文芸部事件・問6
「そんなに気になることかな? 椅子に座って本を読んでたら落ちることもあると思うけど」
本宮さんの異能は『本の世界に入れる』。デメリットとして意識を失ってしまうことを本人が知らないはずがない。『白目を向いて涎を垂らす』と分かっているから部室の鍵を閉めていたのだ。
「部室に鍵をかけてまで異能を使うような人が異能のデメリットを分かった上で椅子から落ちるような座り方をしていると思う? パイプ椅子に座っていたとしても、深く腰を掛けて体勢を保とうとしていたはず。前のめりに落ちる危険性は本宮さんが一番わかっていると思う」
「でも、実際に額をぶつけて気を失ってたんだよ? 深く腰を掛けていたなら重心的に後ろに倒れるんじゃない?」
「そもそも倒れるような座り方をしていたのかな。彼女は一年B組に所属してるんだから異能の強さも分かってる。僕としては別の力が働いて本宮さんは額に衝撃を受けたと思ってるんだけどね」
僕は本宮さんが一人でに倒れたとは思っていない。頭は人間の急所なのだ。異能の有無など関係ない人間という生物の弱点。
額に衝撃を受けていたということは、パイプ椅子に座った状態から前のめりに落ちている。意識のある状態では受け身を取るからあり得ない状況。
では本の世界に入っている状態の本宮さんならどうなるのだろうか。未だに本の世界を彷徨っているのか、本人の意識が失われると異能が強制的に解除されるのか。保健室で眠っていた本宮さんは白目も剥いてなければ涎も垂らしていなかったから本の世界からは戻ってきているのだろう。
「別の力って文芸部に誰か忍び込んだってこと? 鍵を持ってるのは浮鉄さんと滑川さんだけだったから二人のどっちかが部室に入ったのかな。それだと授業に出てないことがバレるよね。C組なら編縫くんがいるし、B組は体育だったから人に聞けばすぐに分かる」
「それを調べるために文芸部の部室に向かってるんだよ」
「私が文芸部の物を見ることが出来れば解決するんだけどな」
僕の顔を覗き込みながら景はいった。髪の色と同じ瞳が僕を捉えて離さない。
「僕が景に異能を使うように頼むわけないでしょ。一瞬とはいえ景の心臓も止まるんだから」
「推理くんのためなら気にしないのに。まあ、私の異能は許可がないと使えないからね」
「それは景がつけた条件でしょ」
強すぎる異能を使わないための制約として景は許可がない限り異能を使えないと自己暗示をかけていた。
「推理くんがつけた条件だった気がする」
「適当なこと言わないでよ」
「私がそのペンダントをあげた時に言ってくれた気がするんだけどな」
僕の胸元にぶら下げられた銀のペンダントは幼き日に景から貰ったもの。景のお母さんから景が貰ったものを何故か僕に譲ってきた記憶が残っている。
「そんな事を話してたら文芸部に着いたね」
「――まあいいけど。とにかく昼休み中に見れるところは見ちゃおうか」
「りょうかーい」
時刻は十三時十五分。
次の授業まで十五分しか残っていないが、最悪写真を撮って考えればいい。今は文芸部に残っているであろう違和感を目に焼き付けるだけだ。
僕たちが文芸部に足を踏み入れると先ほどは気が付かなかった物が目に入ってくる。三人の話を聞いて状況が鮮明になったから視界が広がっていた。
「床に本が落ちてる。本宮さんの本かな」
「ブックカバーがついてるから分からない。中身を見てみるね」
景は床に落ちていた文庫本を持ち上げると、パラパラとページを捲った。
「三十年前のベストセラー本みたい。作者の名前は知ってるし、ノーベル文学賞を取れるって噂されてたけど結局取れないまま亡くなった人だね」
「文芸部だからか古い本を読んでいるんだ」
「自然に関して綺麗な文体で書かれている本みたい。最後の方に解説で書いてある」
「本の世界に入るなら丁度いい本かもしれないね」
本宮さんの持ち物である文庫本は、部室に置かれてある小さな机の上に置いた。
「置かれているパイプ椅子に違和感はないね」
