文芸部事件・問4
「景ってそんなに怖がられてるの?」
編縫くんの態度を見たら、景に聞かざるを得ない。
校内で景と僕が一緒にいることは少ないけど、FクラスとAクラスが一緒にいるだけで目立つのなら避けたほうがいい。目を付けられてAクラスへ上がるのを邪魔されたりしたら嫌だから。
僕の質問に顔を青くして必死に身振り手振りを交えた景は編縫くんを獅子のような目で睨んでいた。
「理解くん。違うよ。私は怖くないよ。周りが勝手に言って、ビビってるだけ。ほら、理解くんは私が安易に異能の力を使わないって知ってるでしょ? Aクラスに所属させられただけで噂になっちゃってて……。私はFクラスでもいいのに。――そうだよね? 編縫くん?」
僕に弁明する声と編縫くんに言い聞かせる声で二段階ぐらいオクターブが下がった声質に変化していた。僕と他の人とで態度が違うのはどうにかならないものだろうか。
蛇に睨まれた蛙のように編縫くんは目を逸らしている。
Aクラス生徒は全校生徒のなかでも上澄みであり、圧倒的なカリスマを持っていて、中にはファンクラブがある生徒もいるらしい。編縫くんがAクラスに喧嘩を売ったと噂になれば、評価ポイントにも響く可能性があり、強く出られないのかもしれない。
「そう……だな。ゼクスがそう言うなら――」
「ゼクス? それは誰のこと?」
再び地獄の底に引きずり落とすような声。
「いや、冥覧さんがそう言うなら」
「いやだなあ。冥覧でいいよ」
景は満足したのか、僕の背中を数回叩いて「後は理解くんの出番だよ」と前に押し出した。
「景のことは一回置いておいて、三人には本宮さんの情報と発見した時の状況を教えてもらいたいんだ」
「読子の情報? 本人に意識がないから伝えてもいいのか分からないわ」
「本宮さんって自分の異能を隠していたりする?」
「いいえ。読子は隠していないわ」
現代の異能は指紋と同じくらい個々の識別に使われるもの。書類の記入欄では住所の下に異能の力を記載する欄があるくらいだ。しかし公的な書類には記入しても他人に喋らない人もいる。公開していない人に異能の力を聞くのはプライバシー保護の観点から問題視されているのだ。
異能の力はメリットもあるがデメリットもある。発現した力が社会的に不利益となる場合、異能を使わなくても疑われる原因となってしまう。
過去にも『金銭を複製する異能』の人が詐欺の手口で聴取を受ける事件があった。デメリットで『同じレートの別通貨になる』という事実によって無実だったが、一度付けられたレッテルは剥がれるまで時間がかかる。
異能を隠している人には隠している人なりの事情があるのだ。
「そもそもこの学園に入っている生徒で隠してる奴はいねえだろ。生徒手帳に記録されてるし、見ようと思えば誰でも観られる」
編縫くんは胸元から取り出したスマホを操作して僕に生徒手帳アプリを見せる。そこには編縫くんの生年月日や生徒番号、それに異能が記されていた。
「その見た目に反して、案外可愛らしい異能を持ってるんだ」
「舐めてんのか、お前」
「いいや。所属している部活も手芸部になってるしお似合いだと思って。その異能は手芸部で重宝されそうだ」
記されていた異能の力は『針を自由自在に動かせる』が『半径二メートルの対象は影響を受ける』。目の前の針を動かすと同時に別の針も動いてしまうと言うことだろう。デメリットをうまく使えば複製品を量産できそうだ。
「ちっ。浮鉄、滑川。俺のやつを見せたんだからお前らも見せてやれ」
「編縫くんが勝手に見せただけでしょ?」
「えっと、私はすぐに見せます。編縫くんも声を荒げないでね。ここは保健室だから……」
編縫くんに続いたのは浮鉄さんだった。律儀に僕の前に移動してスマホを差し出す。口頭で説明してくれるだけでも良かったのに、生徒情報を見せる流れになっているみたいだ。
