出会いの桜
だが、物事とはそう簡単なものではなく、そんな雪乃の決意とは裏腹な出来事が起こる。
「あ」
「げっ!」
同僚の女中、藤乃に「誰かいい人を紹介してください!」と泣きついた翌日、誘われてついていった隊舎での宴会にいたのが、ほかの誰でもない時雨だったのだ。
「ど、ど、どうして時雨様がここに……⁈」
雪乃が顔を青ざめながら問うと、当の本人はしれっとした様子で「人手が足りないからと、数合わせに呼ばれた来ただけですが」と言い、清酒をぐいっと煽っている。
前世の男など忘れてやる、と参加したはずの飲みの場に、どうしているのか。顔を引きつらせながら時雨を見ていた雪乃は、近くにいた隊士に詰め寄った。
「男女の出会いの場に、上官を数合わせに呼ぶ部下ってどうなんですか!」
すると、男はこともなげに朗らかな笑みを浮かべて「いや〜、時雨様を連れてきたら女性陣が喜ぶんですよね〜」などと言って、後頭部をぽりぽりと掻いていた。
(呼んだのはあんたか!すっかり引き立て要員になってるけど、それでいいわけ⁈)
男が言うように、確かに女性陣たちは上座で静かに清酒を飲んでいる時雨に釘付けだ。
「はぁ……ただ、お酒を飲んでいるだけなのに漂うあの色気。たまらないわぁ」
「着流し姿も素敵よね〜……」
そんな女たちの艶っぽいため息と、熱い視線があちこちから向けられているのを見て、雪乃の機嫌はますます悪くなる。その苛立ちをぶつけるように目の前にあった酒瓶を乱暴に掴み、ぐいぐいと飲み干した。
(何よ、あんな失礼な男のどこがいいんだか!)
「おお、いい飲みっぷりだねぇ。雪乃ちゃん」
「あんまり飲み過ぎないように気をつけなよ?」
雪乃の右側に座っている男はそう言って笑い、左隣に座っている藤乃は心配そうに雪乃のことを見つめていた。だが、酒を飲んでいないとやっていられない、というのが雪乃の本音。
(忘れようと思ってるのに、どうしてこんなところ来るのよ!)
隊舎内で行われている宴会なので、時雨がいるのは何ら不思議な話ではない。ただ、時雨のような上官は高級料亭で食事をする人が多いというから、まさかこんなところで出会うなんて微塵も思っていなかったのだ。
雪乃は酒瓶を抱えながら、ちらりと時雨の方を見た。いつもの隊服とは違って、源氏香の模様があしらわれた着流し姿。少しゆるんだ襟元から覗く首筋からは、確かにほかの女たちが騒ぐような色気が漂っており、目に毒だ。
(顔が良いって、ずるい……!)
そんなことを思いながら、目を釣り上げて時雨を眺めていると一人の女が徳利を手に、時雨の側へと近づいた。
「時雨様、隣に座ってもよろしいですか?」
「どうぞご自由に」
「やったー!じゃあ、隣失礼します〜!」
「あ、ずるーい!私もいいですか?」
時雨の許可を得た女は、意気揚々と隣に腰を下ろした。それを見た別の女がこれ幸いと言わんばかりに便乗して、隣の席を奪おう参戦。さらに、ほかの女も登場し、時雨はあれよあれよという間に女性陣に囲まれてしまった。それでも、当人は涼しい顔をして酒を飲んでいて、我関せずという感じである。
その光景を見ていると、一層むかむかとしてきた雪乃は苛立ちをかき消すために、またぐいっと酒を飲んだ。気にしないと決めたはずなのに、目に入る場所にいれば気になって仕方がない。
そんな雪乃の隣には、いつの間にかへらへらと笑った男が座っていて「いい飲みっぷりだな、雪乃ちゃん」と、どんどん酒を注がれる。だが、酒に酔っていた雪乃はそれに気づかず、注がれるがままに酒を飲み続けた。




