幕間 豊かになった村
外からは、人々の歓声が聞こえてくる。
どうやら、祭りの最中らしい。
この村に社が建てられてから、一か月。
最初の三日で作物が芽吹き、一週間が経つ頃には山に緑が戻った。
枯れ果てた大地は息を吹き返し、作物は季節を忘れたかのように実り始めた。
飢えに苦しんでいた人々は歓喜し、神に感謝を捧げた。
村には笑顔が戻り、かつての活気を取り戻しつつあった。
しかし、神は飢えていた。
どれだけ感謝されても、どれだけ祈りを捧げられても。
「……おなか、すいた」
腹が減っていた。
神になっても、飢えは消えなかった。
最初は、その声を聞いた村人たちも食べ物を持ってきてくれた。
握り飯や野菜、時には甘い果物も。
「神様、どうぞお召し上がりください」
少女は、喜んで食べた。
久しぶりの食事だった。
口いっぱいに頬張り、何度も何度も噛みしめた。
「おいしい!」
少女が笑うと、村人たちも嬉しそうに笑った。
「また明日もお持ちしますからね」
「うん!」
少女は元気よく頷いた。
ようやく、お腹いっぱい食べられる。
そう思っていた。
だが、その喜びは長く続かなかった。
神がお供え物を食べた翌日、畑の作物が枯れ始めたのだ。
最初は偶然だと思われた。
しかし、食べ物を捧げるたびに、同じことが起きた。
昨日まで青々としていた作物が、一夜にして枯れ果てる。
反対に、食べ物を捧げなかった日には、作物が再び実り始めた。
何度も繰り返されるうちに、村人たちはあることに気づいた。
やがて、一人の村人が口を開いた。
「……神様に食べ物を捧げると、豊かさが失われるのではないか?」
その言葉に、村人たちは顔を見合わせた。
「しかし、神様とて腹は減るだろう」
「だからといって、また飢饉が起きたらどうする」
「そうだ。ようやく食えるようになったんだぞ」
誰もが、あの飢えを覚えていた。
痩せ細った我が子の姿を。
食べ物を求めて死んでいった家族を。
もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
「……神様は、食べなくても死なないのではないか?」
誰かが、そう呟いた。
誰も答えなかった。
しかし、誰も否定しなかった。
神とは、人ならざる存在。
人とは違い、食べずとも生きていけるのかもしれない。
そう考える者が、一人、また一人と増えていった。
そして、村人たちは決めた。
神への食べ物の奉納を、控えることにしたのだ。
最初は、一日に一度だった。
それが三日に一度になり、やがて一週間に一度になった。
そして、とうとう誰も持ってこなくなった。
「……おなかすいた」
少女は呟いた。
けれど、誰も来なかった。
「ねえ、ごはんは?」
返事はない。
「……あしたは?」
誰も答えてくれなかった。
少女は、扉の前に座り込んだ。
お腹が空いた。
何か食べたい。
ただ、それだけだった。
けれど、どれだけ待っても食べ物は届かなかった。
外からは、人々の楽しそうな声が聞こえてくる。
誰かが笑っている。誰かが歌っている。
美味しそうな匂いが、風に乗って漂ってきた。
「……みんな、たべてるのに」
少女は、膝を抱えた。
どうして、自分にはくれないのだろう。
何か悪いことをしたのだろうか。
わからなかった。
ただ、悲しかった。
神は飢えに苦しんだ。
腹は鳴り、喉は渇き、体は食べ物を求め続けた。
しかし、死ぬことはなかった。
どれほど飢えても、どれほど苦しんでも。
神となった少女には、もはや死ぬことすら許されなかった。
「……また、うそつかれた」
少女は、小さく呟いた。
その瞬間。
脳裏に、ぼんやりとした光景が浮かんだ。
『この中で待っててね。あとで美味しいものを持ってくるから』
優しい声だった。温かい手だった。
誰かが、自分にそう言っていた。
けれど。
「……だれだっけ」
思い出せなかった。
声も、顔も。
自分が誰を待っていたのかさえ。
何も、思い出せなかった。
外から、太鼓の音が聞こえてきた。
人々の歓声が、それに重なる。
誰かが、神への感謝を叫んでいた。
少女は、膝を抱えたまま、じっと扉を見つめていた。
いつか、誰かが食べ物を持ってきてくれる。
そう信じて。
太鼓の音は、いつまでも鳴り響いていた。




