朝顔のため息
◇◇◇
囮捜査を終えて数日、雪菜のことが屋敷内でちょっとした話題となっていた。
「姉さん、聞きましたよ!この前の囮捜査で、大活躍だったんでしょう?」
「ひとりで男二人に飛びかかっていったっていうじゃないですか。男前だなぁ」
しみじみとそう語る隊士二人に、雪菜は引きつった笑みを浮かべて「いや、それ嘘ですからね」と言った。
ちょうど昼時の食堂は、昼食を食べに来た隊士たちで賑わっていた。等間隔にずらりと並んだ長机と長椅子には、稽古終わりの隊士たちが各々食事を楽しんでいる。
そんな食堂で、本日の雪菜は注文を受ける担当。隊士の注文を聞き、調理担当にそれを伝え、食事を盆に載せて提供する、というところまでが雪菜の仕事だ。食事ができるまでの少しの時間、雪菜は何人もの隊士たちに話題の人物がちょうどいたと言わんばかりに話しかけられていた。
「捕まえたのは隊士の皆さんです!わたしはそのあと、『今度はあんな暴漢ぎゃふんと言わせますよ』って、ちょっと勢いで言っちゃっただけですから」
「え、そうなの?超強かったって、かなり噂広まってるけど」
「……まったく、どこ情報ですか」
雪菜は苦笑いを浮かべつつ、完成した料理を盆の上に並べていった。
「まあ、その男前な心意気は嫌いじゃないぜ!」
「ありがとな、嬢ちゃん。じゃあ、またな!」
「午後もお仕事がんばってくださいね〜!」
手を振り、昼食を取るべく席の方へ行った二人を見送った雪菜は、大きなため息を吐く。その表情は、どんよりと曇っている様子。
「どうしてこうも曲がった情報が噂になってるの……!」
手のひらにぐっと力を込め、そんな恨みごとを呟く雪菜。前世のことなど忘れて次の恋を!と決意したはずなのに、気づいたら最強の女扱いされてしまっている。
「でも……」
と呟いた雪菜は、眉をへの字にして自分の頬に手を触れた。
(あのときの顔……)
囮捜査中、時雨に抱きしめられたときのことを思い出す。胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなり、切なさがこみ上げてきたあの瞬間。思い浮かんだのは、やはり前世の想い人である浅葱の姿だった。顔を上げると、浅葱と時雨の顔が重なり、いつもは無表情のまま佇んでいる時雨が見せた、一瞬なにかを噛み締めるような表情が、今も頭に残っている。
時雨とはあの囮捜査のあと、一度だけ顔を合わせている。わざわざ雪菜のもとを訪れ、直接礼を言い、特別手当が入った包みまで渡してくれた。
そのときは時雨に急用が入ったと部下が呼び出しにやってきてあまり時間がなかったため、ゆっくりと話をすることはできなかったけれど。
あの日のことを思い出すだけで、胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。
「なんなの、もう……」
とうなだれていたところで、「ゆ・き・な・ちゃ〜ん」と声を掛けられる。振り向くと、そこにはにやにやと楽しそうに笑う藤乃と、その横でにこにこと佇む葵。二人とはここのところ仕事場が別だったため、会うのは久々だ。
「休憩時間に、ゆっくり話聞かせてもらおうか」
にんまりと笑う藤乃は、面白い話が聞けると言わんばかりの表情で、雪菜の肩をぽんと叩いたのだった。




