(13)離宮の異変。あなた様は……?
明け方、離宮内に何かを運び込むような騒がしい音で目が覚めた。
珍しく何人もの声がする。しかし私の部屋には誰も来ない。リヴィアさんもアイク様も来ないということは、私には特に関係の無い事柄なのだろうか。
かと言って、すっかり目は覚めてしまいこのまま二度寝する気にもならないし、それが出来るほど肝も据わっていない。
どうしたら良いかわからないまま、ベッドに身を起こし耳をよくよく澄ましてみる。
ガタガタと音がするのは階下で、二階に上がってくるような気配もない。
いつものようにベルを鳴らしてリヴィアさんを呼んでもいいのかもしれないけれど、もし万一何者かが侵入しているのであれば、わざわざ私の存在を知らせるような危険な真似をするのは愚策である。
私は何となく音を立てないようにそっとベッドから下り立ち、私とシーナ様の部屋を隔てる扉に身を寄せた。
きっとこの離宮の主であるシーナ様なら何かご存じのはず。それに万一のことがあっても守って下さると信じて、思い切って扉をノックした。
「シーナ様……」
もしかしてまだお休みだったらどうしようと一抹の不安が過る。
「セシリア?どうしたの?」
すぐにいつも通りのシーナ様のお声が聴こえ、私は安堵した。
「そちらへ行っても、よろしいですか?」
そっと声を掛けたと同時に、扉が開いた。
「ふふっ、セシリアから来てくれるなんて嬉しいなぁ。おいで」
その言葉と同時に手を引かれ、私はシーナ様の私室に初めて入った。
窓のカーテンが閉めきられ、明け方の薄明りしかない部屋。
私は導かれるままに、シーナ様のベッドへと誘われる。離宮内に響く慣れない騒音も、シーナ様に触れたことで気にならなくなった。
「で、どうしたの?ただ俺に会いたくなった…って訳でも無さそうだよね」
まるで私を安心させるように優しく手を握りながら、シーナ様はゆっくりと私の言葉を待ってくれた。
「あの、先程からこの離宮内で音がするのですが、何かあったのでしょうか?」
私は不安で瞳を揺らしながら、隣に座るシーナ様に寄り掛かった。
「ああ、この音?とうとうフランシスが運びこまれたみたいだね」
「フランシス様?」
フランシス様はこの国の第二王子だ。健康診断の時にエレノア様との話題に出た、婚約者が未だ決まらない成人間近の王子。
「フランシスは生まれつき身体が弱くてね。色々手は尽くしているんだけど、結果は芳しくないんだ。で、いよいよ危なくなったらこの離宮に運び込んで欲しいと、ジークに懇願されてね」
「ジーク様が」
「そう、ジークはフランシスの祖父だからね。可愛い孫を何としても助けたいと同時に、最期は共に過ごしたいんだと思うよ」
まるで他人事のように話されますが、シーナ様にとってもフランシス様は直系の方。しかし、5代も離れると実感は薄まるものなのかしら。
「ではフランシス様のお身体に障らないように、私も静かに過ごさなければいけないですね」
そう、神妙に告げたのだけれど。
「えっ、そんなことしなくていいよ。ただまあ、温室には立ち入り禁止になっちゃうかもだけど」
「温室ですか?」
「うん。ジークがそこで看るってさ」
私は療養と温室が結びつかず、思わず首を傾げた。
「あの温室にはね、血の代用品にもなる精油を採る貴重な花々や、稀少な薬草類があるんだ。そこでジークはこの島国の各部族の薬学や秘術を研究して、フランシスを救う手立てを模索しているってわけ。ちなみにウィルも一役買っていて、同じ目的のために図書室で古い文献をあさっているんだよ」
なるほど。皆様の家族を想う心の温かさに、私は胸が熱くなる思いだった。
「フランシス様は、現在何か大病を患っておられるのですか?」
世界有数の医療大国であるヘルシーナ王国の医術や薬学を以てしても治すことが出来ないなど、とんでもないことだ。
「いいや。まさに体質だよ。この250年繰り返されてきた、避けられない運命ともいうけどね」
シーナ様は僅かに、寂しげに目を細めた。
「運命……」
「代々ダンピールが人間と子を成していくとね、どんどん人間の血が濃くなるだろ。そうしたら、身体はほとんど人間と変らないのにダンピールの力や能力がその身体に流れ続ける。そうなると身体がその力に負けて悲鳴を上げるんだ。それで普通の人間の寿命まですらも身体がもたなくなる」
そんな……。人間との混血が進めば、いずれダンピールの力も自然に弱まるのではなくて?
「かといって、ダンピール同士だとほとんどの場合子供が出来ない。出来ても何らかの異常があって育たないんだ。本当、とことん自然界に嫌われてるってクラウドも言ってたよ。まあ確かに、自然な死の周期から外れた存在が増えれば増えるほど自然界のバランスが崩れるから、数代かけて淘汰されるのも仕方ないってアンドレアが言ってたな。でもそれをアイクが怒ってね、今ウィルとジークと共に足掻いてるんだ」
歴代の国王陛下の名前がどんどん出てきて、私は一瞬遠い目になる。数百年かけた会話には、さすがについていけない。
「そこで次代が必要になって、君なんだよ」
「えっ……」
何でそこで私なのかしら?ただ『番』―――ちょっと照れますが―――だから連れて来られたのではなく?
