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幻の王子~真面目だけが取り柄の末端伯爵令嬢の私が〇〇を捨てるまで~  作者: アオイ


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14/18

(14)邂逅。ちょっと待って!迂闊な私のせいでっ……。

 ガゼボの椅子には少し頬がこけて青白い顔色に生気のない目の、どこか儚げな印象の青年がいた。

 おそらくこの方が、先日離宮に運び込まれたフランシス様だろう。

「…失礼致しました」

 私は慌ててカーテシーをしてから、すぐに踵を返して立ち去ろうとした。

「待って」

 背を向ける寸前、王族の方から声を掛けられてしまうと立ち去るに立ち去れない。


「君は、誰?どうして離宮(こんなところ)に?」

 素朴な疑問なのだろうけど、直接誰にもフランシス様を紹介して頂いていない状態で、今の私の置かれている状況を話してよいものだろうか。そもそも、何と説明すれば?

 あなたの始祖様の番ですよ……って、それで伝わるものなのかしら。

 振り返ってリヴィアさんに助けを求めたいけれど、このままフランシス様から目を逸らすのも不敬になってしまいそうで、うまく体が動かない。

 離宮(ここ)に来て、貴族社会から完全に隔離されて何が正解か判断が鈍ってしまった。


「すまない。離宮(ここ)にお邪魔しているのは私の方なのに、問い詰めるような言い方をしてはいけないな」

 フランシス様は穏やかな声で謝罪された。

「いっ、いえ。お休みのところ、お邪魔してしまい申し訳ありませんでした」

 少しだけ肩の力を抜いて何とか声を絞り出した。

「私はフランシス。今のところ第二王子だ。だが、その内その肩書もなくなるだろうから気楽に話して欲しい」

 何もかもを諦めた様子のフランシス様に、私は少し胸が痛んだ。


「私はセシリア=チガボーノでございます」

「チガボーノ伯爵家の御令嬢か。ああ、同じ年代の御令嬢と話をするなど、実に何年ぶりだろうか」

 力なく、フランシス様は笑う。きっと、お身体が弱くてほとんど社交にも出れなかったのだろう。同じ理由で、婚約者を決めることも出来なかったに違いない。

 確かに色々な柵や思惑が伴う貴族社会において、いつ儚くなるとも分からぬ王子に誰が大事な政略の駒である娘を嫁がせるだろうか。いくら王族と繋がるチャンスとはいえ、満足に旨味を得ぬまま娘を寡婦にする訳にもいかない。


 フランシス様のせいではないのに、貴族社会が勝手にこの方を追い詰める…いや、追い詰めた原因を作ったのはこの国の歪な生態関係なのか。

 私には何の力も無いのに、同情心だけでここから動けなくなってしまった。

 何を話してよいか分からぬうちに、誰かが近付く足音がした。


「フランシス、ここに居たのか。少しの運動なら良いとは言ったが、せめてどこに行くかくらい告げてから行きなさい」

 後ろからやってきたのは、ジーク様だった。アイク様同様、既に目元のベールを外している。

 ああ、知ってたけどやっぱりジークハルト元国王陛下だわ……。

 王族に挟まれて、私は居たたまれなくなった。


「申し訳ありません。しかし、今日はいつもより気分が良いのです。離宮は王城よりもとても居心地が良い」

「あまり心配を掛けるな。ああっ、セシリア様、これのことは気にせずどうぞ散策をお続け下さい」

 どこか焦った様子でジーク様が私に告げる。フランシス様はその様子をとても不思議そうに見ている。

「お祖父(じい)様、セシリア嬢は一体どういう……」

「フランシスっ!今は温室に戻るぞ。説明は後だ」

 ジーク様が慌ててフランシス様を遮った。

「何故です?久しぶりに身内や医者以外の人に出会えたのです。残り僅かな人生、可能ならば少しの時間の話し相手を」

()()()はだめだっ!!」

 温室で出会った時のジーク様の穏やかさは微塵もなく、焦燥感ばかりが伝わってくる。


「ねぇ、俺のセシリアがどうかした?」

 音も無くふわりとした風を感じると、私は背後からよく知るぬくもりに包まれた。

「ジーク、お前、管理出来ないならソイツ戻して来いよ」

 底冷えのする、恐ろしく冷たい声だった。いつもの、私に甘く優しく囁いてくれるシーナ様の声とは天と地ほどの差がある。

「なっ!?」

 フランシス様はどこまで知っているのか、はたまた知らされていないのか、シーナ様を見て驚きと共に不快感を露わにしている。

 ジーク様の顔色は悪く、病弱なフランシス様よりも青褪めていた。


「申し訳ございませんでした。私の監督不行届でございます。やっと起き上がって動けるようになったばかりで、まだ十分な説明も出来ぬままになっておりました故、どうか、どうか今回だけはお見逃し頂けないでしょうか。せめて処罰は私だけに」

