繋がった一人と一匹
家にドラゴンの娘を連れ帰った後、俺はルッツとコロンに頼んでドラゴン娘の治療をやらせた。
そして、治療を施した翌日の昼間、ドラゴン娘は無事に目を覚ました。
元は火竜だからだろうか。細くて艶のある赤い髪の毛は、ラメでも塗られているかのようにキラキラと輝いている。
「お、目が覚めたか。身体は痛むか?」
「ガルル! 近寄るな!」
ドラゴンの娘に酷く警戒されている。
怖い目をしているけど、身体を手で守って丸くなっているのを見る限り、怯えていると言った方が良いのかも知れない。
とりあえず、こんなもので釣れるかは分からないけど、やってみるか。
「ルッツ」
「はい、主様」
俺がルッツの名前を呼ぶと、人になっていたルッツがパンを持ってきた。
俺が素材集めに出ている間に、コロンが焼いてくれたパンだ。
俺はそのパンを受け取ると、怯えて縮こまっているドラゴンの娘の前にパンを差し出した。
「食えるか?」
「これはなんだ!? 毒だろ!? 騙されないぞ! お前達人間はいつもそうだ」
「あー、そっか。仕方無いな」
差し出したパンを俺は千切って自分の口の中に放り込んだ。
「あー、焼きたてだから美味いなぁ」
「うぐっ……」
ぐぅぅぅぅというお腹の音がドラゴンの娘から聞こえる。
どうやらお腹は空いているようだ。お腹が一杯で食べられないという訳では無さそうだな。
となると、食いつかなかったのは別の理由か?
「ルッツ、ドラゴンってパン食えないのか?」
「基本的に雑食性なのです。石でも鉄でも食べるのです」
「そりゃすごいな……。パンより鉄の塊の方が良かったか?」
「んー、大丈夫だと思うのです。今は人型にリビルドされてますし」
女の子の見た目でバリバリと鉄の塊を食われても困るし、パンが食えると分かって良かった。
別に食べなくても良いけど、これは俺のお仕置きだ。
「仕方無い。ルッツお仕置きをするぞ」
「はいなのです。主様」
ルッツがドラゴン娘を羽交い締めにして、俺がパンを無理矢理ドラゴン娘の口の中に詰め込んだ。
「ふぐっふぐぐぐ!?」
「苦しいか? 苦しかったらこのパンを噛んで飲み込むしかないぞ?」
「ふごご!?」
「ふはは、やるなこの卑しん坊め。もう半分以上飲み込んでいるじゃないか。口ではあぁいっていたのに、身体は正直だな。もう腹を満たす快楽に屈したか」
「ふごっ!?」
ドラゴン娘は涙目になりながらも、パンを半分以上飲み込んでいる。
これではあっさりお仕置きが終わってしまう。
「コロン! パンのおかわりとスープを!」
「は、はい! 持ってきました」
「良いぞ。この一本目が終わったら、暖かいスープでその口をいっぱいにしてやるんだ!」
「あ、あの、新田様、これどうしてもあの台詞言わないとダメですか!?」
「お仕置きだからな」
「わ、分かりました。マダマダアルゾー。カクゴシロー。コノメスドラゴンメー」
コロンの棒読みに俺は演技を忘れかけた。
って、素に戻っちゃ駄目だ。
このドラゴンの子に深く首を突っ込まないために、距離をとるための儀式だ。
これならこの娘が危険な存在でもすぐに追い出せる。
「ぷはっ!? 何すんだ!?」
「腹は膨れたか?」
「え? あ、うん」
「傷は痛むか?」
「あれ? そう言えば痛くない……どうして」
「薬はちゃんとドラゴンにも効くんだな」
「って、あれ!? あたいの身体どうなってんのー!? 翼は!? 尻尾は!? ツメは!?」
今更気付いたのか。
ずっと驚かないから、人型になっているのを、とっくに受け入れているかと思ったよ。
さて、こうも警戒されていると、どう接したものかなぁ。
「ルッツ頼む」
とりあえず、ここは同じく人になれるルッツに任せておくか。
「安心して下さいドラゴンさん。主様の力でちょっと身体の作りを変えさせて貰っているのです。ちゃんと治るので安心するのです」
「というか、お前も何なの!? 人じゃない気配がする!? 放せ!」
「おろ、さすがドラゴンですねぇ。この高性能万能工具の精霊に気がつくなんて。それより暴れるとせっかく塞がった傷が開いちゃうのです」
「っ!? いっつー……」
いわんこっちゃない。
ドラゴン娘がお腹を押さえてうずくまる。
ったく、せっかく治療したのに余計な手間を増やして。
俺は急いで傷薬を片手にドラゴン娘の隣に立つと、彼女の頭を一度撫でた。
「大人しくしてくれよ。死んで貰ったら夢見が悪い」
「……あんたは一体なんなんだよ?」
とりあえず少し落ち着いたかな?
