第十五番 Postlude
「Mr.Franz?」
フランツは音楽室を見上げたまま動かない。
そこからは微かにアルトサックスとピアノの重なり合う音色が、漏れ聞こえてきた。
フランツは他の全ての音を遮断して、その音色に聴き入っている。
誰が弾いているかなんて、すぐに分かる。
きっとフランツの耳には届かないと知りながらも、我慢出来ずに口を開いた。
「『愛の夢』……彼らが本選に用意していた曲です」
「惜しい事をしましたね」
まだ耳は音楽室に集中したまま、ぽつりと呟いた。
「こんなに情熱的で、切なげで、愛に満ちた『愛の夢』を私は知らない」
まるでおもちゃを見つけた子供のように。
フランツはキラキラと目を輝かせて言う。
演奏が終わると、ふぅ……と一息ついた。
「やはり本選の会場で聴きたかった。反対を押し切ってでも彼らを選ばなかった事を後悔します」
そして『さすがMr.Shimadaの教え子だ』と称賛した。
「私は彼らの音色に出逢いのきっかけを与えただけですよ?」
立て続けに次の演奏が始まる。
吹きたいように吹いているサックスに、そよ風のように寄り添うピアノ。
「ところでピアノの彼に例の話は?」
「断られました。彼女以外の伴奏で弾く気はない、と」
「……それは残念」
「お力になれずすみません」
「いや。この私を振るとは、なかなか憎い男じゃないか」
業界人でなくとも名前は聞いた事のある程有名なサックス奏者の伴奏という光栄な話を蹴った滝本に、特に怒った様子もなくフランツはニッコリ笑う。
そして再び演奏に聴き入るように目を閉じた。
***
夏休みの最終日。
わざわざ呼び出された学校には、俺の苦手なクラシックが風に舞っていた。
音楽室まで出向く必要もない。
俺は生徒会室の窓を開けて、ソファに寝転ぶ。
(練習の時と全然違う)
専門的な知識もねーし、上手く言えねーけど。
胸がじわりと熱くなる、そんな音楽だった。
「司……」
駆が生徒会室に顔を出した頃には、窓の外は暗くなっていた。
「呼び出しといて待たせるたぁーいい度胸だな」
「聴いてた?」
「何が?」
「聴こえてたでしょ?」
イライラした気持ちを隠さないで、あからさまに顔に出す。
それを見た駆は困ったように眉を下げて微笑んだ。
「司に聴いて欲しかったから」
「は?」
駆の顔が歪む。
「振られちゃいました……」
下を向いて、表情は見えなかったけど、肩は小さく震えていた。
「だからお前さ、何でそういう事俺に言う訳?」
(……ったく)
俺より背の高い駆の肩に腕を掛ける。
「帰んぞ」
「は、い……ッ」
涙目で頷く駆の頭を小突いた。
「俺に勝とうなんて百万年早ぇーんだよ」
俺が笑うと、駆も鼻をすすって小さく笑った。