浮鉄さんのアプリを開き、異能と所属している部活に目を向ける。
文芸部に所属していて、異能は『金属を動かせる』が『片手で持てるものに限る』。無意識に浮鉄さんの手に目を向けてしまったが、彼女の細腕では重い物を持つことはできないだろう。箸より重いものを持ったことがないかもしれない。
「金属を浮かせるってどこまでできるの?」
「どこまでってどういう事?」
「人間の体内にある金属を浮かせることはできるのかなって」
「ううん。出来ないよ。私が触った金属を手のひらから三十センチくらい動かせるだけ。範囲から出たら床に落ちちゃうの。使い道はまだ見つけられてないけど……」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
最後の滑川さんはスマホを僕に投げ渡してきた。精密機器だから乱暴な扱いはやめたほうがいいと思う。
意外にも滑川さんは文芸部所属だった。本宮さんのことを一番心配しているようだし当然か。
彼女の異能は『摩擦を減らす』が『数分の間滑って歩けなくなる』。本人曰く、アイススケートをしているような状態になってしまうらしい。運動神経が皆無だから滑ることもできず、四つん這いで移動するため無様を晒してしまうようだ。
「滑川さん、ありがとね」
「どうも」
僕は手渡しでスマホを返却した。
「それでこれが――」
ベッドに寝ている本宮さんのブレザーをまさぐる滑川さん。見てはいけないものを見ているようで僕はベッドから目を逸らした。視線の先にいた編縫くんも目を逸らしていたから、男子には抗うことのできない現象のようだ。
「はい、読子のスマホ」
差し出していた手の上にスマホが乗せられる。
電源を入れるとロックが掛けられていなかった。アプリは一番わかり易いところに置かれていたから、アイコンをタップして生徒情報を開く。景も内容を確認しようと身を乗り出していた。
「本宮読子、文芸部。クラスは滑川さんと同じ一年B組だね。異能は『読んでいる本の世界に入れる』が『現実では涎を垂らして白目を向く』」
「これは酷いデメリットだよ、理解くん」
「そうなの?」
「女の子が白目を剥いて涎を垂らしながら意識を飛ばしている姿なんて見られたくないじゃん。本の世界に入れるっていう異能は昔の古文書とかを解読できるかもしれないほど強力だから、デメリットとしては妥当かもしれないけど」
あまり実害はないと思うけど、女子には女子の考えがあるのだろう。景の言う通りBクラスに所属しているほど強力な異能である。
「だから、本宮が本を読むときは文芸部の鍵を閉めてんだ。そんで鍵を持ってるのは俺たち三人しかいねえ。あいつが倒れているのを発見できたのは偶々だ」
「みんな鍵を持ってるの?」
「俺は家に忘れてきた」
「私と擦ちゃんは持ってるよ。文芸部の鍵を開けたのは私だし、擦ちゃんも鍵を取り出したのを見たわ」
「うん、持ってる」
浮鉄さんと滑川さんはブレザーのポケットから鍵を取り出した。鍵と言ってもパスカードになっており、部室の入り口にタッチすることで鍵の開閉を行う。編縫くんも鍵を持っているらしいが自宅に忘れているようだ。
「三人は同じタイミングで文芸部に?」
「うん。編縫くんは授業が終わってからトイレに行ったのかな? 戻ってくるまで待ってから擦ちゃんと合流して文芸部に向かったの」
「なんで?」
「お昼だから、みんなで食べようと思って」
「そもそもなんで本宮さんは授業が終わった直後なのに文芸部にいたんだろう」
「前の時間が体育だったから。読子は運動が大嫌いで運動神経が私よりも壊滅的。簡潔に言うならサボってたの」
三人の自己紹介と本宮さんについて聞いた僕は人目も気にせずに悩み始める。
「つまり、本宮さんが誰かに危害を加えられた可能性は少なくて、密室事件になっているのか……」




