第八幕-1
帝国議会四日目に起きた教皇の懺悔は、帝国議会に参加した全ての人間に衝撃を与えた。さらにはその情報は議会のどこからか漏れだし、テオバルト教会の悪行はデルン市民の耳へも入った。それによって、街には教皇とドレヴァンツを支持する大勢が枢機卿達の掲げていた原理主義の信奉者を排斥し始め、街中は最悪の雰囲気となっていた。
「現在のデルンでは、テオバルト教枢機卿派の排斥運動が頻発しています。税制の悪化や皇帝戦死の原因であることは明白です」
「マックス、暴力事件が起きていると書いてあるが…これはどうなんだ?」
「はっ、今のところは宗教派閥の騒乱程度ですので保安部でなんとかなります。ですが、このまま排斥運動が激化しますと、人員的に対応できなくなります。そして、南方貴族に対する感情は今の所悪いだけですが、このままですとこの排斥運動に迎合する可能性もあります」
親衛隊本部の会議室にはカイムや親衛隊上層部だけでなく国防軍将校も並びマックスの淡々とした説明を聞きていた。出席するカイムやギラ、ヨルク達北方貴族改め帝国国防軍の面々や重鎮達は、彼の作ったデルンにおける治安情報の書類を見ながら話を聞いていた。
そんなマックスへと尋ねかけるカイムや全員の表情は決して明るくなく、むしろ目の前の難題をどう対処しようかと考えあぐねているものだった。そんなカイムにマックスが現状を報告すると、彼の表情はさらには苦悶に満ち始めるのだった。
「あの…私達に対する彼等の反応は?」
「その説明だと、私達も侮蔑の対象になっているということではないのか?」
そんな会議室の端に小さく気まずそうに座っていたゲーテは、その暗い雰囲気の会議室の中で悲しげな表情を浮かべながら手を上げて質問した。それに続くドレヴァンツも孫を思う不安な表情を浮かべてマックスに尋ねかけると、彼は迷いのない手付きで手元の書類を数枚捲ると表情を変えずにその文書を指でなぞった。
「お手元の書類の12枚目をご覧下さい」
マックスの全く変化のない表情に、ゲーテは憂い混じりの視線で手元の書類を捲った。その内容を想像したヨルク達国防軍の面々は、誹謗中傷の嵐を思うと気まずそうにそのページを捲ってゆくのだった。だが、いざそのページを見るゲーテの表情からは憂いが無くなった。
「現状の帝都では、教皇を支持する意見が圧倒的です。やはり、過去の罪状は枢機卿達の陰謀が主とした悪行であり、猊下もまた被害者という考えが圧倒的なようです。何より、あの老人達の愚行が余りにも酷かったのか、そういった考えが消え去る程のようです。あってもあくまで極少数というだけです」
マックスは変わらぬ静かな表情で淡々と報告を述べると、その内容にゲーテは憑物が取れたように安心した表情を浮かべると、深く息を吐いた。
だが、そんなゲーテと反して、出席者の表情は未だに明るくはならなかった。
「南方貴族の排斥運動は…良くないな」
カイムの呻きとも呟くとも取れる言葉に、その場の全員が頷いたり唸りながら天井を見上げた。
カイムら親衛隊や北方貴族からすると、確かに市民が自分達に好感を懐くことは大いに良かった。それでも、無駄に排斥運動が起これば国民の分裂が起こる。そういったことをきっかけとした内戦は予測していたが、その排斥運動までの流れはカイムの予測していた状況の進行より圧倒的に早く、まだ親衛隊も国防軍もまともに紛争や戦争へ対象出来るだけの戦力と言える戦力は持ち合わせてていなかった。というのも、北方貴族が国防軍に参加したとはいえど、近代装備が無い以上国防軍と南方貴族とは兵員において圧倒的に数の差があったからであった。そこに不確定要素の東方貴族や西方貴族が加わると、カイム達ガルツ帝国国防軍はただ数の暴力に押しつぶされるだけになるのだった。
「こちらから仕掛けることはないが、南方貴族は民を煽って開戦に持っていこうと考えるだろうな」
「そうなれば、最大勢力である南方貴族軍の勝ち馬に乗ろうと他の勢力も合流して、国防軍との正面衝突ですかね?」
