文芸部事件・問5
密室事件と呟いた僕の言葉を隠すように景が喋り始める。幸いにも三人には聞こえておらず、近くにいた景だけには聞こえていた。
「みんなでお昼ご飯を食べるのはいつものことなの?」
「違います。今日は文芸部のことで相談しようって読子ちゃんがみんなを集めたんですよ」
「今の文芸部は一年生しかいないから。異能を第一に考えている学校でどのように成果を出すか会議をするつもりだった」
「会議どころじゃなくなったけどな」
額にガーゼで応急処置を施された本宮さんを見ながら編縫くんは肩をすくめて苦笑する。
「でもみんなお弁当とか持ってなかったけど」
「だから呼びに行ったんだよ。私たちは一年C組で話すつもりだったから」
「なんで文芸部の部室じゃなかったの?」
「部室で飲食禁止なんです。文化部は運動部と比べて先生の監視が弱いですから……」
「三人で呼びに行ったのはなんで? 呼びに行くだけなら誰か一人でもいいんじゃない?」
「俺が呼びに行こうと思ったんだけどな。トイレ行ったら鍵を持っていないことに気付いたから浮鉄に声をかけたんだ。C組で飯を食うことになってたから滑川もいたから三人で向かっただけだ」
「ふーん……。そうなんだ」
景の質問攻めに三人は淀みなく答えていた。回答のひとつひとつを僕に聞かせるように景は質問をしているのだ。Fランクの僕の役に立つような行動をするAランクなど、編縫くんたちの頭には存在しないだろう。それを逆手に取って景は情報を聞き出していた。
「その、冥覧さんは揣摩くんが気になったことを一緒に調べてるんだよね?」
「私は協力してるだけ。物事の本質を見抜くのは理解くんの仕事」
「よく分からないけど仲良しなんだね」
「――浮鉄さんは優しい人なんだ」
僕が他人に褒められることは殆ど無い。遅効性の分かりにくい異能は披露する場面が無いのだ。
一緒に過ごしてきた景は僕の異能を凄いものだと思っている節がある。景の異能のほうがよっぽど凄いけど、景曰く「異能の力と理解くんの力が組み合わさっていることが凄い。異能だけが独立しているんじゃなくて理解くんの上に成り立ってるのが他の人と違う」と言っていた。
景だけが認めている僕を周りは認めない。そんな状況で過ごしているからか、僕のことを認める人のハードルを無条件で下げるようになってしまった。今も浮鉄さんが僕と景の仲を良好と言っただけで優しい人と判断している。
「景」
「なに、理解くん。聞きたいことあった?」
赤メッシュを靡かせて振り向いた。機嫌が良さそうだ。
「ここに居たら本宮さんがゆっくり休めないかもしれないから、僕たちは教室に戻ろう」
「本宮さんへの興味はなくなっちゃったの?」
「怪我をしている人相手だから不謹慎かなって」
三人に聞こえるように告げると、僕はカーテンの外へと足を踏み出した。景も後ろから追ってくるが、本宮さんのベッドから離れるまで掛けられる声は無視した。
ベッドから数メートル離れたところで僕が足を止めると、勢い余った景が僕の背中にぶつかってくる。
「ぶべらっ」
「どういう声なの?」
「理解くんの匂いを嗅いだ時の声かな」
「……。まぁいいや。景、教室に戻るよ」
「調査は打ち切りにする?」
「違う。僕たちが戻るのは文芸部の部室だ。幸いにも昼休みはまだ残っているからね」
十三時五分。昼休みが終わるまで二十五分の時間がある。
「文芸部って鍵がかかってるって三人は言ってたけど?」
「部室を出てから三人は戻っていない。つまり、部室を最後に出たのは僕たちだよ。当然僕たちは部室の鍵なんて持ってないから鍵をかけられる人は居ない」
「それなら開いているってことね」
「そういう事」
二十五分という時間は長いようで短い。一階にある保健室から四階の部室まで数分かかるから調査をする時間を加味しても早く動かなければならない。
僕は足早に保健室を移動して入口へと向かっていく。
「揣摩くんと冥覧さんはお帰りかしら?」
その様子は入口付近に座っている四百先生には丸見えだった。