これで会話が出来そうだけど、まずは傷の具合からだな。
「新田だ。傷薬塗ってやるから、お腹見せてくれ」
「なっ!? お、男に、それも人にお腹を見せる!?」
「何でそんなに驚いてるんだ? 昨日既にやったんだけど」
「乙女のお腹に触れたの!?」
何をそんなに恥ずかしがっているんだろう?
確かに女の子には違いないが、ドラゴンだしなぁ。
お互いに種族は違うんだし、そんな恥ずかしがることもないと思うのだけど。
「主様! 包帯を解きました!」
「やめっ、いやーーー!?」
やけに嫌がるドラゴンの娘のお腹に白い傷薬を塗りたくっていると、最初は酷く暴れていた。
それこそ、足で俺の顔を蹴り返そうとするぐらいだった。
だが、すぐにドラゴンの娘はしゅんとして一気に大人しくなった。
そして、不思議なことに、やけに真っ赤な顔で俺を見上げてくる。
「ご主人様ぁ……。もう……エンリを虐めないでぇ……」
「え……?」
ちょっと待て。さっきまでの威勢の良さはどこへ行った!?
何でこんな真っ赤な顔で蕩けた声して、潤んだ目をしているの!?
「お願い。エンリ良い子にするからぁ……」
「ルッツ、これどうなってるの?」
先ほどまで俺を拒否して怯えていた竜の少女エンリが、今では俺の腕にすがっている。
「ご主人様ぁ。さっきみたいにあたいの頭も撫でてぇ」
エンリが自分からスリスリと頬を腕にすりつけてくる。
懐いたというよりかは、心酔したというか、もっと言えば、発情したような状態になっているような……。
「ルッツ、俺工作魔法以外に何か使えるのか? 魅了の魔法的な何かとか」
「いえ、使えないのです。でも、この状態は説明できるのです。雄のドラゴンが雌のドラゴンの下腹部をなめることが、発情期に見られる求愛行動のようなのです」
「俺は手で傷薬を塗っただけなんだけど」
いや、ちょっと待て。ということは、このドラゴン娘のエンリは今俺に発情しているってこと? ご主人様ってそういう意味!? つがいのパートナー的な意味!?
「えーっと……。傷薬の粘り具合が粘液に良く似た感覚だったのではないでしょうか?」
「つまり、俺がやったのは?」
「交尾前の求愛行動なのです。発情期ではない時期に刺激しすぎた結果、エンリさんは主様に服従してしまったようなのです。さすが主様、テクニシャンなのです。黄金の右手なのです」
「全然褒められている気がしないのは何でだろう……」
とはいえ、エンリの態度の急変の理由はハッキリした。
まさかお腹に触れることが求愛行動とは思わなかった。
さっきからずーっとスリスリしてくるのも、本能的に甘えてきているんだろう。
よく猫が身体をすりつけてくるあれに似ているけど、どうしようこれ……。
ちゃんと山に帰ってくれるのかな?
「エンリ、身体の調子は?」
「ご主人様のおかげで大丈夫。ご主人様ありがとぉー」
「なら、良いんだけど。何でエンリはあんな傷だらけだったんだ?」
「ご飯食べてたら、何か人の行列がやってきて、急に襲ってきたの。何か変な青い旗持ってた」
青い旗を持った人の行列か。それにドラゴンを攻撃するための武器を持っている。
もしかして、この子もコロンと同じように帝国の軍人に襲われたのか?
「コロン、君を追っていたのも帝国軍だっけ?」
「あ、はい。青い旗なら多分帝国軍です……。この近くまで来ていたんですね……」
コロンを追ってきたかどうかは分からないけど、同じ帝国軍には違いなさそうだ。
そのせいか、コロンは手を握って少し震えている。
「エンリさん、私の村の人は見ませんでしたか? 荷馬車で運ばれていたかと思うのですが……」
「えーっと、どうだったかなぁ? 後ろの方にそう言えば、何か人がたくさん乗ったのがあったかも。なにせ出会い頭にいきなり刺されたから頭来てさー。思わず火吐いちゃった。ちょうど食べてた鉄と石も出ちゃったから、人間達すごく慌ててたなぁ。牛とかは逃げてたっけ?」
「え!? 村の人達は!?」
「あー、何か奥の村に引き返していったよ? 多分」
コロンには悪いけど、エンリにとってはどっちも同じ人間で、自分を襲ってきた奴らだろう。わざわざそこに帝国軍人か否かを区別する理由は無い。
それにしても、エンリはいつまで俺に密着してるんだろう……。
「エンリが怪我した理由は分かった。食事中に刺されたら誰だって怒るよな」
「でしょー? だから、ご主人様も私を殺しにきた人だと思って怖かったの。でも、ご主人様は良い人だった」
「まぁ、怪我も治ったなら、山にでもどこにでも戻れよ。別に気まぐれで助けただけだから。今度は人に襲われないように気を付け――」
「ここにいるよ?」
「へ? いや、だって、別に元々一人で住んでたんだろ? ドラゴンの姿にもちゃんと戻してあげるし、ドラゴンのお前がこんな所に居座る理由が無いだろ?」
「ご主人様がいるところが、あたいのいるところー。ご主人様、大好き」
両手でぐっと抱きつかれた。
いや、ちょっと待て。別に本気でこの子をペットにするつもりなんて無かったんだ。
ちょっとルッツに対して言い訳がしたかっただけなんだ。
傷薬を塗ったのだって、怪我が悪化しないように気を遣っただけで、求愛行動なんてしたつもりはなかった。
「ちょっ!? ルッツ助けて!?」
「さすが主様、まさかドラゴンまで手なずけてしまうなんて!」
「いや、感心してる場合じゃなく!? このままじゃ、俺の理想の一人生活が――」
「これで移動がグッと楽になりますね。エンリさん、主様を乗せて空を飛ぶことって可能ですか?」
この万能工具め、俺の話を聞いちゃいない!?
