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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第八幕-3

 皇女ホーエンシュタウフェンにとって、父親は国の民を護るために勇ましく戦い死んだ英雄だった。このことは決して揺るがぬ事実ではあったが、帝国議会における教皇ゲーテの告白は、彼女が現実を受け入れるための建前を全てを打ち砕いたのだった。先代皇帝の死は、テオバルト教の暴走による無駄死にであるということと、皇帝戦死による貴族の増長や富と兵力の分散などを狙ったものと考えれば、彼の死が国を巻き込んだ悲劇の舞台と考えられた。そう思ったときに、ホーエンシュタウフェンにとって現帝国に対する愛国心は一瞬で跡形もなく消滅した。彼女からすれば、自分の父親を討ったのはもはやヒト族ではなく、帝国という存在そのものだった。

 虚しく救いようのない事実を知り、哀しみに暮れたホーエンシュタウフェンは自室に引き籠もるとベッドの上から部屋の隅、テラスや机に突っ伏したりと場所も定めずひたすらに泣き続けた。昼になっても日が落ちかけても、夜になっても彼女の涙は引くところを知らなかった。泣けば泣くほど彼女の脳裏に過るのは悲しみの過去であり、血を流し死にかけた父親を置いて逃げたあの日だった。その記憶が過る程に、彼女瞳からは枯れたと思った哀しみの涙は止まる事を知らなかった。

 自室にようやく朝日が射し込んで床に膝付きベッドへ突っ伏しながら何で泣いてるのか解らなくなるほど泣いた後、ホーエンシュタウフェンの心に浮かんだのは現帝国への怒りだけだった。帝国への忠誠も愛国心も無い者が、自分の事だけ考えて富を溜め込み他人に出血を強要する。そんな貴族ばかりのこの帝国に何の価値があるのか、いずれ国を統べる皇帝となる筈のホーエンシュタウフェンには全く解らなくなってしまったのだった。


「恵まれなかったのは…隣人じゃなくて取り巻く仲間でしょう…お父様…」


 自室で泣き腫らし、呟いたホーエンシュタウフェンの頭には悲しみのよっていつの間にかおぞましい考えが浮かんだ。それは、彼女が今まで必死に避けようとしていたことだった。

 同じ魔族であるからこそ語り合い通じ合えば解りあえるというのがホーエンシュタウフェンの考えであり、力で貴族を従えていた父親の手法とは相反するものだった。父親の国家統治の手段は彼女からしても乱暴だと思えたが、彼女にも"良き暴君による揺るぎない統治"というのは父親の掲げるかけがえのない理想だった。そんな父親と同じ道に活路を見出しかけたホーエンシュタウフェンは、同じ魔族であっても自身を信奉せず解りあえないのなら要らないものを排除して新しい帝国を作り直すという暴力的なその考えを頭を抱えて必死に振り払おうとした。その時、彼女の頭には一人の人物がぼんやりと浮かんだのだった。

 生活どころか生きることに貧する若者を兵士に変えて、帝都で暗躍していた悪人を討った自分の元を去っていった英雄。彼は確かに野蛮な手段や危険な方法に訴えかけたが、それは彼の言う通り多くの民が求めていたことであり、彼はその点で民の代弁者のような立場だった。彼は自分を民衆の希望の器と表した事があった。なら、"自分達に仇なし帝国に仇なす者を討つべし"と言うのが民の思いなのか"今の自分のすべき事は何なのか"などとひたすらに考えていたホーエンシュタウフェンは、二日がかりでようやくひとつの決断をしたのだった。


「父の為に、民の為に、帝国は変わらなければならない…大きく…強く…」


「姫…ホーエンシュタウフェン?」


 心労と寝不足から、執務室の机に座るホーエンシュタウフェンは何時の間にか現実と夢の境が曖昧になり、虚ろな瞳で独り言を呟いていた。その幽鬼のような姿で放たれた一言は議会の書類の確認をしていたファルターメイヤーへ大いに不安を与えたのだった。分厚い書類の束を捲り内容を確認していた彼女だったが、数分前から様子がおかしいホーエンシュタウフェンはファルターメイヤーには寝ているのか起きているのかというの通り越し、生きているのかどうか怪しく感じさせるのだった。

 そんな明らかに疲れすぎているホーエンシュタウフェンへ寄り添うようにソファーへと座らせ隣へ腰かけた。彼女は、瞳を充血させ目の下に濃いクマを作った自分の友人へ心配する表情を見せた。彼女も騎士として彼女を支えるために様々な仕事を手伝っていたが、それでも彼女は騎士でしかないために出来ることは少なくホーエンシュタウフェンにばかり負担を掛け続けていた。

