(10)追憶② シーナ様って、ギャップ凄すぎない?
作中の植物には現存するものもありますが、全てフィクションとして受け止めて下さい。
「しかし、まさか一発で孕むとは思わなんだぞ」
ヘラ様は感心した様に、少し膨らんだお腹を撫でながら座っていた。
「だって何回もするの面倒だったし。相手をヴァンパイアにするのと同じような感じで魔力を込めればいけるかなって」
シーナ様はあっけらかんとした様子で答えながら、何かを飲んでいた。
「うん。これも美味しいし、血を飲んだ時と似た魔力の巡り方だね」
「そうか。では、ピクシーロゼの花とクリムゾンリリーの花から精製したものは血液の代用品となるのだな」
「そうだね」
ヘラ様はお腹に手を当てながら座りなおし、今聞いたことを書きつけていた。
血液の代用品ということは、シーナ様が人を襲わなくて済むように研究をされているということ?それにしても、孕むって……やはりヘラ様のお腹の子はシーナ様の……。
ゲオルク国王生誕についてのお話は聞いていたものの、実際目の当たりにして何故か胸の奥にチリリとしたものが湧きあがる。
「ところで、人をヴァンパイアにすることについてだが、咬めばすぐになるというものではないのか?」
ヘラ様の探求心は留まることを知らないようで、目の前で問答が繰り広げられていく。
「うん。それだと食事の度にヴァンパイアが増えちゃうでしょ。だから、ただ食事をする時は魔力を込めずに普通に牙を突き刺して飲むんだ。逆に相手をヴァンパイアにしたい時は、相応の魔力を牙を通して相手に流し込むって教わった」
「なるほど……。実際、人間をヴァンパイアにしたことは?」
「俺は無いよ。まっ、番が見つかったらさっさとヴァンパイアにして、ずぅ~っと一緒にいたいと思ってるけどね。って言うか、ヘラはヴァンパイアになりたかった?」
ヘラ様は一瞬口を噤んで考え込んだようだった。
「いや、やめておこう。ヴァンパイアの生態や永遠の命を研究するのはいいが、自然の理に沿って生きるシャーマンは自然界の掟のままに身を委ねよう」
「何か難しいことをそれらしく言ってるけど、ダンピールを生む時点で矛盾してるんだけど」
シーナ様はケラケラ笑っている。
「まあな。あくなき探求心だ。致し方あるまい」
ヘラ様もフッと笑った。この二人……自由過ぎて、心配するのが若干ばかばかしくなってきましたわ。でもお互いを認め合うと言うか理解し合っているような感じは、少し羨ましいような……。
「そんなことより、いい加減俺の番を探してくれよ。ああ、もう生まれてるのかな?どこで会えるのかな?」
シーナ様は座っていた場所から立ち上がって、狭い室内を少しうろうろ歩き回った。
「はあ、俺の番、君の瞳は何色?髪の色は?君の声はどんな声?」
切ない響きを乗せた声音と共に、偶然にもシーナ様は幻影のような私の前で立ち止まり、虚空を見詰めているはずなのにその熱っぽい眼差しが私を捉えているかのように視線が合った。
「シーナ様……」
思わず声に出てしまったけど、当然目の前のシーナ様にもヘラ様にも聞こえてはいなかった。
そしてまたもや、目の前が靄に覆われて……。
次に目を開けるとそこにはシーナ様と更に大人びたヘラ様、そして10歳にも満たない程の少年がいた。
「これがゲンノショウコ、整腸効果がある。このオオオナモミの果実には解熱効果がある」
ヘラ様は少年に薬草のことを教えているようだった。
「そんなの、よく覚えられるね。俺にはさっぱりだよ」
横でつまらなそうに草や実をつまみ上げながら、シーナ様が少年に話しかけた。
「知識が増えるのは楽しいです」
少年は淡々と答えつつも、知識欲が旺盛なのかヘラ様の一挙手一投足も、一言一句も逃さないように目を離さない。
「ゲオルクは真面目だねぇ」