「出来るよー。ご主人様を乗せて飛べたら楽しそうだなぁ」
エンリもエンリで抱きついたまま離れないし! コロンが何か頬膨らませているし、何がどうなってんだ!?
「なら、これで問題は一気に解決ですね! さすがです主様。まさかこうなることを見越していたのですね?」
「いや、何か面倒事が増えたようにしか見えないんだけど」
「エンリさんに乗せて貰えば空から村の様子が分かります。コロンさんに帝国軍人がどんな人か見分けて貰います。二人の力を借りて、逃げ出した家畜を主様のものに、コロンさんは村人を見つけて助けることが、エンリさんは意地悪した人間に仕返しできます。みんなの問題がいっぺんに解決するのです」
「あぁ、なるほど言われてみれば」
「それに帝国軍人が主様のこの拠点を狙ってくるかも知れません。そうなる前に憂いは断つべきです」
ルッツの言っていることは筋が通っている。
でも、何か裏がある気がするのは気のせいだろうか?
そう、例えば家畜を手に入れた後の世話を誰がするのか? とか思うと――。
「お願いします。新田様。どうか村のお友達を助けて下さい。きっとみんな怖い思いをしていて……、でも私には何も出来なくて、頼れるのが新田様しかいません……」
コロンが必死に頭を下げてきた。
困ったな。俺は争い事が嫌いなんだ。ドラゴンのエンリが傷だらけになるような相手とは戦いたくない。
俺はのんびりと一人で暮らしたいだけなんだ。自分の欲しい物を作って、ゴロゴロとしたい。誰の指図も受けたくない。
そんな自分から面倒事に首をつっこんでいくなんて、ごめんだ。
「俺は戦わない」
「新田様……。すみません。無理なお願いでしたよね」
無理なお願いだよ。でも、そのお願いを叶えないとは一言も言っていない。
理不尽に抗う力が無い悔しさは良く分かっている。
上司を相手にした俺はあまりにも無力だった。
ただ、へこへこと頭を下げて、上司の罵声を受け入れることしか出来なかった。
そんな自分も嫌だし、上司みたいに弱い人間の気持ちを知らない人間でいるのも嫌だ。
だから――。
「……まぁ、だから、壁を作って村人の誘導くらいならするよ。壁を作れば弓矢も飛んでこないだろうし。その後はどこに行こうが俺は関与しない」
俺は戦わないけど、逃がす協力だけはしよう。
それと、俺が戦わないだけだ。
「いいよ。ご主人様が言うのなら、あたい頑張って戦うよ」
エンリが自分から言い出したんだ。
今回はそれにあやかっても別に罰は当たらない。
「ドラゴンが協力してくれるんだ。戦うのなら俺よりも、エンリの力を借りた方が効率的だろ?」
そんな俺の提案でコロンは何度も感謝の言葉を口にしながら、俺に頭を下げてきた。
あまりにも必死な姿を見ていられなくなった俺は、彼女を落ち着けようと頭をなでた。
「お礼ならエンリに言ってやれ」
そう言った俺を隣のルッツがニヤニヤした顔で見ていた。
「やっぱり主様って照れ屋さんですね」
「ほっとけ」
別に照れてなんか無い。面倒事は嫌いだ。
でも、それ以上に力の無い自分や、弱い人を見捨てた上司の姿が嫌いだった。
たったそれだけのことだ。
「それじゃ、仕度してくるか。ルッツ行くぞ」
現物を小さな模型に変えて、重さも無視して運べるクラフターの力。
直接的な戦闘は向いていないけど、出来ることはある。
万が一を考えて、色々準備しておくのはムダでは無いだろう。
「あぁ! ご主人様あたいも行くー」
「エンリはギリギリまで休みなさい」
「……はーい」
外に出ようとしたらエンリが背中に抱きついてきた。
何かペット所じゃ無い何かになっちゃったな……。
本当にどうしてこうなった。