「ええ。本宮さんが大丈夫なことも確認しましたから」
「彼女が起きたら君たちが来ていたことを教えてあげたほうがいい?」
「伝えなくてもいいですよ。彼女とは面識がありませんので」
「えっ、どういう事?」
面識もない人がお見舞いに来ていたら困惑するのも当然だろう。眼鏡の奥で目を丸くしながら驚いている四百先生に答えを示さず、僕と景は保健室の扉を開けた。
「すみません、急いでいるので失礼します」
「失礼します」
呼び止めようとする四百先生の声を無視して僕たちは文芸部の部室へ向かって移動する。
*
階段を登りながら景に話しかける。
「状況を整理する前にひとついい?」
僕の二段後ろを歩きながら景は答えた。僕と同じ速度で歩くから足音は一人分しか聞こえない。
「なにかな?」
「本宮さんが身に着けていたのってアナログ時計だったよね」
布団から投げ出されていた本宮さんの左腕にはアナログ時計が着けられていた。スマートフォンで時間が確認できるから、わざわざ腕時計を持っている人は少ない。それもスマートウォッチでもないアナログ型。部室にアナログ時計が置かれていたのは本宮さんの趣味かもしれない。
「腕時計は確かに着けてた気もするけど、私は見てないかな」
「景が話を聞いてるときに確認したけど、時計は壊れて止まってたよ」
「流石の観察眼だね」
「止まってる時間が十二時三十分。本宮さんが倒れた時刻に近いのは偶然かな?」
そこに関連があるかは分からない。でも偶然同じ時刻に時計が壊れたと考えるのも無理がある。一日の中でアナログ時計が指し示す時間は二度しかない。偶然を引き起こす奇跡のような異能がない限りは起こらないだろう。
事実確認をするように一歩ずつ階段を登っていく。文芸部の部室まではまだまだ時間がかかりそうだ。
「本宮さんが十二時三十分に倒れたって言うなら他の三人に犯行はできないよ。その時間は授業が終わった直後で教室にいるんだから」
景の言うとおり十二時三十分は授業が終わる時刻。僕も景も教室にいたし編縫くんたちも授業を受けていた。滑川さんだけは体育で教室に居なかったかもしれないが、クラスメイトに聞けば分かるような嘘を付くはずがない。
「まあそれは置いておいて、事件の要項をまとめておこうか」
「理解くんも事件だって考えてるんだ」
「確実なことは言えないけど、保健室の話で不思議に思うことがあったからさ。何もなければそれでいいし、何かあれば異能が使える。景も言ってたとおり気楽にいこうかなって」
僕は階段で一度止まり、景が横に並ぶのを待つ。後ろに居られては会話をする時に不都合が生じるのだ。相手の様子を見ながら話すペースを変えられないし、返答を待つこともできない。景相手ならそこまで考える必要はないけど、調査に協力してもらってる以上、一緒に解決したいのが幼馴染としての考えなのだ。
「それじゃまとめていこっか」
「まとめるって言っても単純なんだけどね」
本宮さんが頭から床に倒れ込んで気を失っていた事件が起こった。発見者は編縫くん、浮鉄さん、滑川さんの三人。文芸部の部室には鍵がかかっており、開けることが出来たのは鍵を持っている三人だけ。編縫くんは鍵を家に忘れていたから部室を開けたのは二人のうちどちらかだろう。
体育の授業をサボるために文芸部に行ったということは、本宮さんが倒れたのは午前十一時四十分から発見された十二時四十五分までの間。
編縫くんと浮鉄さんが一年C組で本宮さんと滑川さんが一年B組。
トイレから戻った編縫くんが鍵を忘れていることに気が付き、C組で共に昼食を取ろうとしていた二人を連れて文芸部に向かったところ本宮さんを発見。叫び声を聞いた僕が急いで文芸部に向かうと三人以外の人影はなかった。
「締め切られた部室で本宮さんが倒れていた。彼女には疾患も暴行の跡もないって四百先生も言っていたから事故のように見えるけど――」
「けど?」
「前のめりに倒れてたっていうのがどうも気になるんだよね」