シーナ様は伸びをしてフッと霧のように姿を消した。
この少年が建国の父、ゲオルク国王陛下……。
「ふぅ。相変わらずですが、母上はよろしいのですか?」
ゲオルク様が嘆息する。
「よろしいも何も、シーナはあれで良いのだ。あいつはこれから1000年以上も時を持て余すのだからな」
「例の星見の件ですか」
「そうだ。シーナの番を星見の儀で探したが、今はまだ生まれていない。これから100年以内に生まれる可能性もあるが、どこに生まれるか分からないものなど探しようが無い」
「どうせ、母上に付いてきてもらって逐一調べて探して欲しいとでも言ったのでしょう?」
「その通りだ。しかし我はここから離れるわけにいかぬ上、地縁も無い見知らぬ土地では星見の的中率も落ちよう。とりあえずこの土地でシーナの番が生まれるのは、星の巡りから予想するに1200年ほど先だ」
「1200年……」
「そうだ。人間の我からすればこの島がどうなっているのか、残っているのかさえ想像も出来ん」
「俺も、生きている自信がありません」
「フフッ、そうよの。おそらくお前も生きていまい。まあシーナに完全なヴァンパイアにしてもらえたなら、可能性はあるだろうが。ん?ダンピールをヴァンパイアにすることは可能なのか?」
ヘラ様は以前もそうした様に、顎に手を当てて思案の様を見せる
「母上っ……。もうこれ以上ややこしい実験を俺達でしないで下さい」
ゲオルク様が非難の声を上げた。一体、どんなややこしいことをされていたのかしら……。
「すまんすまん。しかし、人の一生は短い。やれることは全てやってしまいたいではないか」
全く反省した様子もなく、ヘラ様はにやりと笑われ、ゲオルク様はまた一つ嘆息した。
「母上は……、本当に人間のまま一生を終えるのですか?永遠の命を手に入れれば、母上の望みである島の全部族を統合し、知識も集約して島を一つの国にすることが出来るでは無いですか」
ゲオルク様は今にも泣きそうなお顔で、切実なお声で訴えた。
「……ゲオルク、それは以前にも話したことだろう。我は、シャーマンとして自然の理を離れる訳にはゆかぬ」
ヘラ様も顔を歪め、まるで葛藤を抑え込むような表情だ。
「自然の理なんて、俺を生んだ時点で外れているではないですかっ!」
「まあ、そう母を虐めるな。お前はこの母の希望だ。母の成せなかったことを成せ。シーナを生に飽きる間も無い程にこき使ってな。ゲオルクよ。この国の、最初の王に成れ」
「!!!?」
これが、本当のヘルシーナ王国の始まりだった。
そしてまた靄に包まれて……。
「ねぇ、あとどれくらい回るの?」
「今のところ5つの部族から了承を得ましたから、あと8つですね」
シーナ様とゲオルク様は、二人で連れだって森の中を突き進んでいた。
この時代はまだ街道が整備されていないようで、獣道を行く感じだ。
「うへぇ、まだそんなに」
「ええ。しかもこれまでは元々交流があったり、友好的な部族ばかりでしたから良かったですが、これからはそもそも交流のない部族も回らねばなりませんからね。時間も労力もかかると思いますよ」
淡々と話すゲオルク様とは対照的にシーナ様はうんざりした顔をしている。
「じゃあさ、せめて飛んで行こうよ。何もこんな歩きにくい道を素直に歩くことないでしょ。何のために俺達二人で来たと思ってるの?他の人間が足手まといになるからでしょ」
身も蓋もないシーナ様の言い方に、ゲオルク様は眉を寄せる。
父と子の会話のはずなのに、どこか他人行儀な上に傍目ではどちらが子供か分からない。
「はぁ、仕方のない方ですね。しかし我々が飛んで行っていきなり現れたら、警戒されて交渉どころではなくなるでしょう。先ほどご自分で言いましたよね、人間は飛べないと」
ゲオルク様は呆れたように話す。
