少女の扱い
異世界での最初の夜を過ごした俺は、久しぶりに目覚まし時計に起こされない朝を経験した。
太陽は天高く上がっているところを見ると、もう昼間くらいか?
「ふぁー……。本当によく寝た……」
「あ、旦那様、おはようございます」
「あぁ、おはよう――。ん?」
おかしいな。ルッツなら主様だ。旦那様って一体?
「昨日は本当にありがとうございました。おかげで助かりました」
栗色の少女が頭を下げている。
どうやら自力で歩けるまで回復したみたいだ。
「なんでここに?」
「えっと、お目覚めになったら真っ先にお礼を申し上げたいと思いまして。あっ、申し遅れました。私、コロンと言います」
コロンと名乗った少女は頭を一度上げると、もう一度頭を下げてきた。
「旦那様の名前を伺ってもよろしいですか?」
「新田だ」
「新田様。昨日は本当にありがとうございました」
「別に感謝されるようなことはしてない」
「いえ、新田様がいなければ私はきっと川辺で野垂れ死んでいました。新田様がいたからこそ、私は今生きています。それにあんなに優しくされたのは、初めてでした……」
顔をあげたコロンは少し恥ずかしそうに頬を染めて、俺から目を反らした。
かわいい。って、何を考えてるんだ俺は……。
とりあえず、元気になってくれただけ良かった。後はトラブルを抱えてなければ良いんだけどな。
面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
行き倒れになるような事情なんて、ろくなものがないに決まっている。
だから、事情を聞くのは後でいいや。
まずはお腹が空いたから、食事にしよう。
多分この子も食べてないだろうから、出て行くにせよ、話はそれからで十分だと思うしな。
「新田様? どうなされました?」
「朝飯作ろうと思って。ルッツー、やるぞー」
あぁ、しまった。ハンマーのままのルッツに声をかけてしまった。
端から見れば、ハンマーに喋りかけている頭がおかしいヤツにしか見えないよな。
「了解なのです主様ー」
「ハンマーが喋った!?」
ほら、やっぱり驚いた。
「失礼なのです。私はハンマーでは無く、高性能万能工具のルッツなのです。偉大なる精霊の一人なのですよ」
コロンの当然なリアクションに対して、ルッツは何て非常識なんだと文句を言い始めた。
何だこの状況?
「ご、ごめんなさい」
「分かれば良いのです。ささ、主様、何を作るんですか?」
そう言えば、何を食べるか決めていない。
箱の中から昨日回収した食料の入った木箱を調べると、麦以外にジャガイモや豆といった主食に、人参やタマネギといった保存の効きそうな野菜が入っていた。
とりあえず、ジャガイモのスープでも作るか。
「適当に作ってみるよ」
俺はとりあえず全ての食材を模型から取り出すと、鍋の中に適当に放り込んだ。
その鍋を薪コンロの上に置き、場を整えてハンマーを振るう。
「クラフト」
ぽこんと言う音ともに、鍋から白い煙が噴き出した。
同時にタマネギの甘い香りも漂ってくる。
インスタント食品を作る以上に楽だなぁ、この魔法。
「新田様!? 一体何をされたのですか!?」
「工作魔法って言うんだってさ。素材から作りたい物を作る魔法らしい」
「すごいです! こんなすぐにお料理が出来るなんて! もしかして、このお家も新田さんが作ったんですか!?」
「昨日修理した」
「すごいですね。何でも作れちゃうなんて、神様みたいです」
その神様から貰った力なんだけどね。
まぁ、でも、悪い気はしない。
だから、今日は少しくらい優しくしてあげられたら良いな。
未だに俺からは目を見て話せないし……。
「食べるか?」
「い、良いんですか?」
「良いよ別に。多めに作ったから」
というか、そのために作った。
コロンは皿を両手で持って、俺がよそうのを子犬のような目で待っている。
期待しているように見えて、どこか不安を感じているような潤んだ瞳に負けて、少し多めによそってしまった。
「あ、ありがとうございます!」
「ちゃんと椅子に座って食べてくれよ」
こうして、朝飯にありついた俺はコロンに話を聞くことにした。
このご飯で義理は果たせただろうしな。
「んで、なんであんな所で倒れていたんだ?」
「えっと、新田様は帝国のお方ですか?」
「いや、違う」
というか、帝国については何も知らない。でも、それでホッとしたのか、コロンは長いため息をついてから、話を始めた。
「帝国軍が突然村にやってきて、村を焼き払い、私は捕らえられてしまいました。それで、夜、乱暴されそうになったんですけど、火事が起きて何とか逃げ出しました。三日間飲まず食わずで逃げていたら、川の前で力尽きてしまったのです」
思った以上に大変そうな話をされて、俺は聞かなければ良かったと、少し後悔した。
やっぱり厄介事を抱えていた。
というか、帝国軍が村を焼き討ちってなんだ? 戦争でもしてるのか?
