(11)追憶③ 愛情、熱情、劣情、執着、受け止めきれないけれど……溺れてみたいかも
どれほど先へ飛ばされたのか分からないけれど、目の前に広がる光景はだいぶ近代化していた。
うっそうと茂るばかりだった森の中にも、拙いながら街道のような道が出来ている。道幅も広がり、各地と物資の輸送も行えそうなほどだった。
引き寄せられるままに身を任せていると私の知る王城とは比べ物にはならないけれど、ヘラ様の住んでいた小屋よりも頑丈そうで広々とした櫓に辿り着いた。
「何とか全ての集落を統合し国を興しましたが、新たな問題が……」
壮年に近いゲオルク様が眉間に皺を寄せ、真剣な顔で姿の変わらぬシーナ様へ相談を持ち掛けていた。
「何、どうしたの?」
シーナ様は相変わらず飄々としている。
「人間との混血を繰り返すうちにダンピールの子らの肉体が弱まり、それに伴い寿命も人間と変らぬようになるばかりか、平均的な人間より虚弱な子が生まれるようになってしまいました」
「そう」
ゲオルク様の苦悩とは対照的に、シーナ様はまるで興味が無いという体だ。
「……」
ゲオルク様は唇を噛みしめ、何かを言いたげな様子を醸し出しつつも逡巡している。
「ハァ、言いたいことがあるなら言えば。どうせ、お前の中では決定事項なんだろ」
シーナ様は気怠げに前髪を掻き上げ、ゲオルク様の方へ身体を向けた。
ゲオルク様は一度大きく深呼吸して語り出した。
「どうかもう一度、人間との御子を成して下さい」
「……」
しばらく沈黙が落ちる。
「……他に、方法も無いんでしょ」
「はい」
再び沈黙が落ちる。
「はあぁぁぁぁぁ……。まっ、仕方ないか…。番が無事に生まれるまで国を維持しないといけないし、番に不便な思いもさせたくないし。まあ、番が生まれる前での巣作りみたいな?」
シーナ様は片手で顔を覆って俯き、ブツブツと呟いている。
「申し訳……ありません」
「別に、お前に謝られることじゃないし。ヘラなら、迷わず問答無用で強制しただろうしね」
「おそらく私の寿命はもってあと50年と少し。その間に、その御子に私の知る全てを引き継がせます」
不退転の決意を込めて語るゲオルク様を、シーナ様は覆った手の指の隙間から見つめると手を外し真正面からゲオルク様を見据えた。
「って言うか、お前が完全なヴァンパイアになれば全部解決するんじゃない?してやろうか?ヴァンパイアに。各集落に伝わるシャーマンの秘術や秘薬についても、まだ完全に編纂が終わった訳じゃないだろう?やることは山積みのはずだ」
甘美な誘いに、ゲオルク様はきつく目を瞑り首を横に振った。
「いいえ。私はこのまま自然に身を任せます……と言っても、この身体は不自然なものですが。せめて命の終わりは母上と同じように」
「はぁ、お前は本当に。ヘラの血が濃すぎる」
その後ダンピールを孕んでも耐えられる壮健な身体の女性を探すために、今の健康診断の礎となるものが始められた。身体に問題が無ければ、次に血液を採取しシーナ様によって相性を見極められ候補が上がった。
あとはゲオルク様の手腕でもっともらしい理由を付けて王家に嫁がせ、ゲオルク様以来となるヴァンパイアの血の濃いダンピールを生ませるだけ。
この歴史は変えられないのに、避けられない必要事項なのに、何だか胸が痛む。これは、何も知らずダンピールを生むことになる令嬢に対する憐れみなのか、王国をどんな手段を使っても維持しようとする王家への憤りなのか、それとも……。
目の前が再び白い靄が広がって行く。
良かった……何が?何が良かったのかしら?私は何を見たく無かった……?
