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幻の王子~真面目だけが取り柄の末端伯爵令嬢の私が〇〇を捨てるまで~  作者: アオイ


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18/18

(18)この先、私が捨てるもの

 王城でのパーティ当日。

 私はリヴィアさんにドレスを着付けてもらい、髪型はアップスタイルにしていつもより大人っぽくしてもらった。だって、あのシーナ様と並び立つのだから。


 そしてドレスはシーナ様が用意して贈ってくれたものだ。

 シーナ様の髪色に近い濃紺のAラインのドレス。首元はホルターネックになっていて、その中心にはシーナ様の瞳の色と同じ大粒のルビーのペンダント。ルビーの周りはデザイン的な流線形のプラチナが囲み、そこにルビーよりは小さなダイヤが散りばめられている。私の知るトラディショナルなデザインではなく、先進的な美しいペンダントだ。

 肩の辺りが露わになる私にとっては大胆なデザインだと思ったけれど、肩口から繊細で美しいレースのケープスリーブが付いていて、程よい肌見せ効果で華やかさを添えている。


 準備を終えると、離宮のエントランスへと向かう。

 そこではアイク様と共に大人の姿のシーナ様が待っていた。

「うん、思った以上に素敵だね」

 シーナ様は光沢のあるワインレッドの細やかな刺繍を施された、私と同じ濃紺のフロックコートを着て優雅に私へ手を差し伸べてくれた。

 初めて見る完璧な正装姿に、ぼうっと見惚れてしまう。

 手足がすらりと長く、一挙手一投足を見落としたくない程に美しく目が離せない。

 アクセントに煌めくイヤーカフも、ただ優雅なだけではなく雄々しさを感じさせて素敵だった。

「ん?早くこちらにおいで。この出で立ちは、君のお眼鏡に適ったかな?」

 そんなの愚問だと思いつつ、私はただただ頷くことしか出来なかった。

 何とか自分を叱咤してシーナ様の手を取り、混乱を避けるために王城まではリヴィアさんが先導してくれることになった。


「シーナ様、セシリア様、いってらっしゃいませ」

 アイク様に見送られ、私はシーナ様の腕を取り離宮からパーティが開催される王城へと移動した。

 離宮に来た初日、この世の終わりのような気分で心細く歩いた通路を、今は愛おしい方と共に満たされた気分で歩く。


「あ〜あ、もっとセシリアとひっつきたいのに。こんなことならもっとタイトなドレスにすれば良かったな」

 ドレスの裾を踏まないように、いつもより距離をあけて歩く様子にシーナ様は不満気だ。

 大人でセクシーなお声なのに、話す内容はいつも通りのシーナ様だ。

「もう抱き上げていい?」

 足を止めて、シーナ様は身体ごと私の方へ向き直った。

「ええっ!?せっかくのドレスなので、皺にならず綺麗なままパーティに参加したいですわ」

 私の言葉にシーナ様はいつもの濡れた子犬の瞳で見詰めたつもりだろうけど、今のお姿だと愁いを帯びた色気を振りまくばかり。

 絆されるどころか、このまま腰砕けになってしまいそう。

「婚約者と過ごす初めてのパーティですもの。頂いたこのドレスを美しいまま魅せつけたいです」

 シーナ様のお姿にまだ完全には慣れていない私は、慌てて言葉を紡いだ。

「ふふっ、そんなに焦って。やっぱりまだ慣れない?仕方ない、可愛い君の言う事だから素直に聞くよ」

 そう言って私の手を取ったシーナ様は、前を向いて再び歩き出した。

 私は少しホッとした。今抱き上げられると、緊張がピークに達してこのまま離宮に引き返すことになりそうだった。


 王城へたどり着くと私達は控室に通された。

 パーティの開始は王族の入場で始まる。シーナ様は王族であるけれど、その存在を明かすことは出来ないので国王陛下達の入場するタイミングでこっそり別の入口から入ることになっていた。


