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幻の王子~真面目だけが取り柄の末端伯爵令嬢の私が〇〇を捨てるまで~  作者: アオイ


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15/18

(15)フランシス様の決意。それは私の葛藤と、切なさと、心苦しさと≒

 翌々日の午後、ジーク様はフランシス様と共に離宮の応接室を訪れた。

 私はソファに座るシーナ様の隣に控える。

 向かいには神妙な顔をしたジーク様と緊張を隠せないフランシス様。お二人の醸し出すオーラは張り詰めていて、ものすごい覚悟でこの部屋にいることが分かる。

 なのにシーナ様の腕は私の腰に回されていて、まるで自分の物だと主張するかのように私を抱き込んでいる。とても王家の方と相対する姿勢ではないけれど、もうそこは気にしないことにした。図太くないと、ここでは生きていけない。


「で、どうしたの?」

 シーナ様が口火を切って話を促した。

「この度は、面談の機会を頂きありがとうございます。早速ではございますが、ご相談させて頂きたいのはこのフランシスの処遇についてでございます」

 シーナ様はフランシス様を一瞥した。


「先日の中庭の時にも感じたんだけど、離宮に運び込まれた時よりも随分元気になったんじゃない?何があった」

「実は延命のための最終手段と致しまして、精油を使わせて頂きました。あれはその者の体質や状況によっては、延命どころか即死も覚悟せねばならぬものです。しかしフランシスが息も絶え絶えの状況で運び込まれた際に、私はそれに最期の望みを掛けました」

 離宮が慌ただしかったあの日、一刻を争う生命があったことに私はショックを受けた。

「奇跡的に体質に合ったようで、一命を取り留めただけで無く先日の失態にまで繋がってしまったわけですが」

 ジーク様が苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「で、それを踏まえた上でどうした」

「はい。しばらく精油を少量ずつ与えながら経過を観察し、二人で多くの話をしました。我々ダンピールやシャーマンの知識、そしてシーナ様のことも」

「へぇ」

 フランシス様の膝上に置かれた手はより白くなるほどにきつく握りしめられ、ただならぬ様子が見えた。


「どうか、私をヴァンパイアにして頂けないでしょうかっ!!」


 全員がハッとした表情でフランシス様を見た。

 シーナ様は一切の音を発することなく、ただフランシス様を見詰めていた。

 私は驚きのあまり瞬きを忘れるほどだった。

 しばしの沈黙が流れる。


「なんで?なんでヴァンパイアになりたいの?」

 その沈黙を破ったのはシーナ様だった。


「はい。私は幼少の頃より床に臥せり、満足に外に出ることも叶いませんでした。体調の良い時を見計らって、最低限の教養は学ぶことは出来ましたが離宮に来て祖父の話を聞き、私はあまりにも自分が無知であることを知りました」

 一度に多く話すと身体に障るのか、フランシス様はそこで一旦区切られ呼吸を整える。

ジーク様は心配そうに横を見やるが、手は貸さずに見守っていた。

「特別な精油を分けてもらい、服用したところこれまで生きて来た中で最も身体が軽く、中庭に出て世界の美しさを、生きる喜びを生まれて初めて感じました。私はもっと生きて、物を知り、人を知り、世界を知りたいのです……」

