第十番 tremolo
――コンコン
「駆ー? 大丈夫かー?」
「…………」
――コンコン
「美月〜?」
「…………」
二度ノックしても返事はなし。
司が連れて行った美月の反応すらない。
「どうしたのかな?」
「さぁ……」
首を傾げながら、小澤が控え室のドアを開ける。その瞬間、視界に入った美月の身体は壁に打ち付けられ、小さな呻き声を上げた。
「美月っ!?」
「大丈夫か?」
「イテテ……」
慌てて駆け寄り美月の身体を支えると、右手が火傷したみたいに赤く火照っている。
「大丈夫。かすり傷だ」
「いや、どう見ても違うだろ」
「どうした? 何があった?」
当の駆は床に寝そべったまま。司の彼女がしてくれたのか、頭にはタオルを畳んだ簡易な枕の上で、静かに眠っていた。
美月を突き飛ばしたようには、到底思えない。
「ひどい熱。とりあえず見てやって」
小澤は駆の横に座って診察を始めた。駆は専門家の小澤に任せて大丈夫だろう。
美月はその様子を心配そうに見つめる。
お前は自分の心配しろっての。
自分の事はいつも二の次。そうして怪我の絶えないコイツの手を取った。熱を持ったその手は、小刻みに痙攣を起こしている。
思っていたより小さい手に、胸が苦しくなった。
「また無茶しやがって」
九条先輩程ではないが、それでも多少の治癒能力はある。
熱を持った小さな手に、自分の手を重ねた。
「少し我慢しろよ?」
触れると美月が顔を歪める。
黙って今の状況を受け入れている辺り、だいぶ痛いんだと思う。
普段なら蹴りの一つでも見舞われている頃だ。
「こっちも無理したみたいだな」
小澤がぽつりと呟く。
「また、か」
「あぁ」
「またって?」
「恋煩い?」
俺がその言葉に疑問形を付けたのは、それが煩いというには余りあるものだったから。
真面目な駆はいつも一途に愛しすぎ、そして一人で抱え込む。
「あー、それでか」
何か納得したような口ぶりで、美月が頷いた。
「何が?」
「これの原因」
そう言って、少し腫れの治まった右手をひらひらとさせた。
「どういう事だよ?」
「氣を送ろうとしたら、拒否された」
「え?」
「そしたら自分に全部撥ね返ってきて、この様だよ」
大久保みたいに人間の氣を受け付けないタイプも珍しいが、駆の場合は少し違う。恋をするとその人しか愛せなくなり、それ以外を拒否し始める。
そうしてこれまでも何度か飢餓に苦しんだ事があった。
大抵は駆の玉砕で事なきを得てきたが、氣を撥ね返すなんて事あるのか……。
「まるで呪詛返しだな」
「人の氣を呪いみたいに言うなよ」
「でもどうする? このままだと危険だぞ?」
「とりあえず解熱はしないと」
小澤は自分の鞄の中から、黒いケースを取り出して開くと、何種類かの薬と注射器が見える。
「お前いつもそんなもん持ち歩いてんの?」
「俺の周りには無茶する奴が多くてね」
「あぁ……」
『全く』と小さく溜息をついて、それでも手はテキパキと作業を進める。
「でもこれだと本番には間に合わない」
「拒否されなきゃいいんだろ?」
「そうは言ってもお前……」
『どうすんだ?』
そう聞こうと顔を見ると、美月は不敵に笑っていた。
ヤバイ、何か企んでる時の顔だ。