「シーナ様!」

 まだ少し時間がある中、控室に本日の主役であるフランシス様がやってきた。

「ああ」

 相変わらずシーナ様は素っ気ない。

「この度はご足労頂き、ありがとうございます。お陰様でこの通り無事に過ごしております」

「うん、良かったね。まあ、このパーティも何事も無く終わることを祈ってるよ」

「はい」

 フランシス様は最後に離宮でお見掛けした時よりも溌溂として、より健康的になっていた。

 私の方にも挨拶をと思われたのか視線を向けかけるけれど、それを遮るようにシーナ様が割って入り、フランシス様は少し眉を下げて一礼して退室して行った。


「あの、私もご挨拶をしなくて良かったのでしょうか……」

 仮にも王子殿下だ。でも私は始祖の番だから気にしなくていいのかしら?この辺りが何ともややこしくて慣れない。

「いいよ、別に。セシリアは俺だけを見ていて」

「はひ」

 視界いっぱいにタイプどストライクのお顔が映ると、もう何も考えられなくて情けない声が出た。


 その後王族が入場するアナウンスが流れたのを合図に、私達も移動した。

 参加者の貴族達は皆王族がいる壇上を見ていて、そうっと入ってきた私たち二人に気付かない。私達は壁際から、筋書き通りに紹介されるフランシス様をじっと見守っていた。


 国王陛下と王太子殿下のお話が終わり、フランシス様が皆様にご挨拶をされると、その後はダンスが始まった。そこでやっと私達も壁際から離れ、シーナ様と初めてのダンスを踊った。

 これが正式な場での初めての婚約者とのダンス。憧れが叶って、私は本当に夢見心地だった。練習の時よりはしっかりシーナ様と見つめ合い、時に微笑み合い、永遠に続いて欲しいような時間。まあ、シーナ様に永遠になんて言っちゃったら洒落にならないから、この感動を伝えることは出来ないけれど。


 2曲続けて踊ってから、私はこちらを焦がれる様に見つめていた両親に気付いた。

「あの、両親の元へ行ってよろしいでしょうか?」

「もちろんだよ」

 シーナ様も快く、両親の元へと私をエスコートしてくれた。


「お初にお目にかかります、シュナヴァルツです」

 周りに人がいるため、シーナ様は身分を明かさない。

「グラドール=チガボーノです。ご挨拶が遅れ申し訳ありません」

 お父様はシーナ様を前に緊張しているようだ。それにしても、シーナ様について陛下はお父様にどのように話したのだろう。まさかヴァンパイアであることは言っていないと思うけれど。

 お父様の後ろでお母様も弟も、頭を垂れて礼を執っている。


「チガボーノ伯爵、早速ではありますがこの場を借りて、少しだけお話を良いですか?」

 シーナ様はお父様に囁き、私にはお母様と交流をするように促してくれた。

 何のお話か気になりつつも、ずっと会いたかったお母様と弟に私は話しかけに行った。

 本当は三人で抱き合いたかったけど、こんな場所でそんなことをしていたら周りから変に思われてしまう。だって、私が半年以上も伯爵邸に帰っていないなど誰も知らないのだから。


 離宮でのことは詳しく話せないけれど、それでも日々シーナ様に良くして頂いていること、困っていることは無いこと、そして照れるけれどシーナ様をお慕いしていることをきちんと話した。

 それで一応お母様も弟も安心してくれたようだった。

 お互いにホッとすると喉が渇き、お母様と弟が皆の分の飲み物を取りに離れた時、ふと声を掛けられた。


「セシリア様。ご無沙汰しております」

 それは半年ほど前の健康診断でご一緒したエレノア様だっだ。

「最近どこのお茶会や夜会でも、セシリア様のお姿どころかお噂も聞かなくて心配しておりましたのよ。お元気そうで何よりですわ」

 相変わらず優雅に、美しく微笑むエレノア様。

「エレノア様もお変わりなく、益々洗練されておいでですね」

 久しぶりの社交に、私は少し緊張する。ここ最近捨て去ってしまった、貴族令嬢の嗜みや淑女教育を拾い集めねばならない。


「ところで、セシリア様。お連れの男性はどなたですの?初めてお見掛けした方で、己の不勉強さを恥じておりましたところですの」

 う~ん、目敏いっ!末端伯爵令嬢の私なんか、あまり注目を集めないだろうと油断していたわ。未だ婚約者のいないご令嬢達からしたら、家勢とか関係なく婚約者の有無は一番の関心ごとだった。

 それにしても王族であるシーナ様に家名は無いし、下手な家名も言えない。多分エレノア様は大概の家名を覚えているはず。万事休すだわっ!