 最後は感極まって涙交じりになるお声に、私は胸を打たれていた。でも……。


「ふぅん。あっそ」

 シーナ様のお声は冷え冷えとしたものだった。

「知って、どうすんの?その内飽きるよ。大体800年位で絶望に変わる。君に耐えられる?その時になって、俺に文句を言いに来られても困るんだけど」

 それは、シーナ様自身が辿って来た道なのだろう。記憶を見せて頂いた今だからこそ、淡々とした言葉の中に悲壮な思いが詰まっていることが分かる。

 所詮人間が憧れる永遠と、実際にヴァンパイアが感じている永遠は全く別物なのだろう。


 フランシス様は言葉が継げず押し黙ってしまった。

 確かに想像も付かない時間の感覚に、相応しい言葉など無い。

「十分な覚悟がないまま思い付きで行動するのは頂けないな。頭、冷やしてきたら?」

 突き放すような物言いだけど、私には精一杯の優しさの様に聞こえる。何よりも、永遠の孤独を知るシーナ様の言葉だから。


「フランシス様、もう一度よくお考え下さい。永遠の先に、今のあなたの周りの人はおりません。何が起こっても、死という選択肢が無くなるのです」

 思わずフランシス様に告げてしまった。これは、いつかヴァンパイアになる可能性がある私がいつも自問自答していることだ。

 フランシス様の葛藤は、私の葛藤でもある。


「まっ、ヴァンパイアになっても、最悪俺が消滅させてあげられるけどね」

「えっ!?」

 それはジーク様も、扉の前に立つアイク様も初耳だったようだ。

「俺がヴァンパイアにした奴は、俺の眷属になるからね。そいつの生殺与奪の権は俺が握ることになる。た・だ・し、『もう辛いから殺してくれ』なんてのこのこやってきたところで、俺が素直に請け負うかどうか。きちんと相手を選んでヴァンパイアにしてもらった方がいいよ」

 なるほど、では私もシーナ様にお願いすればヴァンパイアになっても死を選択出来……無いかしらね。シーナ様、絶対首を縦に振ってくれ無さそう。この問題、実はフランシス様よりも私の方が深刻なのでは?


「それでも、どうか、お願い致しますっ!若輩者の浅慮とお思いでしょうが、私は、私の運命に抗いたいっ。このまま自然に淘汰などされたくないっ!!!」

 フランシス様はソファから降りて跪き、絨毯に額が付きそうなほど頭を下げた。

 ジーク様とアイク様はその様子に目を瞠り、シーナ様はにやりと口角を上げた。


「分かった。なら、なってみるといい。ただこちらも準備があるから、決行は5日後だ。それまでせいぜい最後の()()を謳歌するんだな」

 許可が下りてジーク様は深々と頭を下げ、フランシス様を抱えるようにして退室して行った。

 でも、すぐじゃなくて5日後だなんて、人間として過ごせる猶予を与えてさしあげたのかしらと思いにふけってふと、5日後は私の血液検査もとい血液採取の日であることに気付いた。ん?何か釈然としないわ。


「はぁ、やっと帰った。セシリア、今から二人だけの時間だよ。思いっきりイチャイチャしよう?」

はっ!?イチャイチャって……。

「それよりシーナ様、5日後のために準備があるのでは?私もお手伝い致しますので、教えて下さいませ」

「ん?手伝うったって、セシリアの採血だけだから問題無いよ」

 やっぱりですか!

「セシリアの血をもらって、俺の魔力がグーンと上がってからの方が効率がいいでしょ。それだけ。ね、だから、ハイおいで」

 シーナ様はいつものように腕を広げ、私はしぶしぶお膝の上に移動した。


「ふぅ、最高。セシリア、今日も愛してる」

 シーナ様は私をしっかり抱きしめて浸っている。私は恥ずかしさで声も出せず、顔を真っ赤にして聞き入るだけだ。

「それにしても、ヴァンパイアにして欲しいなんて初めて言われたよ。いつか、この愛らしいお口からも言われたいなぁ……なんて」

 親指で優しく私の唇に触れる。

 シーナ様が冗談めかしで言うことはいつも、シーナ様が我慢している本音だともう分かっている。そして、我慢させてしまっているのが私のせいだということも。

「さてと、お茶にしようか。ジーク達とはゆっくりお茶を飲むような雰囲気でも無かったしね」

 私は頷きつつも、またシーナ様に気を遣わせてしまったと反省した。

 フランシス様と違って、私は覚悟が決まらない。シーナ様の優しさに甘えて問題から目を逸らしているだけだ。そんな自分が、最近はちょっと苦しくなってきた。



 5日後の朝。毎月恒例の採血を行ったけれど、アイク様もどこか緊張しているようだった。

 その日は本当に離宮全体が緊張に包まれる感じがして、何もかもがいつもと違っていた。


「セシリア様、朝食の準備が整いましたのでご案内致します」

「!?」

 そう、リヴィアさんの服装まで違っていたのだ。

「どうかなさいましたか?」

 驚いて一瞬固まった私を怪訝に思い、リヴィアさんが尋ねて来た。

「あの、リヴィアさん?今日は何故騎士服なのですか?」

「ああ、これはシーナ様のご指示です。本日セシリア様が無事にシーナ様と合流なさるまで、この命を懸けてお護り致します」

 えっ、ちょっと待って?今日ってそんな危険な日だったかしら?

「離宮内でむさ苦しいかとは思いますが、どうかご容赦を。こちらの方がいつものメイド服よりも機動力が上がりますので」

 むさ苦しいなどと、むしろ格好良くてお似合いですけど!

