転生したら、物作りの魔法使い《クラフター》になりました
今日の夜食べた物は何だっただろうか? 時間が無かったから、コンビニで買ったおにぎりだったかな?
頭がボーッとしながら食べたせいで、おにぎりの中身は思い出せない。
でも、眠気を覚ますために、何本目か分からない栄養ドリンクを開けたのは、ボンヤリ覚えている。
その前は?
確かノルマが達成出来なくて、上司に机を蹴られたんだ。
それで始末書を書かされた後に、また仕事を押しつけられて、俺は一体何をしていたんだっけ?
何のために生きていたんだっけ……?
普通の家庭に生まれ、普通の中学に入り、普通の高校に入り、普通の会社――ではなく、普通のブラック企業に入った。
そんな普通の人生で、今日も普通に終電過ぎまで会社に残っていたけど、何で今こんな走馬燈を見ているみたいに人生を振り返って――。
そんなことを疑問に思ったら、いきなり目の前が真っ赤に染まった。
あぁ……そっか。寝ぼけて車道に踏み出したら、車にはねられたんだ。
痛いけど……。困ったなぁ……。やっと眠れると思うと……すげー……気持ち良いや……。おやすみなさい。
○
身体がフワフワしている。
こんなに身体が軽いのはいつ依頼だろう。
「目を開けて下さい」
女の声? 誰だよ。嫌だよ。こんなに気持ち良い眠りは久しぶりなんだ。
だから、もう少しだけ寝かせてくれ。
ぐっすり眠れるのは一ヶ月振りなんだ……。
「あのー……聞こえてますかー?」
「後五分……」
「もう死んでますけど」
「そっか。なら、もう後五分死なせて」
死んだように眠れるなんて久しぶりなんだから。
ん? って、誰だ? それに死んでる?
「生き返らせてではなく、死なせてと言ったのはあなたが初めてですね」
声の主がくすりと笑ったようだ。
そして、俺の中で違和感がどんどん膨れあがってくる。
言われてみれば、俺は確か車にはねられて――。
「あぁ、そっか。あれで死んだのか」
「やっと目を覚ましましたね。気分はどうですか? 新田さん」
目を開けると俺は白い空間で倒れていた。
そんな俺を白い人影が覗いている。
「こんなに身体が軽いのは久しぶりかな」
「魂だけで、身体ありませんからね」
「あぁ、そっか。でも、これでゆっくり休めるんだよな」
「本当にあなたは変わった人ですね。私にも驚かないし、死んでホッとしているようにも見えます。でも、もし、このまま眠りを願っているのなら、そんなあなたに悲報です」
「悲報?」
「はい。あなたは既に生まれ変わることが決まっておりまして、次の身体が用意されています」
「……後、もう一日寝かせて。あなたが神様ならそれぐらい許して……。俺はもう現実に戻って働きたくないんだ」
勘弁してくれ。もう嫌なんだ。人にも会いたくないし、仕事のメールも見たくない。
もう、罵倒されるのは嫌なんだ。
「あー、大丈夫ですよ。今度の世界は少しだけおまけがついていますから」
「え?」
「一生懸命がんばって生きたご褒美と、早々に死んでしまったお詫びです」
そう言って神様が俺の手の中に渡したのは、光り輝くハンマーだった。
「その子とともに、新しい人生をどうか今度は楽しんで下さい。その子が一緒にいれば、世界と心を再建できますから」
神様がそう言って俺を突き飛ばすと、目の前が一度真っ暗になった。
そして、目に光が戻ってくると、周りはボロボロになった廃墟だった。
石やレンガが崩れて、穴だらけになった街だ。
人のいる気配は無い。長いこと放置されていて、木が所々壁を突き破っている。
ファンタジー風の王国が滅んだら、こんな感じだろうなぁ。という状況だ。
「……は?」
ちょっと待て。この世界のどこに楽しむ要素がある!?
生まれてすぐに死ぬぞ!?