 酷すぎる現実と共に二日間も部屋に籠らせてしまった年下の友人は、見た目だけはファルターメイヤーに別人の様にさえ思えさせた。そんなホーエンシュタウフェンが放った言葉に、ファルターメイヤーは不安な声であえて敬称ではなく彼女の名前を呼んでみた。二人きりの少しの時間、婚約者であるはずのアモンがホーエンシュタウフェンの思惑と異なる行動を取り彼女を放置する以上、ファルターメイヤーは自分が彼女の心に寄り添い掛かった暗い曇を払わなければと無意識に思っていたのだった。


「お父様は…死ぬ必要もなければ、もしかするとヒト族を追い返せたかも知れなかった…」


「辛いのは解る…帝国の未来は茨の道だ。だがな、その中でも君は何時だってこの国の希望の光だ」


 虚ろな瞳で呟くホーエンシュタウフェンの言葉で更に不安を掻き立てられると、ファルターメイヤーは皇女の角から刺さった書類を数枚抜き取り、彼女の頭を軽く掴んで自分の肩においた。流れる銀髪が彼女の暗い顔に掛かると、ファルターメイヤーはその髪を耳の後ろへ流させた。

 今にも泣き出しそうなホーエンシュタウフェンを励まし語りかけるファルターメイヤーは彼女頭を撫でながら力強く抱き締めた。それでも、ホーエンシュタウフェンの心は閉ざさせれ、虚しさと絶望に満ちていたのだった。


「もう…こんな国、いっそ全て亡くなってしまえばいいんだ…何もかも、消えてしまえば…」


「その君が、そんなに悲しい顔をして…そんなにこの国に絶望してしまったら…私達はどうすれば良い?水だけでは花が育つ事はないんだぞ」


「確かに、その通りだ」


 上手く働かない脳が纏まらない虚しい思考がホーエンシュタウフェンの中に巻き上がると、彼女は自暴自棄に近いヤケの言葉を口にした。

 ホーエンシュタウフェンの中に渦巻く虚無感に、ファルターメイヤーは、自分の友人の窶れ果てた姿に喝を入れるつもりで熱弁を振るって見せた。それでも未だに暗いままのホーエンシュタウフェンは、ぐずるようにファルターメイヤーの肩へとしがみつくのだった。

 そんなホーエンシュタウフェンの喝に続くように、カイムはその主張に賛同しつつ控え室へと入ってきたのだった。その表情は皇女の萎れた姿に同情するものではなく、むしろ情けないと馬鹿にしつつ鼓舞するような表情だった。そんな彼に失礼だと主張するように睨み付けるファルターメイヤーへ、カイムは今一度扉を叩いてみせた。


「どうせ大方、この国の貴族達を纏めて全滅させようとか、自分に反逆する不要な存在を排除しようとか極端な事を考え始めたんだろう?」


「だとしたら何?笑いたいなら笑うが良いわ!あれ程話し合いを呼び掛け、結局暴力に走った暴君とでも嘲笑うの?」


 ぶっきらぼうにカイムから言われた図星に、ホーエンシュタウフェンはファルターメイヤーの腕の中で一瞬震えた。その瞳には動揺が見えたが、何とか直ぐに勝ち気な普段の視線に戻すと、ふらつきながらもカイムへと啖呵を切りながら立ち上がった。その言葉はストレスから語気が荒く露骨に怒りを剥き出しにした言葉が投げ掛けられると、カイムの後ろに控えていたギラとアロイスが彼の前に踏み出そうとした。そんな彼等を両手で制すると、カイムはひたすらに彼女を見詰めた。批判するような、本音を言えと野次を飛ばすような無言の目線に、皇女は口を何度も開くが言葉は詰まり、何も言えなくなっていたのだった。


「そんな薄っぺらい言葉が貴殿の主張か?だとすれば、随分と情けないことだ。何も出来ず、何かを得る為に何かを失う覚悟もなくただ弁舌を振るうことになんの意味があるか!挙げ句、こんなどこの馬の骨とも解らない男が軍を率いて、貴殿は子供のように泣き腫らすだけか?随分と悠長なことだ。ならば確かに、こんな国滅んだほうが世の道理だ」


 馬鹿にするようなカイムの言い方に、ホーエンシュタウフェンは何も言えなかった。確かに彼女はかつてカイムのやり方を否定した。だが、帝国の現実に向き合った今では、彼のやり方に迎合するのが最善としか考えが付かなかった。"話し合いである以上、苦い和平(ビテラフリーデン)しかない"という彼の言葉に今さらながら納得した彼女には、過激な人物たるカイムの言葉であっても、彼が如何に現実的で最善を選択してきたのか、そして何を失い傷つける覚悟を持っていたか予想ができた。