自問自答にも答えが全く見えぬまま、次の光景が広がる。これまでのようにゆっくりではなく、断片的に切り取られた別々の場面が時系列に連続していくようだ。
「無事お生まれになりました」
「そう」
「……」
ゲオルク様の知識を引き継ぐダンピールが無事に生まれた様子。名はクラウド様……そう言えば、4代目の国王の御名前と同じだわ。ゲオルク国王に続いて治世が長かった国王。おそらく、もうすぐ年表で見た建国250年が近付いているのだろう。
ああ、そうか。約250年周期でやってくる治世の長い国王は皆ダンピール。それも最も血の濃い……シーナ様の御子。
よく分からないけど、すごくショックだった。シーナ様には、少なくとも御子が5人はいることになる。ゲオルク国王、クラウド国王、ドノヴァン国王、アンドレア国王、アイザック国王……そう、アイク様はシーナ様の御子様だったのね。
「シーナ様。ドノヴァンは立派に育ち、お勉強や教養も順調に修得しておりますわ」
シーナ様の執務机の前のソファには、華やかなドレスに身を包み艶やかな視線を送る美女が座っていた。
「そうか」
シーナ様は手元の書類に書きつけていく手を止めることも、視線を上げることもしない。
「ですのでね、もう一人御子を設けるのはいかがでしょうか。私と致しましては、姫も欲しいなって。もうすぐ温室も完成致しますし、そこで娘とゆっくりお茶会を開くことが出来たらどんなに素敵でしょう」
シーナ様は眉一つ動かさず、話も聞いているのかすら分からない。
「シーナ様?」
その女性は、ここでやっと怪訝な顔をシーナ様に向けた。
「アイリーン、もう部屋に戻ったらどうだ?」
どこか疲れたような声でシーナ様は告げた。
「えっ…。でも私、先程の返事を頂いておりませんわ」
アイリーンと呼ばれた美女はシーナ様に食って掛かった。
シーナ様はこれまで見たことの無い冷めた眼差しで、アイリーン様を見詰め……いや、ほぼ睨みつけていた。
「君はもう十分勤めを果たした。あとは自由にすればいいと言っただろう」
「ええ。ですから、自由にしております。自由な希望の中に、貴方様との御子がもう一人欲しいと言っているのです。何よりも、貴方様の寵愛が欲しいのですっ!」
懇願するような、責めるような声が部屋に響いた。
「それは無理だ」
一瞬の躊躇もなく、シーナ様は断言した。
「なっ、何故……。そんなのっ、あんまりですわっ!!こんなに、こんなにもお慕いしているのにっ!!!」
アイリーン様の悲痛な声がこだましながら、また場面は移り変わって行く。
「ああ、またあの時期が来たの?」
「はい……」
肖像画の写しでしか見たことの無い御方、ドノヴァン国王陛下が項垂れている。
ここにいらっしゃるということは、既に退位されて国王陛下ではないのだろう。
「分かったよ。どうせ、お前もヴァンパイアなんかにならないって言うんだろ」
「申し訳ござ「謝るなっ!!」」
珍しく怒鳴ったシーナ様に、ドノヴァン様は唇を噛みしめ顔を青くしている。
「下がれ」
シーナ様の命令に、ドノヴァン様は一礼だけしておとなしく去って行った。
室内は静寂に包まれる。シーナ様は執務机の前に立ったまま微動だにしない。
しばらくそうした後、ふいに大きな窓へ目を向けそちらに歩いて行った。
外はもう夜の帳が下りていて、空には満月が煌々と輝いていた。
「ああ、君と出会うまでに、俺は一体何度……。俺が欲しいのは君だけなのにっ」
絞り出すような声が他に音のしない空間に響く。
「はぁ、せめて明確な日付が分かれば、せめて生れ落ちる地域が分かれば……。何でもいい、君のことを教えて。俺に……、俺に、希望をちょうだい?」
月明かりのせいで星の見えない夜空に、言葉が吸い込まれていく。
切実な声は、私の胸を打った。シーナ様は番を待つために文字通り気が遠くなりそうな時を過ごし、ご自身にとってはやりたくもない雑務をこなされてきた。
時に襲い掛かかってくる人間を薙ぎ払い、自身に纏わりつく女性を振りほどき……。既に800年。諦めることなく、番のためだけに……。
私の中に、言葉にならない想いが広がって行く。
触れることは出来ないと理解しつつも、私はふいにシーナ様に手を伸ばしそっと肩に手を置こうとすると、またしても場面が移り変わっていった。
そこからはただ番を求め恋焦がれるシーナ様の様子が場所を変え、時を超え目の前で再生されていった。
壮大な、熱烈な愛の告白が永遠に目の前で続いていき……。
相手の名前は告げられないままでも、おそらくそれは私に捧げられていると信じるには充分な言葉と熱量で……私は、私はもう……。
愛おしさがないまぜになった恥ずかしさが限界を超え、思わず耳を塞いで目をきつく瞑った。
この不思議な世界でどのくらいそうしていたのか、ふいに頭に響くように聴きなれた声がした。
「あと少しだから、目を開けて」
私は恐る恐る、でも素直に目を開けた。
目を開いたその先には見慣れた光景があった。
この数か月過ごしていた、離宮の一室。私は一瞬やっと元に戻って来たのかと思ったけれど、どうやらまだ終わりではないよう。
いつもの赤黒い液体の入った試験管を、真剣に見詰めるシーナ様。
蓋を開けて、中の匂いを嗅いで……
「!!?」
瞬間、瞠目された。
「見つけたっ!アイザック、これだっ!!この子だよっ!!!」
「は?」
シーナ様は興奮しながらも、試験管に一旦蓋をして丁重に元の場所に戻した。
そして手元の書類を食い入るように見た。
「セシリア=チガボーノ。へぇ、生まれてまだ1年か。伯爵家の第一子…セシリア、セシリア、セシリア。うん、可愛い響き」
シーナ様はうっとりとして私の名前を繰り返し呼ぶ。
は、恥ずかしいですわっ!
