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幻の王子~真面目だけが取り柄の末端伯爵令嬢の私が〇〇を捨てるまで~  作者: アオイ


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16/18

(16)また注意事項。まだ婚約者の身で……なんてこと!?

☆☆☆印の前後で視点が変わります。前半はシーナ視点、後半はセシリア視点です。

 昼過ぎの応接室。

 俺は先程セシリアの血を飲んだ。今朝採血したとても新鮮で甘美な血液。

 お陰様で、膨大な魔力がこの身の内にぐるぐる渦巻いている。少しでも気を抜けば、この内なる力を思う存分解放してはしゃぎ回りたい気分だ。きっと、今なら何でも出来そうだ。そのくらいの全能感が心地良く脳内及び全身に浸透する。


「シーナ様、この度はありがとうございます」

 やってきたジークと共にフランシスも頭を下げた。

 部屋の扉の内側にはいつも通りアイクが待機し、フランシスの両脇にはジークと共にウィルを控えさせた。

 事情を知ったレオナルドも同席したがったが、却下した。人手は足りているし、面倒だったからだ。


「最初に言っておく。万一フランシスが暴走し(セシリアへの)危険を感じた場合は、即刻フランシスを消滅させる。良いな」

 フランシスはもちろん、ジークも何かを堪えるようにして頷いた。

 暴走したとしても、俺とこの中では俺に一番近いアイクが居れば余裕で止められるだろう。

 予想外の動きをした時のために、リヴィアもセシリアの傍に控えさせている。体制は万全だ。


「では」

 フランシスはそう言って、ソファに座ったまま上着を脱ぎシャツのボタンを外し首元を晒した。

 ウィルとジークによって応接セットのテーブルは脇に寄せられ、俺達を遮るものは何もない。

 俺はフランシスの前に立ちその肩に手を置き口を開けると、晒された場所に牙を突き立てた。


「ぐっ…」

 フランシスが痛みに歯を食いしばった。

 俺は牙を通して、フランシスの身体をヴァンパイアに創り変えるに足る十分な魔力を送り込んだ。

「ぐぁぁぁっ……」

 フランシスの口から苦痛の声が漏れた。

 今回の相手はセシリアではないから、何の配慮もしない。

 セシリアの時は出来るだけ苦痛を与えないように、ゆっくり時間を掛けて優しく優しくしてあげよう。そう、いっそ心地良く感じるほどに蕩けるほどに優しく。


 十分な手応えを感じ、俺は牙を抜きフランシスの身体を離した。

「ゔっ……」

 フランシスは前に崩れ落ち、慌ててジークとウィルが両脇から支えた。

「終わったよ。気分はどうだい?」

 俺の内に渦巻いていた魔力も、フランシスに流し込んだせいで通常運転に戻り興奮状態も収まったようだ。これなら、この後すぐにでもセシリアに会いに行けそうだ。


「はぁ、ぁっ……、うっ、ううっ……」

 ジークとウィルは固唾を吞んで見守っている。

 身体を創り変えられる衝撃に本能のままに見開かれていたフランシスの眼に、徐々に知性の光が戻って来る。

「ふっ、ぐぁっ、あ…あ…はぁ、はぁ」

 ゆっくりと落ち着きを取り戻し、顔を上げたフランシスは自身の身体をまさぐった。


「もう、苦しく……ない。どこも、痛くな…い」

 フランシスは生まれて初めて背筋を真っすぐ伸ばし、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

「ああ、こんなに深く呼吸をしたのは初めてだ!シーナ様、本当にありがとうございます!!」

 虚ろだった目は活き活きとした活力に溢れ、こけていた頬は健康的な丸みを帯びた。顔色だけはまだ僅かに青白かったが、そこにはもう虚弱な青年の姿は無かった。


「フランシス……、良かった。良かった」

 ジークは感極まって涙を浮かべている。

「ああ、とりあえず。これで良かったのであろうな……今は」

 ウィルはジークよりは冷静だ。


「さてと、フランシス。とりあえずこれを飲んでおいては?」

 アイクが精油を差し出した。

「これは……」