「現状では大方、カイム君の予想通りになりそうかな」
会議において不安そうに顎を何度も撫でるヨルクの言葉は、曖昧な言い方だが確実に起こる未来の予想図だった。そのヨルクの想像は今すぐに起こる訳でも無かったが、カイムの不安げな言葉に彼はただ納得したように頷くのだった。戦力も足りない上に国力を低下させる内戦は避けたいというのがヨルクが暗に言いたいことであり、国防軍の総意だった。確かに帝国の内部分裂を終息させるために集結した北方貴族達だったが、結局は戦力的に優位な南方の行動に左右される、話し合いは比較的早く膠着状況に達したのだった。
「現状の北部方面軍の戦力状態は?」
「親衛隊からの教官のお陰で近代化が進んでいます。しかし、現状で1個旅団出せるかどうか」
なんとか暗い顔を打ち消そうとするカイムの質問に、気まずそうな表情のローレが答えると、会議室の空気は更に一気に冷めきった。だが、そんな中でただ一人ペルファルがしたり顔で席から立ち上がるとその胸を大いに張った。
「なぁに、シャハト卿…失礼、シャハト少将。戦力なら大丈夫だろう。我がペルファルの砲兵中隊が消し飛ばしてくれる!」
ペルファルの放ったその自信に満ちた言葉は国防軍全員に驚きを与えた。その一言はヨルクに頭を頭を抱えさせ、国防軍の戦力について把握して報告を上げたローレの口を開けたまま立ち尽くさせる程でもあった。
「ペルファル准将、それはどういう事で?」
そんな自信から張った胸を叩くブルーノの言葉に一人の女のが疑問の言葉を投げかけた。オレンジがかったウェーブのある赤い髪の隙間からヘラジカの角を生やし、ダークブラウンの瞳に白い肌の妙齢な女は将官用軍服を身に纏った悪魔族であった。だが、そのブルーノに対して強い口調が出来るだけの貫禄を持つ彼女は、落ち着いて聞こえるその声の端に独断への怒りを込めると勢い良く両手をテーブルに突いて立ち上がった。ウェーブのかかった髪を耳に掛け、たわわな胸の前で腕を組むその表情は露骨に独断への怒りを表すものであった。
確かに北方の軍は近代化の最中ではあるが、基本的には歩兵が主体だった。その軍において砲兵という兵科はまだ形さえ無いというのが帝国国防陸軍だった。それなのに、ブルーノ・フォン・ペルファル准将は自分の砲兵と言ったのだがら、国防軍全員が驚くのも仕方なかった。
「エーリカ・ツー・オイレンブルク少将、実は…」
「まぁ、事情は大体解るが…カイム君?」
エーリカと呼ばれた悪魔の女に、自慢気に言おうとしたブルーノの得意げな言葉を遮り、気まずそうに肩をすくめて首を傾げるヨルクがカイムへ質問した。その質問に対して、カイムは目頭を揉みほぐしながら苦笑いをして頬を掻いた。
「まぁ、想像通りだとは思いますけど。ブルーノ殿は砲兵運用を早く出来るようにしたいと。そこで…」
「そこで、総統に頼んで量産開始したばかりの15cm重榴弾砲を四門供与頂きました」
「よっ、四門も!しかも15cmって…」
「10.5cm砲だってまだ八門もないし、砲弾だって量産体制は取れてないというのに」
カイムの苦笑いしながらする説明はブルーノに多くの軍人達の視線を集めさせた。すると、その話の途中でブルーノの後ろに控えていた同じワシ頭の若い青年がカイムの視線を受けて答えた。その青年はブルーノと同様にハクトウワシの鳥人だったが、筋骨隆々としているブルーノよりは少し線が細く、ブルーノよりも若干羽毛が立っている男だった。
その男のブルーノにも負けない自信に満ちた説明も、エーリカやローレが驚く通りに供与した品が品だったため、多くの陸軍将官達は呆れかえった。
「基礎訓練課程も終わってないでしょう!そんな兵に砲兵なんて出来る訳が…」
「確かに、父上のやり方は強引だと思います。しかし、基礎訓練課程に邪魔にならない程度の訓練です。それに、ペルファルの兵は荒くれが多い。そんな彼等を黙らせて、仕事に誇りを持たせるには砲兵が1番です!何より、前線の兵を守るには砲兵が必要不可欠。空軍だ戦車だという前に砲兵こそ重要!内戦前には砲兵師団程度、用意してみせます!」