「もう、頭固いな~。そんなの、集落の近くに降り立ってそこから歩けば済む話でしょ。そもそもそこまで歩こうが飛ぼうが何しようが警戒はされるんだし、歩いたからと言って努力が認められるわけじゃないんだしさ。ほら、行くよ」
シーナ様は話しながら、既に浮いていた。
「えっ、ちょっ、待って下さいっ!」
慌ててゲオルク様も浮かび上がり、二人して木々の上を悠々と飛んでいく。
「ほら、きちんと遠目を使って人間の姿や気配を洩らさないようにね。感知したら早々に降りるよ」
普段やる気が無いのに、ヴァンパイアの能力を使った時のシーナ様の頼もしさと言ったら……。
「……分かりました」
ゲオルク様は先ほどまでの様子と違い、素直に言うことを聞いている。
「ゲオルク。本当に王になるつもりなら、使えるものは全部使え。ダンピールであることを忌避するな。その身体も能力も全て、お前自身のものだ。使いこなせるようになれ。それから、お前は人間を信用し過ぎている。気を付けろ」
「それは、どういう……」
「人間だ。降下するぞ」
一瞬目が鋭くなったシーナ様の横顔に、何故か再び胸がドキリと高鳴った。
お二人は地面に降り立ち、そこからは歩いて集落に向かった。
集落ではとりあえず攻撃の意思が無いことを伝え、酋長の元へと案内されていった。しかしその様子は前後左右に集落の若い衆が張り付き、囚人の護送と言われる方が納得するようなものだった。
その後ゲオルク様は酋長への挨拶を終えると、島にある13の集落を統合する話を持ちかけていった。途中、冷めないうちにと薬草茶を勧められもてなしを受ける。
すると、一瞬シーナ様がゲオルク様を制し薬草茶を一口含んだ。
「交渉は決裂、ってことかな?」
シーナ様はにこりと酋長に微笑みかけた。
「え?」
ゲオルク様はシーナ様と、対峙する酋長を交互に見る。
「残念だったね。俺に毒は効かないんだ。ゲオルクは飲んじゃだめだよ。多分死なないけど、ハーフのお前は半分効いちゃいそうだし」
軽い口調なのに、内容はとても重い。
刹那、二人のいる場所に目掛け左右と後方から槍が突き刺す様に振り下ろされた。その数はゆうに五本を超えていた。
「ほうら、だから言ったでしょ。お前は人間を信用し過ぎだって」
「すみません……」
二人は身体を霧状にして槍を躱し、姿を消しながら会話をする。
「で、どうすんの。これ」
「出来れば傷つけずに話し合いを……」
「向こうは話し合いの席にもついてくれ無さそうだけど?」
槍を握る人達は声のする方向にとりあえず突き刺してみるものの手応えどころか、姿形も見えずにそろそろパニックに陥りかけている。
「このまま交渉しても、『化け物』と罵られて終わりだよ。下手したら、俺達の集落にまで攻撃を仕掛けてくるかも」
それはきっと、ヴァンパイアが受けて来た迫害の経験によるものなのだろう。
「しかし……」
「本当に王に成るのなら、瞬時の判断が大事だよ。時には非情さもね」
「それは……」
「ヘラの言葉。お前が迷った時に言えってさ。一事が万事だからとも言ってた。本当、未来が読めるからって俺の事メッセンジャーにし過ぎ。あと150年分くらいは伝言預かってんだけど……。でさ、どうすんの?」
ゲオルク様はギリッと音が聞こえるほど奥歯を噛みしめて決意したようだった。
瞬時に姿を現し、全ての槍を両腕で受け止めまとめ上げて奪った。更にそれを真っ二つに叩き割った。
「交渉に応じぬというのなら、この場で納得いくまで戦り合おうじゃないかっ!先に手を出したのはそちらだっ。後に一切の苦情は受付けんぞっ!!」
ゲオルク様は自身の両脇に居た人達をそれぞれ片手で持ち上げて投げ飛ばし、開戦の合図とした。
目の前で戦いが繰り広げられるなんて私には恐ろしすぎて目を閉じようとすると、また目の前に靄が広がった。
お読み頂きありがとうございます。