「血の代用品だ。お前が危篤状態の時に服用していたやつだ。死にかけのダンピールの時はかなり希釈して投与していたが、ヴァンパイアになった今は原液でいいだろう」

 ジークが補足する。

「はい。ありがとうございます」

 フランシスはグッとそれを飲み干した。


「じゃ、後はジークに任せていい?もしヴァンパイアについて、アイクでも分からないようなことがあったら俺に聞いて。あとは……」

 俺は再度フランシスの目の前に立った。


「セシリアに、俺の番に手を出したら即消すから」


 俺はにっこりと笑った顔と裏腹に、最大限の殺気を放った。

「ゔっ……」

 ジークとウィルは口元を押さえ蹲り、アイクは青褪め冷や汗を流しながらも何とか立っていた。

「はい、畏ま…り、ま、した……」

 直接殺気を向けられたフランシスはまだ身体が馴染んでいないこともあり、意識が飛びそうになるのを何とか耐えていた。

 それらの様子を確認した俺は、さっさとセシリアに会いに行こうと応接室を後にした。



☆☆☆


「!!!?」

 急にリヴィアさんが私を護るように身構えて、全身から汗を吹き出し息を荒くしている。

 何があったのかしら?私では感じ取れない異変が起きている!?


「ぐっ……。セシリア様。私から離れないで下さいっ!」

 青褪めつつ必死に叫ぶリヴィアさんの言うことを聞き、私はリヴィアさんの背に隠れた。

 しばらくそうしていたけど、特に何も起こらず離宮は静かだった。


“コン、コン、コンッ”

 部屋の扉がノックされた。


「セシリア、俺だよ。開けて~」

 呑気なシーナ様のお声がして、振り返ったリヴィアさんに頷いてドアを開けてもらった。

「やっと終わったよ~。閉じ込めちゃってごめんね。退屈だったでしょ」

 何事もなかったかのように、シーナ様が入って来た。


 リヴィアさんが詰めていた息を吐き、極限の緊張状態を解いた。

「リヴィアもご苦労様。下がっていいよ。ただ、フランシスが安定したのを確認出来るまでは警戒を続けて欲しい」

「ハッ!畏まりました!」

 リヴィアさんは騎士の敬礼をして、退室して行った。


「はぁ、セシリアが無事でよかった」

 シーナ様は私をその腕にギュウっと抱き締めた。

「あの……先程のは、何があったのですか?」

「ん?何かあったっけ?」

「えっ、リヴィアさんがとても張り詰めて、息苦しそうな感じがして……」

「さあ、何だろうね?でも、誰も来なかったんだよね?」

「はい。それは、大丈夫でした」

「ん、じゃ、大丈夫だよ」

 にっこりと笑うシーナ様に、それ以上聞いても教えてはくれなさそうだったので私ももう気にしないことにした。

 結果的に、誰も危ない目にあっていなかったらそれでいいのだと、自分を納得させた。


 私はリヴィアさんが元々用意してくれていたティーセットでお茶を入れ、シーナ様と一緒に寛ぎながら事の顛末を聞くことにした。

「それで、フランシス様は無事にヴァンパイアになられたのですか?」

「うん、そうだよ。そうそう、それでセシリアにまた注意事項ね」

「はい」

 ソファの隣に座るシーナ様の方へ身体を向けて、真摯に耳を傾けたのだけれど。


「今晩から寝室も一緒にして、俺のベッドで一緒に寝ようね」

「は?」

 思わず素の声が出た。

「ん?」

 シーナ様って、圧倒的に言葉が足りない気がするのよね……まずは私が冷静にならなければ。


「あの、理由をお聞かせ願えますか?」

「ああ、そうだね。フランシスを無事ヴァンパイアにしたのはいいんだけど、この後も暴走するかもしれない可能性がまだ残ってるんだ。念のためだよ。俺と一緒に居たら、何があっても大丈夫だからね」

 確かに、そうなのかもしれない。でも、でも……。

「ですが、まだ婚約者の身で……」

「ふうん。じゃ、毎晩リヴィアに寝ずの番をしてもらうの?」

 えっ、それはちょっと申し訳ないかも。


「大丈夫。何にもしないよ。一緒に眠るだけ」

 安心させるようにシーナ様は言って下さるけど、もし万一のことがあったら……一線を越えてしまったらと、私の心臓がうるさいくらいに音を立てる。

「寝込みを襲って咬んだりしないからさ」

 あっ、そっち……?

