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闇に恋して  作者: 冴島月ノ助
君に捧ぐソナタ
107/126

第十番 tremolo

――コンコン


「駆ー? 大丈夫かー?」

「…………」


――コンコン


「美月〜?」

「…………」


 二度ノックしても返事はなし。

 司が連れて行った美月の反応すらない。


「どうしたのかな?」

「さぁ……」



 首を傾げながら、小澤が控え室のドアを開ける。その瞬間、視界に入った美月の身体は壁に打ち付けられ、小さな呻き声を上げた。


「美月っ!?」

「大丈夫か?」

「イテテ……」


 慌てて駆け寄り美月の身体を支えると、右手が火傷したみたいに赤く火照っている。


「大丈夫。かすり傷だ」

「いや、どう見ても違うだろ」

「どうした? 何があった?」


 当の駆は床に寝そべったまま。司の彼女がしてくれたのか、頭にはタオルを畳んだ簡易な枕の上で、静かに眠っていた。

 美月を突き飛ばしたようには、到底思えない。


「ひどい熱。とりあえず見てやって」


 小澤は駆の横に座って診察を始めた。駆は専門家の小澤に任せて大丈夫だろう。

 美月はその様子を心配そうに見つめる。

 お前は自分の心配しろっての。

 自分の事はいつも二の次。そうして怪我の絶えないコイツの手を取った。熱を持ったその手は、小刻みに痙攣を起こしている。

 思っていたより小さい手に、胸が苦しくなった。


「また無茶しやがって」


 九条先輩程ではないが、それでも多少の治癒能力はある。

 熱を持った小さな手に、自分の手を重ねた。


「少し我慢しろよ?」


 触れると美月が顔を歪める。

 黙って今の状況を受け入れている辺り、だいぶ痛いんだと思う。

 普段なら蹴りの一つでも見舞われている頃だ。


「こっちも無理したみたいだな」


 小澤がぽつりと呟く。


「また、か」

「あぁ」

「またって?」

「恋煩い?」


 俺がその言葉に疑問形を付けたのは、それが煩いというには余りあるものだったから。

 真面目な駆はいつも一途に愛しすぎ、そして一人で抱え込む。


「あー、それでか」


 何か納得したような口ぶりで、美月が頷いた。


「何が?」

「これの原因」


 そう言って、少し腫れの治まった右手をひらひらとさせた。


「どういう事だよ?」

「氣を送ろうとしたら、拒否された」

「え?」

「そしたら自分に全部撥ね返ってきて、この様だよ」


 大久保みたいに人間の氣を受け付けないタイプも珍しいが、駆の場合は少し違う。恋をするとその人しか愛せなくなり、それ以外を拒否し始める。

 そうしてこれまでも何度か飢餓に苦しんだ事があった。

 大抵は駆の玉砕で事なきを得てきたが、氣を撥ね返すなんて事あるのか……。


「まるで呪詛返しだな」

「人の氣を呪いみたいに言うなよ」

「でもどうする? このままだと危険だぞ?」

「とりあえず解熱はしないと」


 小澤は自分の鞄の中から、黒いケースを取り出して開くと、何種類かの薬と注射器が見える。


「お前いつもそんなもん持ち歩いてんの?」

「俺の周りには無茶する奴が多くてね」

「あぁ……」


 『全く』と小さく溜息をついて、それでも手はテキパキと作業を進める。


「でもこれだと本番には間に合わない」

「拒否されなきゃいいんだろ?」

「そうは言ってもお前……」


 『どうすんだ?』

 そう聞こうと顔を見ると、美月は不敵に笑っていた。

 ヤバイ、何か企んでる時の顔だ。

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