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花と初恋  作者: 来海 空々瑠
18/46

出会いの桜

翌日、目が覚めたら自室だったことに驚いた雪乃は、飲みすぎでだるい体を引きずりながら仕事場へと向かっていた。


「雪乃、大丈夫?あんた、昨日はえらい酔って連れて帰るの大変だったんだぞ」

「……ごめん。隣で隊士の人にずっと話しかけられてたところまでは覚えてるんだけど、途中から記憶がまったくなくて覚えてないの……」


雪乃が頭痛がする頭を押さえながら、げっそりとした表情を浮かべると、藤乃は何やら楽しそうな顔で雪菜の肩に腕を回し、


「じゃあ、時雨様の隣で能天気な寝顔さらして寝てたことも?」


と、一言。一瞬の沈黙のあと、その言葉の意味を理解した雪乃がばっと藤乃の方を向く。


「な、何それ!まったく記憶にないんですけど……」

「だろうね。あたしも記憶がぶっ飛んでるから覚えてないけど、昨日の参加者からそんな話を耳に挟んだよ?あの時雨様の隣で寝こけるとか、酔ってたとしても図太い神経してんなぁ〜!」

「うそ、最悪……」

「しかも、よだれまで垂れてたっていうじゃん〜。やっぱ雪乃、最高だわ」

「よだれも⁈」


けらけらと笑う藤乃に対して、雪乃の顔は蒼白だ。


昨夜は女性陣に囲まれている時雨を見て、ついやけ酒をしてしまった。途中からの記憶はあいまいで、時雨が側にいた記憶など皆無である。


「まあ、いいじゃん。昨日は楽しかったんだから!」


そう言って雪乃を笑い飛ばす藤乃。彼女も昨日はずいぶん飲んでいたはずなのに、どうしてこうも元気なのか。不思議に思っていた雪乃が尋ねると、「二日酔いに効く漢方があるからね」と、藤乃は袂から小瓶を取り出した。


「しょうがないから、雪乃にもあげる。これ飲んでおくといいよ」

「ありがと……」

「じゃあ、あたしは今日おつかい頼まれてるから行くわ!またあとで!」

「いってらっしゃい〜……」


行ってしまった藤乃の背中を見送り、雪乃も言いつけられた仕事をするべく、長い廊下を歩いていく。


「それにしても、昨日はあの人が隣にいた……?まったく覚えてないんですけど」


二日酔いの頭を回転させて、昨夜の記憶を辿ってみるも、やはり結果は同じだった。


(よだれ垂らした寝顔をさらすなんて……。また変人扱いされたら、たまらないわ)


頭を抱えながら考えごとをしていると、前から歩いてくる人物が目に入った。雪乃の足は自然と止まる。なんと、そこに現れたのは時雨だったからだ。


雪乃が思わず「げ!」と顔を引きつらせていると、対する時雨は、相変わらずの無表情でいつもと変わらない様子。どうしてこんなときに、また顔を合わせることになるのか。


(気まずすぎる……)


心の中でそう呟くも、相手は一応上官だ。この際、昨日のことは知らぬ顔でやり過ごすことにして挨拶だけはしておこうと、咳払いをして気を取り直した。そして「おはようございます」と礼儀正しく一礼して、彼が立ち去るのを待つことに。


「昨日はずいぶん騒がしくしていたのに、今日は随分としおらしいですね」


早く行ってくれ!と、思っていた雪乃の頭に、時雨の声が降りかかる。仕方なく顔を上げた雪乃は、あくまでもよそ行きの澄ました顔を維持したまま、「何のことでしょうか」としらを切る。


(昨日は騒がしかった?わたし、そんな酒癖悪い感じで暴れたりしてたの……?ああ、でもやっぱり何も思い出せない!)


頭の中で一人そんなことを考えて百面相をしながら、頭を抱える雪乃。だが、そんな雪乃の内心など知らぬ時雨は、雪乃の言葉を聞いて眉間にしわを寄せていた。


「ずいぶんと酔い潰れて隊士の一人に絡んでましたけど、覚えてないんですか」

「隊士に絡んでた……ああ、そのときの話ですか」


そう言われて、ひとまず時雨に絡んでいたわけではないことに安堵した。


「実は、ほとんど覚えてなくて。隣にいた人と、城都にあるおいしいお店のことで盛り上がってたところまでは記憶があるんですけど」


飲みすぎはいけませんよね、なんて笑ってやり過ごす。すると、時雨に「ほかのことは覚えてないんですか」と尋ねられた。


(ほかのこと……?)


