出会いの桜
飲み会が始めってから数刻、時雨のことを頭から追い出すため飲み続けた雪乃は、案の定、頬を赤らめて酔っ払っていた。
「雪乃ちゃん、大丈夫?」
「らいじょうぶですよ〜、このくらい〜!もういっぱい、くらさい!」
最初は下心をちらつかせながら言い寄っていた隊士の男も、雪乃の飲みっぷりにさすがに心配になったのだろう。先ほどから、困った顔をして雪乃の隣に佇んでいた。
すでに周囲の者たちも出来上がっていて、その場は混沌としていた。みな顔を赤らめて、けらけらと声をあげて笑っていたり、愚痴を言っていたり、泣いていたりと各々で盛り上がっている。
ちなみに、雪乃を連れてきた藤乃は、雪乃の席から少し離れたところで男たちに混じって飲み比べ対決をしているところ。大勢の人が集まる店内は、大いに賑わっていた。
「隣、座っていいですか?」
と、そこへ聞こえてきた低い声。雪乃がふと顔をあげると、向こうで女性陣に囲まれていたはずの時雨がいた。
「あ、副隊長!どうぞ、どうぞ!」
「ありがとうございます」
やっとのことで酔っ払いから解放されると安堵したのか、男は惜しみなく自分が座っていた場所を差し出した。一方、勝手に腹を立てていた相手が隣にやってきたことに、雪乃はむっと顔をしかめて隣に座った時雨を見た。
「……どうして、ここへきたんですか。すわるばしょなら、あっちにたくさんありますけど」
「静かに酒を飲むのに、ちょうどいい場所がここだっただけです」
時雨はそう言うと、雪乃が手にしていた徳利を掴んで自分のお猪口に酒を注いだ。
「あーん、わたしのおさけ〜……」
「その辺で止めておきなさい。明日の仕事に響きますよ」
時雨はまだ飲むのか、と呆れているのだろうか。雪乃のことをちらりと横目で見たあと、お猪口に口をつけた。ごくりと鳴る喉。その姿ですら絵になるのだから、周りの女たちが放っておかないのも仕方ないことだろう。
飲みすぎでぼんやりとする思考の中、雪乃は抱えた両膝に頭を預け、やはり浅葱に似ている時雨の顔をじっと見つめていた。
(やっぱり、あさぎにそっくり……。なのに、ぜんぜんちがう……)
「あなたと同じ気持ちです」と告げたあの幼馴染は、もうここにはいない。雪菜は、そのことをどうしようもなく寂しく思った。
(あのころに、もどりたい……)
浅葱に似た時雨が側にいるからだろうか。それとも酒を飲みすぎたせいだろうか。「前世のことなど忘れてやる!」と憂さ晴らしもかねて参加したはずの飲み会だったのに、後ろ向きな思考になってしまう。
「……ずいぶん、おもてになるんですね」
不貞腐れた様子でそう言った雪乃を、時雨がちらりと見た。
「普段、接する機会が少ない私が珍しいだけでしょう。彼女たちも、もう別の男たちのもとで盛り上がっていますよ」
その言葉通り、先ほどまで時雨を取り囲んでいた女たちは、別の席に座っている男たちと楽しそうに飲んでいた。
(もてるって、ひていしないのか)
それが腹立たしくて、雪乃は口を尖らせて時雨から視線を外した。
今日までに時雨に夢中だという女性の話は幾度となく聞いてきた。屋敷内で熱い視線や羨望の眼差しで見ている女たちの姿を見たのも、一度や二度ではない。確かに、時雨は多くの人の目を惹きつけるだけの魅力的な男なのだろう。
けれど、今日はその事実をこんなにも間近で目撃してしまい、雪乃のもやもやとした気持ちはより一層強くなっていた。
「……どうして、ここにきたんですか。そんなかんししなくても、へんなことしませんよ」
「……酔っ払いに絡まれている不憫な部下を助けるためです」
「ふびんって……」
(ほんと、しつれーなひと)
それでも隣に並んでいると、不思議と安心感を覚えてしまうから困る。前世の記憶など、もういっそなくなってしまえばいいのにと思うのに。
(……なんで、くるの)
そのあと時雨の横顔をぼんやりと眺めていた雪乃は、いつの間にか眠ってしまっていた。そのとき、「あさぎ……」と呟いた寝言を時雨が聞いていたことや、能天気な笑顔を浮かべて眠っていたことを知るよしもなく、賑やかな夜は更けていった。