「このまんまだと死んじゃいそうですねぇ」
「どうすんだよ!? 何も持ってねぇぞ!?」
「私がいるじゃないですか。まずは住処となる拠点を作りませんか主様?」
「そ、そうだな。衣食住が生活の基本……って、誰だ!?」
「ここですよー。手の中なのですー」
俺は頭がおかしくなったのかなぁ……。
いつのまにか握りしめているハンマーから、女の子の声が聞こえる……。
「あれ? 無視しないでほしいのですー」
「ハンマーが喋った?」
「はい。喋りました。って、一応訂正しておきますけど、ただのハンマーじゃないのです。万能工具の精霊のルッツなのです」
「る……るっつ?」
「はい。主様」
喋るハンマーこと、自称万能工具の精霊ルッツがぴかっと輝くと、目の前に一人の少女が現れた。
薄く青みがかった長い髪の毛と、ひらひらのついた服とスカート。
精霊というよりも天使みたいな子だ。
「ハンマーが人になった!?」
「高性能な万能工具の精霊ですから、人の姿にもなれるのです」
「工具とは一体……」
「万能工具の精霊ですから。この違い。大事なのです」
なにやらそこにはプライドがあるらしい。
人間だった俺には分からないが、ルッツは頬を膨らませて力説している。
これ以上文句を言われる前に、さっさと話題を変えるか。
「えーっと、その万能工具の精霊が一体何でこんな所にいるんだ?」
「私が様々な道具に変身して、主様に色々な物を作って貰うために神様から遣わされたのですよ。人格が宿っているのはそっちの方が便利かなーって」
「便利かなーって……。いや、喋る工具渡されても、こんな廃墟で俺はどうすりゃ良いのさ? 落ちているレンガでも集めて、建物を直して、そこで二度目の人生でも楽しめってか?」
「その通りなのですよー」
「無理だろ……。んな、ゲームじゃあるまいし、レンガで家なんか作ったことないし」
「だから、私がいるのですよー。主様、手を握って下さい」
言われた通りルッツの手を握ると、女の子の姿からもとのハンマーに戻った。
すげぇな。本当に工具なのかこいつは……。
「えっと、試しに目の前の家を叩いて見て下さい」
「え? 良いの? ちょっとぼろいけど、結構立派な建物だぞ?」
目の前には赤い屋根の二階建ての家がある。
「良いですよー」
不思議に思いながらも、言われた通りハンマーを振ってみると――。
「消えた!?」
目の前の建物が消えた。
綺麗サッパリ跡形も無い。その代わり俺の足下にぽとりと何かが落ちた。
拳大の赤い塊だ。不思議に思ってその塊を拾いあげてみると、家の小さな模型だった。
「あれ? この家って」
「はい。さっき主様が私を使って叩いた家なのです。これが主様の力、キューブチェンジです。ハンマーで叩いた物を小さな模型に変換します。そして、ここからが本番! 主様! 出来たキューブを地面において、もう一度私で叩いて見て下さい」
「お、おう」
言われた通りに模型を地面に起き、恐る恐る模型を叩いて見ると、模型から光が弾け、先ほど消えた家が目の前に現れた。
「うおっ!? 家が生えた!?」
「これがキューブリバースです。物を模型化する魔法と、元に戻す魔法がセットなのですよー。これが万能工具の魔法、その名も工作魔法なのです!」
「すごいけど、これじゃ壊れた物は直せないんじゃ?」
「ふっふっふー。私は高性能な万能工具の精霊で、主様は物作りの魔法使いクラフターなのですよ。これだけな訳ないじゃないですか?」
手元のハンマーが誇らしげに笑うのは相当シュールだったが、力を見せられた今では信じるしかない。
「とりあえず、この家を叩いて模型化してください。そして、そうですね。隣の家も模型化してください」
言われた通り、となりの家も叩いて模型化する。
「これで材料が揃いましたね。どっちの家の方が好きですか?」
「え? んー、こっちの赤い屋根の方かな?」
「なら、そちらを下に置いて、材料にする方を上に置いて下さい」
ルッツに言われた通り家の模型を二つ重ねる。
「置いたぞ」
「では、リビルドと叫びながら叩いて下さい」
「リビルド」
言われた通りの言葉を呟きながら叩くと、カツーンといい音がして模型が一つに減った。
いや、でもよく見てみれば、元々あった穴が消えたり、扉や窓が修復されたりしている。
「では今度はキューブリバースで元の大きさに戻してみましょう」
まさかと思った。でも、そうとしか思えない。
恐る恐る新しくなった模型を叩いて見ると、俺の目の前に新築同様の真新しい家が建った。
「主様、これで衣食住の住の完成です! リビルドは元の物に他の材料を加えて修理する工作魔法なのです」
「……家具は?」
「今回は中の物までまとめてキューブチェンジとリビルドしたので、家具も一式新品同様です。もちろん、材料を集めて新しい物を生み出すことも可能です。これが主様の手に入れたクラフターの力なのです」
「すげぇ……。この魔法があれば、何でも作れそうだ」
「はい。主様なら何でも作れます」
家の中にはフワフワの絨毯! ふかふかのベッド! ぴかぴかのバスタブ!
最高の居住環境だ。文句ない!
こうして俺の新しい世界での生活が始まった。
自称高性能万能工具の精霊ルッツを振るい、俺はこの世界を自分色に染め上げていく。
そして、今度こそ、俺は自分のために生きよう。何をしているのか分からない人生は、もう止めるんだ。