「んで、この先どうすんだ?」
「分かりません……。行く先がないんです……。私は村から出たことも無いですし……。村の外に親戚もいません……。王国のほとんどは帝国に滅ぼされてしまいましたし……。帝国に行っても、戦利品の奴隷になるしか……」
あぁ、本当に聞くんじゃなかった。
こんな話を聞いたら、追い出したくても追い出せない。
とても一人で軍人相手に生き延びられる子には見えない。もう一度捕まって乱暴されるだけで済めばマシなレベルだろう。
どうしたもんか。
「あの、お願いします新田様。私を新田様のものにしてください! 新田様には既に心に決めた方がいるのかもしれませんが、私も側に置かせて下さい」
「ぶっ!? 自分が何言ったかわかってんのか!?」
突然で予想外の申し出に俺は思わず噴き出した。
でも、コロンの方は真剣な表情で頭を下げてくる。
「はい。身の回りのお世話やお家の手入れは私がやります。新田様に命を助けて貰ったお礼はそれぐらいしか出来ませんから、決して奥方様にはご迷惑をおかけしません」
「まぁ、そう言うのなら別に良いけどさ」
「ありがとうございます! よろしくお願いします。新田様」
多分、そこらへんに放り出すより遙かに安全だろう。それに、この子なら上司みたいに机は蹴らないだろうし。
俺を優しく扱ってくれるし、敬ってくれる。
近くにいても俺に危害は無いはずだ。
「良い判断なのですよ主様」
突然ちかっと目が光ったと思ったら、机の上にルッツが仁王立ちで現れた。
「うぉぅっ!? 突然人の姿に戻るとビックリする!」
というか食事中に机の上に上がるな!
「きゃっ!? あれ? 奥方様? え? ハンマーから人? え?」
「奥方様? ルッツが?」
「え? 違うのですか?」
俺の反応にコロンがきょとんとしている。
かわりにルッツは両手を頬に当て、くねくねと不思議な踊りを踊っていた。
「いやん、主様の奥様ですってー! 恥ずかしいのです」
いや、恥ずかしいも何もお前ハンマーだし、精霊だろう。
「気にするな。ルッツは奥様でも恋人でもない」
「そうなのですか?」
「さっきの喋るハンマーに宿った精霊」
あぁ、しまった。喋るハンマーって言うと怒るんだった。
「喋るハンマーじゃないのです。高性能万能工具の精霊なのです!」
「ルッツ机の上に立たれると、邪魔でご飯が食べれないから、ハンマーに戻りなさい」
「はーい」
あっさり引き下がったルッツが机の上にトンという音ともにハンマーに変化した。
「ということで、別に何かルッツに遠慮することは無いかな。俺の道具みたいなもんだから」
「そういうことなのですー。ルッツは主様の僕なのですー。魔法使い風に言うと、使い魔なのです。なので、コロンさんが家の管理をしてくれるとその間に主様と渡しが他のこと出来るので、ルッツからもお願いしたいのですー」
若干語弊がある気がするけど、つっこむのは止そう。
それにしても、他のことか。ノンビリ自分の時間を過ごすってのは決めていたけど、具体的に何をしよう?
「とりあえず、主様。せっかく時間が出来たのですし、この廃墟を再生してみてはいかがですか?」
「へ? 何で?」
「食料などは確かに見つけましたけど、この先もこのスープだと飽きませんか? せっかくの工作魔法なのです。牧場や農園を作り、豊かな食生活を目指してはいかがです? 素材は街の外にきっとありますし」
「なるほど。それもそうだな。そうしてみるか」
こうして俺は自分の食生活のために、廃墟を復興させることにした。
「はい。では、建材となる石や木材を取りに、まだ見ぬ野菜や果物、家畜となる牛や鶏を探しに冒険なのです」
とはいえ、そんな簡単なことじゃないというのはすぐに思い知らされた。
コロンの話しを聞いていたら、何が起きているかくらい、もうちょっと簡単に予想出来たはずだった。




