第八幕-2
「しかし、どんな時でも"お前は本部に居て指揮を取れ。指揮官としてはお前以外に適任はいない"と言われる私まで出動とは…最終日には、やはり何か起きると?」
カイムが議会へ出頭した時でさえ、本部の指揮や業務遂行を命令されていたアロイスは、隣を歩くカイムの横で耳打ちした。引き込もっていた皇女ホーエンシュタウフェンは、全ての有力者達に最終日の午後から議会の再開することを通達し、出席するよう求める書簡を送っていた。
それに伴い、帝国国防軍から協力要請を受けた親衛隊は、訓練生を含める全兵力をその警備に投入しシュトラッサー城は厳戒態勢となった。まだ議会が始まる前であった城の中であっても、城壁の見張り台や鐘楼にはフィールドグレーの野戦服を纏った隊員の集団が、サブマシンガンや小銃を手に警備へ当たっていた。そんな彼等の総指揮官として周辺を見回っていたカイムは、その統率された無駄の無い親衛隊の働きに安心感を抱いたのだった。
「しかし閣下、迫撃砲まで設置するのはやり過ぎだったのでは?」
「確かに、装甲車や戦車もないのに迫撃砲まで投入とは…若干やり過ぎだと思いますが?」
「安心してくれギラ、アロイス。あれはあくまでも保険だ。善からぬ連中が動き回ってる以上、外部からの襲撃にも警戒すべきだ」
アロイス同様にカイムの隣で警護をするギラは、カイムと周辺を交互に見ながら不安げな表情を浮かべると、城壁の角に設置される迫撃砲を眺めて呟いたた。そのギラの言葉にアロイスも同意すると、彼も不安な表情を浮べて城を見上げるのだった
トラックや装甲車両、軍用車両を送ってきたマヌエラ達は、トラックの荷台に様々な土産をありったけ積めていた。その中は無線機等の装備品が主体であったが、火器類が持ち込まれない訳が無かった。その火器の中でも現状で即時訓練出来る物が迫撃砲だった。5cm軽迫撃砲と8cm重迫撃砲がそれぞれ4本と多くの砲弾がやって来ると、カイムは一部の隊員の高等訓練に迫撃砲射撃を組み込んだ。その訓練がある程度実ったことで、カイムは今回の警備に2本ずつ城壁の角である東西南北に配置し、城門周辺を砲撃出来るようにしていたのだった。
「あれなら、いざとなれば曲射砲撃で城内のあちこちも撃てるしな」
「総統閣下、それは暗に命令されているので?」
「やれとおっしゃるのなら、私はやってのけますよ」
「内側の反乱分子への砲撃だ。味方どころか国家元首を撃ってどうする?一瞬で親衛隊は反逆者じゃないか…」
過激な発言を何でもない様に言うカイムの発言に、アロイスとギラは一瞬で表情を感情のない親衛隊隊員のものに変えると、感情の薄い口調で彼に不穏なことを言い出した。議会前の不安定な雰囲気の中で部下二人から物騒な発言が出てくると、彼は疲れた表情を浮かべると頭を抱えて有能過ぎる部下二人を諭したのだった。
教皇ゲーテから良くない事件が起こる事を理解していたカイムは、そんな過剰に行動力のある部下達に安心と心配を持って改めて親衛隊隊員達の仕事を見守るのだった。そんな軽く溜息をついたカイムを見つめていたアロイスだったが、何時の間にか迫撃砲を見詰め説明を受けるペルファル親子を見て、その後の親衛隊員の行動に驚愕した。
「半装填よし!」
「撃て《フォイヤ》!」
