食糧確保と少女確保
住が整ったら次は食だ。衣は今の所よれよれになったワイシャツがあるから、少しの間は保つ。気温も暖かいから凍え死ぬことはないだろう。
だが、飲み水と食べ物だけは早めにどうにかしないと、飢え死にか喉が渇いて死ぬ。
「こんな大きな街なんだ。食料の備蓄庫みたいなのがあってもおかしくないと思うんだけど、ルッツ分かるか?」
「あー、ありますよー。この家から出て、歩いて五分くらいの所です」
ルッツに案内されて、木で出来た巨大な備蓄庫に行ってみると酷い異臭がした。
酸っぱくて鼻がツンとする臭いに、たまらず吐きそうになる。
臭いの元は木の箱に入っている食料だったものだろうか。転がってる人参とかカビ生えてるじゃねぇか……。
とても食べられる物の臭いと見た目では無い。
「くっさ!?」
「あー、腐ってるみたいですね。私は万能工具なので鼻が無いから分からないんですけど」
「……そりゃ、ハンマーだしな」
「ハンマーじゃないです。万能工具なのです!」
正直どっちでも良い。
それよりも問題は食料が全く無いということだ。さすがに腐った物は食べられない。
このままでは空腹で死ぬなぁ。
「それにしても臭い……」
「主様、こういう時もクラフターの力です。とりあえず、片っ端からキューブ化してしまうのです」
「そうだな。とりあえず、臭いだけでも消えるのなら」
異臭を発する箱をひたすらポコポコと叩き、片っ端から小さな模型化していった。
すると、臭いが次第に薄まり、気分の悪さも大分収まってきた。
「では、キューブを持ち帰りましょう」
「え? この腐ったヤツ持ち帰るのか?」
「はい。物は使いようです。クラフターならば、どんな物だろうと素材に早変わりなのです」
「まさかこれ、元に戻せるのか? さっきのリビルドで」
「はい。素材は必要ですけど。ということで、新鮮な植物と綺麗な水を採取しに行きましょう。その二つと鮮度を入れ替えるのです」
嘘みたいな話しだが、信じるしかなかった。
それが本当なら、当面の間の食料は確保出来て、餓死の恐れはなくなる。
「近くに川があるので行きましょうか」
そして、俺はまたルッツの案内で街を出てすぐの所にあった川辺に着いた。
川はかなり広く、流れは穏やかだ。周りには木と草がぼうぼうと生えている。
さっきルッツが言っていた新鮮な植物が、良く分からない雑草みたいな物で良いなら、それこそ腐るほどあった。
「またルッツでこの草を叩けば良いのか?」
「ふっふっふー。私は万能工具なのです! 変身っ!」
「うおっ!? スコップになった!?」
ルッツのハンマーがピカッと光ったと思ったら、今度はスコップになった。
「えっへん、万能工具ですから! 草とかならこっちの方が早いのです」
「お、おう」
試しに雑草の根元を掘ってみると、雑草がスコーンと軽々抜けて、模型に変化した。
確かに一々しゃがみ、ハンマーで叩くよりも楽だ。
万能工具ってハンマー一つで色々なことが出来るからじゃなくて、色々な道具に変化出来るからだったんだな。
そうして、スコップになったルッツで、ざくざく地面を掘ること一分程度、大量の雑草模型が手に入った。
「これだけ量があれば大丈夫なのです。次は木を切って、水くみ用の桶を作りましょう。変身!」
「おー、今度は斧か」
「はいなのです。とりあえず、一本で良いですよ」
斧になったルッツを目の前にあった木に振ってみると、三メートルくらいあった木があっさりと小さな模型に変化した。
だが、これでは桶ではなく、ただの小さな木だ。これをどう加工するのだろう?
「ここでプロセスの魔法なのです。主様」
「プロセス」
言われた通りに呪文を呟きながら木の模型を斧で叩くと、木の模型がぱきっと割れて、中から木の板が十枚くらい飛び出してきた。
「これが加工の魔法なのです。木から木材へ。元の素材の性質を活かして、扱い安い形に変えられます。そして、次は主様の最後の魔法。クラフトです」
「クラフト?」
「はいなのです。材料を組み立て、一から道具を作り出す最高の工具魔法なのです。地面に桶の絵を描いて、そこに今出てきた木材を置いてください」
ルッツに言われたとおり桶の絵を地面に描き、その上に木材の模型を置いた。
「これでいいのか?」
「はいなのです。では、変身!」
ルッツがハンマーに戻った。
さて、これでどうする? やっぱりさっきと同じようにクラフトと言って叩けば良いのか?