僕はパイプ椅子を調べる。昔の人が作り上げた簡素な椅子だけど便利だから今も使われているのだ。背もたれと座る部分には皺が寄っているから本宮さんが座っていたことに間違いないだろう。組み立てられた椅子は一脚しかなく、本宮さん以外が部室にいた形跡もない。
「滑川さんの異能って摩擦を減らす異能だったよね」
「景の言いたいことは分かるけど、それはあり得ないかもしれない」
「摩擦を減らす異能で本宮さんを椅子からすべらせて落としたんじゃないかなって思ったけど、推理くんのお眼鏡には叶わなかったか……」
「異能にも制限があることはみんな知ってる。基本的に離れた対象に使う事が難しい。デメリットを考えると見えない所にいる滑川さんが本宮さんに危害を加えるのは無理だと思う」
本宮さんの摩擦を減らそうとする場合、椅子に座っている臀部の摩擦を減らさなければ前のめりに倒れ込むことはない。文芸部の中が見えない状況で精細なコントロールをすることは難しく、デメリットを考えても滑川さんに犯行は無理だろう。
「それなら浮鉄さんは?」
「彼女の異能は金属を浮かせられるけど片手で持てるものに限られる」
「パイプ椅子は女の子の力でも片手で持ち上げられるんじゃない?」
景は組み立てられたパイプ椅子を片手で持ち上げる。確かに鉄パイプは中が空洞で、軽い素材が材料になっているから持ち上げるのは苦ではない。
「パイプ椅子には本宮さんが座ってたんだよ。座っている状態のパイプ椅子を持ち上げることは浮鉄さんには無理だろうね」
女子の体重を聞くことはしないけど、椅子に意識のない人が座っている状態で動かすことは難しい。浮鉄さんは特別力があるようには見えなかったし。
「そっか。最後に編縫くんだけど、針を動かす能力はこの事件に関係あると思う?」
「編縫くんの能力だと本宮さんを倒すことはできない。針を使って少しずつ本宮さんを動かす方法があったとしても時間が掛かりすぎるし、繊細な作業すぎる。目視せずにやるのは無理だよ」
異能を持った人間の犯罪は異能を使ったケースが九割九分を占めている。昨今のニュースでは異能者の犯罪は減少傾向にあるものの、手口が巧妙化してデメリットも犯罪に使われるようになっているらしい。学園におけるAランクやBランクの生徒が犯罪に加担すると一般人では太刀打ちできず、警察も手を焼いているとキャスターが言っていた。
パイプ椅子からずれ落ちる場合、身体は後ろ向きに倒れるから打つのは額ではなく後頭部になる確率が高い。倒れ方によっては額を打つかもしれないが、本宮さんに意識があれば受け身を取るだろう。つまり、本宮さんの意識がない状態で前のめりに倒されたということになる。
問題は誰がそれをやったのか。
僕の頭には怪しい人物が浮かび上がっているが、決定的な証拠が見つからないから推理をすることができない。
異能による犯行には異能で対抗するしかない。僕の持っている異能は頭を使って推理をしなければ発動しないのだ。正しい推理を構築して相手に突きつけることが異能発動のトリガーになっているから。
「それじゃ全員犯人の可能性は薄いね。本当に密室事件だ……」
景はなるべく文芸部の物を動かさないように教室を歩き回る。
僕も壁や天井を見渡して本宮さんを動かすための仕掛けがないかを探すが一向に見当たらない。
その時、ロッカーの前に移動した景が声を上げた。
「推理くん、これって」
眼前のロッカーには統一感のないぬいぐるみとアナログ時計しか置かれていない。
景が指差した先はぬいぐるみではなくアナログ時計。
本来なら世界の時を刻むはずの時計は十二時三十分を差したまま止まっており一向に動くことはない。
「それだよ、景。それが事件の証拠だ。ここからは僕の異能勝負になるね」
探していた証拠はすぐ目の前にあったのだ。
本宮さんが倒れた事件の道筋が、すべての要素をつなぎ合わせて出来上がっていく。事件の道程を脳内で完成させた時、僕の瞳に熱が宿った。
「後は僕の異能が事件を解決する。正しさは異能の中にあるからね」
問パートはここでおしまいです。
異能という情報と、今ある情報だけで解くことができます。
是非考えてみてください!




