていた。


 しばらくすると、神様は再び団子に手を伸ばした。

 その視線は、時折スマホの月へと向けられていた。


 やがて、残っていた団子もすべてなくなった。


 照明を戻してもらい、後片付けをしていると、神様が話しかけてきた。


「……おい」


「なんです?」


「……その月、置いていけ」


 神様はスマホを指さした。


「え、えぇ……?」


 さすがにスマホなしでは生きていけない。


「あ、あとで水田さんに頼んで、写真を印刷してもらいますね」


「……い、んさつ? まぁ、何でもよいわ」


 そう言いながらも、神様の視線はまだスマホに向けられていた。


 やがて、面会終了を告げるブザーが鳴った。

 ----------------------------------------------


 面会を終え、エレベーターで地上へ戻ると、水田さんが待っていた。


「あ、お疲れ様。どうだった?」


「えぇ、喜んでもらえたと思います。それで、ちょっとお願いがあるんですけど……」


 俺は水田さんに事情を説明し、スマホに撮っておいた月の写真を印刷してもらった。


「はい、これでいい?」


「ありがとうございます。これ、神様に渡してもらえませんか?」


「ええ。確認してから渡しておくわ」


 写真を受け取った水田さんは、ふっと笑った。


「それにしても、照明を消すなんて、あんまりやらないのよ? 神様の様子がわからなくなるから。今回だけ特別だからね?」


「あはは……すみません。ありがとうございました」

 ----------------------------------------------


 古本屋の外へ出ると、夕暮れの風が頬を撫でた。


 月を見つめていた神様の姿が脳裏に浮かぶ。


『昔は、よく見ていたものじゃ』


 あの神様にも、懐かしく思う景色がある。

 八百年という長い年月の中で、いったい何を見て、何を感じてきたのだろう。


 いつか、そんな話も聞いてみたい。


 そんなことを考えながら、俺は家路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。