(17)憧れの婚約者。タイプどストライクは却って辛いっ!!
幾度かの夜を過ごし、いつしか満月も無事に乗り越えたある日、私はシーナ様の執務室でもはや定位置になっているシーナ様のお膝の上にいた。
「そうそう、フランシスの状態が安定して王城に送り返すことになったよ」
「あっ、そうなのですね」
ヴァンパイアになっても王城に戻れるんだと思いつつも王城ではダンピールの王族が暮らしているのだから、まあ問題は無いのかと思い至る。
「ただジークやアイクに色々教わってるみたいだから、その二人の元へは教えを請いに定期的にやってくるらしいけどね」
確かにジーク様やアイク様が王城へ行くと大きな混乱が起きかねない。
事情を知る王族は良いが、その他の官僚や使用人は普通の人間だ。退位した元国王が当時と変らぬ姿でうろうろしていたら、カオスだろう。
「それで一応の筋書きとして、ずっと療養していた第二王子は一縷の望みを掛けた臨床試験段階の医療法が功を奏して全快して公務にも復帰するってことにするんだ。詳細を聞かれても第二王子は体質的に偶々治療法が合っただけで、まだデータ不足で実用化は出来ない療法だって言っといたら、ここは医療大国だし信ぴょう性も高いかなって。」
「なるほど」
元々の筋書きである医療大国の王子が病死というのとでは、我が国の評価は雲泥の差だ。
「では、いずれ王太子の交代もありえるのですか?」
これまでと違い、ヴァンパイアが表に立つなら十分にあり得る話だ。
「どうかな。それはこれからレオナルド達が決めるんじゃない?やり方は色々あるしね」
どうやら政治的なことには、シーナ様は口出ししないようだ。
「例えば、とりあえずクリストファーが国王になっていつかのタイミングでフランシスに譲位するとかね。たぶん、クリストファーの子供に譲位というのは現実的にありえないだろうし」
クリストファー殿下にお子が生まれないか、成人まで育たないか。本当に切ない話だわ。
「まあ、元々はどこかのタイミングで俺と君の子が次の王太子になる予定だったからね。クリストファーも覚悟の上だよ。次期王太子に指名する相手が変わっただけの事さ」
先日のお話は、やはりそういうことでしたのね。
「でもさ、これで急いで子供を作る必要もなくなったからさ、二人でずぅ~っとイチャイチャしていられるねっ!」
「へっ!?」
シーナ様は心底嬉しそうな声で、私をギュウギュウ抱きしめた。
そういうことなの!?それでいいの!?
「ゴホンッ。それで第二王子の快気祝い及びお披露目として、王城でパーティが開かれることになったのです」
最近この環境に慣れてきて、すっかりアイク様の存在を忘れてしまっていたわ。だって、気配を消すのがお上手なのだもの。
「それにセシリアも一緒に出て」
「えっ、私もですか?」
まさか離宮を出れるとは。まあ、王城だから王家の敷地内と言えば敷地内なんだけど。
「うん。一応、フランシスのお目付け役?として俺も会場内で見守らないといけないからね。そのパートナーとして付いて来てよ」
社交界なんてもう全く縁が無いと思っていた。ダンスの練習もすっかりご無沙汰だけど、シーナ様ともし一緒に踊れたりしたらそれはどんなに素敵な時間だろうか。
「はい。是非、お供させて下さいませ」
私は微笑んで了承した。
「じゃ、これからちょっと忙しくなるね。セシリアはドレスの好きなブランドってある?宝石は俺に選ばせてね。それから、あとは何が必要になるかな。パーティなんてどれくらいぶりだろう?大好きな女の子をエスコート出来るなんて、初めてでちょっと緊張するなぁ」
シーナ様は矢継ぎ早に捲し立てる。それをアイク様がメモしていく。
「では、業者をこの離宮に呼ぶわけには行きませんので、採寸はリヴィアに任せてデザイン画をまず取り寄せましょうか。宝石類はカタログと石を取り寄せましょう」
「うん、任せたよ。セシリアも要望は直接アイクに言って。二人並んだ時のバランスがあるから、俺も最終チェックはするけど基本的にセシリアの要望は全部叶える方向でいきたいしね」
「あっ、ありがとうございます」
要望と言われても、世間の流行とは全く関係ない育ち方をしたから何にも思いつかない。ドレスのブランドも伝統的なものしか知らない。特に最近は離宮にこもりきりで、何が流行っているのかすら全く分からない。
「ですが、婚約者にドレスを選んで頂いた上で贈って頂くことも夢でしたので……。その、シーナ様にお任せしたく」
分からなさ過ぎて無難な回答を出すけれど、半分以上は本音だ。
夜会に婚約者に贈ってもらったドレスで、婚約者にエスコートしてもらっているご令嬢に対して憧れがあった。
せっかく婚約者が出来たのだから一度くらいは……。
「ふはっ!もう最高だよっ!!俺色に染まってくれるとか。やっば、もう……咬みたい」
シーナ様は破顔して私をさらに強く抱きしめ、首元に顔を埋めて囁いた。
「ゴホ、ゴホ、ゴホンッ!」
ナイスですわ!アイク様!!
