文芸部事件・解(1)
十三時二十分。昼休みが終わるまで残り十分に差し迫った頃、僕と景は保健室に戻っていた。
教師に見つからないのをいいことに階段を全速力でダッシュして保健室に三人がいることを祈りながら扉を開けた。薬品臭さが微かに残る保健室では四百先生が机でペンを動かしていた。
驚いた顔の四百先生に三人がいるかを聞いたらまだ残っていると教えてもらって一安心。制止の声も聞かずに一番奥のカーテンへと足を進めていく。
カーテンを勢いよく開くと本宮さんを囲むように三人は座っていた。
「うおっ、なんだよいきなり」
「揣摩くん? どうしたの?」
「忘れ物とかした?」
三者三様の反応を見せる。
前髪に隠された僕の目には誰も気が付かない。
「本宮さんが心配で戻ってきちゃった」
「いや、お前と本宮は初対面だろ。心配するほどの仲じゃねえだろ」
「そんなに酷いことを言わないでよ。本宮さんは密室の文芸部で倒れてたんだし、みんなが気が付かなければ一大事になっていたかもしれないんだからさ」
「でも私たちはすぐに見つけられた。読子はすぐに起きると思う」
「えっと、揣摩くんが心配しなくても私たちがいるから大丈夫だよ」
浮鉄さんは本宮さんに向けられていた視線を僕へと移す。ゆっくりと床から徐々に登った彼女の目は、必然的に黄金色に変わった僕の目と繋がり合う。
「揣摩くんの目ってそんな色してたっけ?」
闇夜の蛍のように輝いていると景は言っていた。真実を照らし出す目なんて、中学生のような事を言われたこともあった。
髪の間で光る目を逸らすことなく見つめる浮鉄さんに釣られたのか、他の二人の視線も集めてしまう。
「これは僕が異能を使っている時に変化するんだ」
前髪を少しだけ掻き上げて、皆に異能を見せる。
「異能? お前、寝てる本宮に何しようって考えてんだ。異能を使って他人に危害を加えたら評価ポイントが下がるんだぞ」
編縫くんの言うとおり、学園内外問わず異能で他人に危害を加えれば評価ポイントが下がってしまう。僕の異能で危害を加えるようなことはあり得ないけど。
その場で立ち上がって本宮さんを庇うように手を広げた編縫くん。心なしか僕とベッドの間に入り込んできたような気がする。
「そんなことは分かってるよ。編縫くんに言われなくてもね。Aクラスの景を一緒に連れてきてるんだから信用してほしいな」
三人の目が僕に向いている。
目の前には異能を発動している僕がいるんだから警戒をするのは間違っていない。彼らの手に掛かれば僕なんて一瞬で制圧されてしまうだろうから危害を加えることなんて考えてもいない。
「推理くん、昼休み終わっちゃうから本題に入らないと」
僕の制服の袖口を指でつまんでいた景に引っ張られ、時間がないことを思い出す。次の授業が始まるまで十分しかない。遅刻の言い訳も五分が限界だろう。
「それもそっか。先に説明しておくと危害を加えるつもりはないよ。僕はただ、真実を解き明かしたいだけなんだ」
「真実? さっき言ってた読子ちゃんが倒れた理由のこと?」
「部室の鍵が閉まってたんだから本宮がバランスを崩して倒れただけだって結論ついたじゃねえか」
編縫くんたちの中では結論がついていたのだろう。
でも、それは真実ではなく都合のいい解釈にすぎない。
「僕の異能は『推理が正しいと相手が真実を話す』けど『正しくないと発動しない』って奴なんだ。厄介なことに脳内で組み立てた推理が正しい時点で目に変化が表れる。つまり答えはもう出てるんだ」
僕は自分の異能を開示する。異能にしては人の力に頼りすぎている無能な力。
「聞いてくれるかな? 本宮読子さんが倒れていた真実を」
それでも事件を解決するためには最適な力なのだ。
*
立ち上がっていた編縫くんを椅子に座らせてから僕は話し始めた。ふんわりとコーヒーの香りが漂ってきたから、四百先生が淹れているのだろう。香りによってリラックスした僕は、寝息を立てている本宮さんを見つめる。
「まず初めに本宮さんが倒れたのは事故じゃなくて、第三者に倒された。つまり事件なんだ」
「えっ……。でも部室は鍵が掛かってて……」
倒されたという表現は一人では発生してないことを示している。当然浮鉄さんの琴線に引っ掛かって部室の状況を引き合いに出してきた。
「鍵っていうのは閉められるけど開けられるの。鍵を開けられる人はいるじゃない」
推理に関係のない質問に景が答える。
僕が答えるよりも先に景の口が動いているのは無駄な時間を作らないためだろう。僕が話していると脱線して余計な話を始めてしまうから。
「それって私と燐のことを疑ってるの? 私たちは教室にいたし、部室に行ってないことはクラスの人が見てる。授業もサボってない」
容疑者扱いをされた滑川さんは鋭い目付きで僕を睨んだ。
「そう焦らないで。本宮さんの時計でも見て落ち着きなよ」
布団から投げ出された本宮さんの腕には止まった時計が巻き付いている。
「あれ? 読子ちゃんの時計が止まってる……。壊れたらその日のうちに修理出すくらい気に入ってるのに」
浮鉄さんは優しい手つきで本宮さんの左手に触れると腕時計ごとゆっくり持ち上げた。前屈みになりながら時計をじっと見つめて動いていないことに気が付いたらしい。
その声を聞いて滑川さんも身を乗り出して本宮さんの時計を確認する。
「倒れた時に壊れたんじゃねえのか? 時間も十二時三十分で止まってるしな。本宮が倒れたのが十二時三十分なら授業を受けていた俺たちには危害を加えることなんてできねえ。揣摩の考えが間違ってんだろ」
腕と足を組んだまま椅子に座って横柄な態度を取っている編縫くんは僕の推理が間違っていると言ってきた。現状だと偶然で片付けられる段階だし仕方がない。
「何? Cクラスが推理くんを馬鹿にしてるの?」
「冥覧はAクラスかもしれないけど揣摩はFランクの無能だろ。凄まれても事実は変わらねえ」
「景も喧嘩腰にならないで。僕の異能が駄目なことは僕が一番知ってるからさ」
怒り出した景を宥めて話を戻す。
脱線しないようにしてくれている景が編縫くんに怒ったら話が進まない。
「話は戻るけど本宮さんの時計は確かに十二時三十分で止まってる。これは彼女が倒れた衝撃で壊れたのかもしれない」
「その時間はみんなにアリバイが――」
「偶然にも文芸部に置かれている時計も十二時三十分で止まってたんだよね」
「――え? 昨日まで動いてたけど……」
文芸部は昨日も活動しており、その時に時計は動いていたらしい。
「同じ時間に時計が故障するなんてことあり得るのかな?」
「そんな事、あり得ない」
「つまり、誰かが時計を止めたんじゃないかって考えるのは当然のこと」
この場にいる僕と景以外の三人は二つの時計が同じ時間で止まっていることに驚くべきなのだ。
実際に驚いているのは浮鉄さんと滑川さんだけで、編縫くんは腕を組んだまま黙っている。
僕の言葉を待つ全員によって静寂に一陣の風が窓を鳴らす。その音を合図に僕は体の向きを変えて編縫くんに語りかけた。
「何か弁明はあるかな? 編縫尖くん。君が本宮さんに危害を加えた犯人だ。危害を加えたっていうか加えてしまったのほうが正しいかな?」
僕がこの事件の犯人として推理したのは編縫くんだった。




