ひまわりの愛しさ
◇◇◇
「副隊長、ただいま戻りました」
時雨が自室で仕事をしていると、やってきたのは部下の琥太郎。文机に向き合っていた時雨は筆を置き、書類を処理済みの箱に入れると琥太郎の方を見た。
「ご苦労様でした」
「頼まれていた件については、滞りなく準備が整っています」
「そうですか。引き続き、よろしくお願いします」
「はい。あと、別件で副隊長のお耳に入れておきたい用件がありまして……」
少し言いにくそうな表情を浮かべて時雨をちらりと見上げる琥太郎に、時雨は首を傾げた。
「何ですか。予算なら増やしませんよ」
「ち、違います!仕事とは直接関係ないというか……あの、雪菜さんのことなんですが」
「雪菜……?ああ、あの女中の」
時雨はそれがどうしたのか、と言いたげな表情で、琥太郎を見返した。
「その……なんでも、昨日ほかの女中たちと揉め事があったようで。軽い怪我をしたようです」
「揉め事?」
「副隊長とのことで、色目を使うのはやめなさいとか何とか……。まあ、最近距離が近い副隊長との関係を嫉妬したものだと思いますが」
それを聞いた時雨はだいたいの事情を察して「そうですか」と返し、ため息をついた。
「別に何があるわけでもないですけど」
「仕方ないですよ、女性の嫉妬というのは些細なことが種になるものですから」
「そういうものですか」
「そういうものです」
気をつけてくださいね、と琥太郎に念を押された時雨。
(しばらく接触は控えるか)
「大ごとになるようだったら、また報告を」
「はい、承知しました」
琥太郎が出ていったことを確認すると、時雨はまた筆を取り、仕事を再開しようとした。そのとき、ふと思い浮かんだ雪菜の顔。本当は怖いのに、それを隠して笑っていた彼女の姿が、なぜだか思い浮かんだのだ。
「……どうして、いつも」
雪菜に出会ってからというもの、ふとしたときに頭をよぎる彼女の姿に時雨自身も戸惑いを覚えていた。彼女はほかの誰とも違っていて、姿を見つけると、つい目で追ってしまう。何より、初めて出会ったときに抱きしめられた瞬間──。と、そこまで考えて筆を置いた。
「そんなことより、この山のような仕事を何とかせねば」
時雨は小さく息を吐くと、また筆を取り、近くにあった書類の束に手を伸ばした。仕事はまだまだ山のようにある。今日も徹夜になるだろうか、と思いつつ、頭に浮かんだ女の姿をかき消すように時雨は仕事に没頭することにした。




