朝顔のため息
「なに、それ!めっちゃくちゃ面白そうじゃん!なんで言ってくれなかったのー!」
「……一応、事前の情報流出のことを考えて口止めされてたから」
雪菜がそう言うと、藤乃は「まあ、そうか」とおにぎりを頬張る。
食堂での仕事中、やってきた藤乃につかまった雪菜は、昼休憩にまかない飯を食べながら藤乃からの尋問を受けていた。
「それにしても、あの時雨様の相手役だなんてやるじゃん。それから何か進展あったりしないの?」
藤乃がにやにやと笑いながら尋ねると、雪菜は食べていた味噌汁を吹き出しそうになった。
「進展なんて、そんなのないよ!ただ、捜査に協力しただけだし……」
「でも、あの時雨様の恋人役でしょ?少しの間でも一緒にいたら、好きになったりしないの?」
女同士が集まれば、恋の話題で盛り上がるのはどこでも同じらしい。期待の眼差しを向けられ、雪菜は困った顔を見せた。
艶やかな漆黒の長髪に、涼やかな切れ長の瞳。ひとたび目が合うと、いつも目が離せなくなる。女だけでなく、男からの視線も集めてしまう容姿と圧倒的な存在感。ちらりと横にいた時雨を盗み見ては、かつて「浅葱」として雪菜の側にいた姿を思い出す。そんなことが捜査中、何度あったか分からない。けれど──。
「別に、好きとか、そんなんじゃないもの……」
少し顔を俯かせながら、ぽつりと呟いた雪菜の言葉に藤乃は小さく笑う。まるで、それは無理矢理自分に言い聞かせているかのようだった。
「いいよいいよ、わかってるから。うんうん、そうなるよな」
そして、またもや、ぽんぽんと頭を撫でられ「よしよし」とあやされる雪菜。葵にまで「雪菜ちゃんって、素直じゃないわね」と言われてしまい、雪菜は「だから、そういうのじゃないってば!」と、声をあげた。
「ちょっと、雪菜さん」
三人でそんな話に花を咲かせていたとき、声をかけてきたのは女中頭の多喜だった。
「なんでしょうか」
「ちょっと買い物を頼まれてくれる?」
そう言って手渡されたのは、城都でも有名な菓子店の商品名が書かれた紙。
「こ、こ、このお店!あの、おはぎが絶品と話題の超有名店じゃないですか……!」
一瞬で顔がぱぁと明るくなり、渡された紙をきらきらとした眼差しで見つめている雪菜。紙切れに頬ずりをしそうな勢いの雪菜を笑いつつ、藤乃も紙を覗きこんだ。
「なるほど、『すすきや』さんね。多喜さん、来客でもあるんですか?」
「ええ。夕方にお客さまが見えることになったみたいだから、茶菓子を買ってきていただけるかしら」
尋ねられた雪菜は「もちろんです!」と返し、多喜に向かって溢れんばかりの笑顔を向けた。
最初は庭掃除ばかり任されていた雪菜も、ようやく多喜に認めてもらえたのか、最近ではそれ以外の仕事を頼まれることも増えてきた。最初は怖そうだと恐れていた多喜だが、きちんと仕事をしていれば咎めなれることはない。もっとも、裁縫や簡単な料理の下処理はいつまで経っても任されそうな気配はないのだが。
「じゃあ、紙に書いてあるものを買ってきてちょうだい」
「お任せください!」
雪菜が元気をよく返事を返すと、多喜から「財布はこれですから」と渡された包みを受け取る。
「じゃあ、頼みましたよ」
「はい、行ってまいります!」
去っていく多喜に一礼すると、藤乃と葵と目が合った。
「いいな〜、雪菜。あたしも買い物行きたい〜」
「気をつけていってらっしゃい」
「うん。じゃあ、そういうことだから、またね二人とも」
そろそろ昼休憩も終わりという時間。雪菜は二人に手を振ると、一足先に仕事に戻ることにして、食堂をあとにした。
(ここのお店は初めて行くから、どんなお菓子があるか楽しみ〜!)
すっかり上機嫌になって屋敷を出た雪菜は、うきうきとした足取りでよく知った道を歩いていく。
そんな雪菜が夕方を過ぎても戻らないと騒ぎになったのは、それから数時間後のことだった。