「セシリア、ごめんね。一人にしてしまって。もうお父上との話は終わったよ」

 背後から頼もしい声がした。

「おや、そちらの御令嬢は?」

 シーナ様はちらりと視線を投げかけ、その美貌にエレノア様は一瞬言葉を失って釘付けになった。

 数秒程見つめ合ったかと思うと、ふいにエレノア様の雰囲気が変わった。

「まあ、何てお似合いのお二人なんでしょう。今後とも我が家とのお付き合いをよろしくお願い致しますわね。ではセシリア様、良い夜を」

 そのまま会釈をして、エレノア様は去って行った。


「シーナ様?」

 私は背後のシーナ様を仰ぎ見た。

「どうせもう会うことなんて無いし、こんなもんだろ……って、セシリアはまだ会いたかった?もしかして、あの子と意外と仲が良い?」

「ふふっ、いいえ。お助け頂きありがとうございました」

 私はホッとしたと同時に、少し胸がすく思いだった。

 シーナ様がどんな魔法を使ったかは分からないけど、シーナ様のことを覚えている令嬢は私だけでいい。シーナ様に注がれる愛情に呼応してか、私の独占欲もどんどん高まっていく。


 パーティはつつがなく終わり、フランシス様もその素性がばれることなく無事に貴族の皆に受け入れられた。

 私の家族とはまた王城で秘密裏に会う約束をシーナ様の元でして、私達は離宮へ戻った。


「ところでシーナ様。父とは一体何の話を?」

 湯あみをして寝巻に着替え、シーナ様の寝室で今日のパーティについて語り合う。

「ん?それはね。君と俺の結婚式についての話だよ」

「えっ……」

 結婚式、婚約をしているのだからいつかは必ずやってくる日だ。


「この離宮に君の家族を呼んで式を挙げることも考えたんだけど、後々面倒かなって。だから君が生まれ育った領地で小さな式を挙げるのはどうかなと思って、君のお父上に打診をしてみたんだよね」

 私の領地で……。もう一度、実家に帰れる?そう思ったら、つうっと頬に熱いものが流れ落ちた。

「あれ?どうしたの?嫌だった!?」

「いっ、いえ……。嬉し…く、て」

 二度と足を踏み入れることはないと思っていた場所。二度と会えないと思っていた小さな頃から慣れ親しんだ屋敷の使用人たち、領民たち。まだ僅かに私の中に残る、父から教わった厳格さが、嫁ぐ際の筋を通せることに喜んでいる。

「シーナ様、ありがとうございます」

 私は目に涙を浮かべながら、シーナ様に心からの感謝を告げた。

「うん。君が喜んでくれるなら、それが一番だよ」

 ああ、いつも私のことを考えてくれる、この方のお傍にいられて私は幸せだ。

 こんなにもたくさんのお心を頂いているのに、私は何も返せていない。


「シーナ様」

「ん?どうしたの?」

 少しお名前を呼んだだけで、すぐに優しい声が返って来る。

「好きです。心から、お慕いしております」

 私の素直な言葉に、シーナ様は目を瞠った。

「シーナ様。今はまだ…チガボーノ家の長女として、人間として貴方様に嫁ぎたく思います。でもいつか……、いつか必ず貴方様と永遠を共に」


 まだ怖くて、どこか受け入れられない部分もあって、はっきりとヴァンパイアにとは言えないけれど。その時がいつとも言えないけれど。

 きっと、いつか必ず私は人間を、寿命を、自然界の理さえも捨てる。

 その日は存外近く、永遠を生きるシーナ様からするとまばたき数回分くらいの時間かもしれない。



これにて完結です。

お読み頂きありがとうございました。

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