 いや、そんな事ではなく。


「いえ、別段気にはなりませんが。何か危険なことが?」

 私はちょっと不安になった。私の血液を飲むとシーナ様は興奮状態になるようで、その日は会えない。差し迫った危険があるような中で、シーナ様に会えないのはとても心細い。

「シーナ様からは念には念をと言われただけのことですので、そこまでご心配なさる必要はないかと」

 リヴィアさんはまさに軍人といった感じで、淡々と話す。

 心配は無いと言われても、どこか不安を抱えたまま私はダイニングに移動すると、そこには思いがけない人物がいた。


「セシリア、おはよう」

 まさかシーナ様がこんな朝早くに起きていらっしゃるなんて!?

「おはようございます」

 驚きつつもご挨拶をして、用意されている朝食の前に腰掛けた。

 私はいつも通りのメニューだけど、シーナ様の前にはいつもの精油の小瓶が置かれている。


「ふあぁ。何十年ぶりかな、こんなに早く起きたのは。いや、何百年ぶり?」

 シーナ様は欠伸を噛み殺しながら首を傾げている。

 相変わらず時間の単位がおかしい。

「もうっ、シーナ様ったら」

 朝から緊張感に包まれていたけど、シーナ様のおかげで少し解れた。

「ふふっ、良かった。今朝も可愛い笑顔が見れた」

 そう言って、私の顔を覗き込むシーナ様。その笑顔の方が何倍も素敵で、私の方が癒された。


「でも、どうしてこんな朝早くに?」

「ん?今日はフランシスが来るだろ?色々忙しくなるだろうから、セシリアと過ごす時間をちょっとでも作りたくて。それに、少し注意事項をね」

 私は姿勢を正してしっかり話を聞こうとしたのだけど、それはシーナ様に制されて食事をしながら聞くことになった。


「まず一番大事なことね。この後俺がセシリアの部屋を訪れるまで、決して部屋の外に出ないこと。中庭の散歩とかもっての外だよ」

 先日の経験を思い出して、私は神妙に頷いた。

「それから、セシリアの部屋の中には常にリヴィアに待機してもらうから、俺が傍にいない間はリヴィアの言うことをきちんと聞くこと。いいね」

「はい」

「ふぅ。こんなに不安なことは初めてだよ。君が関わると、居てもたっても居られなくなる。もう全て放り出して、君を連れてどこかに行きたいくらい」

 そこまで言われると、私の不安もピークに達した


「あの、そんなに危ないことなのですか?私よりも、シーナ様は大丈夫なのですか?もしシーナ様に何かあったら、私……」

 良からぬ想像が膨らみ、私の手がガタガタと震え出した。

「えっ!?セシリア、大丈夫!?俺は大丈夫だよ」

 シーナ様は私の震える手を握り、狼狽えだした。


「ゴホン、シーナ様。僭越ながら、その仰りようではセシリア様の不安を煽るだけにございます」

「ええっ!?なんで?」

 アイク様はシーナ様の耳元で何事かを囁き、シーナ様は理解したようだった。


「セシリア、ごめん。俺の言葉が足りなかった」

 少しシュンとして、シーナ様は事の次第を説明してくれた。

「俺は自分の眷属にやられるようなことはないから、俺の心配はいらないよ。ただね、風前の灯の限りなく人間に近いダンピールをヴァンパイアにする時、力が暴走しないか、変化した時に血への渇望で誰かを襲わないか、それだけが心配なんだよ。なんせこの離宮に、人間は君しかいないからね」

 この後リヴィアさんに聞いたことだけど、この離宮の掃除はクリーンの魔法で行い、料理は王城から運ばれてきているため、ここに使用人はいない。物資を運んでくる人間はいるが、運び込んだらすぐに持ち場に戻り長居はしない。

私のようなイレギュラーが発生して使用人が必要になる時は、王家所縁のダンピールが派遣されるらしい。でないと王家の、ひいては王国の秘密を守れないからだ。


「分かりました。シーナ様に危害が及ばないのなら安心です。それに、私はきちんとシーナ様の言いつけを守りますのでご安心を」

 いつの間にか手の震えは止まり、シーナ様もホッと安堵した様子だった。

 それから私はリヴィアさんに付いて部屋に戻り、静かに時を過ごした。


お読み頂きありがとうございます。

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