第九番 rapidamente
突然やって来た司が美月の腕を無理矢理掴んで歩き出す。その顔にいつもの余裕は感じられない。
美月を引きずったまま会場を出て行く背中を追う。
「司! どうした?」
「小澤呼べ!」
司はこっちを見向きもしないで、そのまま関係者以外立ち入り禁止の控え室へズカズカと入っていった。
(小澤……?)
説明を削ぎ落とした司の言葉に、考えを巡らせる。
小澤は俺達の中でも少し特殊で。純血を医学で支える研究チームの一員として、医学の知識も豊富で、通常の医者に見せられない俺達のドクターだ。
司がその小澤を呼べと言い、おまけに美月まで連行して控え室に向かったという事は、あの余裕のなさと併せても駆に何かあったとしか思えない。
ロビーを見渡すと、野々村さんの姿が目に入った。
「野々村さん!」
「篠宮くん!? 来てたの……?」
「あぁ、小澤は?」
「え?」
「俺に何か用?」
声のした方に振り向くと、背の高い小澤が俺を見下ろしていた。
自分の彼女に近づく男に警戒しているのか、殺気を向けられるが、今はそんな事している場合ではない。
「野々村さん、ちょっと小澤借りるわ」
「え!?」
小澤を掴んで走り出す。小澤は怪訝な顔を向けながら、野々村さんには笑顔で『先に席ついてて?』と一言残して手を振った。
「悪いな」
「なんだよ、急用か?」
「駆が倒れた…………多分」
「多分ってなんだよ」
「俺も司にお前呼んで来いって言われただけでさ」
控え室の前の廊下には、司とその彼女の姿。
「司!」
「あぁ、わりぃ小澤」
「いや、俺はいいけど大丈夫?」
そう言うと、小澤は松嶋さんを一瞥する。ひどく動揺した様子で、少し震えている。
「俺ちょっとさや落ち着かせてくるから、後頼んでいい?」
「あぁ。九条がいないのは痛いけどな」
「今、一応安倍が来てる」
「なるほど。了解。五分で何とかする」
「さんきゅ。助かる」
松嶋さんの手を取って、司が歩く。
「駆くん、大丈夫なの?」
心配そうに聞く松嶋さんの頭をわしゃわしゃっと掻き乱して、司が笑う。
それを見て、松嶋さんは安心したように、小さく息を吐いて目を細めた。
「何してんだ、篠宮。お前も手伝え」
「え、俺も?」
「安倍との仲介」
「あぁ……」
野々村さんと付き合うようになってからと言うもの、以前以上に拒否反応を示されるようになってしまったらしい。
その事が少なからず野々村さんと付き合う上で、弊害になってると相原達が噂しているのを聞いた。
苦虫を噛み潰したような顔をしている小澤を見ると、噂もあながち間違ってないようだ。
(策士策に溺れる、か……)
「とりあえず急ごう」
「うん」
小澤が控え室のドアに手をかけた。