親衛隊砲兵科隊員の装填手から勢い良く発せられた号令は、アロイスやギラを大いに驚かせ、ギラに至ってはカイムを近くの壁の溝に押し込み自分を盾として覆い被さろうとした程だった。その砲撃を止めようとしたアロイスの手は空を掴み、口を開き止める声をかけようとした彼より速く砲弾は号令と共に城門へと打ち出された。煙の尾を弾いて放物線描く迫撃砲弾が地表めがけて落ちてゆく中、カイムを庇うギラとアロイスは耳を押さえ口を開いたが、着弾した防弾は何時まで経っても爆発を起こさなかった。
「あっ、あれ?」
「ふっ、不発弾か?」
「だから、話を聞けと言っているのに。あれを配備させたのは私だぞ?」
「あら御2人共、どうしたんですの?」
必死にカイムを庇おうとするギラは強く瞑った瞳とカイムを強く抱きしめた力を抜いて着弾点を見た。ギラ同様にアロイスも強く瞑った瞼をゆっくりと開くと、迫撃砲弾の着弾点を見つめた。そこには、地面に深々と刺さる砲弾が火薬の煙と土煙を上げていたのだった。そんな迫撃砲弾を見つめて呆気に取られるギラとアロイスに呆れたカイムは二人へ少し起こるように言い放った。
そんな三人の元にゆっくりと歩いてくるヴァレンティーネは、ギラとアロイスへ薄ら笑いを浮べて声をかけた。そんな彼女は溝から出てきたカイムに敬礼すると、対ショック姿勢を取っていたギラとアロイスに片手で口元を隠しながら露骨に笑ったのだった。
「御二人共、親衛隊の兵が勝手に武装を使用するとでも?あれは訓練用の模擬弾ですわ。着弾誤差の修整作業でしてよ?それなのにそこまでの対応とは、随分呑気ですわね?」
明らかに挑発するようなヴァレンティーネの嫌味に、アロイスはまたかといった表情を浮かべながら肩をすくめ、ギラは怒りに肩を震わせ彼女を睨みつけたのだった。そんな喧嘩腰の親衛隊将校三人に、カイムはやるせなく頭を振ったりしたのだった。
「ヴァレンティーネ准尉。上官不敬罪だぞ?」
「申し訳ありません、閣下」
カイムの言葉にヴァレンティーネが頭を下げ謝罪すると、カイムは彼女に顔を上げるように促した。
「君が意識が高いのは理解している。だがな…親衛隊は組織なんだ。上手くやってくれ、頼む」
「そんな!総統閣下は御命令されるだけでよろしいのです。お願い…いえ、伏して願い奉るのは私達の方でしてよ!御命令、このヴァレンティーネはしかと承りましたわ!」
ヴァレンティーネの今までの生活環境から、カイムは彼女が集団生活が苦手なタイプと若干勘違いをしていた。そんな彼の優しい言い方の頼みに、ヴァレンティーネは慌てて彼の頼みを受けたのだった。
そんな急に素直になったヴァレンティーネの頭を撫でるカイムだったが、首筋に冷たい空気を感じると直ぐに手を放した。カイムの後ろで光無い瞳でヴァレンティーネを見詰めるギラと、その視線を受けて勝ち誇るヴァレンティーネを見たカイムは、アロイスと視線が合うと二人して頭を抱えたのだった。
そんなカイム達の後ろから足音がすると、その人物に検討がついて溜息混じりに振り返った。
「ブリギッテ…議会はまだ…」
「まだですけど、皇女が御呼びです総統。今の皇女の状態ですと急いだ方が良いかと」
カイムの文句を先読みしたブリギッテは、彼の声以上に疲れた表情をしながら疲れた声で彼を急かしたのだった。その声音から皇女がニ日間自室でいかに荒れていたのか、久しぶりに会ったブリギッテが如何に対応に追われていたのか考えると、カイムはその苦労と過労から何も言えなかった。
「ヴァレンティーネ、城内外の警戒を厳にしといてくれ。城壁警戒のツェーザル准尉にも伝えるように」
ヴァレンティーネへ指示を出すと、カイムは騒動でいつの間にかずれていた被っている帽子を正しながら、ギラとアロイスを引き連れて議事堂の皇女控え室へ向かったのだった。