「セシリア様、そちらのパーティにはチガボーノ伯爵ご夫妻とご嫡男も招待致しますので、離宮の詳細をお話になるのはいけませんが、元気なお姿をお見せして安心させてあげてはいかがでしょうか」
家族に会えるっ!!嬉しくて嬉しくて、思わず目が潤んだ。
「はい」
少し泣き笑いの相になってしまったけれど、私は満面の笑みを浮かべた。
「ちぇっ、俺以外がセシリアにそんな顔をさせるなんてムカツクけど、家族なら仕方ないよね」
シーナ様がちょっと拗ねたけど、こればかりは仕方ない。
急に引き離された、かけがえのない家族に会えるのだもの。
「ところで、シーナ様。シーナ様のお衣装はどのサイズでご用意致しましょうか」
アイク様の言葉に、私は首を傾げた。サイズって、少し大きい目とかピッタリ身体に沿うように細身でとか、デザイン的な話かしら?
「そうだね。う~ん。噂の幻の王子かと勘繰られても面倒だから、明らかにフランシスよりは上に見えて…ああ、いっそクリストファーより上の方が紛らわしくないよね。王家の遠縁って感じで」
シーナ様は少し考え込んで、私を椅子に置いて立ち上がった。
上着を脱ぎ、シャツを軽く寛げ……、一体何をなさるのっ!?
シーナ様のお姿が一瞬霧状になりそれが晴れると、目の前には過去の記憶の中で見た精悍さと逞しさの増したあのシーナ様が立っていた。
「はっ、はわわわ……」
『はわわわ』なんて、生まれて初めて言ったわ!?
でも仕方ないのよ。記憶の中で見せて頂いた、一番大好きなお姿のシーナ様なんだもの。ええ、認めるわ。一目惚れって存在するのねっ!!
私の心臓はこれまでにない程高鳴って、どうしようもない。今はあの時の様に、隔絶された見えない壁も無い、目の前に触れ合えるところに理想の方がいる。
「ん?どうしたの、セシリア?」
いつもより低いお声で私の名を呼ぶシーナ様。
お声までタイプどストライクです……。私はシーナ様を凝視したまま固まった。
「もしかして、この姿に見惚れてる?」
言いながらシーナ様は私に近づき、椅子の背に手を掛けて私を囲い込んだ。そして、耳元にその形の良い唇を寄せて……。
「ふうん。こういうのが、好きなんだ?」
どこまでも甘くセクシーな声で囁いた。
はぁ、もう…、だめ……。
思わず潤む目でシーナ様を見詰め、視線で肯定してしまう。
「っ!?……アイク、下がれ」
私を見詰めたままシーナ様は低い声で指示を出し、即座に扉が閉まる音がしてアイク様が退室されたようだった。
「はぁ、ダメだよ。俺以外にそんな顔見せちゃ」
そう言ってシーナ様は椅子の背から手を離し、私を掬いあげるように抱き上げていつものソファでその腕に閉じ込めた。
「セシリアが可愛すぎるから、もうパーティに行くの辞めようかな。誰にも見せたくない、ずっとここに閉じ込めておきたい」
不穏な言葉に、家族に会えないかもと焦ってつい泣きそうな顔でシーナ様を見上げた。
「そんな顔しないで。……ちゃんとパーティには行くよ。うん、行く。大丈夫、行くよ。そう丁度、君の両親とも一度話さないといけないと思ってたしね」
何だか自分に言い聞かせてる感がすごいわ。それにしても、両親に話って?