 自分に出来ないことを目の前の男は淡々と仕事としてやってのけたと考えると、ホーエンシュタウフェンは沸き上がる劣等感から俯き黙って、開いた口を閉じてソファーに座った。だが、そんな彼女の姿に怒りを剥き出しにしてファルターメイヤーは立ち上がると、カイムの襟首を掴み上げた。


「じゃあ、一体私はどうすれば良いというのよ!どれだけ話し合いを持ち掛けても、誰も彼も自分の事ばかり!国なんてどうでも良いと言ってばかり…必死に頑張っても民に言われるのは馬鹿皇女なんでしょ!私は力が無いなら、いっそ暴君にでもならなくちゃこの国を変えるなんて出来ないでしょう!ならどうすれば良いと言うのよ!」


 だが、立ち上がったファルターメイヤーより先に、ホーエンシュタウフェンがあらん限りの声で叫んだ。その言葉は皇女としての言葉ではなく、年相応の少女の言葉だった。どれだけ地位が高くとも、ホーエンシュタウフェンはまだ年頃の少女でり、国政だとか人民、治安から経済などという小難しいことをこなせるような皇帝ではないことを自覚させられる悲痛な叫びであった。


「私だって頑張った…頑張ったのよ!お父様が戦死してから、この国の次期皇帝として!知らない政治学も勉強した、経済学なんて何も解らないけど必死に解ろうとした!軍学だって、人殺しの方法なんて出来ないけどやろうとした!何だってしたのよ!でも、私はお父様じゃないのよ…この国の腐敗は…私には難題過ぎるの!」


 自分を無力と憐れみ、悔しさから膝の上で拳を震わせ涙を流す目の前の少女に、カイムは皇女ホーエンシュタウフェンという一人の人間の評価を今一度改めた。周りは彼女を理想に溺れる少女と言い、カイム自身もそうだと思っていた。だが、目の前の少女は誰よりも十分過ぎるほど現実を理解し、その現実へ追いつき追い越そうと努力していた。その上で理想を現実にするという壁にぶつかり、力ある父親と比較されながらも今まで努力し、自力で帝国議会の開催まで行ってみせた。それに対して、多少計画を立てたとはいえ成り行きで総統になった自分と比べれば、彼女の真の実力は圧倒的に凄いということカイムは改めて思い出させられたのだった。

 そう考えるほど、カイムは今までの自分が勢いだけで成功し意気がってた恥ずかしい人間に思えたのだった。


「政治の腐敗は、権力者が賄賂や富を優先する事じゃない。それを批判出来ない事が腐敗なんだ」


 そう呟くと、カイムは襟首を掴むファルターメイヤーの手を払うと、ゆっくりとホーエンシュタウフェンの元へ歩み出した。その一言に彼女は肩を震わせるとそれを事実と受け入れるように苦々しく顔を背けた。


「だが君は明確に、この議会でそのような事を批判し正そうと主張した。腐敗は下から上に行く事が無いのだから、この国はまだ腐敗してない!確かに、君を馬鹿皇女とか言った連中もいた。だが、それでも君が皇女としてあり続けていられたのは、君のことを民衆が心のどこかで認めていたからだ。真に悪しき皇女なら、ただの暴君なら、当の昔に討たれて今頃"市民革命"で民主政治だ。だが、君は討たれていない」


 突然に喋りだしたカイムに、ホーエンシュタウフェンは面食らった。だが、少なくとも目の前の総統と呼ばれる男が自分に対して良い評価をし、自身を鼓舞しようとしていることだけは感覚的にわかった。

 そんなカイムはホーエンシュタウフェンの肩を掴み、猫背になった彼女の姿勢を正したながらその暗い瞳を見詰めた。


「あのっ…えっと…市民革命?」


 突然に目と鼻の先へと現れたカイムの顔に戸惑うホーエンシュタウフェンを無視して、彼は彼女へ更に詰め寄った。


「大衆は自然と集団の象徴(アイドル)を求める。ならば、苦難と絶望を知り、力なき者や才なき者の葛藤を知っている君は、器だなんだと言う私より遥かに民衆の代弁者だ!」


 目の前で熱く弁舌を振るうカイムに、控え室全体が呆気に取られた。そんな唐突に訳の解らない事を言い出し自己完結させたカイムの激励はあまりにも理解しづらく、自分も付けられる結論が欲しくなったホーエンシュタウフェンは立ち上がり肩を掴む彼の手を払った。