「では、主様。今までの要領でクラフトと呪文を唱えながら、叩いて見て下さい」
「あ、やっぱそれで良いんだな。クラフト」
今まで通り、呪文を呟きながら木材を叩いて見ると、ポンと音を立てながら白い煙が発生した。
そして、すぐにその煙が晴れると、中からは立派な木の桶が現れた。
「うおっ!? 本当に桶が出来た!?」
「これがクラフトの魔法なのです。主様は物を模型化する魔法、元に戻す魔法、合体して修復する魔法、加工する魔法、そして、一から作り出す魔法の五つの工具魔法が使えます」
「となると、さっきの腐った食料と、新鮮な雑草を、水の入った桶に入れて、リビルドを使えば、食料が蘇るってことか?」
「はいなのです。さっすが主様、もうご自分の力を把握していらっしゃいます!」
自分でもまさかとは思うけど、何となくやれる気がしたんだ。
というか、やれないと困る。
「リビルド!」
桶の中で浮いていた食料の入った木箱と雑草の模型が合わさり、ポンと白い煙を吐き出す。
桶の中を覗いてみると、大量に入っていたはずの雑草が無くなり、腐った食料の入っていた木箱だけになっている。
俺はその木箱を一個だけ取り出すと、ハンマーで叩いてもとの形へと戻してみた。
すると、驚いたことに腐った鼻をつくような臭いは一切しなかった。
「中身も――。すげぇ。ムギがいっぱい詰まってる」
ムギの粒が箱の中には目一杯詰まっていた。
先ほどまで腐っていたとは思えないほど、色鮮やかな見た目をしている。
「これで当面の食料は確保出来た。なら、後はさっきの木材でタルを作って、水を確保すれば、飢え死にすることはなさそうだ」
「はいなのです。この麦や種を使って農園を作ることも可能なのです」
「農作業も工作魔法で成長を早めたり出来るのか?」
「もちろんなのです」
意外とすんなり生きていける。
生きる知恵と発想さえあれば、何だって出来る。
何とか希望が見えてきたと思った所で、俺は困った物を見つけた。
「ルッツ、あれ何?」
「人ですね。女の子が倒れているようなのです」
ルッツの言うとおり栗色の髪の毛の少女が倒れている。
近づいて観察してみると服装はボロ布を羽織っただけで、食事をあまり取れていないのか手足も細い。
「とりあえず、生きているみたいですけど、どうしますか?」
「……食料は限りがあるし、今後のことを考えるとムダには出来ない」
それに、この子を助けてどうする? 赤の他人だ。
しかも、一人でここに倒れていると言うことは、明らかに何かトラブルを抱えている。
助けたら、俺にもそのトラブルが降りかかる。
面倒事はもう嫌なんだ。他人に押しつけられる厄介事はもう嫌だ。
だって、俺はそれで死んだんだから……。それで俺は生きる意味が分からなくなったんだから――。
だから、こいつも――。
「こいつを連れ帰って、虐待してやる」
「え?」
「まずは透明な液体を乾いた口に流し込み、その後にムギを原形がなくなるまでドロドロに煮込んだ白濁液を流し込む。そして、全身を熱いお湯に入れて痛めつけ、白い布で身体全体をごしごしと削り、死に装束となる白い服を着せて嫌がらせをする」
「えっとー……主様は照れ屋さんなのですか?」
「……気のせいだ」
もしかしたら、この子も俺と同じように他人に押しつけられた悪意や厄介事で倒れていたのかもしれない。
死んでも良いと思えるところから、逃げ出したのかも知れない。
だから、もしそうだったら、ちょっとぐらい手を貸しても良いと思ったんだ。
「行くぞルッツ」
「はい。主様」
そうして、俺は見ず知らずの行き倒れた少女を担いで、新しい家に戻った。