 思ってしまってから、私の顔は湯気が出そうなほどに真っ赤になった。

 本当、私のはしたなさのレベルが天井知らずで上がってるわ!!

「ん?どうしたの?」

 シーナ様は私の気持ちを知ってか知らずか、にっこりと笑みを浮かべていた。


「わっ、分かりましたわ。リヴィアさんにご迷惑を掛けられませんしっ」

 何て可愛げのない返答だろう。仮にも、私を心配して守ろうとして下さっている方に対して。

「うん、良かった。これで、俺も安心したよ」

 天使のような笑顔に―――実際は真逆のヴァンパイアですが―――私は自身の浅ましさを実感して反省した。


「それにしても、フランシス様はいつ落ち着かれるのでしょうか」

「どうだろうね。案外すぐかもしれないけど、そろそろ満月が近いからちょっと注意が必要かな」

「満月が関係するのですか?」

「うん。ヴァンパイアの魔力が呼応するみたいなんだよね。血が湧きたつような感覚でさ。逆に、太陽の光が強い時はちょっと体が怠く感じたりするよ。まあ、日常生活に問題は無いけどね」

「そういうものなのですか」

 ヴァンパイアの生態はまだまだよく分からない。

「うん、まあ、セシリアもその内分かるようになるよ」

 それは、私がヴァンパイアになった後の話かしら。


「だから初めての満月を迎える時に、あいつが暴走しないとも限らないんだ。もしそれにセシリアが巻き込まれたと思うと……」

 途端にシーナ様の目つきが変わり、纏うオーラが急速に冷え込む。

 あっ、これ、私に何かあったら国が滅ぶやつかもしれない。

「そっ、そうですね。この離宮で人間は私だけですし。弱いですから」

 ヴァンパイアどころか、仮にダンピールに襲われても私は即死だろう。

「うーん、っていうよりアイツ最初からセシリアのこと気に入ってたし。満月の高揚で気が大きくなって調子に乗られたら、たまったもんじゃないからね」

 もうこれは、私がどうこう言うよりも素直に聞くしかない。人知では計り知れない次元の話だ。


 そうして、その晩から早速シーナ様と褥を共にすることになった。

 いつもは湯あみをしてからベッドに入るのだけど、今日は警戒してシーナ様が全く手放してくれず―――比喩ではなく物理的に―――、クリーンの魔法をかけてもらって着替えた後そのままベッドに入った。

 着替えの時も色々な押し問答があったけど、苦肉の策でシーナ様に目隠しをしてリヴィアさんに手伝ってもらいながら着替えた。結局倍の時間がかかったから、効率悪くない?


「ね、セシリア。そんな端っこじゃなくてさ、もっとこっちに来て」

 恥ずかしさのあまり精一杯の距離を取る私に、シーナ様は甘えるような声を出す。

 濡れた子犬のような瞳に負け……、私はじりじりと少しずつ近寄った。

「ん、いい子だね」

 まるで抱き枕のようにしっかりと、シーナ様に抱き込まれた。

 そして子供を寝かしつけるように頭をゆっくり撫でられる。

 私の頭は今シーナ様の胸元に押し付けられていて、心臓の音が聞こえる。

 ヴァンパイアにも心臓があるんだと、何だか変なところでホッとした自分がいた。これまで人間との違いばかり見せつけられていたから、共通点を見つけることが出来て嬉しかった。

 その穏やかな心臓の音を聴きながら、私はゆっくりと眠りについていった。



お読み頂きありがとうございます。

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