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花と初恋  作者: 来海 空々瑠
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ひまわりの愛しさ

「雪菜ちゃん、俺の分大盛りでよろしく!」


暁の食堂に響いた豪快な声に、雪菜は思わず笑みをこぼした。お昼時のこの時間は昼休憩を迎えた隊士たちがぞろぞろと集まってきて、賑やかになる。


いまは懐かしい花ごころのような仕事に雪菜の気分も幾分か晴れやかだ。隊士やほかの女中にも名前で呼ばれるようになり、すっかり慣れた場所になっていた。


「いいんですか、田吾(たご)さん。ここのところ食べすぎで体が重いから食事減らすって言ってたのに」

「今日は昼から隊長と副隊長の剣術稽古があるから、食って力つけとかないと大変なんだよ」


大柄の田吾は、そう言って手元にある湯飲みに茶を注いだ。


「そうそう。にこにこしながら無茶ぶりする佐倉隊長と、鬼神がごとくしごいてくる時雨副隊長、どっちの稽古も過酷だからね」

大和(やまと)も思うだろ?」

「ええ。力はつきますけど、その日一日はぐったりしちゃいますから」


大和と呼ばれた優男はそう言うと、雪菜に向き直って「ということで、雪菜ちゃん。俺も大盛りで」と盆を机に置いた。


「そんなにすごいんですか、お二人の剣術は」

「うん。今のところ、あの二人が負けたところは見たことがないね」

「あの二人は別格だからな」


頬に手を当てながら「なるほど」と呟く雪菜。


「あ、田吾さん、大和さん、出来ましたよ」


後ろから名前を呼ばれて振り返ると、二人が注文した食事が出来上がったようで調理係から皿を手渡される。雪菜は茶碗に大盛りのご飯を盛り、それを「はい、どうぞ」と、それぞれの盆に載せていく。


「稽古、がんばってくださいね」

「おう!」

「ありがとね、雪菜ちゃん」


雪菜が笑顔で見送ると、二人は手をひらひらと振って行ってしまった。


「ふう……」


注文の列が落ちついて一息ついた雪菜は、先ほど二人が話していた時雨のことを思い出す。


(……鬼神がごとく、って。確かに、びしびししごいてそうな感じはするけど)


と、そんなことを考えていると、「注文いいですか」と声をかけられる。「はーい!」と元気に振り向いた雪菜だったが、振り向いた先にいた人物に体が止まる。声の主は、噂の本人である時雨だったからだ。


突然のことに驚いた雪菜は、「注文は何になさいますか?」と聞くことも忘れて、ざざざと後ろに後ずさった。


「き、鬼神……!じゃなかった、時雨様!」

「誰が鬼神ですか。喧嘩売ってるなら買いますよ」


びくびくと体を震わせている雪菜に、眉間にしわを寄せてがんを飛ばしてくる時雨。本当に手に金棒が見えそうなほど、威圧的な雰囲気を放つ時雨に雪菜は、


(さっきの二人が鬼神とかなんとか言うから、つい言葉に出ちゃったじゃない……!)


と、ここにいない二人へ、心の中で八つ当たりをしていた。


何より時雨に会うのは、誘拐事件以来。好きだと自覚してから会うのは初めてで、どう接していいか分からず、雪菜の態度はあからさまに以前と違うものになっていた。


「べ、別にその程度のことで怒らなくてもいいじゃないですか。時雨様って、心せまいんですね」


雪菜の口はそっぽを向きながら、そんなことを口走ってしまった。


(って、けなしてどうするーーー‼︎)


好意のある相手に対しての態度ではなかった、と雪菜が頭を壁に打ちつけたい気持ちになっていると、突然両頬を片手でぐっと掴まれる。


「……よほど、私と喧嘩したいように見える。ご要望とあればお相手してさしあげましょうか」

「いふぁいです、やめてくだふぁい‼︎(痛いです、やめてください‼︎)」


いつぞやの恐怖、再来である。見慣れた禍々しい雰囲気。時雨の顔をよく見ていると、目の下に隈ができている。これは、また睡眠不足だろうか。目の据わっている時雨にじっと見つめられたあと、解放された雪菜は「痛かったぁ〜……」と頬をさすった。


「日替わり定食、ご飯大盛りで」


時雨は雪菜を通り越して、後ろにいる厨房係に注文を告げると、お盆を取って湯呑みや箸を用意しはじめた。雪菜がはっとして、「お茶入れますね」と湯呑みにお茶を注げば、時雨の視線がまた雪菜に戻る。


「……それだけ大声が出るなら大丈夫そうですね」

「え?」


雪菜がぱっと顔を上げると、今度は時雨に視線を逸らされた。


(「大丈夫そう」って、もしかしてこの間のこと心配してくれてたの……?)


だったら嬉しい、と心の中では素直に喜んでいたが、「雪菜ちゃん、できたぞ!」と後ろから声をかけられてしまい、時雨にお礼を言う時機を逃してしまった。「あ、ありがとうございます!」と、出来上がった料理を受け取り、時雨の盆に載せる。


「お待たせしました、日替わり定食です」

「どうも」


あ、と思ったときにはもう遅く、時雨は雪菜に背を向けて食事処の方へ行ってしまった。


(お礼、言いそびれちゃった……)


けれど、こうして久々に顔がみれたことは嬉しいと思う。雪菜は、離れた座席で食事をしている時雨を横目で見つつ、次の注文にやってきた隊士たちに明るい笑顔を振り撒き、仕事に専念することにした。

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