「流石だホルガー!我が息子ながら天晴れだ!」
ペルファルのその独断へと文句を言いかけたエーリカの言葉に待ったを掛けるようと、ペルファルの息子であるホルガーが前に一歩前ながら反論をつけた。その瞳は若さからの自信と覚悟に燃え、張られた胸には不思議とその意見を納得してしまいそうになる説得力があった。
そんな会議室の空気と全く違う世界を広げるペルファル達に、会議室の面々はこれ以上関わっては更に脱線する事を理解した。
「それで、議会は結局再開するんですか?皇女は部屋で引き込もっているみたいですけど…」
「最終日には出席するとの事だ。さしあたって、南方が開戦に踏み出そうとしないように話を進める。それで良いかな?」
カイムの疑問が会議室に響くと、全員が再び冷たい空気に戻った。そのカイムの言葉通り、教皇からの暴露から議会を飛び出した皇女は、議会期間が一週間だと言うのに、未だ部屋から出てこなかった。その議会を下さい一時的に代理で進行をするカイムへヨルクのかけた提案一声で会議が決着し、全員が一休みとしてテーブルの上のコーヒーへ手を付けた。
「戦車と言えば、ヨルク大将。マヌエラさんから連絡が有りました。一号戦車が完成したようです」
「それこそ一番議題にすべき程の話題だと思うのだが?」
カイムが何気なく言った言葉に、休憩気分のヨルクはコーヒーを吹き出しかけた。無理矢理に口の中のコーヒーを飲み込むと、目の前でコーヒーを吹き出すブルーノとそれを拭こうとするホルガーの姿を見てヨルク再び頭を抱えた。
カイムの一言に疲れたように首を回すヨルクは、彼から数枚の書類が渡された。その書類はテーブルの上から滑り流された為に、全員が食い入る様に書類を見た。
「何と!戦車が完成したのか!」
テーブルを拭くブルーノが驚きの声を上げながら、ヨルクへとその書類を流し見た。ヨルクは流れてきた書類を取り、まじまじと眺めた。そこには機甲師団の設立に伴う事柄が書かれていた。
「これを…私に任せると?」
「開発生産がメルクス=ポルメン州のシルヴェーンです。それに貴方は将兵の中でも一番戦車運用の知識がある。最初に運用して問題や改善点を見付けて貰いたい訳です」
自分に戦車を任されたことへ疑問を感じるヨルクだったが、カイムが説明すると彼は胸ポケットに入れた戦車部隊運用マニュアルを撫でながらただ頷き返した。
「なら、これ以上余計な脱線を避けるため会議を終わりにしよう」
カイムの一言で会議室の全員が立ち上がり各々の仕事のために、会議室を後にした。それでもカイムは未だに席に着いたままであり、未だ立ち続けるマックスを見詰めた。
「マックス軍曹、最後の報告は?」
「やはり、南方は城に白仮面のネズミを放っていました。ネズミは東の数人と連絡を取ると、また騎士に戻りました」
カイムの言葉に一瞬不敵な笑みを浮かべると、彼は背筋を正した。淡々と語られるマックスの言葉に深くため息をつくと、カイムはテーブルに肘を突き両手で顔を覆った。
「犬か?猫か?」
「感の鈍い犬ですよ。一瞬ばれそうになりましたが、気付かれませんでした。あれで諜報活動というのですから、城の中はザルも同然です」
カイムの手によってこもった声に、マックスは呆れるように城の中の間者について言って見せた。その言葉の裏側はカイムがうっすらと予想を立てていたものであったが、いざ言われると彼の心のほんの奥底に虚しさを感じた。
「まさか皇女の隣にネズミが張り付いているとはな…監視を続けてくれ」
カイムの指示に、報告書を渡したマックスは親衛隊敬礼をして任務へと戻った。たった一人会議室の席に座るカイムは、教皇の予言を改めて思い出そうとした。
「鮮血は…やはり皇女か、私か」
そう呟き、カイムはポットの冷めきったコーヒーを注ぎ一気に飲み干した。