と、問われて思い浮かんだのは、たくさんの女たちがべたべたと纏わりつき、上目遣いで時雨に熱視線を送る中、表情をちっとも変えずに飲み続けていた時雨の姿だった。


(思い出すだけで、むかむかする……!)


時雨の顔を見たら、つい昨夜の苛立ちがよみがえってきた雪乃。だが、すぐに頭を左右に振って、その残像を消し去る。


(昨日は思いがけず再会しちゃったけど、もう、浅葱のことは忘れるって決めたのよ)


だから、目の前にいる前世の想い人と同じ顔をした時雨のことも気にしないことにしたのだ。雪乃は心の中で「過去は過去!」と呟くと、感情を抑えるよう心がける。


「覚えてないです」


にこりと笑って、そう告げた雪乃を時雨はじっと見つめていた。何かを探るような目。


「そうですか」

「は、はい」


ただただ見つめてくるだけの時雨が、何を考えているのか分からない。涼やかな切長の瞳には、目立った感情の動きがなく、いつも自分ばかりが翻弄させられている気持ちになる。前世の想い人と同じ目で見つめられると、どうしたって心がぐらぐらと揺さぶられる。雪乃はそれが悔しかった。


(なによ、わたしのこと忘れてるくせに!)


そう思ったら、つい睨みつけるように見返してしまった。


両者の間に流れる沈黙。すると、しばらくして時雨は表情を変えぬまま、雪乃に手を伸ばしてきた。かと思えば──。


「いふぁいでふ!(痛いです!)」


時雨が右手で雪乃の両頬を掴んできた。その手から逃れようと、じたばたともがいてみるも抜け出すことは不可能だった。


「やめふぇくだふぁい!(やめてください!)」


雪乃が抵抗を試みると、切れ長の瞳に見下ろされる。その背中には黒い何かを背負っており、禍々しい空気が漂っていた。怖すぎる。


「すみません、反抗的な態度を取られると、つい矯正してやりたくなる性質(たち)でして」


時雨はそう言いながら、雪乃の頬を抑えていた手を離す。雪乃は涙目で「何なんですか、それ!」と言いながら掴まれた頬をさすった。


心の奥を探るような時雨の瞳に、じっと見つめられる。本当に間者ではないかどうかを、まだ調査されているのだろうか。雪乃が黙ってまま見返すと、今度は時雨が、雪乃から自分の身を守るような体勢を取ってきた。


(そんな警戒されるようなこと、してないけど……)


飛びかかったりしないのに、警戒心をあらわにしている時雨に、雪乃は首を傾げた。その姿は、人慣れしていない野犬のようだとも思う。


「何ですか、そんな見つめられても、この饅頭はあげませんよ」

「別に狙ってませんよ!」


急に懐から包みを取り出した時雨に、思わず突っ込みを入れてしまった雪乃。突然どうしたのだろう。真面目なのか、ふざけているのかよく分からない。


「あ、副隊長。こんなところにいた!」


なんだか様子がおかしい時雨に雪乃が首を傾げていたとき、大柄な隊士が時雨のもとへ駆け寄ってきた。隊士は時雨の顔を見るなり、


「仮眠くらい取ってくださいって言ったのに、こんなところで何してるんですか!」


と、声をあげる。よく見ると、時雨の目の下には隈が出来ていた。どうやら、あまり寝てないらしい。


「甘いものが食べたくなって食堂へ行ってきたところで。それにさっき十分ほど寝ましたから問題ありません」

「十分って短すぎますよ! 副隊長に倒れられたら困るんですから、徹夜はやめてください!」


隊士は雪乃に「と、いうことで行きますね!」と声を掛け、時雨の背中を押して行ってしまった。


「……徹夜明けだから、いつもと違う感じがしたんだ」


ぽつり呟き、遠ざかって行く背中を見送る。


(だったら部下の誘いになんて乗って宴会に出てないで、ちゃんと睡眠時間くらい取ったらいいのに)


副隊長である時雨は多忙だと聞く。あの調子だと普段からろくに休みなど取っていないのでは、と少し心配になるほどだが、またもや女たちに囲まれていた時雨の姿を思い出した雪乃は、


「って、あんな男のことなんて知らないわよ!もうわたしには関係ないんだから!」


と言って頬をぱんぱんと叩き、自分に言い聞かせる。


とはいえ、気にしないようにと思えば思うほど気になってしまうのが人の性。雪乃はちらりと後ろを振り返り、歩くたび揺れる長い髪を姿が見えなくなるまで、じっと見つめていた。

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