 ジーク様はその場で跪き頭を垂れた。

 その様子を見てフランシス様も何かを察したのか、椅子から降りてジーク様と同じ様に倣った。


 目の前に、元国王陛下と現第二王子殿下が跪いている……。私はここから逃げ出した気持ちでいっぱいだった。

 私を抱きしめるシーナ様の手に手を重ねると、それはとても冷えていてどれほどシーナ様が怒っているかが伝わって来た。

 私は宥めるようにシーナ様の手を撫でた。そしてシーナ様の首元に甘えるようにすり寄り、そのお顔を見上げた。


「セシリア?」

 無言のまましばし見つめ合う。

 どうか、この二人を見逃して上げて欲しい。おそらく残り少ない時間を共に過ごすためにここに来たのだろうから。

 王族としてではなく、祖父と孫の穏やかな時間を守って差し上げたい。私はそんな一心だった。


「ふぅ、君には敵わないな。今回はセシリアの優しさに免じて許してあげる。ただし、次はないからね」

 シーナ様の声色がいつものそれに戻った。

「はっ、ありがとうございます。セシリア様も、お赦し下さりありがとうございます」

 ジーク様は私にまで深々と頭を下げてきて、私は何と言っていいか分からなかった。

 本当、心臓に悪い。ここ数日で一気に変わってしまった私の立場って……。

「では御前、失礼致します」

 ジーク様はフランシス様を立たせて一礼し、温室の方へ戻って行った。

 それを呆然と眺めていた私は、やがてゆっくり今もまだシーナ様の腕の中に囲われていることを思い出す。


「シ、シーナ様。あの、もうお離し下さいませ」

「えっ、ヤダ」

 身じろぎするけれど、一向に腕が解かれる気配はない。

「ああ、もう、迂闊だった。あいつと鉢合わせするなんて。俺だけのセシリアなのに。名前なんか呼んじゃってさ。あまつさえ話し相手になんて、厚かましいやつだな。思い出したら余計に腹が立ってきた。もういっそ一思いに楽にしてやろうか。うん、それがいいかも。最期の日がいつかなんて怯えながら暮らすよりも、さっさと引導を渡してやったらいいんだ」

 ええっ、それって……。何とか下がったと思っていた怒りのボルテージが再燃してきたようだ。


「私がついておりながら、申し訳ございませんでした」

 急にリヴィアさんがその場に跪いた。

「えっ、リヴィアさんまで!?」

 私は驚いてリヴィアさんの方へ行きたかったけど、やっぱりシーナ様が離してくれない。

「そうだね…と言いたいところだけど、すぐに念波で俺を呼んでくれたし、引き取り手のジークも呼んでくれたから、あの場では最善だったんじゃない?」

 シーナ様の言葉に、リヴィアさんは些かホッとした様子でそれでも深々と頭を下げた。

 なるほど、ダンピールの皆様はそんな便利な伝達方法もあるのね。ちょっと羨ましいななどと、解放されない腕の中で現実逃避をした。


「はぁ、セシリアもごめんね。驚かせたし、怖がらせたよね?」

 怒りのままに発せられた声のことかしら?

「いいえ。私の方こそご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」

 そう、きっと中庭を我が物顔で歩いていた私にも非があるのよね。

 離宮に来てから、だんだん私の感覚がおかしくなってきている気がしていた。

 元々の身分も、ここではあって無いような感じになっちゃってるし。なんせ、元国王陛下達に傅かれているのだもの。

 そろそろ私、貴族社会の常識と言うか、人間社会の常識を捨てつつあるような……。

 そんなことを考えていると、案の定リヴィアさんはいつの間にかいなくなっていてシーナ様と二人きりになっていた。


「早く君を俺だけのものにしたい。二人だけの世界で生きていけたらいいのに……なんて、君を困らせるだけだよね」

 抱きしめられたまま、耳元で囁かれるシーナ様の本音。

 この閉ざされた離宮で、私はシーナ様のために連れてこられているのにまだ足りない模様。きっとこれが1200年の重みの違いなのかも。私達は、まだまだ分かりあえない。



 数日後、シーナ様の元にジーク様から面談の申し出があった。

「ジークがさ、フランシスを連れて話があるっていうんだけど、セシリアはどうする?一緒に聞く?」

「えっと、それは私もお聞きして大丈夫な内容なのでしょうか?」

 私は相変わらずシーナ様の執務室のソファに座っている。

 先程シーナ様のお仕事が終わったタイミングで、アイク様がジーク様からの請願を持ってきたところだった。


「別にいいんじゃない?ここで君に隠し通さないといけないことなんて、もうないよ。それに君に隠さないといけないようなことは、俺が許可しない。内容によっては二人を……」

 先日の一件から、シーナ様はフランシス様に厳しい。何か恐ろしいことにならないように、一応私も同席させてもらうことにした。

「じゃ、当日も俺から離れちゃだめだよ。俺の膝の上ね」

「やっ、ダメです!」

「なんでぇ~!?」

 シーナ様が口を尖らせて拗ねる。この方、1200歳を超えているのにいつまでも無邪気だわ。

「もうっ、きっと大事なお話なのに、シーナ様の威厳が損なわれてしまいますのでっ!!」

 私が離宮に来てから、わざわざ面談の申し出なんて誰からも無かった。花の精油を渡すだけなら、アイク様やリヴィアさんが定期的に受け取りに行っていたし、正式なやり取りなど全く無かった。


「ふふっ、セシリアは自分が恥ずかしいんじゃなくて、俺がどう思われるかが気になるんだ?俺のこと、大事に思ってくれてるんだね」

 シーナ様は蕩けそうなほど嬉しそうな笑みを浮かべた。

「大好きだよ、セシリア。ありがとう。当日はきちんと言うことを聞くよ。だから、今は来て」

 シーナ様は執務を行う椅子で、両腕を広げる。私は根負けをしてソファから立ち上がり、そっと近寄った。あと一歩というところまで来ると、その腕の中に囚われいつもの膝上に横抱きで座らされてしまった。

「はぁ、癒される。ということだから、アイク、ジークには了承の旨伝えといて。日程はそっちで決めてくれて構わない。俺の予定は大体分かってるだろ」

「畏まりました」

 アイク様は一礼して退室して行った。

 安定の二人きりで、膝上で腕の中。もう抵抗もしない私もどうかと思うけれど、抵抗するだけ無駄ということも最近やっと学んだ。


お読み頂きありがとうございます。

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