「ね、俺達の子供は、ダンピールがいい?それともヴァンパイア?」
シーナ様は、私が寄りかかっているのとは反対の手を私の頬に当てて覗き込み、妖艶な声音で呟いた。
薄明の薄暗い部屋の中で、私の瞳に映るルビーの色が濃く深くなった気がした。
私は魅入られたように動けなかった。
「なんてね」
その言葉でフッと緊張が解かれ、私はやっと息をすることが出来た。
「おそらくフランシスはもうもたないだろうけど、クリストファーがまだいけそうだからね。しばらくは大丈夫」
クリストファー様は、現在の王太子殿下だ。無事に妃殿下を迎えられて、あとはお世継ぎを待つのみという状態である。
「けどまあ、フランシスがああだから、きっとクリストファーの子供も厳しいだろうな。何とか生まれてもそんなに持たない」
これは……、子供について、尊い生命についての話なのだろうか。不謹慎過ぎる物言いに、私は受け入れられない。
「だから正直なところ少しは待てるけど、あまり長くは待てない」
「少し……とは?」
とりあえずオウム返しに何とか返す。
「10年くらいかな」
ん?意外とあるわね。てっきり数か月で答えを出せ的なことを言われると覚悟したのだけれど。
「ごめんね、まばたきしたら終わりそうな時間だよね」
まあ、ヴァンパイアからしたらそうかしらね?人間からするとそこそこ長い。
「いえ、そんなことは……」
「そう?」
人間とヴァンパイアの感覚の違いを認識して擦り合わせしていくには、結構な時間と根気が必要になるかもしれない。
何だか少し拍子抜けな会話をして、私達は離宮が静かになるのを寄り添いあって待った。
ヴァンパイアにダンピール、礎にあるシャーマンの知識。他に例をみない力が集まっているのに、たった一人の始祖が支えるこの国は意外と脆弱なのかもしれない。
物事には全て、始まりがあれば必ず終わりがある。
永遠を生きる方の傍で、私は何故か終焉に思いを馳せた。
離宮に来たフランシス様とは一度も顔を合わせることなく、私は日常を過ごしていた。
シーナ様が起きるとその後はずっと一緒にいて、私も執務室にて最近特に忙しくなったアイク様の代わりに書類などの整理を手伝っている。
「って言うかさ、セシリアが離宮に来てくれた時点で、もうこの血液検査の仕事いらなくない?」
検体の試験管を揺すりながら、ポツリとシーナ様が零す。確かに、シーナ様からするとそうなのかもしれない。
でも、この国の未来を担う子供達のためにももう少し続けて欲しいのが私の本音である。
そんな心が顔に出てしまったのだろうか、シーナ様がこちらを見て困ったように微笑んだ。
「大丈夫。いきなり止めたりしないよ。セシリアのことだから、きっと子供達の心配でもしてくれたのかな?前も言ってたもんね」
「覚えて下さっていたのですね」
「もちろんだよ。待ち焦がれた君との一言一句を忘れる訳ないでしょ」
その言葉に、私の胸に温かいものが広がっていく。
「ありがとう、ございます」
頬を染めて微笑んだのだけど……。
「あっ、ちょっと後ろ向いてて」
「はい」
私は素直にシーナ様に背を向けた。
「んっ。……ふぅ。もういいよ」
にこりと笑うシーナ様の唇は少し赤く色づき、手元の試験管は空になっていた。
飲んだ?私は思わず茫然とした。
「あれ?飲むとこ、あんまり見たくないかなと思ったんだけど」
「えっ?」
「ん?」
普段の仕草はほとんど人間と変らないからつい忘れがちだけど、この方ヴァンパイアなのよね。そう、ヴァンパイアなのよ……。
「せっかくだしね?ほら、前にも実益を兼ねてるって言ったでしょ」
そう言えば、初めて執務の様子を見せて頂いた時に小声で仰ってたような……。
「民の血税を無駄にしないセシリアなら分かってくれるよね?」
血税っていうか、まさしく血そのものなのですが。とりあえず捨てるよりはいいのかしら?でもやっぱり、その、目の前で血を飲むなんて。いえ、ヴァンパイアにとっては血は主食だから?ああ、分からない。
「私、少し中庭をお散歩してきて良いでしょうか?」
「えっ、一人で?もう少しで終わるから一緒に……。ああ、せめてリヴィアを連れて行って」
シーナ様が慌ててベルを鳴らしてしばらくすると、執務室の扉がノックされた。
「入って」
「失礼致します」
すぐにリヴィアさんが入って来た。
「セシリアが中庭に行く。俺が執務を片付けるまで頼んだ」
「ハッ!畏まりました」
もっと気軽な感じで出掛けたかったのだけど。ちょっと外の空気を吸って気分転換をしたかっただけなのに。
それでも私は、とりあえずリヴィアさんを率いて中庭に出た。常に美しく咲き誇る花々はどんな時も私の心を癒してくれる。
両脇の花壇を眺めながら小道を行く。いつの間にか、いつかのガゼボの近くまで来ていた。
そう、確かここまでシーナ様と共に飛んだのよね。今日もお仕事が終わり次第、文字通り飛んで追いかけてくるのだろうか。
改めて人間とヴァンパイアの違いを実感する。
身体のつくりも、寿命も、主食も、考え方すら、何もかもが違う。そんな方と私はやっていけるのだろうか?でも拒絶したところで、逃げたところで、きっとすぐに追いつかれて捕まってしまうのだろう。
ぼんやり思考にふけりながら、私はガゼボに一歩踏み入れようとした。
「セシリア様っ!」
2歩ほど離れて付いて来てくれていたリヴィアさんの、鋭い声が聴こえた。
「えっ?君は……?」
ガゼボには先客がいた。
私と同じような年頃の青年の声が静かに響く。この閉ざされた離宮にいるのは……もしかして?
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