「では、チガボーノ伯爵家へ使いを出しますか?」
傍に控えていたアイク様がシーナ様に進言した。
「ううん。そうしたいのは山々だけど、まだやめておくよ。赤ん坊を実の両親から引き離すほど悪趣味じゃないしね。これでも1000年ほどかけて人間の感情くらいは学習したんだ」
シーナ様は得意満面だ。
「ただし……もし彼女が虐待されるようなことがあれば、即こちらに引き渡してもらうけどね」
「ということは……」
アイク様はシーナ様の考えを推し量るようにグッと眉間に力を入れた。
「うん。察しが良くて助かるよ。早速、セシリアの周りに何人か護衛を置いて。決して気付かれちゃだめだよ。そしてどんな些細なことでも報告すること。例えば、その日彼女がどこに出かけたとかね」
シーナ様は上機嫌で指示を出す。そのお顔は瞳をキラキラさせて、プレゼントを前にした少年のようだった。
「畏まりました」
「あと、彼女には何があっても傷一つつけさせないこと。それから彼女は俺の物だから、必要以上に近づかない、触らない、欲しいと思わないを徹底させてね。破ったら……」
最後、シーナ様のお顔から笑みが消えて瞳がスッと冷酷に細められた。
「ハッ、銘々肝に銘じるよう厳命致します」
随分青い顔をしてアイク様は頭を下げた。
「はぁ、これからやることがいっぱいだね。チガボーノ伯爵家に婚約を申し込みそうな家には先手を打たないといけないし、早急にレオナルドにこっちに来るように言っといて」
「畏まりました」
レオナルド様は、現国王陛下だ。国家元首を気安く呼びつけるシーナ様は、やはりこの国の王族の始祖なのだなと思う。
そして、こんなにもの昔からシーナ様に外堀を埋め……いえ護って頂いていたことにも驚愕だわ。
それから、一年おきのシーナ様が目の前に現れる。毎回私の血液検査の場面が展開された。
赤い試験管に入った私の血液をうっとり眺めるシーナ様。
「ふふっ、今年もこの日が来たね。お誕生日おめでとう、セシリア」
確かに私の一部ではあるけれど、血液に告げられると素直に喜んでいいものか……。
「あと何回したら、会えるかなぁ。いつならいいかなぁ」
シーナ様は、少々怪しい手つきで試験管を撫でまわす。見ている私が恥ずかしくなってしまうほどに。
「シーナ様。セシリア嬢の肖像画を取り寄せましょうか」
アイク様がおずおずと進言される。
「ううん、やめとく。多分姿を知っちゃったら、俺、すぐに飛んで行ってここに攫って来ちゃうもん」
「左様で」
「うん。嫌われたくないし」
その後も……。
「ねぇ、君はどんな男性が好き?ヴァンパイアは嫌?俺のこと、好きになってくれる?」
「君は真面目な女の子なんだってね。やっぱり物語に出てくるような王子様が理想かな?」
「セシリア、愛してるよ。きっと一目出会ってしまったら、俺はもう君を手放せなくなる」
「はぁ、会いたいな。もうすぐかな?来年になったらいいかな?」
「ああ、俺は君の声を聞いたことが無いのに、この血液を採取した医師は…護衛達は…君が立ち寄った店の人達は…はぁ」
年々、お声に堪えきれない切なさが混じって行く。時を重ねるごとに思いは更に募るようで、全身全霊で愛されている実感が私の中に溢れていく。
ヴァンパイアと人間とか大きな隔たりがあるはずなのに、自然界では相容れない存在のはずなのに、私の中でこの大き過ぎる愛情に溺れたい欲が増してきて、抑えきれなくなりそうになる。
急激に胸の奥から溢れた感情は、ただ只管シーナ様に会いたいというものだった。
シーナ様、シーナ様、シーナ様……。
すると周りの景色が遠のき、この不思議な世界に入り込む前の穏やかな暗闇の中に沈み込み、更にそこから浮上するように目の前に光が射してきて私はようやく現実世界で目を開けた。
お読み頂きありがとうございます。