「ほら、俺ってセシリアの婚約者なのに一度も君の両親に顔を見せてないだろ。ここまで無事にセシリアを育てて、俺のところに送り出してくれた人達だしね」
送り出して……?差し出す他無かったような…いえ、まあ、大事にして頂いているのだから結果オーライなのかしら。まあ、強引に攫われるよりはマシだったのよね。
きっと、生まれる前から私がここに来ることは決定事項だったのだと思う。そう、運命以上の強固な何かで決まっていた。
「じゃ、もうずっとこの姿でいようかな。セシリアも気に入ってくれてるみたいだし?」
シーナ様は悪戯っぽい流し目で私を見つめ、人差し指の曲げた背でクイと私の顎を掬う。
「んっ」
私は恥ずかしさでいっぱいになり、何も言えなくなる。
「ねぇ、いつものように可愛い声を聞かせて?何でさっきから喋ってくれないの?」
「はわっ……。はっ、恥ずかし……く、て……」
もう第一声が『はわ』しか出てこないのも恥ずかしくて消え入りたい。
「恥ずかしい?可愛い君に恥ずかしい所なんて、何一つないのに?」
んん!?至近距離で囁かないで。目にも耳にも毒だわ。
思わず目を瞑って平常心を取り戻そうと試みる。
「う~ん、仕方ないか」
ふと顎に触れていた感覚がなくなり、私を囲う腕の逞しさが少し減った(?)気がした。
「セシリア、目を開けて」
いつものシーナ様のお声に目を開けると、目の前にはいつも通りのシーナ様のお姿があった。
「えっ?シーナ様?」
「うん、さっきのも俺自身なんだけどね」
シーナ様は苦笑する。
「えっと、申し訳ありません」
何だか失礼なことをしている気がして、困惑しつつ謝罪した。
「ううん、俺も調子に乗っちゃったし。セシリアが喋ってくれないのは寂しいから、まだしばらくこの姿でいるよ」
シーナ様はいつもの優しい笑顔で私を包み込んでくれた。
「あの、シーナ様はお姿を選べるのに、何故ずっとそのお姿に?」
初対面の時このお姿だった理由が、特別な何かがあるのかと尋ねてみた。
「ああ、君と会うのに、年齢が近い方が安心するかなって」
どこまでも私のためだった。この方は、本当に何もかも私のために……。
私のために国を造り、私のために法を整備して、私のためにお姿を変えて、私のために……。
「ありがとう、ございます」
胸の中に愛おしさが募り、私はシーナ様の胸に顔を埋めるように抱き着いた。
「ふふっ、俺は君のためならなんだってするよ。……手放すこと以外はね」
最後は昏く重い言葉だけれど、それは愛の重さと比例するような気がした。
それから、シーナ様にはパーティ当日までダンスのレッスンがしたいとお願いをした。
「ええっ、そんな一生懸命にならなくていいよ。俺達は目立たないように隅にいるだけだし」
「でも、王族の遠縁として参加するならそれなりにしないといけないのでは?」
「大丈夫だよ。そもそも俺、根っからの王族でも、貴族ですらないしね。偶々王家の始祖に成っちゃっただけで」
偶々で1200年……。やはり感覚が違い過ぎるわ。
「これは、私の我儘なのですが……。せっかくですので、シーナ様と踊ってみたいですわ」
憧れていた婚約者とのパーティ、それだけでなくきっとこれは最初で最後の恋だから。
「もう、反則だよ。セシリアにそう言われて俺が断れるわけないだろ」
シーナ様は頬を染め口元の手を当てて、了承してくれた。
そこから大変だったのは私だ。
ダンスのレッスンは、ウィル様が引き受けてくれた。なんでも王太子時代のウィル様は社交界でも優雅なダンスで有名で、生涯一度だけでもお相手をして頂きたいと常に令嬢の列が出来ていたらしい。
そんなウィル様は教えることも上手でそこは良かったのだけど……。
「セシリア、顔を上げて。ほら、うつむいてちゃ本番でみんなに心配かけるよ」
声音は優しいのに、どこか面白がっているようなシーナ様に声を掛けられる。
そう、ダンスの練習は本番さながらに、シーナ様が件の、私の大好きな、タイプどストライクの、あのお姿なのだ。
確かにシーナ様の身長をはじめとした体格が全て変わってしまうため、毎回このお姿で練習することは正しいことだし、必要なことだ。
でも、至近距離でそのお姿に相対する私の心臓はなかなか慣れてくれない。
「ふふっ、照れてるの?可愛いね。早くこの姿にも慣れてね」
相変わらずのセクシーボイスで囁かれ、私はレッスンどころではない。
「ほうら、行くよ」
その声と同時に、ダンスの回転パートでふわりと私の身体が浮き上がり、ドレスの裾が優雅に弧を描く。
あまりの勢いに驚いていると、グッと上に引き上げられ最後はがっちりとお姫様抱っこで逞しい腕の中に納まった。
「ふふっ、やっと俺を見てくれた」
セクシーな大人の色気を醸し出しながら、悪戯に成功した少年っぽいあどけなさを浮かべるシーナ様。私はずっとシーナ様に翻弄されっぱなしだ。
「もう、シーナ様の意地悪っ」
私は驚きと悔しさで思わず悪態を吐いてしまった。
「ごめんごめん。嫌いになっちゃった?」
シーナ様はおかしそうに苦笑する。
「絶対、それは無いですけど」
そんな風に少しずつ緊張を解してもらいながら、パーティ当日までの準備を重ねて行った。
お読み頂きありがとうございます。
次の更新は明日になるか明後日になるか分かりませんが、あと1話で完結の予定です。




