第十四番 Reve d'amour
「部活の帰りですか?」
「うん。ずっと定演会の練習さぼってたからさ」
会話が途切れて、二人の間に静寂が流れる。
二人でいる時にはずっと音楽が流れていたから。次の言葉を上手く探せない。
「本選、残念だったね……」
先輩が言う。
「すみません……俺のせいで」
俺が答える。
「ううん! そういう意味で言ったんじゃなくて、」
慌てて先輩が身振り手振りで否定する。
その姿が余りに可愛くて、思わず笑ってしまう。目が合うと先輩は頬を赤らめて、恥ずかしそうに下を向いた。
「あたしからしたら、二次予選まで行ったのも奇跡みたいで」
下を向いたまま、先輩が続ける。
「駆くんじゃなかったら、きっとここまで来られなかったから……」
『そんな事ない』
否定しようとした俺を遮って、先輩は『本当だよ』と言って顔を上げた。
「あたしが駆くんの気持ち、受け止めきれなかったんだよね?」
申し訳なさそうに笑うさやか先輩。
凍り付いていた嫉妬とか、伝えられない苦しさとか、全部溶けていく。
あたたかい……こんな気持ちを届けてくれる先輩が、やっぱり好きだと改めて思った。
「少し付き合ってもらってもいいですか?」
「え?」
「一つだけ俺のわがまま聞いてください」
***
音楽室に来たあたし達は、暗くなって楽譜が見えなくなるまで、時間を忘れて演奏した。
本選で弾くはずだったフォーレの『愛の夢』
駆くんの持ってきたこの曲。
ホントはね、知ってたよ。
最初に駆くんがこの曲を持ってきた時から、あなたの気持ちに気付いてた。
こんな愛の詩を奏でてくれる人は、きっと世界に一人だけだと思う。
それほど駆くんの音色は愛に満ちて、だけど今にも壊れそうで、あたしの心を揺さぶり続けた。
駆くんの奏でる一音、一音が、胸に突き刺さる。
痛くて、受け止めるのが怖くて、目を逸らして気付かない振りをしてた。
でもそれがずっと駆くんを傷つけていたんだね?
本当に怖かったのは、その愛に揺らいでしまう自分自身。
でも今なら胸を張って言える。
あたしは司が好き。
少し離れて、改めてそう思った。
この想いは、音に乗って。
きっと駆くんに伝わってしまう。
ごめんね? 駆くん。
ありがとう。
でも本当は、ずっとドキドキしてた。
司には、内緒だよ?
『もし、空に育まれた素敵な芝生があったなら
そこに一年中、美しい花が咲き乱れ
そこから思い切り、百合や葛やジャスミンを摘み取ることができたなら
僕はあなたの歩く道すべてに
花を敷き詰めてしまうのに
もし、立派な慈しみ深い胸があったなら
そこにあなたを愛する心が常に変わらず
常にあなたを想いながらときめいていたら
僕はそれをあなたの枕にして
ゆっくり休ませてあげられるのに
もし、バラの香りに満ちた愛の夢があったなら
そこに毎日、素敵なことがみつけられ
心と心を結び付ける、神様の祝福を受けた夢だったなら
僕はそれを愛の巣にして
あなたの心にやすらぎをあげるのに』
◇愛の夢 作品5-2◇
~ヴァイオリンとピアノのための~ より引用
(1862年作/歌詞:ヴィクトル・ユゴー/訳詩:藤井宏行)




