朝顔のため息
それから数日。激務の疲れを癒しに裏庭で子猫と遊んでいるときに琥太郎が連れてきたのは、千里という一人の隊士だった。
「せ、千里といいます! よろしくお願いします!」
副隊長の時雨を前に緊張しているのか、千里はおどおどとした様子で時雨のことを見つめていた。
背丈も男にしては低めで、時雨との身長差もそれなりにある。中性的な顔立ちで、確かに女物の着物を着せたら女にも見えるだろう。なるほど、千里は確かに囮調査の条件にぴったりな隊士であった。
「琥太郎さんから概要は聞いていると思いますが、男女を狙った連続通り魔を起こしている犯人捕縛のための囮捜査をすることになりました」
「は、はい!お伺いしています!犯人を捕まえるために精一杯がんばります!」
「……心意気は十分ですね。頼もしい」
隣にいる琥太郎は、そんな千里を見ながら「ええ、まあそうなんですけど……」と苦笑を漏らす。その理由に察しがついた時雨は、ふむと腕組みをし、改めて千里を見つめ直した。
緊張のせいなのか、先ほどから肩に力が入りすぎていて表情も硬い。これで本番は大丈夫なのだろうかと思い、時雨は千里に近づいた。
場合によっては、通り魔の標的である「人目も憚らずにいちゃついている男女」に見えるように演技のような真似をすることもあるかもしれない。囮捜査だとばれてしまっては、元も子もないので、千里がどの程度演技できるのかは事前に知っておく必要があるだろう。
「囮捜査のときには、こうやって触れることもあるかと思いますが──」
そう言って何気なく千里の頬に手を寄せた時雨。そのまま距離をぐっと縮めると端麗な顔を近づけ、至近距離で千里の瞳を見つめる。
「し、し、しぐ……‼︎」
その瞬間、千里の頬はかぁと急激に赤く染まり、まるで湯が沸騰したかのよう。もはや「時雨」と名前を呼ぶことすらままならず、あわあわと慌てふためいている。
こんな状態では囮捜査など務まらないな、と時雨が思っていると、突然後ろから「な、何してるんですか……⁈」という女の声が聞こえてきた。
振り向けば、そこにいたのは女中の雪菜。
「何してるって……」
と、言いかけたところで自分の今の状況を見てみると、男の自分が男の千里に迫っているような体勢になっていることに気づく。
「ま、まさか時雨様って……!」
あらぬ方向へ勘違いをしている様子の雪菜。
「これは、その……!」
側にいた琥太郎が慌てて説明を試みようとしたのだが、その前に時雨の方へ千里がばたりと倒れ込んできた。
「おっと」
「千里君!」
時雨がとっさに受け止めたが、どうやら千里は気を失ってしまったようだ。慌てて駆け寄ってきた雪菜がぺちぺちと頬を叩いているが、起きる気配はない。
「何をしていて、こうなったんですか⁈」
そう尋ねてくる雪菜に、説明が面倒だと思いながら、時雨は大きなため息を吐いた。