「つまり、貴方は私に何が言いたいの?」


「ホーエンシュタウフェン皇女殿下。貴方の理想は民衆には少なからず否定されていない。そして、貴方の前には民を虐げる者がいる。そして、貴女は"敗北は屈服にあらず"と己に言い聞かせ、屈辱に耐え抜いた。だからこそ、それと戦き続けた貴方には統一の象徴(アイドル)となる素質がある!」


 カイムの突然の主張はファルターメイヤーの心に小さな疑問を燻らせた。だか、アモンに対して感じた不信感を伴う疑問と比べると、それはまた異なる感覚だった。


偶像(アイドル)?」


 ホーエンシュタウフェンもカイムの言葉に少なからず興味を持ち出した事に危機感を感じ、一旦流れを止めようとファルターメイヤーはカイムと皇女の間に割って入った。


「貴様らは、姫様と道を異にするのだろう?なら何故…」


「皇女は、改めて帝国というものを知った。そして、如何にこの国が歪み果てているか、危うさを理解した。その上で、彼女はただ優しくあるのでは無く、したたかさを覚えようとした。ならば、彼女と私達の道は交わった」


 そのカイムの言葉に、ファルターメイヤーは後ろに控えるギラとアロイスへ視線を向けた。皆無を城から追い出し自分達に迷惑ばかりかけてきた皇女へのカイムの態度は彼等も納得いかないはずと考えた彼女だったが、彼等は至って冷静だった。

 そんな混乱するファルターメイヤーを見て、むしろ落ち着いたホーエンシュタウフェンはカイムへと歩み寄り、彼の顔を見上げた。


統一の象徴(アイドル)になるのは構わない。けど、私は帝国皇帝ホーエンシュタウフェンの娘よ。何者の上に立ち、この国を統べる血統よ。貴方の下につく気は無い!それでも構わないかしら、総統(マイン・フューラー)?」


「"良い上司とは、部下の才能を生かす者"です、殿下」


「つまり、貴方より私の方が暴君(アイドル)として似合ってると」


「逆ですよ。それは私の役目です。綺麗な理想を語るには、私の心は汚れすぎてる。自分で言うのも何ですが、暗殺未遂をされましたから…」


 ホーエンシュタウフェンの質問に対するカイムの答えは、彼女にとって以外過ぎる物だった。そんな彼の皮肉混じりの言葉に、彼女は久しぶりに強い仲間意識を感じた。それでも一瞬、皇女としてのプライドが彼の融和を拒絶しそうになったが、彼女は議会で起きた教皇の罪の告白を思い出した。物事を変える為には、自身の変化と覚悟がいる。そう理解した次期皇帝ホーエンシュタウフェンにとって、帝国を激変させるには彼の存在が改めて不可欠に感じてきたのだった。


「なら、私はどうすればいいの?何をすればいいの?」


「それを決めるのは貴女だ、殿下。帝国の象徴(アイドル)らしく、貴女の…臣民の理想を叫べば良い。その為に、私が悪人達の嫌われ者になる。この帝国の剣として、皇帝に振るわれ、この身を真っ赤に染めるだけ」


 カイムの結論に、ホーエンシュタウフェンには納得以外の選択がなかった。


「わかった。それなら帝国の象徴(アイドル)だろうと統一の象徴(アイドル)だろうと、暴君(アイドル)にだってなってやるわよ!」


 カイムとホーエンシュタウフェンの間に結論が出ると、彼女はゆっくりと扉の方向に進もうとした。


「ホーエンシュタウフェン!大丈夫…なの?」


 少なからずホーエンシュタウフェンの顔が急に明るくなった事で、逆に心配になったファルターメイヤーが声を掛けた。そんな彼女に笑顔を向けながら、ホーエンシュタウフェンは疲れから少しふらつきながら彼女に抱きついた。


「大丈夫、なんだが吹っ切れた。だがらファルターメイヤー、お願い。私を演説台まで連れていって」


 ホーエンシュタウフェンの激しい浮き沈みや根の優しさを理解していたファルターメイヤーは、彼女の瞳を見詰めると納得したように頷いた。


「今度姫様を泣かせたら、私がお前を射つ。ついでだ、その役目も引き継いでやる」


 不敵な笑みと共にカイムへとファルターメイヤーが宣言すると、警戒するギラとアロイスを置いて当の本人はほほえんで頭を掻いた。


「女の子を泣かせるのは趣味じゃないですよ。それに一応、私はこの帝国の英雄なんでね?」


 そう言うカイムの軽口を背に受け、ホーエンシュタウフェン達は長い午後への扉を開けた。

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