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闇に恋して  作者: 冴島月ノ助
君に捧ぐソナタ
110/126

第十三番 Sentimentale

 正直言って、予選の記憶はほとんどない。

 ただステージの眩い光に吸い込まれるようにピアノの前に座った。

 いつも恋い焦がれて聴き入るさやか先輩の演奏も聴こえなかった。


「まぁ仕方ないさ。だいぶ扁桃腺も腫れてたみたいだし。聞こえづらくもなるだろ」


 小澤が溜め息をつきながら、聴診器を鞄に仕舞う。

 倒れた俺は、九条先輩の指示で大袈裟にも医務室で集中的に治療を受けている。それも小澤の監視付きで。


「あんま無茶するな。俺の仕事が増える」

「すみません」


 小澤が部屋を出て行こうと背を向ける。 


「俺……」


 ドアに手をかけた小澤が振り向いた。 


「どんな演奏してました?」


 自分の演奏を覚えていないなんて、今まで初めてだった。

 握り締めた手に、じわりと汗が滲む。


「んー、そうだな。演奏は完璧だった。いや、完璧すぎると言うべきか。まるで機械が演奏してるみたいだった。正確で、無機質で、感情がない」

「…………」


 一次予選、演奏が終わった会場は異様に静まり返ったという。誰もが拍手すら忘れていた、と。

 そして二次予選、最後の一音を弾き終えた瞬間、俺はぶっ倒れたと後から聞いた。


「司にお礼言っとけよ」

「え?」

「真っ先に駆けつけたの、アイツ。余程心配だったと見える」

「司が……?」


(あのプライドの高くて、俺様で、情けの欠片もない司が?)


「あの彼女の事はだいぶ気に入ってるみたいだぜ?」

「…………」


 全部さやか先輩のため。

 俺を助けたのも、そのために先輩との時間を預けてくれたのも。

 さやか先輩が頑張ると決めたコンクールを応援するためだ。


(それなのに、俺は……)


「そんな演奏聴かされる身にもなってみろ」


 小澤は吐き捨てるように言うと、今度こそ部屋を出て行った。


 小澤の言葉が深く胸に突き刺さる。

 自分の都合で体調を崩し、自分の都合で演奏を台無しにした。

 心のない演奏はさぞかし酷かっただろう……。


『感情のままに弾くのはやめなさい』


 先生が言いたかったのは、感情を捨てろという事ではない。

 悲しみ、憎しみ、恨み。

 音楽をそういう負の感情をぶつける道具に使うなという事だ。

 だからといって感情を捨てたら、それは音楽じゃない。

 ただの記号だ。



(先輩、俺は)


(あなたの音を、殺してしまった……)



――コンコン


 控えめなノックの後に、ドアが開く。


「あの、」


 聞き慣れた声、鼻を掠める大好きな香りに、身体が震える。


「……さ、やか、先輩」


 止まっていた呼吸が再び脈打つ感覚。

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